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〇123 婚約解消されて貴族ではなくなったけど、特に困っていません
しおりを挟む「婚約解消だ!」
婚約者の男の声が聞こえてきた途端。
ローリエは昔の事を思い出していた。
その女の名前はローリエ。
貴族の、十六歳の少女だ。
ローリエはしかし、十歳までは孤児だった。
古びた孤児院で、身寄りのない多くの子供達と暮らしていた。
服は、着古したものばかりで、口に入れるものは賞味期限ぎりぎりのものばかり。
ローリエはその生活に不満はあったものの、慣れ親しんだ者達がいるそこから離れようとは、みじんも思っていなかった。
状況が変わったのは、子供に恵まれなかった夫妻がやってきてから。
ローリエの容姿を気に入った夫妻が、引き取ると申し出たのだ。
ローリエは孤児院育ちにしては、顔が整っていて、美人と言える方だった。
だから、体面や見た目を気にするその夫妻に気に入られたのだろうと、ローリエは考えていた。
ローリエは正直、孤児院から離れたくはなかった。
しかし、多額の金を積まれてまで首を横に振る事はできなかった。
そのため、古びた孤児院のために、貴族になる決断を下したのだ。
「物置がもうすぐ倒壊しちゃいそうだし、隙間風もひどいものね」
孤児院の者達や、仲の良かった男の子がとても悲しがったが、ローリエは孤児院の者達のためと、自分の決断を翻す事はなかった。
それからの日々は、慣れない事の繰り返しだった。
貴族らしい立ち振る舞いに、教養。
学びばかりの日々は、ローリエの心を疲弊させていった。
唯一できた存在ーー、何でも知っていて、人にずけずけ物申すような変わり者の友人がいたが、ローリエは彼女の様に社交界でやっていけるほど逞しくも、情報通でもなかった。
それでも、多額のお金と引き換えに買われた立場なのだから。
勝手をするわけにはいかないと、貴族らしくふるまって、我慢していた。
だから、婚約者を決められた時も、素直にそれに応じようと考えていたのだ。
しかし、
「お前なんか、僕にふさわしくない!」
ローリエがいくら努力していても、相手に応じる意思がなければ、意味のない事だった。
ローリエは一応、食いさがった。
相談もなしにそんな事を言われても困ると言い、理由を聞き出そうとしたり。
もう少し時間を置いてから決断した方がいいのでは、と時間を稼ごうとしたり、
一度決めた事を簡単に翻すのは良くない事だ、と貴族の体面を引き合いに出したりした。
けれど、「婚約解消」をかたくなに言い続ける婚約者を、とうとう説得する事はかなわなかった。
仕方ないと腹をくくったローリエは了承し、自らの両親に報告した。
その結果、「高いお金を出したのに」と呆れられ、次の日からお見合い候補の名簿を部屋に持ってこられたのだった。
そこに、娘の幸福を願う親の姿は微塵もなかった。
その日から、お見合いばかりの日々が始まったが、何一つ結果が実らない。
どういった事か分からないが、ローリエの悪い噂が出回っているようだった。
その影響で、お見合いの約束も満足にできなかった。
呆れた両親は、他の養子をつれてこようと相談するようになり、婚約破棄から六か月後にはローリエを家から追いだす事を決定したのだった。
ローリエの教育はその時点でストップ。
食事は出されているものの、使用人もよりつかなくなっていたため、自分の事は自分でこなすしかなかった。
そして、とうとう。
他家に嫁げなかった事から、ローリエは貴族の家から追い出された。
貴族としてやっていける自信がなかったため、身分に未練はなかった。
しかし、明日の生活には不安が多かった。
ローリエに残されたのは、わずかなお金と必要最小限の荷物のみだったからだ。
そんな彼女に手を差し伸べる人間がいた。
それは、雑貨屋を営む男性ハロルドだった。
彼は同じ孤児院で育ったもので、当時一番仲が良かった者。
そんなハロルドは、今は独立して店を営んでいた。
その店に住まわせてもらったローリエは、恩を返すために仕事に精を出す。
その日々は、貴族として生活していた頃よりも、充実したものだった。
貴族としての生活が長かったため不安があったが、平民の生活に驚くほど早く順応していた。
そのまま穏やかな日々が続くかと思われたが、そこに元婚約者がやってきた。
元婚約者は、「なんてふしだらな女なんだ! 僕という男がありながら!」とローリエをなじる。
「婚約解消を言い出したのはそちらではありませんか」とローリエは冷たい目で言った。
すると元婚約者は「本当に愛しているのはお前なんだ」と言って、ローリエに自分の元へ戻ってくるように告げた。
一目見た時からローリエに惚れていた元婚約者は、自分になびかないローリエが面白くなかった。
だから、家の為に頑張っているローリエの弱みを突こうと「婚約解消」を言い渡したのだった。
そうすれば、ローリエは自分に気に入られようとするはずだと。
だから悪い噂を流して、他の男とくっつかないようにしていたのだった。
けれど、その目論見は外れた。
ローリエは元婚約者の事をすっぱりと諦めて、貴族ですらなくなり、新しい生活を営んでいたのだった。
「金に困ってるんじゃないか?」
「いいえ」
「貴族から平民になったんだぞ。なんとも思わないのか!?」
「元は孤児でしたし」
「ドレスもパーティーもないのに、そんな生活で満足できるもんか」
「今の生活に不満はありません」
元婚約者はあれこれ言って、ローリエから不満の言葉を引き出そうとした。
だが、ローリエにはそんな気持ちはこれっぽっちもなかった。
「あなたを好きになる事なんて、ありえません」
元婚約者をきっぱりとふったローリエ。
その言葉を受けた元婚約者は、ふらふらとした足取りで店を出ていく。
ローリエの事は諦めたかのように見えたがーー。
数日後、店の歩いてたローリエは、元婚約者がやとった荒れくれ者に攫われてしまった。
どこか知れない場所に連れていかれたローリエは、元婚約者の話し声で目覚める。
「これで仕事は終了だ。ご苦労だったな。ほら、これが報酬だ」
「へへへ、これで当分は遊んでくらせるぜ」
そこは、どこかの使われていない建物の中だった。
元婚約者は、荒れくれ者と話をしていた。
不快そうな様子で金を払って、「二人きりになりたいんだ。さっさとどっかいけ」と人払いをしていた。
「ふりむいてくれないなら。このまま、俺のものにしてしまえばいいんだ」
心が結ばれないのなら、無理やりいう事を聞かせるまで、とローリエに迫る婚約者。
「やめてください。そんな事をしたって、私があなたを好きになる事はありませんよ」
ローリエは必死に抵抗した。
元婚約者の女になるくらいなら舌を噛むと言って、強気な態度をくずさずに。
唇をかんで血を流せば、元婚約者はローリエの演技に騙された。
狼狽した元婚約者の隙をついてローリエが逃げ出す。
ろくに運動もしていない元婚約者は、すぐに息切れをおこして、満足に追いかけられない。
そのまま行けば逃げ出せたかもしれなかったが、ローリエは運が悪かった。
辺りをうろついていた荒れくれ者達に捕まってしまった。
「なんで、ここに女が? 逃げ出してきたのか?」
「この女をもう一度あのいけ好かないぼっちゃんに引き渡せば追加報酬もらえるんじゃねーか?」
「お頭、頭いいな!」
このままではまた元婚約者に引き渡されてしまう。
焦るローリエだが、そこにハロルドがやってきた。
ハロルドは、ローリエが失踪した後、心配になって、知り合いに声をかけ探しまわっていたのだった。
孤児院でもケンカが強かったハルロドは、荒れくれ者達を撃退。
追いついてきた元婚約者も殴り倒して、ローリエを助けたのだった。
その後、元婚約者が報復しにこないように、ローリエが知っている数少ない良心的な貴族の友人に相談しに行った。
その貴族の友人が「色々な貴族の弱みを握っているのは、こういう時に役立てるためなの」といって、ローリエの力になる事を約束。
元婚約者はそれきり、ローリエの近くに現れなくなった。
その後、ローリエはハロルドと共に小さな雑貨屋で、幸せに過ごす事になった。
それは、贅沢のない暮らしだったが、二人の日々はいつも充実していた。
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