それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和

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     ○

 予想は的中した。
 大槻がこの連続殺人の犯人だ。
 だけどなんだこの余裕は? この状況でどうしていつも通り笑っていられる?
 ゾクリとした。急に不安が襲ってくる。
 今この場には俺しかいない。持ってるものはスマホとライトだけだ。相手はナイフ。しかも手つきが慣れていた。
 急いだせいであの馬鹿(朝陽)はまだ来そうにない。
 一体一なら絶対に負ける。かと言って逃げれば木下さんは確実に殺され、おそらく大槻には逃げられるだろう。
 なら、俺にやれることは一つしかない。
 時間稼ぎだ。時間を稼いでこの場を凌げ。
 幸運にも大槻は手を止めている。殺さずに動かないのは周囲を警戒しているからだ。
 なによりも大槻はなんで犯人が分かったのかを知りたいはず。
 大槻はニコリと笑って言った。
「やっぱり? と言うといつ分かったんですか? できれば今後の為に教えてください」
 掛かった。逃がすな。話を続けろ。
 俺はゴクリとつばを飲んでから口を開いた。
「……どこから話せばいいのか。それほどこの事件は難解で、複雑で、そして奇妙でした。猫神を敬い、ねこを神の使いとするこの町。猫神伝説の見立て通りに進んだ第一の殺人と第二の殺人。全てが普通じゃなかった。そこをもう少し意識すべきでした。異常だった。なにもかもが」
「話が見えませんね」
 大槻さんは木下さんにナイフを向けたまま俺の方を向いた。
 時間稼ぎがバレたか? いや、どちらにせよ聞き始めたら気になって最後まで耳を傾ける。
「そうですか? では順を追って話しましょう。今回の事件の始まりは町長の岩間が殺された事件だと思っていましたが、それは違いました。遡っては二代目の自殺、いや、もっと言えば初代町長の優しさが巻き起こしたものだったんです」
「優しさ?」と木下さんは尻餅をついたまま不思議がった。
「そう。この町のルールを最初に作ったのは誰か? それは初代町長です。岩間の祖父が夜に出歩くことを禁止した。これが全ての始まりだった」
 俺は神社の入り口をチラリと見た。まだ朝陽の姿は見えない。
「普通はしないですよね? 夜間外出禁止なんて。でもする必要があったんです。あるものを隠すために」
「あるもの?」と木下さんは聞いた。
「そう。それは奥さんです。夜中に徘徊する奥さんを昭代町長は隠したかった。だからあのルールを作ったんです」
 俺はさりげなくポケットからスマホを取りだした。
「さっき電話で三井っていう刑事から聞きました。二代目を診た医者が初代の奥さんのかかりつけ医でもあったそうです。その医者が言うには初代の奥さんは末期癌だったそうです」
「癌?」大槻は笑った。「徘徊するなら認知症なんじゃないですか?」
「普通はそう考えますよね。でも違った。末期癌の患者が徘徊すると聞けば真っ先にせん妄が思いつく。でもそれはあり得ない。町の人が証言しています。体調が悪くなった奥さんは一度良くなり、その半年後になくなったと。せん妄が起こるほどの重症なら長く生きすぎています。例え生きられても夜中に町中を徘徊する体力は残ってないはずだ。ならせん妄ではない。そして認知症でもないとすると、謎が解けるんですよ。そう。初代町長の奥さんは薬物中毒者だったんです」
「なっ!?」
 木下さんは唖然としていた。大槻さんは黙っているが笑顔はない。
 俺は続けた。
「おそらく初代町長が与えたんでしょう。痛みに耐えかねた奥さんを見るのは辛かったはずですから。きっと色々と試したはずだ。最初は軽い鎮痛剤から始まり、モルヒネになり、最後はヘロインになった。モルヒネは医師が処方すればある程度安全ですけど、素人が使えばあっと言う間に中毒者だ。薬物中毒になった奥さんは一時的に回復したと周りからは思われていた。痛みは軽減されますからね。でも次第に幻覚などを見るようになったんでしょう。そのせいで夜な夜な町を徘徊してしまった。初代は困ったはずです。このままだと奥さんが捕まりかねませんから。だから自分の権限で条例を作った。夜の間は出歩かないようにするあのルールです。そのおかげもあり、奥さんは薬物中毒者と知られないまま亡くなることができたんです。だが、ルールは残った。奥さんが死んですぐに条例をなくせば怪しまれますからね。そして初代町長の跡を二代目が継ぎ、本当の悪夢は始まったんです」
「本当の悪夢?」
 木下さんは不思議がり、俺は頷いた。
「さっき言いましたよね。初代町長は奥さんの為に色々な薬を試したって。その中にあったんでしょう。大麻が。二代目はそこに目を付けた」
「大麻……。まさか……」
 木下さんはハッとしていた。
「覚醒剤やLSDと違い、大麻はほとんどが国産です。簡単に栽培でき、単価も一グラム六千円と高いみたいです。まあこれは全部さっきネットで調べたことなんで、現実はいくらか知りませんけどね。ただグラム六千円だ。それを産業にすれば大儲けできるのは確実でしょう。二代目はそう考え、実行した。最初は自分の畑で作っていたはずです。ビニールハウスの中ならなにを作ってるか分かりませんから。野菜に紛れて込ませればまずバレない。大麻を売って儲けた金を二代目は買収に使ったんでしょう。県議会議員や国会議員がこんな山奥の町に気をかけるわけがない。人が少なすぎて票が望めませんから。でもカネが貰えるなら別だ。選挙にはカネがかかる。裏金はあればあるほど助かります。だからあのトンネルができたし、市から補助金もたんまり出た。こうして二代目は地盤を固め、ある種の国を作っていったんです。そうなればどんなルールを作っても文句は言えない。反対するなら買収すればいいですしね」
 俺はフーッと息を吐いた。
「カネを持った人間の考えることは一緒です。もっと欲しい。それが二代目を暴走させていった。自分の畑で大量の大麻を栽培するのは厳しい。かといってここは冬は寒く、山かどこかで隠して栽培しても効率が悪い。見つかる可能性も高まりますからね。だから二代目は計画したんです。もっと効率よく大麻を栽培できる工場を作ることをね。しかし、実行する前に死んでしまった」
「あいつは本当に自殺だったのか?」
 木下さんは驚いた。
「可能性はあります。ただ二代目にはこれといった病気はなかった。なら考えられるのは呪い」
「呪いだあ?」
「呪いと言ってもいいはずです。なぜなら親子二代で薬物中毒だったんですから」
「な…………。あの野郎もポン中だったのか……」
「多分そうだと思います。だから死体は焼かれた。解剖もできないほどしっかりと。二代目は大麻を栽培しながら自分でも使用していたんでしょう。大麻はゲートドラッグ。つまりあらゆるクスリの入り口です。しばらくすると満足できず、コカインやヘロインを注射で打つようになった。二代目も言動がおかしくなったそうですからね。きっと禁断症状でしょう。そんな父親を見て息子は思ったはずだ。もう長くないと。そして父親が薬物中毒で死ねば家の汚点になる。当然息子が選挙に出馬しても勝てません。だから遺書を書かせ、自殺に見せかけて殺した。あるいは父親自身が自ら死を選らんだ。プライドが高い人だったそうですから、まともじゃなくなる自分に耐えきれなかったのかもしれませんね。どちらにせよ遺書を書いたことから父親の協力は必須です。自殺でも息子が殺したにせよ、解剖されないためにはしっかりと焼き殺す必要がある。解剖すれば薬物中毒者だとバレてしまいますからね。誰もいない場所で放火すればこの町のルールで朝まで見つかることはありません。父親が炭になったおかげで息子は町長になることができた。そう考えるとやっぱり三代目が殺したのかもしれませんね。まあどちらでも一緒です。問題があるとすれば、ここで焼死という手段を選んでしまったのが更なる悪夢の始まりとなった」
「焼死……。猫神伝説か……」
「そうです。まあその話はあとにしましょう。大槻さんにも関係ありますしね。とにかく三代目は父親からシステムを受け継ぎました。このど田舎の町で大金を生み出す方法をです。三代目はそれを更に効率的にしました。二十四時間三百六十五日稼働する工場を作り、そこで作った大麻を誰にも知られずに街の外へ運び出すシステムを。昔、役場があった場所に軍需工場があったのは知ってますね?三代目はあれを活用しました。いや、きっと父親の案だったんでしょう。あのトンネルは役場の近くからホテルの地下を通り、山の向こうまで繋がっています。今は封鎖されたようですが、おそらく再び掘り返したんでしょう。工事の見積もりを取ったのはその為です。これも夜間外出禁止のルールが幸いしました。夜の間なら工事をしてもバレませんからね。おそらく地上で別の工事もしていたはずです。夜中にやる工事と言えば道路の整備なんかでしょう」
「そ、そう言えば道路の保全工事を夜間にしていた時期があったような……」
「きっとそれをカモフラージュに使ったんでしょう。音がしても見に行けないから人は予め言われた情報から答えを作り出す。実際はトンネルを再び掘っていたんです。そしてそれは無事開通した」
「だ、だけどどこにそんなのあるんだ?」
「舟山の運送会社ですよ。あそこの倉庫が入り口になっているはずです。舟山は岩間に借金があった。きっとそれをチャラにする約束で協力させられたんでしょう。そして運び人としてあの三人組を利用した。ただ問題がありました。トンネルが狭かったんでしょう。おそらく途中で方向転換できるスペースがなかった。だから山の向こうにある入り口から入ると運送会社の倉庫から出るしかない。町中にカメラがあるとその証拠となる映像が残っています。入ってくるトラックより出て行くトラックの方が多いんですから。でもこの町は夜に人が出歩かない上になにより防犯カメラもないですから確認のしようもありません。自分の知らない間に戻って来たと考えるのが自然でしょう。しかし役場や交番の人は怪しむ可能性があります。常に近くにいるんですからね。その対策としての猫神像です」
「猫神像?」
「そう。あの像が広場にあったのは偶然じゃない。あれは一種のミスディレクションです。あの広場に行く時、人は誰しも猫神像に注目します。視界に入ったら頭を下げるルールがありますからね。広場から出る時もそうです。視界から外れたかどうかを確認する。その向こうにある運送会社なんて見ないですし、そこから一度も入ってきたところを見たことがないトラックが出て来ても気にしません。役場や資料館、そして交番などの公共施設があるのも一役買っています。まさかその隣にある運送会社の地下に大麻工場があるなんて誰も考えませんから。そして役場や交番の窓には猫神像を見ないようにブラインドが降ろされている。運送会社からトラックが出て行くのは自然な光景ですし、気付くことはまず不可能でしょう」
「ちょ、ちょっと待て、その工場ってまさか」
 俺は頷いた。
「そうです。三代目が誘致した野菜工場ですよ。あれは失敗することが目的だったんです。欲しかったのは新規事業ではなく、野菜を作る設備ですから。それを使って大麻を栽培し、正規のトンネルを使って隣町に卸した。そして裏のトンネルから戻ってきて、収穫した大麻をトラックに乗せ、猫神像に頭を下げる町民を横目に再び町へと繰り出した。だけど朝陽のカメラに写ってましたよ。俺が来た時に出て行った軽バンが戻って来た痕跡がないことをね。しかし舟山の会社にはたしかにあのバンが駐まってました。そう言えばサトさんが聞いたという猫神の声はおそらくトンネルに風が吹き込んだ時に鳴った音でしょうね。きっとあの会社を探れば入り口が出てくるはずです。おそろしく完璧な計画でした。持続化不可能という点に目を瞑れば」
「持続化不可能? どういう意味だ?」
「ほら。そこにいるじゃないですか。ハイエナが一匹」
 俺が大槻さんを見ると、ニコリと笑われた。
「ひどいなあ。ハイエナって。まあ正解なんですけどね」
「いくら大量の大麻があっても売るにはルートがいりますからね。素人が捌ける量は知れている。ならプロが介入するのは必然です。そしてヤクザからすればこれほどおいしいネタはない。町長は公人だ。最初は協力していても、いずれ脅される。脅されたら死ぬまで
従うしかない。だからこじれた」
「こじれたってなにが?」と木下さんは首を傾げた。
「はっきりしたことは分かりませんが、おそらくは相場です。岩間は大槻さんの所属する組から買い叩かれていたんでしょう。トンネルを掘ったりしてるんだ。かなりカネはかかっている。だけど儲けが少ないんじゃ割に合わない。ならどうするか? 答えは簡単。より高く買ってくれる者に売るです。それが大槻さんのところと相対するライバル組織だったわけですよ。でしょう?」
「ええ」大槻さんは頷いた。「あいつらは講談会と取引しながら集英組とも組んでいた。集英組からすれば講談会のシノギを邪魔できる上に儲けも出るわけですからしてやったりだったんでしょう」
「だけどそれがバレてしまった。だからあなたが来たわけだ。町長を殺すために」
 木下さんは目を見開いて大槻さんを見た。
「じゃ、じゃあこの人は……」
「ヒットマンでしょう。講談組の。それもかなりの手練れだ。殺してきたのは一人や二人じゃない。そうですよね?」
 大槻さんはなにも言わずニコリと笑ったままだった。
 それが余計恐怖を与える。できることなら逃げ出したい。
 俺みたいな貧弱作家が殺人鬼と戦えるわけがないのに。
 くそ。朝陽はまだか? 道に迷ったか? それとも子供から電話とか? それだと怒りづらいな……。
 まあいい。まだ質問には答えてないんだ。大槻さんも気になって行動には移さないはずだ。
 俺の予想通り、大槻さんは尋ねた。
「面白い話でしたね。でも今の段階ではただの妄想でしかない。小説家ってみんなそうなんですか? ありそうな話を現実だと思い込むというか。大体どうして僕が犯人だと? 今の話だとその根拠がないじゃないですか。一体僕はどうやって岩間と佐竹を殺したんですか?」
「……そんなに難しいことじゃないですよ。分かってみれば子供騙しでした。まず第一の事件。あなたは夜十時を越えてからベランダを飛び降り、外に出た。俺と同じ二階ですからね。着地するのは怖いけど、訓練すれば容易です。パパが夜中に反応したのはねこにではなく、ベランダから飛び降りるあなたにだったんでしょう。夜十時を越えれば誰かに見られる心配はない。あなたは悠々と町を歩き、岩間との待ち合わせ場所へと向かった。そこで岩間を殺し、車に乗せて舟山の運送会社に入り、トンネルを通ってあの場所まで行ったんです。あのトンネルは直線なんでしょうね。地図アプリを開いたらすぐに分かりましたよ。運送会社からホテルに真っ直ぐ線を引いて、その延長線上に変電所があった。おそらく廃屋かどこかに地下室があって、そこに繋がっているんでしょう。これなら大柄な岩間を簡単に運ぶことができます。そして現場を作り出し、戻って来た。トンネルが直線だったので行きは前を向けたけど帰りはバックだ。そのせいで色々とぶつけたんでしょう。車は傷だらけになった。あとは車を放置し、朝までどこかで身を潜めた」
「それだと僕はホテルの外から戻ってきたことになる。だとしたら受付の人に見つかると思うんですけど」
「それも簡単です。あなたはホテルの外から受付に電話をかけ、ケトルが壊れたと言って呼び出した。あそこは受付が一人だし、業務でエレベーターを使うのも知っていたんでしょう。受付はエレベーターに乗って二階に向かいました。その間にあなたは急いでホテルに入り、階段を上がって先回りした。あのエレベーターは古く、とても遅いですからね。走れば追い越せるのはパパが逃げた時に分かりました。メディアの人間がエレベーターに乗るのとほとんど同時に走りだしましたけど、余裕で階段の方が早かったですから。おそらくあなたは前もってそれを知っていたんでしょう。自分か、または仲間に調べさせておいた。最初は地震のせいで遅くなったのかと思いましたけど、来る前に調べたので確実です。それに受付のスタッフが言ってましたよ。あなたは廊下に出て待っていたとね。普通は壊れたケトルの為にわざわざそんなことはしない。でもあなたはそうした。理由は単純で、いくらエレベーターが遅くても部屋に戻る時間までは確保できないからです。そうしてあなたは前もって壊しておいたケトルを渡し、ずっと部屋にいたと思わせた。これだけならすぐに思いつきそうですけど、あなたは保険をかけておいた。それが岩間の死体を置いた場所です。あれだけの山奥に一人で大きな岩間を運ぶことは不可能。できたとしてもよほど大きく強靱な肉体が必要です。だけどあなたは小柄で若くもない。おまけにアリバイもあれば早々に容疑者から外れることができるわけです。でも今考えればおかしい」
「おかしい?」
「そうでしょう? 防犯カメラがない町で家族や友達もおらず、一人で来たのにアリバイがあるなんてあり得るでしょうか? 俺も朝陽もアリバイはなかった。ただ動機もないので警察は自然と容疑者から外したはずです。でもあなたはアリバイを作った。完璧主義者故の不自然な点です」
「なるほど。それは考えていませんでしたね。言い訳をすると、まさか誰もアリバイがないとは思わなかったんですよ。一人ぐらいはあると思ってました。そのせいもあって目立っちゃいましたね」
 大槻さんは素直に反省しているようだった。
 さっきから焦る様子が微塵もないのが怖い。
「……決定的だったのは第二の事件です。佐竹は死ぬ前に誰とも会っていない。会っていたらその人が疑われているはずですから。警察も連絡などの記録を追っているはずですが、それもない。ならあのホテルで佐竹は呼び出されたんです」
 木下さんは不思議そうにした。
「じゃ、じゃあこいつと話したのか?」
「違います。ただ結果的にそうなるよう仕向けたんです。あの時、大槻さんはこう言いました。隠れても無駄だ。警察が必ず見つけると。その言葉が佐竹を動かした」
「どういう意味だ?」
 木下さんは益々混乱しているようだった。
「これも分かってしまえば簡単です。町長の岩間があれだけのことをやっていたんだ。秘書は当然知っている。いや、むしろ協力していたとみる方が自然でしょう。岩間が死んだ今、責任者は佐竹に移った。そんな佐竹が心配することはなんでしょう? 工場が見つかること? それもあるでしょうけど、おそらく簡単には見つからないようになっているはずです。舟山もトンネルがあるところには誰も入れないだろうし、入れても地下への入り口は存在を知らない限り見つけ出せない仕組みになっているはずです。次にあの三人組です。あいつらが捕まれば口を割る可能性がある。でも奴らもすぐさま町の外へと逃げました。おそらく大槻さんの組が手配したんでしょう。今は安全な場所で匿われているはずです。あるいはもう口封じとして死んでいるかもしれませんが……」
 木下さんはゴクリとつばを飲んだ。
「じゃ、じゃあ佐竹はなにを心配したんだ?」
「場所も人も問題なし。なら次に心配するのは警察にバレたら困るもの。大麻は車で直接運んでいるので問題はない。なら残るはカネ。佐竹はあの工場に隠していたカネを取りに行ったんです。自宅や事務所だとなにかあった時に見つかりますからね。警察や税務署から隠せる場所が必要だった。それがあの使われてない工場だったんでしょう。おそらく管理は町でやっていたはずですから、誰かが侵入する可能性も限りなく低い。そして大槻さんのもくろみ通り、佐竹は動き、そして後を追ってきたヒットマンに気付かずカネを回収してしまった。おそらく殺されたのはその直後でしょう。でないとカネが手に入らないですからね。あとは佐竹を機械に放り込み、自分は何食わぬ顔で仕事に戻った。銀行員なら車で町をうろうろしていても怪しまれませんから。そして計画は最後の段階に移行します」
「最後? まだあるのか?」
 木下さんは眉をひそめた。俺は苦笑する。
「あるでしょう。あなたが立候補し、他の三人もあとを追った。こんな偶然があり得ますか? 当然事前に仕込んでいるはずです。木下さん以外の立候補者に会いましたが、全員に共通点がありました。それはお金に困っていること。そしてみんな同じボールペンを持っていること」
「ボールペン?」
「はい。モグラのマスコットが付いたボールペンです。調べたんですけど、この地域の銀行のマスコットらしいですね。大槻さんは融資と称して債務者達に命令しに行ったんですよ。次の選挙に立候補しろって」
「な、なんでわざわざそんなことを?」
「もちろん今のシステムを継続させる為です。岩間が死に、次期町長と目されていた佐竹も死んだ。しかしシステムを管理する者は必要です。金の卵ですからね。それを債務者に依頼した。いや、依頼じゃない。脅迫です。舟山はずっとなにかに怯えていました。ですがそれも当然です。大槻さんからあるメッセージを受け取ってましたからね」
「メッセージ? なんだそれは?」
「一つは岩間の死体があった場所に張られた星形のロープ。そして決定的になったのは佐竹の背広です。知らなければ分からないが、知っていればすぐに分かるメッセージですよ。星形は講談会の所属組織、星野組を示しています。そして張られたロープは縄張りを表している」
「じゃあ佐竹の背広はなんだ?」
「切り刻まれて裏返しになっていましからね。裏切りですよ。裏切るとこうなるっていう示唆だったんです」
「ダジャレ……?」
 木下さんは呆れていた。俺も苦笑する。
「そう。ダジャレです。馬鹿馬鹿しいけど分かる人が見ればぴんとくる。効果はてきめんでした。すぐに三人は立候補し、木下さんの妨害に動いた。全てはそこにいる銀行員の計画通りですよ。ただ、おそらくそれも嘘でしょうけど」
「嘘って……」
 木下さんは不安そうに大槻さんを見る。
「普通に考えてください。銀行員がこんな手際よく人を殺せるわけないでしょう。おそらくそこにいる大槻さんは偽者です。本物の大槻さんは別にいる。きっと出張自体は本当にあったんでしょう。だから確認は取れた。会社からも本物の大槻さんに連絡が行き、この町に来て事件に巻き込まれたと言えば問題ありません。警察もわざわざ顔写真までは取り寄せないでしょう。電話で確認し、免許証なんかを調べれば終わりだ。その免許証も顔写真だけ取り替えた偽造でしょうけど、よっぽど怪しまれなければしっかり確認はしない。なにかで聞いたことあるんですけど、銀行員は借金するとすぐ会社にバレるから大変なんだそうです。きっと本物の大槻もそうだったんでしょう。でもカネが必要だった。そうなると借りられる場所は限られてくる。闇金で借りて、そのバックにそこの人が関わっていたんでしょう。あとは協力しないと会社にバラすと脅せば入れ替わることは容易です。ただ、あなたは完璧主義者だ。もしかして本物の大槻とそっくりに整形したなんてことは……」
 偽の大槻さんは意外そうにしつつも笑った。
「おや。バレましたか。まさかそこまで見破られるとは」
「それならDNA鑑定でもしない限りはまずバレないでしょうね……。でもそんな予感はしてました」
「それはどうして?」
「あなたはホテルで唯一パパに挨拶した客だったんですよ。この町のルールをしっかりと守っている。初めて来た町で完璧にね。そんなの普通は無理です。どこかでボロがでる。でもあなたは違った。おそらく用意周到に準備をしてきたんでしょう。きっと本物の大槻さんの口癖や仕草もコピーしているはずだ」
「アリバイもそうですけど、ダメですね。こういう性格なんです。なんでもちゃんとしないと気が済まない。たしかに不自然ですね」
 大槻さんはすんなりと受け入れた。まるで次があるかのようだ。
「工場で作っているのが大麻だとなぜ分かったんですか?」と大槻さんは聞いた。
「匂いです。あの三人組に会った時、甘い匂いがした。調べてみると大麻はそういう匂いがするらしいですね。おそらく売り物をちょろまかして吸っていたんでしょう。だからリーダー格の男は注意した。調べるまで知らなかったんで、香水と言われてそうなんだと思っていましたけど」
「なるほど。ですけどそれだとまだ完璧とは言えませんね」大槻さんは両手を広げた。「この状況を見てください。僕はまだなにもしてません。ナイフは向けていますがそれだけです。捕まったとしてもすぐに出られるでしょう。有馬さん。あなたが今長々と話したのは全て推理に過ぎない。証拠はあるんですか? まあ、こんなことを言うのは犯人だけなんですけど」
 面白がる大槻さんに俺は少し呆れた。
「ありますよ」
「ほう。それはどこに?」
「あなたがビールをくれた時、持ち物は普通のビジネス鞄だけでした。ならどこかに隠しているはずです。佐竹から奪ったカネを。今カネを持って町から出るのは危険すぎる。警察がうろうろしているし、検問もあります。車を調べられたらすぐにバレてしまう。そんなリスクを完璧主義のあなたが犯すわけない。なら考えられることは一つ。どこかに隠している。おそらくは部屋にです。用もないまま長く泊まると怪しまれますけど、そこは仲間を使えば簡単に解決できる。警察の警戒が解けるまでカネを持ってホテルに泊まらせればいい。おそらくですが、既に受け渡しは終わっているんじゃないですか? あなたの予定ではこのまま木下さんを殺して町を出るはずだった。ならあのホテルのどこかにいるはずです。カネの入った鞄を持つあなたの仲間が」
「お見事ですね。まさかそこまで分かっているとは。売れてない作家だと油断してました」
 大槻さんは笑って俺にナイフを向けた。
「でも想像力が足りないんじゃないですか? この状態で僕相手に丸腰なんて。殺されるとは考えなかったんですか?」
 大槻さんの目は笑っていたが、その奥は鋭かった。
 距離は離れているけどナイフを向けられる経験は初めてだった。怖い。刃物を向けられるのがこれだけ怖いとは。
 よくフィクションで刃物を持った相手を華麗に制圧してるけど、現実にあったら絶対に無理だな。素人相手でも怖いのにプロなら尚更だ。
 逃げたい。でも逃げたら木下さんが殺される……。
「……もちろん考えてますよ。今俺を殺そうとしても逃げ切る自身があります。こう見えても学生時代は陸上部だったんで」本当は図書委員だったけど。「木下さんを殺した瞬間に逃げます。いくらあなたでもこの暗い中、俺を捕まえることはできないでしょう。俺を襲ってきたら木下さんにも逃げられますよ?」
「そうですね。あなたの仰るとおりです。ですけど」
 大槻さんはそこまで言って背広の内ポケットに手を突っ込んでとんでもない物を取り出した。
 銃だ。銀色の銃。サプレッサーも付いている。
 銃を向けられ、俺はゾッとして冷や汗を流しながらつばを飲み込んだ。
 大槻さんはニコリと笑う。
「これであなたを撃ち殺して、それから木下さんを切り殺せば問題は解決します。あなたの死体は回収し、この世から消し去っておきますよ。木下さんを切り殺せば伝説通りの終わりです。どうですか?これもあなたの予想通りですか?」
 この人なら今言ったことを簡単にやれるだろう。そうなれば俺は死ぬ。跡形もなく。
 でも――
「はい。予想通りです」
 俺が震えるのを我慢してそう告げると、今まで笑顔だった大槻さんがキョトンとしていた。
 大槻さんはそれから目を見開き、表情から好奇心を滲ませる。
「まさか、そこまで分かっていたとは」
「……想像力を働かせるのが作家ですから」
 大槻さんはニコリと笑って言った。
「いつか売れるといいですね」
 次の瞬間、様々なことが起きた。
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