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パパを持って外に出るのがなんだか久しぶりに思える。
いっぱい食べたせいか右腕にずっしりとくるが、同時に慣れた重みに安堵した。
部屋に置いていこうかと思ったが、閉じ込められていたせいか外に連れて行けとうるさい。今度はハーネスもしっかりと握っているから逃げられても大丈夫だ。
朝陽は口の周りを舐め回すパパの頭を「おいしかった?」と聞きながら撫でていた。
町は少しずつだが活気が戻って来ている。この通りもメディア相手に個人店が色々と売っていた。
ただそのメディアも中々進展しない事件に痺れを切らして減りつつある。
どこでかは忘れたが爆弾魔事件が盛り上がっているらしく、そちらに人員を割くためホテルに空室ができているそうだ。
こうして見ると殺人事件なんてエンタメの一種でしかないんだろう。殺された被害者やその家族には悲しい出来事だが、テレビやネット、雑誌を見ている人には自分に関係がない娯楽だ。
それは俺も同じで、巻き込まれなければどんな感情を抱こうと、すぐさま日常にもみ消されていく。
事件をネタに一冊書こうとしている奴が言っていいことじゃないが、みんな薄情になりすぎたのかもしれない。
俺はそう思いつつ猫神像に頭を下げた。これも既に慣れてしまった。ただ少し面倒なだけでほとんど違和感がない。
広場に面する猫神資料館に着くと中は閑散としていた。俺達以外の客は皆無だ。
そのせいか入り口で館長らしきおじさんに迎え入れられた。
「ようこそ猫神資料館へ。メディアの方ですか?」
「まあ、みたいな感じです」と朝陽が答えた。
パパがもぞもぞし出すので聞いてみる。
「あの、ねこを降ろしても大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ。ご自由に」
館長は快諾してくれた。
また逃げ出さないか少し不安だったが、床に降ろすとパパは大人しく周囲を見回すだけだった。俺達が歩くと少し遅れてついて来る。
おそらく普段は暇で仕方がないんだろう。館長は見つけた獲物を捕まえて離さない。聞いてもいないことをペラペラと語り続けた。
猫神のサイズは軽自動車くらいだとか、火を吐くことから体内に発火器官があるはずだとか、風のような早さなので時速二百キロ、場合によっては四百キロで移動するはずだとか。
自身も猫神研究をしているらしく、どこまでが本当でどこまでが妄想か分からない話を延々と聞かされた。
あまりにも退屈すぎてパパは床の絨毯で足を伸ばして横になっている。さっきたらふく食べてからか眠そうに口を動かしていた。
このままだと閉館時間まで拘束されそうなので俺はパパを抱き上げて話題を変えた。
「なるほど。えっとですね。猫神の話も面白いんですけど、この町のことも聞きたいなと思ってるんです。なにかこう歴史に関する資料なんかはありませんか?」
「それならこちらに」
館長は二階に案内した。どうやら一階は猫神について、二階は町についての資料が展示されているみたいだ。
気合いが入った一階と違い、二階は文化祭の出し物レベルの展示しかなかった。
その中で唯一立体地図はそこそこカネがかかってそうだった。
「これは?」
俺は失われた猫神村と題された地図の一部を指差した。そこには箱形の建物がある。だが今はないものだ。
「ああ。それは軍需工場です。ちょうと広場がある位置に存在していたんです。戦争が終わると共に役目を終えて解体されましたが」
「こんなところに工場が?」と朝陽は不思議がった。
「ええ。ここなら山も深いので空襲から逃れられたんだと思います。村民のほとんどが従事し、昼夜問わず稼働していたとか」
話を聞いていて一つ疑問が浮かんだ。
「ここは冬に雪で閉ざされていたんですよね? ならその時はどうしていたんですか?」
館長はニコリとして答えた。
「トロッコです」
「トロッコ?」
「ええ。物資はトロッコでこちらの町とあちらの町を行き来していました。メインは隣町の工場なんです。でもあちらは盆地で空襲の時に見つかりやすい。ですからこちらの工場はあちらを補完する役割を果たしていたわけですね」
そう言えば町に来る前、村民が冬にも関わらず山を越えてきていたと言っていたな。そのトロッコを使ったのか。
「なるほど……。そのトロッコというのはもちろんトンネルで行き来していたんですよね? それは今どこに?」
「老朽化が進んで危険と判断され、封鎖されました。もう埋め立てられています」
「ないんですか? 痕跡も?」
「はい。戦争が終わると維持費が大変だと言って全てなくしてしまいました。反対意見もあったそうですが、貴重な予算を使っても費用対効果が薄いですからね。三代目の時に復活させるという話が持ち上がったんですが、工事の試算だけして終わりました」
「高かったんですね」
「ええ。とても。私も反対しました。できるならもっとこの資料館に予算を回してほしいですから」
これ以上ここを豪華にしてなにをする気だ? それこそ無駄使いだろう。
その後再び一階に降りるとまた猫神の話を聞かされ、最後にチラシを渡された。
「明日からお祭りがあるんです。猫神神社はご存じですよね? あそこから出た猫神様の山車を引くんです。ちょうど町をぐるりと一周する感じで。出店も出ます。是非参加してみてください」
明日のはもう帰らないといけない俺達は「はあ」とか「できたら」とかと言葉を濁し、逃げるように資料館から立ち去った。
いっぱい食べたせいか右腕にずっしりとくるが、同時に慣れた重みに安堵した。
部屋に置いていこうかと思ったが、閉じ込められていたせいか外に連れて行けとうるさい。今度はハーネスもしっかりと握っているから逃げられても大丈夫だ。
朝陽は口の周りを舐め回すパパの頭を「おいしかった?」と聞きながら撫でていた。
町は少しずつだが活気が戻って来ている。この通りもメディア相手に個人店が色々と売っていた。
ただそのメディアも中々進展しない事件に痺れを切らして減りつつある。
どこでかは忘れたが爆弾魔事件が盛り上がっているらしく、そちらに人員を割くためホテルに空室ができているそうだ。
こうして見ると殺人事件なんてエンタメの一種でしかないんだろう。殺された被害者やその家族には悲しい出来事だが、テレビやネット、雑誌を見ている人には自分に関係がない娯楽だ。
それは俺も同じで、巻き込まれなければどんな感情を抱こうと、すぐさま日常にもみ消されていく。
事件をネタに一冊書こうとしている奴が言っていいことじゃないが、みんな薄情になりすぎたのかもしれない。
俺はそう思いつつ猫神像に頭を下げた。これも既に慣れてしまった。ただ少し面倒なだけでほとんど違和感がない。
広場に面する猫神資料館に着くと中は閑散としていた。俺達以外の客は皆無だ。
そのせいか入り口で館長らしきおじさんに迎え入れられた。
「ようこそ猫神資料館へ。メディアの方ですか?」
「まあ、みたいな感じです」と朝陽が答えた。
パパがもぞもぞし出すので聞いてみる。
「あの、ねこを降ろしても大丈夫ですか?」
「どうぞどうぞ。ご自由に」
館長は快諾してくれた。
また逃げ出さないか少し不安だったが、床に降ろすとパパは大人しく周囲を見回すだけだった。俺達が歩くと少し遅れてついて来る。
おそらく普段は暇で仕方がないんだろう。館長は見つけた獲物を捕まえて離さない。聞いてもいないことをペラペラと語り続けた。
猫神のサイズは軽自動車くらいだとか、火を吐くことから体内に発火器官があるはずだとか、風のような早さなので時速二百キロ、場合によっては四百キロで移動するはずだとか。
自身も猫神研究をしているらしく、どこまでが本当でどこまでが妄想か分からない話を延々と聞かされた。
あまりにも退屈すぎてパパは床の絨毯で足を伸ばして横になっている。さっきたらふく食べてからか眠そうに口を動かしていた。
このままだと閉館時間まで拘束されそうなので俺はパパを抱き上げて話題を変えた。
「なるほど。えっとですね。猫神の話も面白いんですけど、この町のことも聞きたいなと思ってるんです。なにかこう歴史に関する資料なんかはありませんか?」
「それならこちらに」
館長は二階に案内した。どうやら一階は猫神について、二階は町についての資料が展示されているみたいだ。
気合いが入った一階と違い、二階は文化祭の出し物レベルの展示しかなかった。
その中で唯一立体地図はそこそこカネがかかってそうだった。
「これは?」
俺は失われた猫神村と題された地図の一部を指差した。そこには箱形の建物がある。だが今はないものだ。
「ああ。それは軍需工場です。ちょうと広場がある位置に存在していたんです。戦争が終わると共に役目を終えて解体されましたが」
「こんなところに工場が?」と朝陽は不思議がった。
「ええ。ここなら山も深いので空襲から逃れられたんだと思います。村民のほとんどが従事し、昼夜問わず稼働していたとか」
話を聞いていて一つ疑問が浮かんだ。
「ここは冬に雪で閉ざされていたんですよね? ならその時はどうしていたんですか?」
館長はニコリとして答えた。
「トロッコです」
「トロッコ?」
「ええ。物資はトロッコでこちらの町とあちらの町を行き来していました。メインは隣町の工場なんです。でもあちらは盆地で空襲の時に見つかりやすい。ですからこちらの工場はあちらを補完する役割を果たしていたわけですね」
そう言えば町に来る前、村民が冬にも関わらず山を越えてきていたと言っていたな。そのトロッコを使ったのか。
「なるほど……。そのトロッコというのはもちろんトンネルで行き来していたんですよね? それは今どこに?」
「老朽化が進んで危険と判断され、封鎖されました。もう埋め立てられています」
「ないんですか? 痕跡も?」
「はい。戦争が終わると維持費が大変だと言って全てなくしてしまいました。反対意見もあったそうですが、貴重な予算を使っても費用対効果が薄いですからね。三代目の時に復活させるという話が持ち上がったんですが、工事の試算だけして終わりました」
「高かったんですね」
「ええ。とても。私も反対しました。できるならもっとこの資料館に予算を回してほしいですから」
これ以上ここを豪華にしてなにをする気だ? それこそ無駄使いだろう。
その後再び一階に降りるとまた猫神の話を聞かされ、最後にチラシを渡された。
「明日からお祭りがあるんです。猫神神社はご存じですよね? あそこから出た猫神様の山車を引くんです。ちょうど町をぐるりと一周する感じで。出店も出ます。是非参加してみてください」
明日のはもう帰らないといけない俺達は「はあ」とか「できたら」とかと言葉を濁し、逃げるように資料館から立ち去った。
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