路地裏のアン

ねこしゃけ日和

文字の大きさ
50 / 67

50

しおりを挟む
 人生においてなにかが変わるとすれば、それはやはり出会いなのだろう。
 人との出会い。物との出会い。体験も経験もその全てが自分となにかが出会ってこそ生まれ得る。
 高野にとってそれが小白達親子だった。
 あの夜、高野は財布の中にあったなけなしの一万円を取り出して言った。
「目が覚めたらこれでタクシーに乗って病院に行け。それで、余ったらなんか栄養のあるもの食べろって言っておけ」
 高野はパチンコで使うためのお金を小白に渡して隣の自宅に戻った。
 いつだって金欠の高野がなぜそんなことをしたのかは分からない。高野は誰かに奢るような気前の良さはなかったし、カネがあれば酒か煙草か博打に回してきた。
 だがあの夜高野は自然とそうした。そして翌日になっても後悔していなかった。むしろ今まで感じたことのない満足感があった。
 その正体が分からないまま高野はバイトのために家を後にした。
 ピッキングのバイトを終えると高野の体はあちこち痛くなっていた。それでも倉庫から出て一服すると家路についた。
 帰宅途中にスーパーで食べ物や酒を買った高野が団地の階段を登るといつになくそわそわした。自分の部屋に入る前、小白のいる部屋をチラリと見る。
 曇りガラスから中で明かりがついていることが分かると高野はなぜかホッとした。
 だがすぐに不安が襲う。もしかしたらもっと悪化しているかもしれない。そうなれば病院にも行けていないだろう。
 そう考えた高野だが、小白達の部屋を訪ねることはなかった。昨日は呼ばれたから行っただけ、頼まれたから助けただけだ。本来高野は積極的に誰かを支えるような人間ではない。だから高野は気にはなりながらも自分の部屋に帰っていった。
 あの母親はまだ若いし、どうにかなるだろう。そう考えながらいつも通りテレビを観ながら酒を飲む。だが一向に酔えなかった。
 空になったビール缶をちゃぶ台に置くとそばにあった一升瓶に手を伸ばす。するとインターホンが鳴らされた。
 それだけで高野は少し嬉しくなる。いつもなら飲んでいる途中に邪魔をされたら怒るものだが、今日は違った。
 自分の家のドアを開けるだけなのに妙な緊張感が漂う。
 ドアを開けるとそこにはパジャマにカーディガンを羽織り、ニット帽を被った小白の母親が立っていた。その隣には小白がちょこんと立っている。
 小白の母親、瑠璃は高野が見えるとすぐさま頭を下げた。
「昨日はすいません……。ご迷惑をかけたみたいで……」
「いや、まあ……」
 高野はなんて言ったらいいか分からなかった。瑠璃は昨日高野が渡した一万円を差し出した。
「ありがとうございました。だけどもう良くなったのでお返しします」
 そう言いながらも瑠璃はゴホゴホと咳き込んだ。顔色も悪く、誰がどう見ても健康には見えない。
「……じゃあ」
 高野はべつにお金を返してほしかったわけではないが受け取った。受け取らないことが瑠璃を侮辱するように思えたから。それだけの強さを瑠璃の瞳から感じ取った。
「ではこれで……。本当にありがとうございました……」
 瑠璃がもう一度頭を下げた時だった。立ちくらみが起きて近くの壁にもたれかかる。
 小白は心配そうに「おかあさん!」と叫んだ。
「大丈夫……。大丈夫だから……」
 そうは言うが壁に体重を預けたままで中々動けない。やはり昨日の今日ではまだ回復できていないようだ。
 見かねた高野は溜息をついた。そして同時に少し恥ずかしくもなりながら告げた。
「その……、なにも食べてないんだったら弁当でも食べるか? ちょうどさっき買ったのがあるんだ。明日の分も合わせて三つほど……」
 それは明らかなウソだった。一人暮らしの高野が弁当を三つも余分に買うわけがない。
 だがそうとも知らず瑠璃はかぶりを振った。
「いえ、結構です……。これ以上ご迷惑はかけられませんから……」
「……そうか」
 高野は落胆した。だが同時に共感する。高野もまた似たような生きた方をしてきた。
 これ以上助けるのは逆に失礼だ。高野がそう考えた時、小白のお腹が可愛らしく鳴った。
「おかあさん。おなかへった」
 小白がそう言うと瑠璃は困った顔をした。だが高野は逆に笑っていた。
「だそうだ」
 瑠璃は少し迷ったが、自分の体力では小白に食事を作ってやることができないと悟り、また高野に頭を下げた。
「すいません…………」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...