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〇52 愛した人が存在しない
しおりを挟む「もう、だいじょうぶ。私があなたをたすけてあげましょう」
ある日、俺は一人の聖女に救われた。
そこから、俺の第二の人生ははじまったんだ。
君に救われたから、君のために頑張りたいと思った。
この命も体も全て君のためにささげようと思った。
でも、そんな君なんてどこにも存在しないとしたら?
美しい聖女。
国一番の聖女。
多くの者たちから慕われている聖女は、常に穏やかな笑顔を浮かべている。
けれどその聖女は、いまはもうどこにもいない。
「だから演技だって言ってるでしょ」
罪人のための場所。とらわれた檻の中、俺は向こう側にいる君を信じられない顔で見つめるしかなかった。
鉄格子の向こうにいる君は、あまりに遠すぎて、手をのばしたとしても、とどきそうにない。
愛していた君は、俺の知らない顔で話をし始める。
「うちの組織は、疑問をもたず、人形みたいに動く人間をほしがってる」
彼女はどうやら闇組織の人間らしい。
けれど、たまたま都合がよかったから、光の魔法が強かったから、聖女になったという。
「回復させて命を救ってやった人間は、動かすのにちょうどいいのよ。わけは話せないけど、今は私を信じて協力してください。っていえばちょろいもんよ。だから、犯罪の手伝いをそれと知らずにさせてるってわけ」
「しんじて」、それは俺も言われた言葉だ。
あの時はほんとうに困っていると思った。
だから理由も聞かずに彼女のために行動したんだ。
でもそれが、闇組織の仕事のためだったなんて。
「こんな心の汚れた人間でも聖女になれるのね、驚いたわ。いつもお腹抱えて笑いながら、仕事してるわよ。みんな馬鹿ねって」
俺は涙をこらえきれなかった。
俺の覚悟は、想いはまったく無駄だったのか。
彼女のために動いて、濡れ衣を着せられて、こんな牢獄に入れられて罪人になってしまった。
無実だと訴えても、きっと誰も耳を傾けてくれない。
そんな馬鹿な、と笑われるだけだろう。
だって、俺がそうだったから。
ついせんじつ、彼女に騙されたと言っている人間が、収容所に連行されていくのをみながら、そう思っていた。
今は「聖女様にはめられたなんて、何言ってるんだあの犯罪者は」そう言ったことを後悔している。
なんて愚かだったのだろう。
目の前で、妄信していた聖女が「じゃあね」と去っていく。
待ってくれ。
お願いだ。
助けてくれよ。
どうしてこんなことに。
夢だったらよかったのに。
思いが溢れすぎてうまく言葉にならない。
過去に戻れるなら、むかしの自分に忠告してやりたい。
「お前が盲信し、愛している女なんてドコにも存在しないんだぞ」と。
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