それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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 俺は今まで調べ上げてきたことを全て朝陽に伝えた。
 選挙に出馬したあの四人や島内のことだ。他にも知っていることをテーブルに置いていく。最初はもったいない気もしたが、自分だけでは処理できない情報もあると割り切った。
 話を聞いて朝陽は意外そうにしていた。
「あの島内が刑事……。でもそれって本当なの? 証拠は見せてもらった?」
「そこまではしてないけど、嘘を言ってるようには思えなかったな。大体あの三井って刑事がいるんだ。探して聞けば裏が取れるだろ」
「たしかにそうね。嘘をつけばかえって疑われるだけか。でも本当ならこの事件にヤクザが関わってる可能性があるわけ? そっちの方がイヤね」
「まあな。大掛かりな組織犯罪なら俺達の手には負えない。でもそんな危ない連中がたくさん町に潜んでいたらさすがに捕まってるだろ」
「どうかしら。彼らが猫神信仰と密接していたら町民が犯人を隠そうとしても不思議じゃないわ」
「存在すら隠された組織がいるかもしれないってことか……。ヤクザとカルトが協力している。たしかにそれなら犯行は可能だろうし、未だにこれと言った容疑者が出てこないのも頷けるな。ただそこまでして町長や佐竹を殺すメリットはなんだ?」
「どちらかに不利益と思われたんでしょう。あるいは両方に」
「なんでだよ?」
「分からないわよ。でも時代の流れと共にこの町が変わっていったのは間違いないわ」
 朝陽は手帳を取り出した。
「優花さんや周囲に住んでるお年寄りに聞いた話なんだけど、最初は猫神伝説なんてただの昔話に過ぎなかったんだって」
「あ。俺もそれはちらっと聞いたな。ねこを拝むと病気がよくなるとかどうとか」
「そうそう。まあちょっと特殊な民間療法みたいなものね。初代町長、つまり岩間の祖父が生きていてここが村だった頃、この村は飢饉に襲われたの。収穫も少なく、冬に雪で閉ざさたから村の外へ食べ物を買いに行くこともできない。餓える村民に岩間の祖父は食べ物を与えたそうよ。そのおかげで誰も死なずに冬を越せたんだって」
「へえ。やっぱりいい人だったんだな」
「そう。その一件から岩間の祖父はこの町での地盤を確固たるものにしていくわ。岩間家はどこに行っても歓迎され、飼っていたねこにまで挨拶するようになったんだって」
「それがあのルールの始まりか……」
「そのねこのおかげでネズミから食べ物を守れて、それを配ったから町民は生き延びたのよ。あながちやりすぎとも言えないわ。でもそこからね。この町に変なルールができたのは。最初のルールは猫野会議がある深夜に出歩かないことだったそうよ」
「あれって初代が作ったのか。でもなんでそんな馬鹿げたルールを作ったんだ?」
「さあ。当時は治安が悪くて夜に出歩くなって意味があったんじゃない? とにかく優しい人で奥さんのことも大切にしていたらしいから。大病を患った奥さんを懸命に看病していたそうよ。離れまで作って、あれこれと高価な薬も買ってたみたい」
「ああ。聞いたよ。そのおかげもあって奥さんはよくなったんだろ?」
「みたいね。そう長くは続かなかったようだけど。でも全ての始まりはそこにあるのよ。猫神信仰で病気を癒やし、そのことから本格的に町民は伝説を信じるようになり、夜に出歩くなと言ってもきちんと守った。なんでもねこの会議で次に治す人を決めていると思っていたそうよ。ねこ達がそれを決めて、猫神に依頼するの」
 ねこ達がああだこうだと話し合っているのを想像すると気が抜けた。
「どうにもメルヘンだな」
「でも効いたみたいよ。他にも医者が匙を投げた患者を猫神が治したって言うんだから」
「たまたまだろ。当時は医療水準だって低かっただろうし。大体ちょっとよくなったってしばらくしたら死んでるなら治ったとは言わない。小康状態があったってだけだ」
「だとしても町民が信じるのには十分だったみたいね」朝陽は手帳をペラリとめくる。「初代町長が死んで、岩間の父親が町長に名乗り出た時、他には立候補者がいなかったみたいよ。それが最初だけじゃなくてずっと続いたの」
「最早権力者と言うより独裁者だな。だからあんな場所に猫神像なんて建てても文句が出なかったのか」
「広場の中心だものね。役場に行く時は大体通るし、交番もある。あれのおかげでちょっとした散歩に行くのも躊躇われるわ。あの運送会社の人達なんて最悪でしょうね」
 朝陽はげんなりとしていた。俺も同感だ。他のルールはまだしも、あれだけは止めてほしい。
 運送会社の連中もそうなのかあまり猫神を信じてないみたいだったけどな。パパにも挨拶しなかったし。
「岩間の父親はあの猫神像を商売繁盛を祈願して作ったそうよ。猫神信仰のおかげで初代の時にはトンネルができて、人の往来が簡単になったし、冬も外に出て行けるようになった。二代目は積極的に県会議員や国会議員に働きかけていたこともあって町のインフラも整った。広場を整理したのはその頃ね。土地を買い取って役場を移転し、資料館も作った。その周辺を整備して町そのものが移動したらしいわね」
「ちょうどバブルの頃か。よっぽど儲かったんだろうな。でも町長自身の家はずっと古い方の町にあるんだな」
「気に入ってたみたいね。周囲の家を買い取ったくらいだわ。畑もそうだけど、あの屋敷の周りはほとんど岩間家のものらしいし。昔はあそこにいくつもビニールハウスがあって苺とか作ってたんだって。今はもう面影が少しあるだけ。現町長の息子が継がなかったそうよ」
「世代だろ。高度成長の時なら農家なんてやってられるかって思うのも無理はない」
 朝陽はまたページをめくった。
「そうみたいね。町の予算を使って実業家かぶれのことばかりしてたみたいだから。でもどれも失敗」
「温泉は?」
「あそこも第三セクターがやってるみたいだけど赤字だそうよ。町民しか来ないのにその町民にはタダ同然の割引をしていればそうなるわね」
 あそこだけ人が多かったのはそのせいか。年金暮らしでも気にせず行けるというわけだ。
「入浴料が安くても税金で取れば回収できるか……。町民はそれに気付かずサービスがよくなったと勘違いする。どこの田舎でもそうだろう」
「お年寄りばかりだしね。若者もあのルールのせいでほとんど去って、変化を嫌う人ばかりが残った。今回の選挙も簡単に勝てたでしょう」
「でも殺された。選挙で勝てないなら出馬できないようにすればいい。それが動機かもな」
「あたしは二代目が自殺したって点に引っかかるわね」朝陽は手帳のページを一つ戻した。「二代目が死ぬ二年前くらいから体調が悪化していたそうよ。薬の副作用か精神的な病気かは分からないけど妄言や幻聴があったみたいね。そこについては息子が随分隠していたみたい」
「隠してた? 精神疾患をか?」
「それもあるでしょうけど、一番は猫神が治してくれなかったことについて恐れていたそうよ。猫神町の町長が猫神から見放された。そう思われると地盤沈下しかねない。次期町長を目指していた三代目からすれば悩みの種だったようね」
「じゃあ息子が父親を殺した可能性もあるのか……。だけど遺書はあったんだろ? 本当に偽装だったのか?」
「どうなのかしら。ああいう資産がある家だとそこは警察が詳しく調べるだろうし。でも本物だとしたら問題はなんで自殺したかね」
「病気だったんだろ? 肉体的な病気でも精神的な病気でも自殺するのは珍しくない」
「そうかしら? ただ体が悪いならそうだろうけど、精神病の自殺は突発的で遺書がないことも珍しくないわよ」
「なら痛みとか周囲の視線に耐えかねてなんだろう。でも近所の人はそんな人じゃないって言ってたけどな。もっとワガママで図々しい人だったらしい。そんな人が自殺なんてするか?」
「するようななにかがあったのか、それともやっぱり偽装なのか。この辺りは確認しようがないわね。知ってるとすれば殺された町長と秘書の佐竹でしょうね。優花さんはまだ結婚してなかったから」
「となるとやっぱり解くべきは三代目とその秘書が殺されたこの連続殺人か」
「連続殺人とは決まってないけどね。犯人が別々にいる可能性も高いわ。決めつけてると足下掬われるわよ」
「それもそうか。でもそろそろある程度ヤマ張っていかないと間に合わなそうだけどな。」
 振り出しに戻った。だが新情報を得られたのは大きい。今のところそれは活かせなさそうだが。
 椅子の背もたれに持たれていると視界の隅になにかが写った。掃き出し窓の向こうにある小さなベランダにそれは置かれていた。
「あれは?」
「あれ? ああ。ビデオカメラよ。ここから猫神像が見えるから来てからずっと録画してるの。誰にも言わないでよ?」
「言ったら町から追い出されるだろうな。なにか収穫はあったか?」
「なにも。犯人が写っていたらラッキーと思ったけど特に変なものは写ってなかったわ。猫神像が動いてくれたら動画投稿サイトにでもアップしようと思ってたんだけど。ほら。バズったら儲かるって言うじゃない」
 俺は呆れた。
「動くわけないだろ?」
「でもあのおばあさんが言ってたじゃない。猫神像が夜な夜な鳴くって。それが撮れたらわざわざ持ってきた価値があるわ。結局今ってなんでもスマホでやれちゃうのよね」
 朝陽はスマホを取りだして画面を見つめた。
 なにを見ているのかと思ったら小さな女の子の写真が待ち受けにしてある。
 俺はビール缶を持ちながらスマホを指差す。
「それって子供?」
「そう。あたしに似て可愛いでしょ?」
 たしかに似ている。将来は美人になりそうだ。
「名前は?」
「結愛。前の夫が唯一ちゃんとできたのは娘の名前を付けたことくらいね」
 朝陽は娘の写真を見つめて目を細めた。どうやらホームシックになってるみたいだ。
「話したいならしてもいいぞ。俺もそろそろ部屋に戻るし」
「もう寝てるわよ。さっきお母さんから連絡あったから」
「そうか。頑張らないとな」
「うん。この子の為ならなんでもできるわ。でも危ないことはしたくない。いざと言う時はあなたが死んでね」
 冗談に聞こえなかった。でも仕方がない。トロッコ問題で俺と朝陽が並べられていたらほとんどの人は子連れの売れっ子作家を生かすだろう。
 俺は苦笑しつつもなんだか羨ましく思った。
 同時に考えてしまう。俺は一体なんの為に書いているんだろう。
 その答えも出ないまま、ぬるくなってきたビールを飲み干した。
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