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高野哲也はこれといった取り柄のない男だった。
勉強も人付き合いも苦手な高野は高校を中退すると家を出て一人で暮らし始める。
若い内は期間工などでそれなりに食べていけた。しかし稼いだカネはその大半が酒と煙草、それに加えて博打で消えていった。
契約が満了になるとまた別の工場で働き、同じような生活を続けた。
だが期間工も四十歳になると体の節々が悲鳴を上げだし、続けられなくなった。
全国を転々としていた高野が地元近くに戻ってきた時、姉が病気になったことを知り鈴原家を訪れたことがある。
旦那と別れた姉は精神的に磨り減り、心の病になっていた。そのことを可哀想とは思った高野だが、助ける気にはなれなかった。自分一人が食べていくので精一杯だ。
幸か不幸か姉の子供は母親をしっかり支えていた。それを羨ましく思いつつ、本人達を哀れに思うものの、やはり高野に彼らをどうにかする力はなかった。
高野は安い団地で暮らしながらピッキングや宅配のバイトでなんとか食いつないでいた。給料のほとんどは生活費で消え、残ったカネも酒と煙草でなくなる。遂には借金も作り、それも利息を払うので精一杯だった。
高野は自分の将来に全く希望を持ってなかった。年金も保険も払ってないし、かといって生活保護を受けるのも嫌っている。
きっとこの先どこかのタイミングで野垂れ死ぬのだろうとぼんやり思いながらも高野はなんとかバイトを続け、生活費を稼いでいた。
そして更に歳を取り、高野が老眼になった頃のことだった。
それは突然やってきた。
夜の十時。高野の部屋のドアを誰かがドンドンと叩き続ける。
いつも通りテレビを見ながら仕事終わりの酒を飲んでいた高野は眉をひそめた。だが無視していても音は鳴り止まない。軽いなにかでドアを叩き続ける。
高野は舌打ちして重くなった体を持ち上げた。
「何時だと思ってんだ」
そう呟きながら高野は玄関に向かい、睨みながらドアを開けた。だが誰もいない。
すると下から声がした。
「おかあさんを」
高野が視線を下げるとそこにはまだ三歳くらいの女の子が立っていた。
驚くことにその子の耳は頭の上に生えていた。
女の子はまだ子供とは思えないほど強い瞳で高野を見つめ、言った。
「おかあさんをたすけてください」
高野はまるで子ねこが迷い込んできたような錯覚を覚えた。
だがその子はたしかに人の言葉を話し、意思を持って高野を見つめていた。
訳の分からなかった高野だが酔いは覚め、女の子に連れられ恐る恐る隣の部屋に向かうとそこで高熱を出して横たわる母親を見つけた。
母親の耳も女の子同様頭の上にあった。ねこのような耳だった。
なにをすればいいのか分からなかった高野だったがとりあえず布団まで運び、近くにあったビニール袋に氷と水を入れて氷嚢を作り、タオルで巻いて母親の頭に乗せた。
母親はまだ若かった。二十代半ばくらいだ。可愛らしい顔をしているが、全体的に痩せていて、見ている者を不安にさせる体だった。
「なんなんだ……」
高野はリビングの椅子に座り、遠巻きに母親を見ながら呟いた。熱のこともあるがなによりもあの耳だ。一瞬人ではないのではないかと思った。
最近若い親子が引っ越してきたのは知っていたいが、こんな耳だとは思いもしなかった。
柄にもなく人助けをした高野の胸中に浮かんだのは妙な充足感だった。
高野は母親の隣にちょこんと座る女の子に尋ねた。
「……お前、名前は?」
女の子は高野の方を向くと静かに答えた。
「こはく」
それが高野と小白の出会いだった。
勉強も人付き合いも苦手な高野は高校を中退すると家を出て一人で暮らし始める。
若い内は期間工などでそれなりに食べていけた。しかし稼いだカネはその大半が酒と煙草、それに加えて博打で消えていった。
契約が満了になるとまた別の工場で働き、同じような生活を続けた。
だが期間工も四十歳になると体の節々が悲鳴を上げだし、続けられなくなった。
全国を転々としていた高野が地元近くに戻ってきた時、姉が病気になったことを知り鈴原家を訪れたことがある。
旦那と別れた姉は精神的に磨り減り、心の病になっていた。そのことを可哀想とは思った高野だが、助ける気にはなれなかった。自分一人が食べていくので精一杯だ。
幸か不幸か姉の子供は母親をしっかり支えていた。それを羨ましく思いつつ、本人達を哀れに思うものの、やはり高野に彼らをどうにかする力はなかった。
高野は安い団地で暮らしながらピッキングや宅配のバイトでなんとか食いつないでいた。給料のほとんどは生活費で消え、残ったカネも酒と煙草でなくなる。遂には借金も作り、それも利息を払うので精一杯だった。
高野は自分の将来に全く希望を持ってなかった。年金も保険も払ってないし、かといって生活保護を受けるのも嫌っている。
きっとこの先どこかのタイミングで野垂れ死ぬのだろうとぼんやり思いながらも高野はなんとかバイトを続け、生活費を稼いでいた。
そして更に歳を取り、高野が老眼になった頃のことだった。
それは突然やってきた。
夜の十時。高野の部屋のドアを誰かがドンドンと叩き続ける。
いつも通りテレビを見ながら仕事終わりの酒を飲んでいた高野は眉をひそめた。だが無視していても音は鳴り止まない。軽いなにかでドアを叩き続ける。
高野は舌打ちして重くなった体を持ち上げた。
「何時だと思ってんだ」
そう呟きながら高野は玄関に向かい、睨みながらドアを開けた。だが誰もいない。
すると下から声がした。
「おかあさんを」
高野が視線を下げるとそこにはまだ三歳くらいの女の子が立っていた。
驚くことにその子の耳は頭の上に生えていた。
女の子はまだ子供とは思えないほど強い瞳で高野を見つめ、言った。
「おかあさんをたすけてください」
高野はまるで子ねこが迷い込んできたような錯覚を覚えた。
だがその子はたしかに人の言葉を話し、意思を持って高野を見つめていた。
訳の分からなかった高野だが酔いは覚め、女の子に連れられ恐る恐る隣の部屋に向かうとそこで高熱を出して横たわる母親を見つけた。
母親の耳も女の子同様頭の上にあった。ねこのような耳だった。
なにをすればいいのか分からなかった高野だったがとりあえず布団まで運び、近くにあったビニール袋に氷と水を入れて氷嚢を作り、タオルで巻いて母親の頭に乗せた。
母親はまだ若かった。二十代半ばくらいだ。可愛らしい顔をしているが、全体的に痩せていて、見ている者を不安にさせる体だった。
「なんなんだ……」
高野はリビングの椅子に座り、遠巻きに母親を見ながら呟いた。熱のこともあるがなによりもあの耳だ。一瞬人ではないのではないかと思った。
最近若い親子が引っ越してきたのは知っていたいが、こんな耳だとは思いもしなかった。
柄にもなく人助けをした高野の胸中に浮かんだのは妙な充足感だった。
高野は母親の隣にちょこんと座る女の子に尋ねた。
「……お前、名前は?」
女の子は高野の方を向くと静かに答えた。
「こはく」
それが高野と小白の出会いだった。
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