路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 真広は途方に暮れていた。
 警察に通報しようにも真広は小白の写真を持っていなかった。
 大丈夫だろうと思う反面、もしかしたらとも考えてしまう。ニュースで見た事故や事件、誘拐なんてことを想像するたびに気が気じゃなかった。
 小白は普通の子とはちがう。耳があるとバレてしまっただけでもトラブルに巻き込まれる可能性はある。
 とりあえず叔父に連絡をしなければ。もしかしたら居所を知っているかもしれない。
 真広はそう考えながらとぼとぼと家に帰り、そしていつもの癖で挨拶をした。
「ただいま」
「おかえり」
 返ってくるはずのない返事を聞いて真広は目を丸くして顔を上げた。慌てて居間に向かうと座卓でオムライスを食べながらテレビを見ていた小白を見つけた。
 真広は心底安心して息を吐いた。疲れが吹き出し、よろよろと座卓に向かうとその場に座って小白がオムライスを食べるのを眺めた。
 小白はケロッとしつつも名探偵コナンを真剣に見ていた。
 真広は心配が消え、ちょっとした憤りも覚えたがすぐにそれも消え、ただ和んだ。
「どこに行ってたのかな?」
「ちょっとそこまで」
 小白があっけらかんと言うので真広は面白そうに笑った。
「どこかな。町の下? それとも上?」
「上。あと左。道路から海が見えた」
 真広は「ああ。丘の上か」と納得した。この近くにある山を通る県道のことだろう。あそこは朝と夕方は交通量が多いが、歩道も広い。ここから一キロしか離れていないが、真広はもっと狭い場所にいると思って探してなかった。
「なにか見つかったかい?」
「うん。わかった」
「分かった? なにが分かったのかな?」
「ねこになる方法。アンが教えてくれた」
「アン?」
「赤ねこ」
 真広は小白がなにを言っているのか分からなかった。
「赤ねこっていう人がいたのかい?」
「赤ねこはねこ。名前がアン。自分で付けたって言ってた」
「ねこが、ねこの?」
 小白はこくんと頷いた。真広は狐につままれたような気分だった。
「なるほど……。それでその、アンはなんて?」
「ねこになるには肉球がいるって」
「それは……そうだろうね……」
「うん。耳はもうあるから、あとは肉球。しっぽはないのもいるって。でも肉球はみんなあるから」
「それをねこに聞いたのかい?」
「うん」と小白は頷いた。
「それはつまり……ねこの言葉が分かる……ってことかい?」
 小白は答えなかった。ただこう言った。
「これでうちはねこになれる」
 それから小白はオムライスを食べ、テレビを見た。
 真広は黙り込み、色々と考えようとする。しかし疲れてそれができなかった。
 真理恵にSNSで連絡を取ると「よかった」と安堵していて、それは真広にとってもそうだった。だから今はその事実だけを噛み締めることにした。
 なにはともあれ小白は無事に帰ってきたのだから。
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