それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 この町で唯一の娯楽施設と言っていい温泉はホテルから歩いて十分ほどの場所にある。
 一階建ての大きな建物の前に広い駐車場があり、温泉だけでなく食事やマッサージ、ちょっとしたレクリエーションなども楽しめる所になっている。
 竣工から十年と比較的新しい。役場や外から見た資料館もそうだったが、この町の施設はどれも綺麗で設備も現代的だ。
 田舎あるあるかもしれないが、一体どこから予算を引っ張ってきたのはいつも謎だ。
 都会は綺麗で新しいイメージだが、実際は役場や駅なんかは地方の方がよっぽど綺麗で使いやすい。それは予算を使う場所が限られているからだろう。
 そう言えば岩間は新規事業をいくつも起こしていたな。野菜工場に木材加工場。あの資料館もそうだろう。知らないものも含めればもっとあるはずだ。
 ほとんどが失敗したとは言え、この町をどうにかしようという気持ちは強かったんだろう。
 これが都会だとカネの無駄使いだと追及されるが、田舎の場合はなあなあで済まされる。だから地方には至る所にその残骸が放置されているんだ。
 珍しいことじゃないが、俺が納税者なら勘弁してほしいものだ。
 そういう意味ではここが唯一の成功例なのかもしれない。
 町にはなかった人影もここではちらほら見る。猫神像や神社から離れているせいもあるのかもしれない。
 老人達が畳の上で紙コップに入った緑茶を飲みながらなにやらひそひそと話していた。
「猫神様の祟りが……」
「あの地震も……」
「怖い怖い……」
 全部は聞き取れなかったが一連の殺人は猫神の仕業だというのがこの町の総意らしい。
 犯人としてもこれだけやりやすい町はないだろう。なにをやっても祟りだ。
 見立てにしたのも効果が出ている。なによりここの住人はほとんどお年寄りな上に閉鎖的な空間だから信じ込ませやすい。
 全てが犯人の計画通りなら次の手はなんだ? 二人も殺したんだ。その先を見てないなんてことはあり得ない。
 なにかある。誰が得するか考えろ。
「ふう……」
 温泉に浸かりながら考えようとしたが露天風呂は思いの外気持ちよく、疲れも貯まっていた俺はすっかりリラックスしてしまった。
 そう言えば最近バイトと執筆でゆっくりする時間もなかったな。こっちに来てからは事件の調査ばかりだし。
 冷静に考えればこのまま事件を解けずに俺も朝陽も退場が濃厚だ。いずれ解けるかもしれないが、今のところその兆候はない。
 事件が解けないということは本が出せないということで、またしばらくフリーター生活が続くということになる。
 いつまでこんな生活を続けていくのか。現実的に考えれば就職して趣味で書いていくとかが選択肢の一番に上がってきそうだ。
 でも夢は諦めたくない。それこそ無責任な気がする。純愛を歌って不倫するミュージシャンと同じだ。主人公に諦めるなと言わせている作家が諦めたら元も子もない。
 デビュー作の主人公にあんな偉そうなこと言わせなきゃよかったと今更ながら後悔した。
 ダメだ。今の自分を俯瞰して見ても良いことがない。悲観的になるだけだ。
 ルドリックさんも言ってたけど現状を打破するには成功することだけを意識しないと。
 自分のダメなところを挙げていったら日が暮れる。そんなことしている暇なんてない。
 俺は気合いを入れ直す為、サウナへ入った。正直なんで流行ったのかも分からないし、整うも意味不明だが、気は引き締まる。
 流れ落ちてくるのが汗なのか体に付いた水滴なのかは分からないが、こうも暑いと悲観的になりようがなかった。
 そこへ誰かが入ってくる。顔を上げると同じホテルに泊まっている強面の島内だった。
 島内は前を隠すことなく俺の隣にどかりと座る。筋肉質だが腹だけ出ていた。タトゥーの一つもしてそうな風貌だがそれもない。あったら公衆浴場自体が使えないから当然だが。
 島内はうるさく息を吐き、言った。
「兄ちゃん作家の人だよな?」
「え? ああ、まあ」
「調子どう?」
「調子……。まあまあです……」
 あまりこういうタイプと接点がないのでどんな話をすればいいのか分からない。
 でもたしか島内は岩間が殺された時に朝まで帰ってこなかったはずだ。永野もそうだけどアリバイがない。
 雀荘に行ってたと証言していたな。その時にあの三人組と打ってたそうだけど、あいつらはまだ見つかってない。
 実はあの三人組と組んで犯行に及んだ可能性は残っている。
「……その、あの夜のことなんですけど」
「夜? ああ。町長が殺された時か? それが?」
「雀荘に居たんですよね? あの三人組はどんな様子でしたか?」
「どうって、下手だったな」
「下手?」
「俺は最初の半荘は相手の出方を見るんだが、大した打ち手じゃなかった。麻雀は損切りのゲームだ。四人でやるっていう性質上、勝率も四分の一。その四分の一を如何に大きく勝つか。残りの四分の三を如何に小さく負けるかが肝なんだよ。分かるか?」
「なんとなくは……」
「でな。最初俺はちょっとビビってた。こんな田舎なのにレートが高いんだよ。千点五百円は相場より上でな。手持ち五万の俺は躊躇ったが、夜中だから外にも出られないんで渋々やったよ。あいつらガキのくせにかなり持ってたから警戒したぜ」
「でも下手だったんですね?」
「おう。町田ってリーダー格の野郎はとにかく突っ込んでくるタイプの馬鹿でな。一番カモにできたよ。安藤は周囲のノリに合わせるタイプの馬鹿で陣内は色々と考えた挙げ句、訳分からなくなって突進してくるタイプの馬鹿だった」
 馬鹿しかいないな。
「じゃあ相当勝てたんですか?」
 島内はニヤリと笑ってタオルで顔を拭いた。
「誰にも言うなよ? 一晩で二十万も勝った」
「すご……」
 羨ましい。でも同時に疑問も出てくる。それだけあの三人はカネを持っていたということだ。
「え? そいつら全部払ったんですか?」
「当たり前だろ? 博打なんだから現金だ。あの三井って奴にもこっそり話してよ。それでも疑うから現金で二十万見せたら少しは信じてたよ」
 あの刑事にも見せたのか。そう言えばこの人と営業の大槻さんは所属が分かったって言ってたな。
 この人はどういう人なんだ? 信頼できる人なのか?
 大体どんな目的でここに来たんだ。まだいるし。
「……その、島内さんはどうしてここに?」
「あ? そりゃあれだよ。仕事だよ」
「仕事? 麻雀がですか?」
「んなわけねえだろ。なんでプロが田舎の雀荘に来るんだよ。まああれだ。秘密のお仕事だよ」
 島内は悪そうに笑う。どう考えても堅気には見えなかった。
「それはその……犯罪的な?」
「あ? なんでそうなんだよ?」
 島内は突然怒り出した。思わず俺は体を後ろに逸らした。
「す、すいません……。でも、ちょっと分からなくて……」
 島内は大きく溜息をついた。そしてなにやら考えてから口を開く。
「あのな。お前にだけ教えてやるけど、実は俺、デカなんだよ」
「……………………は?」
 デカ? デカって警察か? どう見てもヤクザにしか見えないこの人が?
「デカ……メロン?」
「ボッカチオか。ちげえよ」
 あ。学がある。ヤクザじゃない。
「デカ。警察。四課って言ったら分かるか?」
「あー、あの暴力団専門の」
「そう。もう今は四課って名前じゃないけどな。誰にも言うなよ?もし俺がデカってバレたら殺されるかもしれないからな。その時は兄ちゃんのせいだぞ」
「そんな……」
 なるほど。だから人前で言いたくなかったのか。
 そう言えば暴力団対策の警官は相手に嘗められないよう自分も似たような格好をするようになると聞いたことがある。
「でもなんでこんな町に?」
 島内は辺りを見回すが、誰も入ってくる気配はない。それを確認してから島内は小声で話し始めた。
「隣町で抗争があったのは知ってるか?」
「あー。たしか銃撃がどうとかって」
「そう。広域暴力団の分裂があったろ。あの余波で集英組の四次団体組員が講談会の三次団体の奴に刺されてよ。そのカエシとして集英組の若いのが講談会の事務所に撃ち込んだみたいだな」
「それとこの町になにか関係があるんですか?」
「まだ不確かな情報だけどよ。あの三人組の先輩が講談会にいて、どうやらまだ繋がってるらしいんだ。あいつらが雲隠れできたのも組の連中が匿ってるからだろうな。でなきゃすぐ捕まってるはずだ」
「え? じゃあヤクザってことですか?」
「いや。ヤクザだったら警察で分かる。そうじゃないなら半グレだろ。昔は半グレも独立してたけど、今じゃヤクザに使われる奴らも多い。大体あいつら運送会社の平社員だろ? そんな奴らがあんな大金持ってるわけがねえ。あの夜に俺は確信したよ。あいつらがなにかやってるってな。最近は仕事しながら犯罪で稼ぐ奴も多いからそれだと思ったんだ。だからこそ逃げられてショックだったけどな」
 島内はやれやれと嘆息する。
 汗が滝のように流れ落ちていく。それでも予想外の情報に俺は暑いのを我慢した。
「岩間はそのことを知ってたんでしょうか?」
「どうだろうな。知ってる可能性もあるし、知らない内に巻き込まれた可能性もある。どちらにせよあの三人組は実行犯じゃない。事件があった時間に俺がカネを巻き上げてたからな。俺の予想じゃそいつらの先輩が怪しいと思ってる。岩間はトラブルに巻き込まれただけかもな」
「でもならどうしてあんな伝説の見立てを?」
「知るかよ。咄嗟に思いついたんじゃないか?」
「ロープも用意してたしそれはないと思います。大体あの場所まで運んだ方法も分かりませんし」
「最初からこの町に何人か組の人間を潜ませておいて、犯行時に手を貸し、それから森に隠れる。オレはこうだと思ってる。装備さえあれば森の中で過ごすことは可能だ。あの三人組が逃げたのは注意を逸らす為だな。あのせいで森に人員を割けなかった」
「じゃあ第二の事件は? 犯人はどうやって佐竹をあそこに呼び出したんですか?」
「あいつらだけが使える通信手段があるんだろ。トバシの携帯で連絡を取って殺した時に回収すれば痕跡は残らない」
 筋は通ってる……か。
「でもじゃあ、どうして岩間と佐竹は殺されたんですか? 偶然巻き込まれたにしては町長とその秘書って関係は深すぎますよ」
「はっきりは分からないけど口止めだろうな。なにかを知って、口止めで殺された。関係が近いからどっちかが情報を掴めば共有される。あるいは共有されたと思ってどっちも殺したかだな」
 ゾッとした。それだけで殺されたとしたらあまりにも理不尽だ。
 だけどヤクザならそんなことも平気でするんだろう。それが島内の口調から伝わった。
 ここで我慢できず、俺と島内は外に出た。
「あー……、気持ちいい……」
 外気が涼しくて気持ちがいい。島内はすぐ水風呂に向かったが、俺はそこまでして整いたくないのでシャワーで汗を流して外に出た。
 着替え終わり、休憩室でくつろいでいると島内が黄色いドリンクを持ってやってきた。
「サウナのあとはオロポだ。兄ちゃんもなにか飲んだ方がいいぞ」
「あ。さっきそこにあった水飲みました」
「そうか」
 心配してくれるなんて案外親切なんだな。
 島内は隣に座り、俺にだけ聞こえるよう呟いた。
「さっき話したことは他言無用だ。特にオレの正体を誰かに話すのは許さない。言ったら、殺すぞ」
 前言撤回。全然親切じゃない。
 島内の言葉には凄みがあった。ただの脅しと分かっていても怖くなるような凄みが。
「…………言わないですよ」
「ならいい。お前もなにか分かったら俺に言えよ。今持ってる情報も全部出せ」
 最初からこれが狙いか。まあこっちも情報をもらったんだから仕方がない。
 俺は渋々オロポを飲む島内に足で稼いだ情報をカツアゲされた。
 役に立ったかは分からないが、話を聞き終わるとオロポを奢ってくれた。飲んで初めてオロナミンCとポカリを割ったのだと知った。
 割とイケる。でもちょっと高いな。奢られなかったら飲んでない。
「どうだ? うまいだろ?」
「……そうですね。ありがとうございます」
 俺がお礼を言うと島内は満足そうにしてスポーツ新聞を手にとりマッサージチェアに向かった。全身を揉まれながら、「また負けてるじゃねえか。監督クビにしろよ」と愚痴っている。
 島内が疲れを癒やす様は前もって刑事だと聞かされなかったらやっぱりヤクザにしか見えなかった。
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