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人生においてなにかが変わるとすれば、それはやはり出会いなのだろう。
人との出会い。物との出会い。体験も経験もその全てが自分となにかが出会ってこそ生まれ得る。
高野にとってそれが小白達親子だった。
あの夜、高野は財布の中にあったなけなしの一万円を取り出して言った。
「目が覚めたらこれでタクシーに乗って病院に行け。それで、余ったらなんか栄養のあるもの食べろって言っておけ」
高野はパチンコで使うためのお金を小白に渡して隣の自宅に戻った。
いつだって金欠の高野がなぜそんなことをしたのかは分からない。高野は誰かに奢るような気前の良さはなかったし、カネがあれば酒か煙草か博打に回してきた。
だがあの夜高野は自然とそうした。そして翌日になっても後悔していなかった。むしろ今まで感じたことのない満足感があった。
その正体が分からないまま高野はバイトのために家を後にした。
ピッキングのバイトを終えると高野の体はあちこち痛くなっていた。それでも倉庫から出て一服すると家路についた。
帰宅途中にスーパーで食べ物や酒を買った高野が団地の階段を登るといつになくそわそわした。自分の部屋に入る前、小白のいる部屋をチラリと見る。
曇りガラスから中で明かりがついていることが分かると高野はなぜかホッとした。
だがすぐに不安が襲う。もしかしたらもっと悪化しているかもしれない。そうなれば病院にも行けていないだろう。
そう考えた高野だが、小白達の部屋を訪ねることはなかった。昨日は呼ばれたから行っただけ、頼まれたから助けただけだ。本来高野は積極的に誰かを支えるような人間ではない。だから高野は気にはなりながらも自分の部屋に帰っていった。
あの母親はまだ若いし、どうにかなるだろう。そう考えながらいつも通りテレビを観ながら酒を飲む。だが一向に酔えなかった。
空になったビール缶をちゃぶ台に置くとそばにあった一升瓶に手を伸ばす。するとインターホンが鳴らされた。
それだけで高野は少し嬉しくなる。いつもなら飲んでいる途中に邪魔をされたら怒るものだが、今日は違った。
自分の家のドアを開けるだけなのに妙な緊張感が漂う。
ドアを開けるとそこにはパジャマにカーディガンを羽織り、ニット帽を被った小白の母親が立っていた。その隣には小白がちょこんと立っている。
小白の母親、瑠璃は高野が見えるとすぐさま頭を下げた。
「昨日はすいません……。ご迷惑をかけたみたいで……」
「いや、まあ……」
高野はなんて言ったらいいか分からなかった。瑠璃は昨日高野が渡した一万円を差し出した。
「ありがとうございました。だけどもう良くなったのでお返しします」
そう言いながらも瑠璃はゴホゴホと咳き込んだ。顔色も悪く、誰がどう見ても健康には見えない。
「……じゃあ」
高野はべつにお金を返してほしかったわけではないが受け取った。受け取らないことが瑠璃を侮辱するように思えたから。それだけの強さを瑠璃の瞳から感じ取った。
「ではこれで……。本当にありがとうございました……」
瑠璃がもう一度頭を下げた時だった。立ちくらみが起きて近くの壁にもたれかかる。
小白は心配そうに「おかあさん!」と叫んだ。
「大丈夫……。大丈夫だから……」
そうは言うが壁に体重を預けたままで中々動けない。やはり昨日の今日ではまだ回復できていないようだ。
見かねた高野は溜息をついた。そして同時に少し恥ずかしくもなりながら告げた。
「その……、なにも食べてないんだったら弁当でも食べるか? ちょうどさっき買ったのがあるんだ。明日の分も合わせて三つほど……」
それは明らかなウソだった。一人暮らしの高野が弁当を三つも余分に買うわけがない。
だがそうとも知らず瑠璃はかぶりを振った。
「いえ、結構です……。これ以上ご迷惑はかけられませんから……」
「……そうか」
高野は落胆した。だが同時に共感する。高野もまた似たような生きた方をしてきた。
これ以上助けるのは逆に失礼だ。高野がそう考えた時、小白のお腹が可愛らしく鳴った。
「おかあさん。おなかへった」
小白がそう言うと瑠璃は困った顔をした。だが高野は逆に笑っていた。
「だそうだ」
瑠璃は少し迷ったが、自分の体力では小白に食事を作ってやることができないと悟り、また高野に頭を下げた。
「すいません…………」
人との出会い。物との出会い。体験も経験もその全てが自分となにかが出会ってこそ生まれ得る。
高野にとってそれが小白達親子だった。
あの夜、高野は財布の中にあったなけなしの一万円を取り出して言った。
「目が覚めたらこれでタクシーに乗って病院に行け。それで、余ったらなんか栄養のあるもの食べろって言っておけ」
高野はパチンコで使うためのお金を小白に渡して隣の自宅に戻った。
いつだって金欠の高野がなぜそんなことをしたのかは分からない。高野は誰かに奢るような気前の良さはなかったし、カネがあれば酒か煙草か博打に回してきた。
だがあの夜高野は自然とそうした。そして翌日になっても後悔していなかった。むしろ今まで感じたことのない満足感があった。
その正体が分からないまま高野はバイトのために家を後にした。
ピッキングのバイトを終えると高野の体はあちこち痛くなっていた。それでも倉庫から出て一服すると家路についた。
帰宅途中にスーパーで食べ物や酒を買った高野が団地の階段を登るといつになくそわそわした。自分の部屋に入る前、小白のいる部屋をチラリと見る。
曇りガラスから中で明かりがついていることが分かると高野はなぜかホッとした。
だがすぐに不安が襲う。もしかしたらもっと悪化しているかもしれない。そうなれば病院にも行けていないだろう。
そう考えた高野だが、小白達の部屋を訪ねることはなかった。昨日は呼ばれたから行っただけ、頼まれたから助けただけだ。本来高野は積極的に誰かを支えるような人間ではない。だから高野は気にはなりながらも自分の部屋に帰っていった。
あの母親はまだ若いし、どうにかなるだろう。そう考えながらいつも通りテレビを観ながら酒を飲む。だが一向に酔えなかった。
空になったビール缶をちゃぶ台に置くとそばにあった一升瓶に手を伸ばす。するとインターホンが鳴らされた。
それだけで高野は少し嬉しくなる。いつもなら飲んでいる途中に邪魔をされたら怒るものだが、今日は違った。
自分の家のドアを開けるだけなのに妙な緊張感が漂う。
ドアを開けるとそこにはパジャマにカーディガンを羽織り、ニット帽を被った小白の母親が立っていた。その隣には小白がちょこんと立っている。
小白の母親、瑠璃は高野が見えるとすぐさま頭を下げた。
「昨日はすいません……。ご迷惑をかけたみたいで……」
「いや、まあ……」
高野はなんて言ったらいいか分からなかった。瑠璃は昨日高野が渡した一万円を差し出した。
「ありがとうございました。だけどもう良くなったのでお返しします」
そう言いながらも瑠璃はゴホゴホと咳き込んだ。顔色も悪く、誰がどう見ても健康には見えない。
「……じゃあ」
高野はべつにお金を返してほしかったわけではないが受け取った。受け取らないことが瑠璃を侮辱するように思えたから。それだけの強さを瑠璃の瞳から感じ取った。
「ではこれで……。本当にありがとうございました……」
瑠璃がもう一度頭を下げた時だった。立ちくらみが起きて近くの壁にもたれかかる。
小白は心配そうに「おかあさん!」と叫んだ。
「大丈夫……。大丈夫だから……」
そうは言うが壁に体重を預けたままで中々動けない。やはり昨日の今日ではまだ回復できていないようだ。
見かねた高野は溜息をついた。そして同時に少し恥ずかしくもなりながら告げた。
「その……、なにも食べてないんだったら弁当でも食べるか? ちょうどさっき買ったのがあるんだ。明日の分も合わせて三つほど……」
それは明らかなウソだった。一人暮らしの高野が弁当を三つも余分に買うわけがない。
だがそうとも知らず瑠璃はかぶりを振った。
「いえ、結構です……。これ以上ご迷惑はかけられませんから……」
「……そうか」
高野は落胆した。だが同時に共感する。高野もまた似たような生きた方をしてきた。
これ以上助けるのは逆に失礼だ。高野がそう考えた時、小白のお腹が可愛らしく鳴った。
「おかあさん。おなかへった」
小白がそう言うと瑠璃は困った顔をした。だが高野は逆に笑っていた。
「だそうだ」
瑠璃は少し迷ったが、自分の体力では小白に食事を作ってやることができないと悟り、また高野に頭を下げた。
「すいません…………」
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