それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 スーパーで酒とつまみを買い、木下さんの下手な演説を聞きながらホテルに戻った。
 温泉って入ってる時はいいけど、出てから動くと体が重くて仕方がない。
 ホテルに戻ったら酒飲んで寝よう。明日になったら朝はパパを探して、それから……。
 俺は足を止めた。
 なにをしたらいいかもう分からない。
 行く所には行った気がする。岩間の奥さんに会ってないけど犯人でないことはほとんど確定してるし。
 怪しいと思っていた島内も違った。
 舟山は犯行に関わってそうだけど、どういう関係なのかは分からない。
 あとは永野とかいう若い女か。でも女が一人で森の奥まで岩間の死体を運べるとは思わない。
 分からない。分からないってことはなにか見落としてるか、俺の知らないことがあるかだ。
 どっちだ? どっちもな気がする。それが分かっているから余計に歯痒い。
 イライラしていた。せっかくリラックスしたのに。いや、リラックスしたからこそ現状が整理できて、余計に物事が見えてしまう。
 所持金も残り少ない。このままだと帰っても日雇いかなにかしないといけなくなる。
 パパも見つからないし。ルドリックさんはああ言ってたけどやっぱり不安だ。
 どうにかしないといけないのに、どうにもならない。俺の人生と同じだ。
 腹が減って焦っているからか感情の起伏が激しい。早く楽になりたい。いっそのこともう帰るって手も……。
 いや、ダメだ。一時の感情に流されるな。ルドリックさんも言ってただろ。成功することだけ考えろ。
 なんて自分に言い聞かせているとホテルから出てくる大槻さんと鉢合わせた。
「あ。今戻りですか? お疲れ様です」
「お疲れ様です。大槻さんはこれから仕事ですか?」
「そうなんですよ」大槻さんは苦笑していた。「さっき今から隣の市にある支店でトラブルがあって呼び出されちゃいました」
「え? 今からですか?」
「それがサラリーマンです。明日も早いし、もうちょっと部屋でのんびりするつもりだったんですけどね。あ。よかったらこれどうぞ」
 大槻さんは持っていたビニール袋を俺に渡した。中には発泡酒でも第三のでもないビールが二本入っていた。
「いいんですか?」
「ぬるくなったらおいしくないですからね。今からだとここに戻るのは十時ギリギリだし、そしたら飲まずにもう寝ちゃいますから。気にしないで飲んじゃってください」
 大槻さんはニコリと笑った。発泡酒一本をちびちびやろうと思っていた俺からすればありがたいことこの上ない。
「ありがとうございます。いただきます」
「いえいえ。あ。そう言えばねこちゃんは? 見つかりました?」
「それが、まだ……。皆さん探してくれてるんですけど……」
「そうですか。見つかるといいですね。きっとこの町なら大丈夫ですよ。僕も見かけたらお伝えしますね」
 大槻さんは腕時計をチラリと見た。
「じゃあこれで」
「はい。気を付けて」
 大槻さんは会釈して去って行った。
 サラリーマンも大変だな。だけど一時的にでもこの町から出られる。それが少し羨ましい。
 大槻さんはアリバイもあるし、身元も割れている。出て行っても警察は文句を言わないだろう。
 身元が割れてないのは永野だけ。あの子はまだなにも言ってないんだろうか?
 もし夕食の時に見かけたらさり気なく聞いてみよう。
 そう思って館内に入るとロビーに永野を見つけた。せっかくだし、今聞いておくかと思った矢先、永野は対面に立つ女性に強烈なビンタを喰らわされていた。
 パンッという破裂音のあと、ここにいる誰もがそちらを注目し、一瞬世界から音が消えた。
 その真空空間で最初に動き出したのは朝陽だった。叩いた女性と叩かれた永野の間に入り、困った笑顔でなだめる。
「まあまあ。落ち着いて。優花さんも暴力はダメですよ」
 優花さん? じゃああの人が岩間の奥さんか。
 初めて見るけど随分若く見えるな。それに美人だ。岩間は大柄だったからまるで美女と野獣だな。
 俺はまだ優花さんから話を聞いてない。
 この際まとめて聞いてみたいが、ジャガーとチーターが睨み合ってるみたいな所に入っていくのは勇気がいるな。
 もう少し様子を見てからにしようと思ったが、二匹の間に挟まるジャンガリアンハムスターに見つかり、こっちに来るよう睨まれた俺は仕方なく歩き出した。
「どうしたんですか?」
 俺が声を掛けると優花さんはチラリとこちらを見て少しだが殺気を抑えた。男が来たからなにかしようとしても力尽くで止められると思ったらしい。作家の男にそんな力はないけどな。
 優花さんは高そうなジャケットのポケットから腕時計を取り出した。
「これです」
「これは?」
「プレゼントですよ。岩間からそこの女への」
 優花さんは永野を見下すようにそう告げた。
 よく見るとそれはシャネルの時計だった。ブランド物には疎いがどう考えても安い時計じゃない。
 それをプレゼントするってことは。
 永野を見ると気まずそうに視線を外された。どうやらそういうことらしい。
 優花さんは嫌味っぽく言った。
「誕生日だったそうですね。手紙も添えてありました。これだけじゃなくて現金で百万円も一緒に」
 朝陽は呆れていた。
「なるほど。未だにここから離れないのはそれを手に入れるためだったんですね」
 観念したのか永野は口を尖らせた。
「……だって、そのお金がないとハヤトがナンバーワンになれないって言うから」
「愛人から受け取ったカネでホストに貢いでたわけ?」
 朝陽はやれやれとかぶりを振った。それに永野はムッとする。
「おばさんには分からないよね」
「は?」と朝陽と優花さんの声が重なる。目を見開いて永野を凝視していた。
 俺にはなんで永野が喧嘩を売るのかが分からない。だが永野にも意地があるんだろう。圧に負けず続ける。
「だって女がお金稼げるのなんて若い内だけなんだよ? それをしてなにが悪いの?」
 ある意味正しい理論だが、倫理は欠如していた。
 人生の先輩である二人は呆れかえっている。
「ホストなんてあなたが稼げなくなったらすぐ捨てるわよ」
「なんであの人はこんな馬鹿な女に引っかかったのかしら?」
 正論を言われたのがイヤなのか、はたまた馬鹿と言われたことに腹を立てたのかは分からないが、永野は優花さんに反論した。
「あんただって不倫してるんでしょっ!? こーちゃんがそう言ってたんだからっ!」
「人の旦那を気持ち悪いあだ名で呼ばないで」優花さんは呆れて嘆息した。「まったくあの人は本当にせっかちなんだから」
「どういう意味ですか」と朝陽が尋ねる。
「全部勘違いなんですよ。私が不倫旅行に行ってるとか、秘書の佐竹さんと浮気してるとか」
「え?」と俺は思わず声を出してしまった。
 優花さんはお前もかと言わんばかりにうんざりしていた。
「たしかに佐竹さんとは仲良くしてました。でもこの町で知り合いがいないから話し相手になってもらっただけです。それをあの人が浮気だどうの言い出して。誤解は解けたんですけど狭い町ですからね。変な噂が広まったんです。だから今回の旅行も男と行ってるってことになっていたみたいですね。本当は妹と行ってただけなのに。警察の人には説明して納得してもらいましたけど」優花さんは永野をチラリと見た。「でも誤解は解けてなかったみたいですね。それかそう言うことで浮気を正当化してたか」
 ありそうだ。あっちがしてるんだからこっちがしてもいいだろう。そんな幼稚な自己肯定になぜか共感してしまう。言わないけど。
 心当たりがあるのか永野は気まずそうにした。そこへ朝陽が問いかける。
「岩間が死んだ夜、あなたはどこでなにをしてたの? 朝まで帰ってこなかったわよね?」
「……べつに。あの日はお祝いしてくれるって言うから別荘の方に行ってたの」
「別荘?」
 優花さんが説明した。
「岩間家はこの町にいくつか家を所有しているんです。別荘ってことは温泉近くにある家じゃないかしら。あそこは周囲に家もないし」
 そうだったらしく、永野は頷いた。
「プレゼントくれるって言うから楽しみにして待ってたのに全然来なくて。がんばって起きてたけど眠くなってそのまま寝ちゃった。そしたらあんなことになってるし」
「心当たりはないの?」と朝陽は聞いた。
「全然。でもお金絡みなんじゃない? 町長って月収六十万くらいでしょ? だけどこーちゃんそれよりずっと稼いでそうだったし」
「土地があるからじゃない? それと建物」
「田舎の土地なんて持ってても損するだけだって言ってたけど?」
 たしかにそうだ。都会ならともかく、なんの使い道もない土地を持っていても税金を取られるだけだろう。
 朝陽は優花さんの方を向いた。先ほどまで強気だった優花さんが困惑していた。
「どうなんですか? 町長の他に収入が?」
「あったとは思います……。本人は事業をやってると言ってましたけど。あとお金を貸しているとも。でもあの百万円がどこから出てきたのかは私も分からなくて……」
 どうやら優花さんも知らない収入源があるようだ。そこから愛人にカネを渡していたんだろう。
 殺された原因はその収入源か? あるいは永野が嘘をついている可能性もある。
 俺は聞いてみた。
「別荘にいたことを証明できますか?」
「多分だけどできると思う。待ってる間暇すぎてインスタライブやってたから」
「え? 何時から何時くらいまで?」
「着いてから寝るまでだから十時から二時くらい?」
 その時間なら岩間の死亡推定時刻が含まれる。本当なら少なくとも実行犯はあり得ない。
「それで起きたらお腹空いたからホテルに行ったの。別荘で泊まる時はなにかあった時の避難場所として取ってくれてるから。直前で使えなくなったら大変でしょ? ここだと夜に出られないから」
「なにかあった時って?」
 永野はなにも言わず優花さんを見て、俺は察した。
「なるほど……。予定より早く旅行先から帰ってきた時とかか」
「まあ、そんな感じ」
 永野はあまり反省してないようだった。悪びれてはいるがポーズだろう。誕生日をすっぽかされた自分が被害者と思っている節があった。
 イヤな女だ。でも人を殺すほどの悪人ではなさそうに見えた。
 大体岩間が死んで被害を受けてる。本来貰えるはずだった現金と高級時計だ。殺すなら受け取ってから殺しているだろう。
 動機がなく、アリバイはある。印象的には限りなくシロだ。ある意味真っ黒でもあるけど。
 永野は優花さんが持っていたシャネルの時計をチラリと見た。
 優花さんは呆れながら時計を見る。
「これが欲しいの? あなたのイニシャルも入ってるみたいね」
 図星だったのか永野は俯いた。優花さんは小さく嘆息し、時計を差し出した。
「あげるわ」
「え?」
 突然の申し込みに永野は驚いて顔を上げる。
「こんな欲しくないし、イニシャル入りだから売っても安くなるから。でも一緒にあった現金は慰謝料としてもらうわ。当たり前よね?」
 永野は納得いってなかったみたいだが、慰謝料という単語が出て大人しく頷いた。
「…………はい」
「じゃあこれ」
 永野は受け取った時計を虚しそうに見つめていた。
「ああそう。言う必要もないと思うけどもう二度とこの町には来ないで。もしこのことを誰かに言ったら慰謝料をもらうから」
「分かってるし……」
 もうここにいても厄介なだけと思ったのか、永野は逃げるようにエレベーターへと乗り込んだ。
 俺は朝陽にボソリと尋ねた。
「あれっていくらするんだ?」
「時計? 多分百万くらいじゃない」
「百万……」
 現金と合わせて二百万か。よっぽど入れ込んでたんだな。
 優花さんはこちらに振り向いて頭を下げた。
「お騒がせしました。じゃあ私も色々とやることがありますので」
 永野とは対照的に優花さんは礼儀正しく去って行った。
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