それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 スーパーの前はT字路になっていて、演説は道路を挟んで向こう側に停車した車の上で行われていた。
 結構人が集まっている。東京だとこういう景色もたまに見るけど、こんな田舎の選挙演説が人気なんて意外だ。
 ただ聞いているのはほとんど高齢者であとは主婦くらいだった。
 彼らの視線は選挙カーの上に取り付けられた箱の中で熱弁する男に集まっている。
 窓に貼られたポスターにはデカデカと名前が書かれていた。
 岩間耕一は五十代後半くらいの恰幅のいいおじさんだった。髪は薄くて額は広く、怖そうな顔だけどずっと笑顔だ。スーツ姿にたすきを掛け、はちまきを巻いて集まった住民に拡声器で訴えかけていた。
『実行力! それこそがこの岩間耕一の全てでございます。それはこの町に住んでいる皆様が誰よりもご存じなはずです!』
 政治家の演説ってなんでこんなに胡散臭いんだろうか。良いことだけ話して当選したらそれで終わりだからなにを言っても現実味がない。
 そんな気しかしないのに周りの人達は真剣に聞いていた。
 それにしてもご存じってなんのことだ?
 岩間は拳を握って続けた。
『私とその父、そして祖父は代々この猫神町で町長をやらせていただきました。ここに住んできた皆様なら覚えているはずです。私の祖父が町長になる前、この町は忘れ去られていました。冬は雪で閉ざされ、大雨が降ると土砂崩れが頻発しました。しかし今ではどうですか? 町が購入した除雪車で冬でも移動できますし、土砂崩れも地滑り対策の工事によって防がれています。その上父の代には温泉施設もでき、雇用が生まれました。貧しい村だったこの町がここまで豊かになったのも全ては猫神様への信仰を軸にすると決めた私の祖父のおかげです。あの条例ができてから我が町は生き返ったのです。猫神様を慈しむ心を持って皆様が行動した結果、収穫量が増えました。そのおかげで町の予算は増え、次々と新しい事業や会社がこの町に誕生しました。そこが更なる雇用を生み、豊かさの連鎖が訪れました。その最初となった私の祖父も、亡き父も皆様の為、懸命に働いてきました。どうか皆様の為にもう四年働かせてください! 私岩間耕一! 誠心誠意やらせていただきます!』
 岩間が頭を下げると有権者達から拍手が起こった。
 こいつの一族がこの訳の分からないルールを作ったのか。そしてこの町長が三代目らしい。
 でも考えてみればこんな無茶苦茶なルールを押しつけてくるんだ。それなりの支持率がないと実行できるわけがない。多分先祖代々の太い支援者がいるんだろう。
 それにしても猫神様のおかげで豊かになったなんてどうやったら信じられるんだ?
 いや、信じないでもいいのか。この町長がこの町に雇用を生んだのなら、選挙に負ければそれが失われるかもしれない。
 大した人数がいない町だ。町の施設や町長が誘致した企業で働く人達からすれば失脚した方が困る。
 職を失うくらいなら訳の分からないルールを守った方がマシなんだろう。
 そんな忖度が積もりに積もってできた町がここってわけか。
 でも本当にそれだけだろうか?
 なんとも言えない違和感の原因はなにかと探っていると近くにいたじいさんが突如として大声をあげた。
「責任を取る気はないのかっ!? 責任をっ!」
 小柄な頑固そうなじいさんだった。
 先ほどの盛り上がりとは打って変わって観衆はしんとした。周囲の視線がじいさんに集まる。
 町長はじいさんの方を向いて尋ねた。
「責任? なんの責任ですか?」
「とぼけるな! 町が推進した事業のだよ! これだけ畑があるのに野菜工場なんて誘致して! 案の定一年でダメになったじゃないかっ! あれにかかったお金はどうする気だ!? 他にもたくさんやっても全部失敗だ! 使われたのは税金だろうに!」
 そんなことがあったのか。そう言えば一時期よく聞いたな。薄暗い倉庫みたいなところで野菜を作るって話。でもあれは土地のない都会でやるものだろう。こんな町でやってもコストが掛かるだけだ。
 図星だったのか町長の顔には反省の色が見えた。
「たしかにそうです。野菜工場は失敗でした。それは認めます。ですが私はこの町に新たな雇用を作りたかった。その気持ちだけは分かっていただきたい」
 町長の意見に周囲は頷き、「そうだそうだ」と声を出す者もいた。
 だが老人は引き下がらない。
「だとしてもあの条例はなんなんだ? 先代はあんな銅像まで建てて。敬遠して若いもんがみんないなくなっちまったじゃないか!」
「それは誤解です。猫神様のおかげで町が豊かになり、若者達が少しずつ戻って来ているのです。雇用がなければ若者は住んでくれない。その為には町で雇用を用意する必要がある。野菜工場もその一環でした。事業誘致の元手となる税金も私が町長になってからどれだけ増えたか。全ては猫神様のおかげです!」
「なにを無茶苦茶なこと言ってるんだ!」
 じいさんは至極全うな意見を述べたが、町長の支持者達には伝わらないらしく白い目で見られていた。
 ただこの町にも猫神信仰をおかしいと思っている人がいる。それが知れて俺は幾分安心できた。
 すると先ほどまで町長の後ろにいたスーツ姿の大柄なメガネの男が道路に下りてきてじいさんの元へとやってきた。
「木下さん。もう少し穏便に」
「なにが穏便にだ! お前達が町の為になるって言うから立ち退きしたのにあんな像を建てて!」
「立ち退きの件、まだ根に持っているんですか? いいじゃないですか。お金も新しい家も手に入ったんですから」
「そういう問題じゃない! 騙されたって言ってるんだ!」
 どうやらこの木下という老人は岩間に恨みを持っているらしい。
 騙されたと言われ、岩間は眉間にしわを寄せた。
「木下さん。広場周辺再開発は民意です。父はそれを掲げて選挙に勝った。有権者の意思を尊重したんですよ」
「カネをばらまいて買った票でなにが民意だ!」
 岩間は小さく嘆息し、告げた。
「そんなに反対するならあなたが立候補すればいい。それではっきりさせましょう」
 木下さんは悔しそうにギリギリと歯ぎしりした。
 世襲でもしない限り選挙なんてものは簡単に出られないし、勝てない。そんなことを言うのは少し卑怯だ。
 だけど一応筋は通っていた。だから木下さんは言い返せない。
 返答がないのを見て岩間は勝ち誇ったように笑った。
「私はいつでも相手になりますよ」
 これには我慢できず木下さんは口を開いた。
 しかし言葉が出る前に目の前の集団が頭を下げだした。
 よく見ると一匹のねこが道の端を歩いている。それを見つけた人達が次々と頭を下げ、「こんにちは」と挨拶していく。それは岩間や木下さんを制止するために下りてきた男も同様だ。
 俺と木下さん以外が挨拶すると、周囲の目はこちらに向いた。大量の目に見つめられ、俺は怖くなって会釈する。
「……こんにちは」
 なんとも情けないが、取材を続けるためには仕方ない。
 視線は挨拶をしていない木下さんを襲った。俺も横目で木下さんを見る。
 大した害もないのだからやってしまえばいいと思いつつも、反対を貫いてほしいとも思ってしまう。
 木下さんはしかめっ面でねこを見つめていた。すると人懐っこいねこはこちらにやってきて木下さんの足に体を擦り付けた。
 すると木下さんは小さく嘆息して膝をつき、ねこを撫でた。
「よしよし。お前が悪いわけじゃないもんなあ」
 木下さんはそう言うと立ち上がり、岩間を一睨みした。
「いつか罰が当たるぞ。本当の罰が」
 木下さんはそう言って踵を返し、去って行った。
 スーツの男がメガネをなおしながら岩間に尋ねる。
「あれはいいんですか? 挨拶として認められます?」
「……まあ、大目に見てやろう」
 スーツの男は不満そうだったが、それ以上はなにも言わなかった。
 だが支持者達は許せないのか特に老人達は「罰あたりめ」とブツブツと文句を言っていた。
 だけど俺は木下さんのことを格好良いと思った。作家をやるならああいった気概は必要だ。
 俺にもぶれない軸が必要なんだろう。だけどそれを手に入れるのはまだ先になりそうだった。
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