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〇42 告白するなら服を着てからにしてくださいよ

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 全裸が脱走している。

 驚愕的な光景だったが、わが城では日常茶飯事だ。

 当然の流れとして、脱走している頭のおかしい人間は一体誰だ?

 となるが、それは王子だ。

 国とかおさめちゃう、民達を導いちゃうあの王子だ。

 城の王座でふんぞりかえっていなければならない、あの王子。

「大変だぁっ! 王子様が脱走したぞー!」

 兵士達は大慌てで、王子を追いかけていく。

 全裸の。

 ぜんらの。

 まっぱだかの。

 服を身にまとっていないが、かろうじて急所に葉っぱが一枚くっついているため、正確には全裸ではないかもしれないが、ほとんど全裸なのでもう全裸で良いと思う。

 そんな全裸の王子は、自らにせまりくる兵士達から逃げ続けて、私の所にやってきた。

 門番をしている、私の所に。

 同じ仕事をしている同僚達は大慌てだ。

「全裸だ!」

「全裸の王子が来てしまったぞ!」

「どっ、どうする!?」

「俺は嫌だ、お前が行けよ」

 そして、醜いおしつけあいが始まった。

 私は、面倒事が大嫌いな同僚達の態度にため息をつけながら、門を開けてくれと騒いでいる王子の元へ向かった。

「やあ。昨日ぶりだね! この門を開けてくれないか!」

 王子は大変さわやかな笑顔でそう言った。

 きらきら笑顔がまぶしくて、顔も整っている。そのため、普通の女子が普通の状態で見たらイチコロだろう。

 服さえ着ていれば完璧だったはずだ。

 服さえ着ていれば。

 逆に言えば着ていない事が致命的だった。

「だめです」

 私は毅然とした態度で断った。

 すると王子は子供っぽい態度でむくれ始めた。

「ちぇっ。ひどいんだひどいんだ門番が冷たいんだ」

 思わず世の女性が見たら、それはもれなく母性本能をくすぐられてしまうようなしょげ返り様だったが、残念ながら服を着ていないので威力は99%減だ。

「冷たくて結構です。貴方は王子なんですから、そんなおかしなものを見せびらかして民を無駄に動揺させないでください」
「おっ、おかしくないやい! 何だよ、みんなして、初めてじゃあるまいし。最初は皆顔を赤らめてたけど、今はもうなれたもんだぞ」
「本来は慣れてはいけないものなんです! 市民の皆さんが目のやり場に困るのが普通なんです! 外に出るのは百歩譲っていいとして、何も全裸じゃなくていいでしょう」
「私は相互理解のために何物にもはばまれたくないのだ。私と言うものを理解してもらいたいし、民の事も理解したい!」

 言ってる事はとてもまともだし、顔もまじめでかっこいい。
 だが、全裸だ。

 名言になるはずの言葉も威力99%減。

 私はこめかみをおさえた。

 そして、毅然とした態度で王子を捕縛しようとしたのだが。

 私はこれまでの門をめぐる攻防で99敗。

 そういう結果になるのは必然だったのかもしれない。

 王子は、遠い異国にある壁ドンというものをしてきた。
 いや、門だから門ドンだろうか。

 そして、耳元で小声でささやかれる。

「なあ。俺はお前の事を愛しているよ。いずれお前は俺の者になるんだから、少しくらいわがままをきいてくれてもいいじゃないか」

 顔しか視界に入ってこなくなったので、全裸によるマイナス効果が一気に消えていった。

 ずるい、と思いながら私は顔を手で覆って、へたりこむ。

 せめてもの意地で、真っ赤になった顔を見られたくないのだ。

「さて、今のうちに他の門番を脅して、門をあけてもらおう!」

 小憎たらしい悪戯王子は、すでに切り替えているようだ。

 他の人の所に向かっていく。

 しかし、開いた門の向こうには、ちょうど王子が苦手にしている教育係がやってくるところだった。

「王子、その恰好でまた外に出ようとしたのですか?」
「げっ、石頭! あっ、これはいやその、ちょっと散歩をっ」
「出ようとしたんですね。言い訳はいけませんよ?」
「あっ、はい」

 王子は、全裸のまま城内に引きずり戻されていった。

 その際、真っ赤になった私を横目で見てため息を吐く教育係。

「まったく王子は。町の視察と、女を口説き落とす事と、自分の趣味をまぜるからそうなるのですよ」
「じゃっ、じゃあ告白をっ。告白の続きだけはやらせてっ!」
「許可するわけないでしょう。それに告白するならまず、服を着てからにしてくださいよ」


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