古い方・恋愛ジャンル(ほぼ女性向け) 短編まとめ場所

透けてるブランディシュカ

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〇131 清く正しい人がなる聖女だからって、妹の言う事を信じるんですか?断罪され濡れ衣を着せられた少女は優しい幼馴染と幸せになる。

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 私が聖女のパレスに行くと、その断罪は唐突に始まった。

 姉の罪を知っている。という妹の告白から始まったそれは、一つの結末を迎える。

「その人は汚れた咎人です。彼女をこの国から追放しなければ、多くの人が血を流すでしょう」

 聖女となった妹が、私に向かってそんな事を言う。

 私はまったく何もやっていないというのに。

 犯罪に手を染めていない事は、少し考えれば分かる事だ。
 証拠だってある。
 調べても何も出てこないだろう。

 それなのに。

「そうか。分かったよ。聖女である君の妹がそういうのなら。どんな話でも信じよう」

 私の婚約者は、妹を信じた。

 婚約を破棄し、断罪される私を見て見ぬふりして、追放される所に手を差し伸べない。

 今まで、数年。

 彼の婚約者として傍にいたが、しょせん形だけだったのだろう。





 その国は、聖女を妄信している国だった。

 聖女の言葉は、何よりも尊重される。

 国の要人や王様すらも、聖女には敵わない。

 聖女に気に入られるようにと、みんなご機嫌取りに必死になっていた。

 それも当然だろう。

 聖女には、「天罰」という力が備わっている。

 神の敵と定めた人間に、雷の矢を降らせて殺す力があるからだ。

 無垢な者はただ、聖女が正しいと信じた。

 真実を知っている者は、怯え、聖女が正しいと言わざるをえない。

 私が育った国は、そんな国だった。

 けれど、私を切り捨てた婚約者は前者などではない。間違いなく後者だ。

 聖女の言葉を受けた後に表情を変えて、保身のために、自分の身を守るために行動した。
 彼が恐れの感情を抱いた瞬間を、私は見逃さなかった。

「濡れ衣です。私は咎人ではありません」
「濡れ衣なわけがない。君の妹は聖女だから、正しいに決まっているだろう」なんて、自分でも信じていないようなセリフを吐いていた。







 追放にあたって、猶予されたのはたった一時間。

 それでは、家にもどって身支度を整える事も出来ない。

 妹の様子をみるために、移動だけで一時間ほどもかかるパレス(聖女が住む建物)に向かっていたからだ。

 これでも貴族の人間だから、屋敷にさえ戻る事ができれば様々な手を打てたと言うのに。

 しかし、できないのなら最善を尽くすしかない。

 家族に対する手紙を書いて知人に預け、近くの店で必要な物を購入。

 ついでにお世話になった者達への手紙も執筆しておいた。

 もちろんそれらの間にはずっと見張りがついていた。

 しかし、国を出ていくとき。

 一人の少年に声をかけられた。

 彼は幼馴染だ。

 シンフォという名前の少年だ。
 荒事とは無縁そうな細身の体をしているが、実は頼もしい。

 昔、野犬に襲われたときは追い払ってくれたし、不審者がこちらを誘拐しようとした時も助けてくれた。

「あんたが住めない国なら、ここにいたってしょうがねぇな」

 彼は私が安全な国にたどり着くまで、一緒についてくれるようだった。

「偶然俺が近くを歩いてなかったらどうするつもりだったんだ。世間話でぽろっと追放されるなんて事言いやがって」

 けれど、私のせいで彼にまで迷惑をかけてしまったらと考えると、素直に好意を受けられない。

「あんたの中の俺って、そんな冷たいやつなのか? ちょっと言われたくらいで引き下がるかっての」

 けれど結局私は、シンフォのその親切が嬉しかったのだ。







 きっかり一時間後。

 国を追放された私は、聖女の手が及ばない国を目指す事になった。

 しかし、馬車を借りようとしたら見張りに止められてしまったため、徒歩での移動になるのが辛いところだ。

 貴族育ちの自分に、一週間ほどかかる旅の工程は不安が多い。

 けれど、旅を始めた自分達の前に、馬車が一台止まった。

「やぁ、手紙一つで知らせるには重すぎる苦境だよね。よければ乗っていかない? 私と君たちの仲じゃないか」

 陽気な声で話しかけてくれたのは、知人の女性だった。

 移動商人をやっているが、商品が売れなくなって困っていた時に、販売に関して少しだけ手助けした事がある。

 私は追放された身だから、迷惑をかけるかもしれないと言うのだが。

「そんな事気にしてんなら、初めから声をかけないって。さ、とっとと乗っていきなよ!」

 と、背中を押されて、馬車に詰め込まれてしまった。






 友人と再会したおかげで、旅の工程を大幅に省略して、数日で目的の国に到着した。

 馬車のおかげだ。

 しかし、国の中には入る事ができなかった。

 その国も聖女の影響力が強い国だったからだ。

 だから、「聖女様から、咎人が来たら中に通すなと言われている」と見張りに言われてしまった。

 これが、徒歩で辛い旅路を経験させてからの門前扱いだったらと思うと、妹の嫌がらせはなかなか馬鹿にできない。

 天罰を下して一思いに殺さなかったのは、家族としての情が残っていると思っていたが、そうではなかったらしい。

 しかし、門の前で困っていると、見張りの人間が話しかけてきた。

「この町の有力貴族からの差し入れだ。あの方は、名前を言ってもかまわないと言われたが、伏せさせてもらうぞ」

 そんな事を言って、食料や生活用品を支給されたのだった。

 ピンと来たのは、以前この国にやってきたときにお世話になった貴族だ。

 父と同じ年代の貴族なのだが、失くし物があったため、一緒に探した事があった。

 多くの人から慕われる人だったので、目の前の見張りも世話になったのかもしれない。

 それで、頼みごとを無下にできずこちらに品物を渡してくれたのだろう。

 しかし咎人に手を差し伸べた人間の名前を大っぴらにすると、さすがに問題があると判断したのだろう。
 それでいいと思った。

「その人にありがとうございますと伝えておいてください」






 そういうわけなので、移動商人の女性には中に入ってもらって、自分達は国の外で待機。
 しばらくそこで、これからの事を考える事にした。

 聖女の威光が届かない国は、まだもっと遠い。

 旅は長くなるが、徒歩ではさすがに向かえない。

 移動手段が欲しいところだった。

 そこでシンフォが提案するのは、竜で向かう手段。

「なら竜で空を飛んでくってのはどうだ?」
「竜? どこかで借りられるの?」

 彼に言われて相談した後、竜のいる里に寄る事に決めた。

 竜は馬車よりもうんと早く移動できるらしい。

 聖女の威光が若干効いている地域にあるため、迎え入れてくれるか分からないが、後々の事を考えると行かないという選択肢はない。 

 その後、国の中から戻ってきた移動商人の女性と共に、出発した。





 竜の里についた私達は、さっそく竜を使えないか交渉してみた。

 聖女の威光が少しだけ影響している地域だから最初は渋い顔をされてしまったが、一生懸命に頼み込んだら了承してくれたのだ。

 そこで私達は、これまでお世話になった移動商人の女性と別れる事になった。

「がんばれ、二人とも旅の無事を祈ってるよ。目的地は遠いけど、体を壊さないようにね」
「ええ、今までありがとう」
「助かった。さんきゅーな」

 別れのやり取りを済ませた後、お世話になる竜使いに頭を下げた。

 竜使いに渡す代価は、服についていた装飾品だ。

 小粒な宝石だが希少品なので、換金すればそれなりのお金になるだろう。

「竜に乗っている時は気をつけろ。竜は早い。そして獰猛だ。怒らせるな。逆鱗に触れた者は容赦なく振り落とす生き物だと思え」

 乗る前にちょっとした忠告を受けた時は不安になったが、乗ってみると拍子抜けした。

 乗り心地は、案外快適だった。

 空の上を飛ぶというのも新鮮で楽しかったし、風をきって進むのが気持ちが良かった。

 最高速度を出してしまうと人が凍えてしまうというので、いつもの五分の一くらいの速度で運んでもらったのだが、それでもかなり旅の期間を短縮する事ができた。

 旅の途中。

 竜が竜熱をだして寝込んでしまった時はどうしようかと思ったが、貴族御用達の薬を持参していたので助かった。

 竜にも効く強力な薬だったそれは、すぐに効き目を発揮してくれた。

「世話になったな。良い旅だった。相棒を助けてもらった恩は忘れない」

 そうして、竜使いと別れる時には、竜の鳴き声と同じ音が出せるという不思議な笛をもらう事になった。

 その笛を吹くと近くにいた竜がきてくれるらしいが、機嫌が悪い時に呼ぶと暴れだす事があるらしい。

 それはごく限られた者、竜使いしか知らない情報だと言った。






 私達はとうとう聖女の威光が効かない国へたどり着いた。

 無事に国の中に入る事が出来た私は、それでシンフォともお別れかと思ったが。

「あんたがいない国に帰ってどうすんだよ。危険をおかしてまでついてきた俺の気持ちがまだ分かんねーのか?」

 と言われてしまった。

 その後は、生活の基盤を得るために、大変な思いをしたが、何とかする事ができた。

 シンフォは力仕事が生かせる大工の手伝いをして、私は貴族であったころに友達を助けていた経験を生かして商人の手伝いをした。

 そうして日々を忙しく過ごしていた私は、新しい生活に慣れつつあったのだが。

「最近、家畜が巨大な生き物に食い荒らされてるらしい。物騒だな。近くにはでっかい鱗がおちていたとか」
「隣の家で野盗が入ったらしいわよ。怖いわね」

 日々聞こえてくる他愛のない噂話の中に、聞き逃せないものがあった。

「おい、聖女がこの国にくるらしいぞ。珍しいな」

 その噂を聞いた私は、やっと取り戻した平穏が崩れていくのを感じ取った。

 この国は、聖女の威光が効かない。

 神も特別な力も信じない国だった。

 だから、そんな国に聖女が来るなんてことは今までなかったのだ。

 それなのに、そんな噂が立つという事は。

 その日の夜シンフォと相談して、念のために聖女が来た時は、外を出歩かないようにしようと決めた。






 しかし、聖女は来た。
 それも私達がいる場所へまっすぐ。

「お姉様のお友達って、本当に素敵な子ね。お姉様の行方を報告してくれて助かったわ」

 そして、顔を出した妹の言葉で、全てを悟ったのだ。

 私は友人に、この国に向かう事を話していた。

 結局、友人はただ親切心で私を助けてくれたわけではなかったのだ。
 聖女のために、私を見張っていたにすぎなかったのだ。

 裏切られた気持ちでいっぱいだった。

 すると、元婚約者であった男性もその場に現れた。
 この場に来るはずがないと思っていただけに、その再会には本当に驚いた。

「久しぶりだな。咎人なら咎人らしく罪を認めて大人しくしていれば、こんな苦労をせずにすんだだろうに」

 哀れみの表情を浮かべる彼は、なぜか聖女の護衛をしていた。

 彼にそんな能力はなかったはずだから、妹の権力でとりたててもらったのだろう。

 私は妹に向かって「どうして、こんな事を」と尋ねた。

 すると妹は、「特に理由はないわ」と答える。

 自分は聖女になったから、何でも思いのままだった。けれど、好きだった人と先に婚約をしたのは姉だった。

 ただ、それだけの事だと。

「ちょっと目の前に思い通りにならない事があったら、まずどうにかしようと考えて手をのばしてみるでしょ? それと同じよ、お姉様」

 妹はただ歩いている時に、目の前に障害物があったから退けてみた、そんなような感覚なのだろう。

 こんな妹にどうして元婚約者が惚れたのか分からない。

 権力に恐れをなして従っているわけではないなら、都合がいいから妹の傍にいるだけなのかもしれない。

 私は妹に言った。

「権力を使っても、手に入らないものがあるわ。現に、隣にいる彼は貴方を好きではないんじゃない?」
「そんなはずはないわ。私が欲しいと思えば何でも手に入る! 子供の時からそのままの自分で何でも手に入れてきたお姉様には、特別な聖女の事なんて分からない事かしら」
「何でも手に入れていたなんて、そんなわけないじゃない」
「嘘を言わないで! 分かったわ。私に嫉妬しているのね! だからそんな事を言うのよ。彼はもう私のものなの! 返さないわよ!」

 妹は本当は分かっているのかもしれない。

 元婚約者が自分に対して愛の感情を持っていないという事に。

 でも、認められないのだ。

 妹は聖女に似つかわしくない怒りの表情になって述べた。

「私、また新しいものが欲しくなったの。お姉さまが私にその人を譲ってくれたら、天罰は使わないであげる」
「なっ」

 妹の口から吐き出されたそれは、お願いではなく脅しだった。

「お姉様は今まで全部持ってたんだから、少しくらい譲ってくれてもいいじゃない。なにも殺すっていってるわけじゃないんだから」
「人は、物じゃないのよ。そんな事許されるわけがないわ」
「誰が許さないの? 私は聖女よ。神様だって私の味方なのに」

 私はシンフォの表情を見た。

 彼にはプライドよりも自分の命を優先してほしい。

 けれど、彼が妹と一緒にいる姿を想像すると、心が痛くなった。

 私が何も言えずにいると、シンフォは私の方を見てから「それで嫌がらせをやめるのか」と妹に聞いた。

 妹は表情を和らげて、「少なくとも当分はね」と答える。

「そうか」と告げた彼は、「分かった」と言った。

 その言葉を聞いた私は、思わず耳をふさぎたくなった。






 国の外に出ていく彼を見送る。
 しかしその時、彼に笛をくれと言われて首をかしげた。

 しかし、すぐにピンとくる。竜使いにもらった笛だ。

 彼は、竜を利用するつもりなのだろう。

「幸運を祈ってるわ」
「ああ、運しだいだけどな」

 そして、彼は妹に笛の音を聞いてほしいと言った。
 最近練習している曲を贈るとかなんとか述べながら。

 妹はその提案を聞いて機嫌を良くしたようだ。

 シンフォの演奏を許可した。

 そして、シンフォは笛を吹き始める。

 しかしどうやら彼は楽器を弾いた事が無かったらしい。

 演奏は、お世辞にも綺麗な旋律とは言えないものだった。

 あまりに調子を外すものだから、妹が「もういいわ」というのだが、シンフォは「もう少しだけ聞いてくれよ」と続行。

 そんな彼に幸運が巡ってきてくれたようだ。

 機嫌の悪い竜がその場に舞い降りた。

 家畜が襲われていたという噂と、鱗が落ちていたという噂を聞いて、そうではないかと思っていたが、近辺にいたようだ。

 聖女は腰を抜かし、護衛達は真っ青になって、その場から逃げ出していく。

 竜は、咆哮をあげながらその場で暴れまわった。

 あらかじめ予期していたシンフォは、混乱に乗じてその場からすぐ逃げ出す事が出来たが、他の者達は竜の爪に引き裂かれたり、大きな牙でかみ砕かれたり、巨大な足で踏みつけられたりしている。

 彼らは、ひょっとして元婚約者のように、権力でとりたてられただけの者なのだろうか。
 まともに反撃出来る者は一人もいなかった。

 やがて、元婚約者が竜の尻尾にうたれて吹き飛ばされて、気を失った。

 怒りをぶつける対象がいなくなったのを見てその竜は、まだ無事でいる聖女の元へ向かっていく。

「ひっ、ひぃ!」

 腰が抜けた聖女は、悲鳴をあげて、這いずったまま逃げようとしたが、そこを踏みつけられた。

「く、くるしぃ。いや。助けて!」

 地面に押さえつけられた聖女はもがくが、それはまるで意味をなしていない。

 やがて竜の口にくわえられて振り回された後、どこかへと放り投げられた。

 落下した時の打ち所が悪かったのだろう。

 聖女は一命をとりとめたものの、自らの意思を口にできないような体になってしまったらしい。

 その事件は、単なる竜の暴走として処理された。

 シンフォが吹いた笛の音に竜が反応するという事実は、竜使いしか知らない情報であるため、事件と関連付けられる事が無かったのが幸いだ。

 その後、私はただの事件の目撃者として扱われた。聖女が活動できなくなったことによりシンフォもこの町に留まる事になった。





 平穏な日々が戻ってきた中、両親からの手紙が届いた。

 妹の目がなくなったため、近況を書いても問題がなくなったからだ。

 私はシンフォに手紙の内容を伝える。

「毎日健康に過ごしてるみたい。病気とかもしてなくてよかったわ」
「そうか。こっちからは何か伝えたのか?」
「特に何も。だって平穏だもの。嫌な事はもう起きないし」
「なら良かった。でも毎回同じ内容だと、変わり映えが無さ過ぎて新鮮味が薄れるだろ。たまにはどんとでかい知らせを伝えたくならねーか?」
「別になくていいじゃない。幸せに平穏に生きられる事は大切だわ」
「そうだけどな。まあいい知らせを伝えるのには、まだ焦らなくてもいいか」


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