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小白が来て二日目。
真広と真理恵はいつもより三十分ほど早く起きた。
なにかが気になって仕方ない。二人はそれがなにか居間に降りてくるまでは分からなかった。だが互いの顔を見るとすぐさま理解する。
二人は物音のしない母親の部屋を見つめた。まだ朝の六時前。小白は寝ているようだった。だが細い隙間からでは姿は見えない。そのせいで気になった。
「よく寝られたかな?」
心配そうな真広に真理恵は言った。
「気になるなら少し覗いてみたら?」
「いや、でも……。まあ、なら少し」
真広と真理恵はふすまを少し開けて中を見た。すると暑かったのか小白は掛け布団の上でねこのように丸まって眠っていた。
小白の耳がぴくぴくと動いているのを見て二人は慌ててふすまを閉めた。
「よく寝られてるみたいですね」
「ああ。うん。よかった」
二人は互いに笑い合った。なぜだか分からないが少し嬉しくなる。
それから二人は朝の準備に取りかかった。真理恵は朝食を作り、自分の分の弁当を作った。朝ごはんには鯖を焼き、豆腐とわかめの味噌汁を用意する。
その間に真広は洗濯物を干し、母が好きだった庭の花に水をやった。この古い小さな町は朝になると一斉に動き出す。近所では子供が騒いだり、朝の夫婦喧嘩が始まりつつあった。そこにスクーターや軽トラのエンジン音が混ざり、散歩中の犬が吠えたりする。
真広が花に水をやっていると茶色い子ねこが路地裏を歩いているのが低い塀の上から見えた。まだ小さく痩せているのに堂々と歩いている。毛の色は明るく、茶色というより赤色に近かった。
真広は子ねこを見て微笑すると後ろの掃き出し窓ががらりと開いた。振り向くと目を擦る小白が立っている。
「……起きた」
「ああ。おはよう。寝られたかい?」
「まあまあ」
小白は足下に転がっていたつっかけに小さな足を入れて真広に近づいて来た。
「なに見てるの?」
「いや、小さなねこがいてね。あれ? どこだったかな?」
真広は路地裏を探してみたが子ねこはもういなかった。小白は塀に空いた穴から外を見るが薄暗い小道があるだけだった。
「いない」
「ああ。でもまた来るさ」
「なんて名前?」
「名前? そうだな。それも見かけたら聞いてみたらいい」
「そうする」
小白が頷くと居間の掃き出し窓が開き、真理恵が顔を出した。真理恵は外に出る小白を見つけると目を丸くしてから警戒し、辺りを見回した。
「さあ。朝ごはんができましたよ。顔を洗って」
「なに?」と小白は聞き返した。
「お魚です。好きなんでしょう?」
「好き。でも骨は好かん」
小白は家に戻り、洗面所に向かった。残った真広に真理恵は眉根を寄せて手招きする。
「ダメじゃないですか」
「ダメって?」
「あの子を外に出したら。ほら。あの耳のままで」
「ああ。そうか。騒ぎになったらまずいからな。うん。気を付けるよ」
真広は納得して家に戻る。あの耳が誰かにバレればこの狭い町ではあっと言う間に広がるだろう。小白も目立つのが分かっているから野球帽をかぶっていた。
それがなんであれ、世間が認めようとなかろうと、人と違うものは違う。
人は自分と違うものを簡単には受け入れられないし、その全てを許容できない。
それは人とは違う母を持っていた二人がよく知っていることだった。
食卓に座り、朝食を食べると真理恵は小白に言った。
「お昼ごはんを作っておきました。オムライスが冷蔵庫にあるから取り出してレンジで温めて食べて。レンジの使い方は分かる?」
「入れて温めのボタンを押す」
「そう。温めるボタンはあの四角いのだから間違えないように」
真理恵がキッチンにあるレンジを指さすと小白はこくんと頷いた。
「ああ。あと、その、家を出る時はなるべく目立たないように。ほら、なにがあるか分からないですから」
小白は「分かってる」と言ってから味噌汁を飲んだ。
真理恵は真広を見た。真広はなにか分かったように頷いた。
「まあ、家にいる間は大丈夫だ。誰か来ても出ないでいい。どうせなにかの勧誘だから。ここら辺は道が狭いし入り組んでいるから外にはあまり、その、出ない方がいいかもしれない」
「そうですね。ここにはなにもないからテレビでも見てた方が楽しいでしょう」
二人は暗に外へは出るなと言い、小白は頷いた。
「テレビはずっと見てた」
「そう。でも変なものは見ちゃだめですよ。ワイドショーとか人が死ぬドラマとかは」
「うん。名探偵コナンは?」
「あれはまあ、アニメだからいいでしょう。でも怖くないの?」
「怖い。自分が作者ならネタ切れになる」
「変わった見方ね。まあいいわ」
真理恵は面白そうに笑うと安心していた。一番怖いのは外に出られることだ。そうじゃなければ隠れてどんな番組を見てても我慢できる。どうせ昼に過激な放送もないだろう。
朝食を食べ終わると真理恵は化粧をし、真広は皿を洗っていた。小白は地方局が流しているアニメの再放送を見ていた。
真理恵は準備が終わると腕時計を見て言った。
「じゃあいってきます。その、なるべく大人しくするように」
小白はテレビを見たまま「わかった」と答えた。
それを見て真理恵と真広は呆れて微笑を浮かべる。
真理恵は真広に「じゃあ」と言って家を出た。真広は妹の背中に「気を付けて」とだけ言った。
真広が家を出るのは三十分後だ。職場のスーパーは自転車で行ける上に行きは下りなので早いし楽だった。
真広は家を出る前、小白に言った。
「じゃあ、行ってくるよ。キッチンにお菓子があるから食べてもいい。せんべいとかしかないけど。昼休みには帰ってくるよ」
「うん」
小白が頷くと真広は心配そうにしながら何度も振り向きつつ、家を出た。
そしていつも誰もいない家に小白だけが残った。
一人になると小白はぐーっと伸びをして、ホッと一息ついた。
耳を澄ますと先ほどまで騒がしかったこの古くて狭い町から人が消え、しんとしていた。
真広と真理恵はいつもより三十分ほど早く起きた。
なにかが気になって仕方ない。二人はそれがなにか居間に降りてくるまでは分からなかった。だが互いの顔を見るとすぐさま理解する。
二人は物音のしない母親の部屋を見つめた。まだ朝の六時前。小白は寝ているようだった。だが細い隙間からでは姿は見えない。そのせいで気になった。
「よく寝られたかな?」
心配そうな真広に真理恵は言った。
「気になるなら少し覗いてみたら?」
「いや、でも……。まあ、なら少し」
真広と真理恵はふすまを少し開けて中を見た。すると暑かったのか小白は掛け布団の上でねこのように丸まって眠っていた。
小白の耳がぴくぴくと動いているのを見て二人は慌ててふすまを閉めた。
「よく寝られてるみたいですね」
「ああ。うん。よかった」
二人は互いに笑い合った。なぜだか分からないが少し嬉しくなる。
それから二人は朝の準備に取りかかった。真理恵は朝食を作り、自分の分の弁当を作った。朝ごはんには鯖を焼き、豆腐とわかめの味噌汁を用意する。
その間に真広は洗濯物を干し、母が好きだった庭の花に水をやった。この古い小さな町は朝になると一斉に動き出す。近所では子供が騒いだり、朝の夫婦喧嘩が始まりつつあった。そこにスクーターや軽トラのエンジン音が混ざり、散歩中の犬が吠えたりする。
真広が花に水をやっていると茶色い子ねこが路地裏を歩いているのが低い塀の上から見えた。まだ小さく痩せているのに堂々と歩いている。毛の色は明るく、茶色というより赤色に近かった。
真広は子ねこを見て微笑すると後ろの掃き出し窓ががらりと開いた。振り向くと目を擦る小白が立っている。
「……起きた」
「ああ。おはよう。寝られたかい?」
「まあまあ」
小白は足下に転がっていたつっかけに小さな足を入れて真広に近づいて来た。
「なに見てるの?」
「いや、小さなねこがいてね。あれ? どこだったかな?」
真広は路地裏を探してみたが子ねこはもういなかった。小白は塀に空いた穴から外を見るが薄暗い小道があるだけだった。
「いない」
「ああ。でもまた来るさ」
「なんて名前?」
「名前? そうだな。それも見かけたら聞いてみたらいい」
「そうする」
小白が頷くと居間の掃き出し窓が開き、真理恵が顔を出した。真理恵は外に出る小白を見つけると目を丸くしてから警戒し、辺りを見回した。
「さあ。朝ごはんができましたよ。顔を洗って」
「なに?」と小白は聞き返した。
「お魚です。好きなんでしょう?」
「好き。でも骨は好かん」
小白は家に戻り、洗面所に向かった。残った真広に真理恵は眉根を寄せて手招きする。
「ダメじゃないですか」
「ダメって?」
「あの子を外に出したら。ほら。あの耳のままで」
「ああ。そうか。騒ぎになったらまずいからな。うん。気を付けるよ」
真広は納得して家に戻る。あの耳が誰かにバレればこの狭い町ではあっと言う間に広がるだろう。小白も目立つのが分かっているから野球帽をかぶっていた。
それがなんであれ、世間が認めようとなかろうと、人と違うものは違う。
人は自分と違うものを簡単には受け入れられないし、その全てを許容できない。
それは人とは違う母を持っていた二人がよく知っていることだった。
食卓に座り、朝食を食べると真理恵は小白に言った。
「お昼ごはんを作っておきました。オムライスが冷蔵庫にあるから取り出してレンジで温めて食べて。レンジの使い方は分かる?」
「入れて温めのボタンを押す」
「そう。温めるボタンはあの四角いのだから間違えないように」
真理恵がキッチンにあるレンジを指さすと小白はこくんと頷いた。
「ああ。あと、その、家を出る時はなるべく目立たないように。ほら、なにがあるか分からないですから」
小白は「分かってる」と言ってから味噌汁を飲んだ。
真理恵は真広を見た。真広はなにか分かったように頷いた。
「まあ、家にいる間は大丈夫だ。誰か来ても出ないでいい。どうせなにかの勧誘だから。ここら辺は道が狭いし入り組んでいるから外にはあまり、その、出ない方がいいかもしれない」
「そうですね。ここにはなにもないからテレビでも見てた方が楽しいでしょう」
二人は暗に外へは出るなと言い、小白は頷いた。
「テレビはずっと見てた」
「そう。でも変なものは見ちゃだめですよ。ワイドショーとか人が死ぬドラマとかは」
「うん。名探偵コナンは?」
「あれはまあ、アニメだからいいでしょう。でも怖くないの?」
「怖い。自分が作者ならネタ切れになる」
「変わった見方ね。まあいいわ」
真理恵は面白そうに笑うと安心していた。一番怖いのは外に出られることだ。そうじゃなければ隠れてどんな番組を見てても我慢できる。どうせ昼に過激な放送もないだろう。
朝食を食べ終わると真理恵は化粧をし、真広は皿を洗っていた。小白は地方局が流しているアニメの再放送を見ていた。
真理恵は準備が終わると腕時計を見て言った。
「じゃあいってきます。その、なるべく大人しくするように」
小白はテレビを見たまま「わかった」と答えた。
それを見て真理恵と真広は呆れて微笑を浮かべる。
真理恵は真広に「じゃあ」と言って家を出た。真広は妹の背中に「気を付けて」とだけ言った。
真広が家を出るのは三十分後だ。職場のスーパーは自転車で行ける上に行きは下りなので早いし楽だった。
真広は家を出る前、小白に言った。
「じゃあ、行ってくるよ。キッチンにお菓子があるから食べてもいい。せんべいとかしかないけど。昼休みには帰ってくるよ」
「うん」
小白が頷くと真広は心配そうにしながら何度も振り向きつつ、家を出た。
そしていつも誰もいない家に小白だけが残った。
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