それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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「奥さんはいい人だったな」
 夕食のバイキングを食べながら朝陽にそう言うと呆れられた。
「そんなわけないでしょ」
「え? でも」
 朝陽はこんな時間でもコーヒーを飲んでいた。
「あなた岩間の通夜には行った?」
「ちょろっとな」
「じゃあ見てるはずよ。あの人、一度も泣かなかった。目も腫れてなかったから泣いてから出たってこともないはずよ。むしろ悔しがって見えたわ」
「悔しい? なんで?」
「まだ分からないの?」
 朝陽はなぜか苛立っていた。
「なんだよ」
「優花さんはまだ三十五歳。そんな人があのおじさんと結婚する理由は一つでしょ。遺産よ」
「遺産目的の結婚ってことか? まさか」
「分かってないわね。カネの為ならなんだってする女はいくらでもいるわよ。通夜で聞いたけど岩間には持病があったそうだし、長生きはしないと踏んでいたんでしょう。岩間が死ねば遺産は全て優花さんのもの」
「なら計画が早まってよかっただろ」
「よくないわ。相続税対策がまだだったんでしょう。きっと少しずつ進めるはずだったのよ。元気な内にそんな話をしたら遺産目当てとバレるから、病気が悪化してから話し出す算段だったんでしょうね。だけど岩間はいきなり死んでしまった。そのせいで屋敷や家、土地の処分なんかをこれから大忙しで進めないといけないわ。しかも相続税対策ができないから半分はお国に取られる。どういう計算をしていたかは知らないけど胸中穏やかではないでしょうね」
「考えすぎだろ。そんなにカネが必要ならあの高級時計も没収してたはずだ」
「あの時計は売っても買った時より安くなるし、イニシャルも入ってる。だからそこまでの価値がないと考えて口止め料として渡したのよ」
「口止めってなにを?」
「せっかちな岩間のことだから奥さんの目的に気付いてペラペラと話していた可能性もあるでしょ? そしたら遺産目的の殺人だと疑われかねない。でも永野に時計を渡しておけば警察に聞かれても黙っておいてくれるわ。話したら慰謝料まで払わないといけないといけないんだから」
「そこまで考えていたのか……。怖いな……」
「これくらい普通よ。男って、いや、男性作家って女に対して夢見がちよね。実際は色々と考えてるのよ。そしてそれを悟らされないようにする技術もある」
 朝陽は余裕ありげに微笑んだ。こいつまで怖く見えてきた。
「でも今のは全部予想だろ?」
「予想というか、女の勘よ。初めて会った時、彼女結婚指輪をしてなかったの。慌ててたから忘れたのね。あたしがちらりと手を見て気付いていたわ。しばらく見えなくなったのは荷物の中から指輪を探していたみたいね。さっきは付けていたから見つかったんでしょう。あれを見てピンと来たわ。あの女、男と旅行してたって」
「え? でも妹と言ってたって確認が取れたはずだろ?」
「妹と遊んだのは一日だけ。あとは男と遊んでいても普通は気付かれない。旅行先で遊び相手を変えるなんて思わないからね。大体妹と旅行に行ってなんで指輪を外すのよ?」
「……たしかに」
「おそらくだけど優花さんも男に入れあげているんでしょうね。だから同じような永野に共感した。あの時計は同情の意味もあったのかもしれないわ。愛人を失った永野がホストの男に見切られるのは時間の問題だし。そうなればカケで飲んで借金ができて」
「あとはよくあるコースか……。たしかに不憫だな」
「仕方ないわ。馬鹿な男に引っかかった代償よ」
 朝陽は頬杖を付いて小さく嘆息した。
「奥さんが黒幕の可能性も考えてたけど今のが本当なら可能性は低そうだな。遺産の為に結婚までしたんだとしたら税金対策を終えてから犯行に及ぶはずだ」
「でしょうね。計画をズラすにしてもそんな時に男と遊ぶほど馬鹿だとは思えないし。夫が死んで結婚指輪を付けてないなんて怪しまれるに決まってるから、計画なら当然対策してたでしょう」
「永野って女にもアリバイがあった。なにかアプリを使えば偽造できる可能性もあるかもしれないけど、見る人が見れば分かるだろ」
「あの島内って男は? あたしはあいつを怪しんでいるんだけど」
 朝陽は離れた席で肉ばかりを食べる島内を見た。
「いや、あの人の可能性も低いだろうな」
「なんでよ? 最初の事件が起きた時、外に出ていたじゃない」
「あの人なりの事情があったんだよ」
「事情って?」
 するとこの距離で島内と目が合った。言葉を交わさずとも脅してくる。
「……あんまり言うと俺が殺される」
「どんな事情よ」
 朝陽は呆れながらパスタをフォークでくるくる巻いていた。
 どうも先ほどから元気がない。具合が悪いんだろうか。困ったな。こういう時は優しくした方がいい女と放っておいた方がいい女がいるからな。こちはどっちだ? 
 俺が悩んでいると朝陽は重そうに口を開いた。
「あなた、いつ帰るの?」
「え? いや、だから解けるまではいるつもりだけど」
「嘘言わないで。そんな根性ないでしょ? 手持ちのお金が尽きたらどうせ帰るわ。あと何泊できるわけ?」
「…………まあ、二泊ぐらいかな」
 本当は一泊くらいだが、最悪コンビニのATMでカネを借りればなんとかなる。でもそうしたら返済の為に日雇いだな……。
「それくらいでしょうね」
 朝陽は考え込んだ。そしてチラリと腕時計を見る。パスタを巻いたままのフォークを皿に置き、テーブルを人差し指でとんとんと叩いて思案を続ける。
 一体なにを考えているんだと思いながら俺は鍋の底に沈んだ具が取れなかったせいでなにも入っていないスープをちびりと飲んだ。
 俺の隣に用意された小さな席は空席だった。
 パパはまだ出てこない。あいつ、シェフの作る料理楽しみにしてたのに。お腹空いてるだろうな。それとも誰かに食べさせてもらってるか。無事だったらいいんだけど。
 なんてことをぼんやり考えていると朝陽がテーブルを叩いていた指を止めた。そして言った。
「今晩部屋で飲まない? 話したいことがあるの」
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