古い方・恋愛ジャンル(ほぼ女性向け) 短編まとめ場所

透けてるブランディシュカ

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〇30 人形姫と呼ばれ続けて十年。表情をなくしたお姫様は素敵な人と出会い幸せになる

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 あるところに、人形姫と呼ばれるお姫様がいました。
 そのお姫様の名前はドリィ。
 ドリィは、幼い頃にとある盗賊に誘拐されたショックで、まったく笑わなくなってしまいました。
 それどころか、泣く事もありません。
 まるで人形のようになってしまったかのように無表情で日々を過ごします。
 ドリィは、自分の感情を表現できなくなってしまった、そんな可哀そうなお姫様でした。

 けれど、お姫様を笑顔にしてくれる素敵な王子様がいました。
 ドリィだけのその王子様は。

 感情をとりもどさせてあげます。

 そんな王子様と出会ったお姫様は、それからはずっと幸せに暮らしていきました。




 私はドリィ。

 人形姫と呼ばれている。

 まったく表情を作れなくなってしまった。

 それは幼いころに、身代金目当てで誘拐された事が原因だ。

 両親と観光地に出掛けた時、綺麗なちょうちょに見とれて一人にならなければ、そんな事にはならなかっただろう。

 私は、その近くにいた者達に捕まって攫われ。暗い牢獄に何日も閉じ込めた。

 その者達はおそらく、裕福な身分のてっぺんであるお姫様に不満をぶつけたかったのかもしれない。

 生活に余裕のなかっただろうその者達は、私を見るたびに脅しの言葉を吐いて、怖がらせてきた。。

 彼等は私が心細くて泣くたびに、不安そうにするたびに、理不尽な仕打ちに怒るたびに、偶然牢屋に迷い込んできた小動物を見て喜ぶたびに、怒鳴りちらした。

 なぐられこそしなかったが、大人に大声で叫ばれる事はかなりの精神的苦痛をしょうじさせた。

 だから、彼等の機嫌を損ねないようにしようと思った私は、できるだけ感情を表に出さないように努めたのだ。

 それで、解放された後もその後遺症がのこってしまっていた。






 かわいそうな人形姫。

 一体誰が人形姫に表情をとりもどさせる事ができるのか。

 保護された私をみた周りの者達は、深刻な顔で私のために何ができるか相談し始めた。








 私を心配した両親は、国中の道化を集めて、私を笑わせようとしたらしい。

 けれど、私はいっこうに、いつまでたっても笑う事ができなかった。

 どんなに素晴らしい芸を見ても、どんなに面白いショーをみても、私の表情は変わらない。

 なので、両親はあきらめてしまった。

 周囲の者達も、初めは私にいろいろしてくれたが、一年もする頃には両親と同じようにあきらめてしまった。

 きっと私はずっとこのまま。

 死ぬまで人形のようにありつづけるのだろう。

 そう思っていた。

 その時までは。







 ある日、一人の男性がお城を訪れた。

 親にくっついて城に遊びに来たらしい男性は、貴族の家のお坊ちゃまのようだった。

 身なりの良い服装を着ていたから、そう判断した。

 でも、私は初めて見た時、彼の事を「まるで王子様みたいだ」と思った。

 サラサラの髪に、ととのった顔立ち。

 それだけでなく優雅な所作は絵になるほど。

 だから、私は彼をずっと見つめていた。

 その視線に気が付いたのだろう。

 彼は、私に近づくと、退屈だと言って「何か面白い事をしてみてよ」と頼んできた。

 きっと私がお姫様だと知らないのだろう。

 しかし私はお姫様だからと偉ぶるつもりはなかったので、内緒にしておくことにした。

 久しぶりに人から話しかけてきてくれたのだから。

 しかし、私は困ってしまった。

 他の人が面白いと言うような事は知っている。

 けれど、それを面白いと表現する表情の機能が私にはないのだ。

 私ではそれを、面白そうには言えない。

 伝わる自信がなくて、口をつぐんでしまった。

 けれど、彼は気にしなかった。

 なら、「つまらない事は何だろう」と聞いてきた。

 それは分かる。

「じっとしている事」とか「何もしない事」だ。

 勉強とかも人によってはそうなるかもしれない。

 私はつまらないとは思わないけれど。

 すると、男性は「ありがとう」と言って笑って去っていった。

 なぜお礼を言われるのか分からない。

 私は不思議だった。

 大した事などしていないのに。

 だけど、そのミステリアスさがあったから、いつまでも私の心に残っていたのだろう。






 数日後、その男性はまたやってきた。

 もう一度会えないかな、と思っていたので本当に会えた時は少しうれしかった。

 そして、その男性は今度は「面白い事をやってみたい」と言った。

「最近つまらないから」、と続ける彼はどうして私に話しかけるのだろうか。

 やはり、人形姫の事を知らないのだろうか。

 知っていれば、このような事を聞くはずがない。

 私は、どうにかして答えたかったけれど、その日も答えられなかった。

 皆が言う「やってみたい面白い事」は知っている。

 けれど、自信がなかったから。

 どんな面白い事も、私の口から出たら面白さが消えてしまうような気がしたからだ。

 すると、彼は「やってみたくなくて、面白くない事ってなんだろう」と聞いてきた。

 それなら答えられる。

「悪さをする事」や「人を傷つける事」だ。

 もしもという過程の話でも、想像したくない。

 すると、彼は「ありがとう、ごめんね」と笑って、去っていってしまった。
 不思議な少年だ。

 けれど。
 何の面白みのない私に、ちょっかいをかけるなんて、よほど彼は退屈しているのだろう。

「面白い事」はそんなに見つからないものだろうか。

 世の中の人達は、たくさん面白い事を知っているし、見つけているのに。

 私は、彼を喜ばせたいと思う様になった。







 その日から、私は彼が興味を持つような事を色々調べるようになった。

 あれこれ調べては彼に教えて、「あれはどうだろう」「これはどうだろう」と話をする日が増えた。

 私は段々、彼と過ごす日々を待ち遠しく思うようになった。

 彼と過ごす日々は不思議に満ちていて、とらえどころがなくて、興味をそそられるような事ばかりだったからだ。 

 単純な問答ばかりを話す日々だったけれど、そんな日々がきらめいて見えた。

 やがて私は一つの答えを出す。

「分かったわ。貴方は私といる時間を面白いと感じてる」
「そうみたいだね」

 彼がその時間を楽しんでくれているという事だ。

 彼は私の顔を見て言う。

「君も僕といる時間を面白いと感じているはずだ」
「えっ」
「わかるよ。はっきりと顔に出てるじゃないか」

 私は、自分の顔に触ってみた。
 確かに表情が動いていた。

 私は笑っていたのだ。

 彼は述べる「世の中には、笑えと言われてしまうと、緊張して身構えてしまう人もいるんだ」

 だから、と彼は続ける。「だから、特別な事や非日常の面白さを探すより、身の回りにある楽しい事を探すのがきっと一番いいと思ったんだ」

 そして、と彼はしめる。

「君はもう人形姫なんかじゃない。笑顔の可愛いお姫様だよ」

 彼は私の事を知っていたらしい。

 おそらく最初から。

 だから、私が身構えないようにあんなへんてこな質問ばかりをしてきたのだ。

 私は彼に深く感謝した。

 多くの人達ができなかったことを私にしてくれた彼は、命の恩人に匹敵するほどの存在だ。

 だから、「仕事が終わったら、もう会えないの?」と悲しんだ。

 しかし、彼は首をふる。

 大丈夫。

 ほんとうは大丈夫じゃないけど、と。

「君が取り戻したのは、まだ楽しさを表現する事だけみたいだからね。まだまだ、つきあわせてもらうよ。お姫様」

 その言葉に私はほっとした。

 けれど、どうしてか。彼と一緒にいるなら、他の感情の表現も、すぐに取り戻せるのではないかという気がしてきた。




 その人は、道化よりも道化らしく仕事をした。

 それでいて、私を救ってくれた王子様でもある。

 本物の王子様より、とても魅力的に見える私だけの王子様。




 気が付けば、私は様々な表情を取り戻していた。

 そして、私の周りには多くの人が集まってくるようになった。

 たくさんの人達に囲まれながら、私は私の王子様と共に幸せな生涯をおくった。




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