路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 お風呂から上がってきたパジャマ姿の小白に二人は努めて今まで通り振る舞った。
 しかし小白は二人の表情から感情を読み取り、頭に乗せていたタオルを取らなかった。
 小白は下を向いて尋ねた。
「……見た?」
 二人は顔を見合わせた。真広はなんとも言えない表情になった。
「い、いや……その……」
「見ました」と真理恵は言った。「まあ、その、可愛らしい耳ですね」
 真広は驚きながらも何度か頷いた。
「ああ。うん。そうだな」
 耳を褒められて小白は顔を上げた。
「本当?」
「ええ。まあ」と真理恵は頷く。
「うちもそう思う」
 二人はなかなかの自画自賛だなと小さく笑った。
 小白が笑うと真広は提案した。
「その、なんだ、うちにいる間くらいは隠さないでいい」
「そうする」
 小白はタオルを外すと頭の上で耳が二つ、ピンと立った。
「今はまだいいけど夏はむれる。かゆい」
「でしょうね」と真理恵は頷いた。「ドライヤーはしたの?」
「熱いから好かん」
「まあそうかもしれないけど。ほら、耳を避ければできるでしょう?」
「そんな技術はない」
 まだ五歳の小白は上手くドライヤーを使えなかった。一度やってみたが耳を焦がしそうになってからは二度と使わないと決めていた。
 だから小白の長い髪はしっとりと濡れている。見かねた真理恵は「こっちにいらっしゃい」と言って小白の髪を拭いてあげた。
 小白は大人しく拭かれながらも「耳はいい。自分でする」と言った。
 真理恵としてもこのねこの耳はどう扱っていいか分からなかったのでホッとする。
 間近で見れば見るほどねこにそっくりの耳だ。気持ちが良いと時折ぴくぴくと動いている。可愛らしいのだが、同時に不気味でもあった。少なくとも普通ではない。
 髪を拭いている間、真理恵は真広に相談した。
「明日はどうしましょうか?」
「ああ、そうだな……。あんまり今の時期に仕事を休みたくはないけど……」
「私も休めませんよ」
 すると小白が口を開いた。
「べつに一人でいい。慣れてる」
 小白は本当にそう思っているようだった。また二人は顔を見合わせた。
「僕が昼休みに戻ってくるよ」
「そうしてください。私もなるべく早く帰りますから」
 二人は今日、初めて子育てをしながら共働きの夫婦がどうやってるのか考えた。
 そしてどうやってるのかは分からないが、大変なのだろうという予感だけがあった。
 ただ自分達は夫婦ではないし、子育てするつもりも毛頭ない。だがこういう体験があれば周りの人や同僚が似たようなことで困っている時、助けられるとまでは言わないが、その苦労を察してあげられるくらいはできそうだった。
 髪を拭いていると小白があくびをして、子供はもう眠る時間なのだと気付いた。
 普段ならここから二人は自分の部屋に戻り、真広は本を読んだりネットニュースを見たりするし、真理恵はレシピ本を読んだり、裁縫や刺繍をしたりしていた。
「眠いならあっちの部屋で寝たらいい」
 真広は小白を母親の部屋に連れて来た。母親の部屋は居間の隣にあった。仏壇にはまだ供え物が残っている。
 小白は部屋に入ると鼻をすんすんと動かした。
「線香と花のにおいがする」
「よく分かるね。線香は昨日あげたかな? 母さんは花が好きだったからね。それが残ってるのかもしれない。においが気になるかい?」
 小白はかぶりを振った。
「べつに」
「じゃあ、まあ、おやすみ」
 小白は真広を見上げ、そして奥の居間でこちらを見ている真理恵を見た。そして部屋にある仏壇を見つめて言った。
「おやすみ」
 それを奥で聞いていた真理恵は「おやすみなさい」と言い、真広はふすまを閉めた。
 小白は布団に入ると最初は辺りを見回していたが、安全を確認すると丸くなり、ころっと眠りについた。
 真広と真理恵は小さく息を吐く。真理恵は立ち上がって言った。
「お風呂に入ってきます。テレビを見るなら音を小さくしてあげてください」
「ああ、うん。いや、上に上がるよ」
「分かりました。でもなるべく」
 真理恵は口の前で人差し指を立て、真広はうんうんと頷いた。
「そうだな。長旅だったんだ」
 それから真広は二階の自室に向かい、真理恵は風呂に入った。
 一人になると二人は急に疲れ、同時に今日あったことを思い出した。
 そして思った。明日と明後日だけならこんな生活も悪くはないかもしれないと。
  小白の過去も考えたが、あまり深く追求しないようにした。そこまで踏み入ることができるほど二人に余裕はなかった。
 とにかく長い一日が終わった。
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