路地裏のアン

ねこしゃけ日和

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 家から屋敷までは歩いて十分ほどで着いた。
 真広にとっては見知った地元のはずだが知らない小道も多かった。
 途中吠える犬はいるし、坂も多いが車通りはそれほど多くない。
 屋敷に着くと真広はその大きさに感心していた。
「ここか。すごい庭だね」
「広い。おにごっこできる。かくれんぼも」
「見つける方は大変そうだ。迷子には気を付けないとね」
「大丈夫。うちは迷わん」
 小白はしれっとそう言った。真広はそれを信じて頷いた。
「今からジョーシンに行ってブルーレイレコーダーを見てくるけど一緒に行くかい? それともここに残る?」
「トラのところ?」
「そうだね」
「トラは大きいねこだから悩むけどここにいる。牧師に会いたいから」
「そうか。まあ、じゃあ行ってくるよ。なにかあったら携帯に電話して」
 小白はこくんと頷くが真広はまだ心配そうだった。
「それと怪我をしないように。させるのもダメだ。ああ、あと知らない大人について行っちゃいけないよ。外に出る時は車に気を付けないといけないし、危ない場所にも行っちゃダメだ。変な物も食べないように。いいかい?」
「わかった」
 小白は半分くらい聞いてなかったがまた頷いた。
 真広は心配そうにしながらもチャイムを鳴らして屋敷に入っていく小白の後ろ姿を眺めていた。小白が見えなくなって三十秒くらいしてから真広は家電量販店に行くため、車のある家まで歩き出した。その背中は少し寂しそうだった。
 屋敷に入った小白は玄関で里香に挨拶した。
「来た」
「どうぞ。蒼真はまだ来てないよ。あの子も色々と行くところあるみたいだから」
「いらん」
 小白はそう言うとリビングに向かった。広いリビングには寄付された本が置かれている。
 小白は本棚を吟味し、その内の一冊を選んでつま先立ちで手を伸ばした。すると同じサイズの白い手とぶつかる。
 小白が隣を見るとそこには見知らぬ女の子がつま先立ちで睨んでいた。
 白い丸襟のワンピースに赤いリボンを結び、白の靴下にはワンポイントが入っている。リボン付きのヘアゴムでツインテールを構築していて如何にも女の子らしい子だった。
 少女は鋭い目つきで言った。
「あんた男の子でしょ? だったら譲りなさいよ」
「うちは男じゃない。ねこ」
「ねこ? あんた女の子なの?」少女の表情が少し柔らかくなった。「そう。じゃあそれ読んでいいわ。わたしはもう五才だから」
「うちも五才だが」
 小白はそう言いながらも本棚から絵本を抜き取った。それをソファーまで持っていき、座ると開いた。
 少女も小白について行き、隣にちょこんと座ると笑いかける。
「わたし伊織桐乃。名前みたいな苗字と苗字みたいな名前でしょ?」
「しらん」
「あなたは?」
「小白。ねこ」
「へえ。小白ねこちゃんって言うんだ。かわいい名前」
 桐乃は楽しそうに足をブラブラさせ、絵本を指さした。
「この本好き? おもしろいよね。どうなるか教えてあげようか?」
「いらん」
「わたしんち犬飼ってるんだよ。トイプードル。コロンっていうの。見に来る?」
「いかん」
「じゃあさじゃあさ」
 桐乃がまだ話したそうにしていると小白は絵本をパタンと閉じて冷めた目で言った。
「だまれ」
 桐乃は分かりやすくショックを受ける。そこへ小白が追い打ちをかけた。
「お前、友達おらんだろ」
 図星を指されて桐乃は更にショックを受ける。
 そこへ蒼真がやってきた。蒼真は部屋の隅で一人体育座りをする桐乃を見つけて不思議がった。
「……なにしてるんだ?」
 そう言って蒼真はソファーでくつろぐ小白を見つけ、なんとなく理解する。
「小白にやられたのか……」
 蒼真から小白の名前が出ると桐乃は耳をぴくりと動かして素早く詰め寄った。涙目で怒りながら小白を指さす。
「なんなのよあの子ッ!? いきなり来て大きな顔するなんてッ!」
「大きな顔はお前もだろ。まあ、たしかにあいつはすごいけど……」
 小白は初めて座ったソファーで寝転び、自由気ままに絵本を読んでいる。それを見て蒼真は呆れていたが、同時にもう慣れていた。
「とにかく仲良くしろよ。お互いに」
 桐乃は「イヤよ。あんなわがままで自分のことしか考えてない子なんて」と拒否する。
「よくそれを他人に言えるな……」蒼真は呆れながら小白の方を向いた。「小白もさ。あんまりここじゃ無茶するなよ。先生怒るとこわいんだからな」
「うそつきのくせにえらそうだな」
 小白はボソリと毒づいた。
「うそって?」
「ねこ。見つけられなかった」
「そんなのしょうがないだろ。ねこなんだから。自由なんだよ」
「…………一理ある」
 二人の会話を聞いていた桐乃はもう一度チャレンジしようと小白に話しかけた。
「ねこが好きなの? 名前がねこちゃんだから?」
「名前は小白。種族がねこ。二度と間違えるな」
「な、な、なによそれ!」桐乃は小白をびしっと指さした。「うそつき! この子うそつきだわ! うそはついちゃいけないんだから!」
「言われてるぞ。クソガキ」
 蒼真は「お前だろ」と呆れる。小白はムッとして桐乃を見上げた。
「うちはうそつきじゃない。ねこだから。ねこになるから」
「なに言ってるのよ! 人間がねこになれるわけないじゃない!」
 小白は一瞬ハッとしてからすぐ桐乃を睨んだ。
 さっきまで威勢が良かった桐乃はたじたじになる。
「な、なによ……。本当のことでしょ…………」
 小白はぎゅっと口をつぐんで絵本を閉じ、そして絵本をソファーに置いて立ち上がると桐乃の前まで行き、立ち止まった。
 桐乃は隣にいた蒼真にしがみつく。蒼真は自分を巻き込むなとギョッとした。
 桐乃が叩かれると思って目を瞑ると小白はぷいっとそっぽを向いてリビングの出口に向かった。
「行ってくる」
 蒼真は意味が分からず眉をひそめた。
「どこに?」
「ねこの会議。うちはねこだから呼ばれてる」
「……そっか。いってらっしゃい」
「うん。マヒロが来たら待っとくように言っておいて」
 そう言うと小白はリビングから出て行った。
 リビングに残った蒼真は自分にしがみつく桐乃をチラリと見て、溜息をついた。
「……マヒロって誰だよ?」
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