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〇29 「俺は物じゃない」と言われ婚約破棄されたけれど、どうしてなのか分からない
しおりを挟むそれは今よりもうんと幼い頃の思い出だ。
小さい時、社交会に出た私は学んだ事がある。
大事なものは、一番に確保しておくべきだと。
そうしてさえいれば、それは誰にも奪われたりしないと。
幼いながらも私は、そう学んだのだ。
だというのに……。
社交会の会場に一番乗りした私の目の前にはたくさんのごちそうがある。
大きなお肉に、ケーキに、グラスに注がれた飲み物。
果物に、お魚に。
そういえば、今日は誰かの誕生日だった。
だからこんなに豪華な食事があるのだろう。
見れば、会場は華やかに飾り付けられてあった。
天井からつるされた幕には、おめでというという文字と誰かの名前が見えたけれど、私にはどうでもいい事だった。
興味があるのはお食事だけ。
その頃の私は、誰かと遊んだり、交流したりするより、私は食べるのが大好きだったから。
とにかくたくさんの食事を前に興奮していた。
テーブルからこぼれ落ちるんじゃないかってくらい、たくさんあって私は心配になってしまう。
そんなにたくさんあったら、みんな食べきれるんだろうか。
あまらせるのはもったいない。全部私の物にできたらいいのに。
そう思いながら、はやる気持ちをおさえて、一番好きな物に手を伸ばす事にした。
だって、それは一番好きなものだから、誰かに食べられたりでもしたらとってもくやしいじゃない。
一番好きな物は、誰にも渡したくないもの。
むしゃむしゃ。
あむあむ。
手も、服も汚れたけれど、かまわない。
早く食べてしまえば、誰にも奪われないから。
数分後、私は好物のそれを食べおえた。
やっぱり食べておいてよかった。
他の人がやってきて、テーブルの上の食べ物をどんどん手をとっているから。
私は知っている。
大事な物があるなら、早く手に入れなければならないって事を。
大事なものは、ちゃんと一番に手に入れなければならないって事を。
この世は早い者勝ちであるっていう事を。
そう、知っているのだ。
それが常識だった。
それなのにどうして後からやってきた人が、そんなにおいしそうな料理を食べているの?
ある日突然、私は婚約者に婚約を破棄された。
「君にはもうつきあいきれないな」
目の前で婚約者がつめたい瞳でそう言った。
私はわけがわからない気持ちで、その言葉を聞いていた。
どうして、いつも一番に貴方との時間を優先していた私が、後からやってきた平民の女に負けるの?
貴族である私の方が、お金持ちで美しくて、色々な贈り物ができる。
全てにおいて、優っているはずなのに。
「君より彼女の方が、ずっと素敵で魅力的だ」
けれど、婚約者は最近仲良くしだした人間の方が、平民の女性の方が良いと言ってくる。
私にはそうは見えない。
ぜんぜん分からない。
理解できない。
本当に、婚約者が何を見てそう言っているのか分からないの。
私より後からやってきた彼女は、一体何をしたというの?
私以上の事ができたというの。
けれど、ずっと見ていたのに、そんな事しているようには見えなかった。
どうやって、そんな状況で勝利をもぎとったというの?
私には、平民の女なんかに勝ち筋は全然見えなかったと言うのに。
混乱していると、婚約者が言葉をかけてくる。
「いつも君に見張られていて、息が詰まる思いだった。他の人と触れ合う事もできない時間が苦痛だった。けれど彼女はそんな風に束縛したりしない」
心外だ。
束縛だなんて。
そんな事していない。
ただ一緒にいただけ。
私はただ、大事なものが人にとられないように手にしていただけのに。
婚約者がどこかに行きたいなら、そこに行かせてあげた。
もちろん私もついていくけれど。
婚約者が何かやりたいなら、それもやらせてあげた。
もちろん私もその場にいるけれど。
しかし、彼は首をふった。
私から距離をとるように、一歩下がる。
私は手を伸ばすけれど、彼はそれを振りはらった。
「俺は物じゃない。俺には意思があるんだ。君はそれが分かっていないんだ」
早く手にしないと、掴まないと。大切な物がとられてしまう。
けれど、私の足はまるで凍てついてしまったかのように、その場から動いてはくれなかった。
彼は冷たい視線で一瞥し、私に背を向けてどこかへ去っていく。
去っていった彼が、私に振り向く事は、その後二度となかった。
分からない。
大切なものを人にとられないようにしていただけなのに、どうしてこうなってしまったのか。
その原因が、理由が分からない。
一体わたしは何をどこで間違えてしまったのだろう。
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