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05 友人
しおりを挟む話しかけてきたのは、アリエルにとっての唯一の友人。
クラスメイトの男子生徒だ。
彼はアリエルの怪我を見ながら、左手で彼女の代わりに保健室の扉を閉めた。
「ようアリエル、大丈夫か? 怪我したって聞いたぞ」
「大丈夫よ、心配いらないわ」
二人並んで歩き、保健室から遠ざかりながら、言葉を交わす。
彼の名前はエイガス・エイス。
太陽のような橙色の髪にブラウンの瞳を持つ。
身長が一般より少し高めだが、体格は普通である。
両親と非常に仲が良く、一緒の馬車に乗って毎日送り迎えしてもらっているらしい。
だが、本人は子ども扱いされている事を不満がっている。
エイガスは、アリエルの唯一の友人だ。
入学初日にエイガスがアリエルに話しかけ、それがきっかけで今日まで交流が続いている。
学園生活初日にアリエルに話しかけてきた生徒は、他にもいたが、現在まで交流が続いているのはエイガスだけだった。
アリエルはそんなエイガスの事を気の置けない友人だと思っている。
エイガスは、アリエルの事をいつも気にかけてくれていたからだ。
アリエルのトラウマの事もしっており、怪我をした時にはいつも心配した。
落ちこぼれ扱いされるアリエルは、トラブルに巻き込まれる事も多かったが、エイガスの協力のおかげで、それらを切り抜けられた事は少なくない。
私物を隠されれば一緒に探し、悪口の貼り紙がされていた時も一緒にはがした事があった。
どうしてそんなに親身になってくれるのかと聞いた事があるが、エイガスははぐらかしてアリエルに理由を教えてくれなかった。
いつもエイガスは「友達のために動くのに理由なんてあるかよ」と言うばかりである。
そんなエイガスは共に旧校舎の廊下を歩くアリエルに向けて、「この後どうするんだ?」と尋ねた。
アリエルは少し考えた後に答える。
その視線は、背後の保健室に向けながら。
授業に出たくても出られない生徒がいて、にもかかわらず学園に登校することを強要されている者達がいる。
そんな彼らを見たアリエルの頭に、授業に出ないという選択肢はなかった。
「授業に出るわ。幸い大した怪我じゃないもの」
流れ出た血の量に反して、元から軽い怪我だった事に加え、魔道具での治療で八割治ったため、勉学にはまったく支障はなかった。
アリエルは大丈夫である事実を示すように、力こぶを作って見せる。
エイガスは心配そうな表情だったが、「そうか、分かった」と返事をした。
「もっと早く駆け付けられなくてごめん。俺がいれば怪我しなかったかもしれないのに」
エイガスはすでに何が起こったのかある程度把握してるようだった。
アリルもアリエルも目立つので、誰かから聞いたのだろうとアリエルは推測する。
「どこまで聞いたの?」
「不審者が侵入した事と、お前が怪我したってこと。本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ったら。そうじゃなきゃ、こんな風に歩けていないわ」
「それはそうだよな」
アリエルは、エイガスを安心させるように軽い調子で言葉を口にする。
エイガスはその言葉を信じたようにほっとした。
現校舎にたどり着いたアリエルはエイガスと共に、自分が普段学んでいる教室へ向かう。
人質事件を目撃していた生徒たちもそれぞれ自分の教室に戻っていた。
アリエルが普段学んでいる教室は、貴族らしい高級感あふれる内装だったが、下品なほどお金をかけてはいなかった。
簡単な魔法の実技訓練を行うだけあって、部屋の壁も天井も頑丈にできている。
ショックバーストという木の、衝撃に強い建材が使われていた。
アリエルの屋敷や、王都の中心にある王宮にもその木材は使用されている。
アリエルが教室に到着し、自分の席に着く。
エイガスとは離れた席だ。
着席するアリエルだが、机の上に教科書やノート、筆記具は出さない。
そもそも持ってはいなかったからだ。
そんな物を出して授業を受けても、入学三日目に意味がないと悟ったからである。
それら一式は、学校で使っていても、家で使っていても、必ず駄目になってしまう。
家の中で保管していても、気が付くと使用人たちに捨てられてしまうのだ。
だからといってどこかに隠して、毎回学校に行く時に回収するのはアリエルにとって面倒だった。
学校でも同じで、他の生徒達に破かれたり、捨てられたりしていたため、段々と扱わなくなった。
ならば、肌身離さず持ち歩けばと思った事もあるが、アリエルはそれも面倒だと結論付けた。
仮に持ち歩いても、やっかまれている立場のアリエルは、他の生徒から水をかけられたり、砂をかけられたりする。
一緒に勉強道具も駄目になってしまうため、意味がない。
だからそもそも使わない方が、マシだと判断したのだ。
そういった事情があるため、アリエルの成績はあまり良くない。
満足に授業の復習も予習もできないのだから、当然であった。
しかしそんなアリエルを見た他の生徒は、勉強する気がないと判断したようか、陰口を叩く。
「見て、アリエルさんったらやっぱり今日もよ」
「頭が悪いのは知ってるけど、もう少し勉強する姿勢くらいみせたらどうなのかしら」
「そうよね。ただでさえ人格も素行も悪いんだから」
アリエルはもちろん気にしなかった。
教室の中をざっと見回したが、アリルの姿はない。
アリルは一つ年下であるため、本来なら同じ教室にいるはずがないのだが、異例の好成績を収めたため、飛び級なのだ。
そのため、今年卒業になるこのクラスの授業にもいるはずだった。
しかし、先ほど起きた事件がショックだったと周囲の人間に言い、家に帰ったのだろうとアリエルは推測する。
そのことに関してアリエルが思う事は何もなかった。
クラスメイトたちの悪口を聞き流していたら、いつもより遅い時間に40代の女性教師がやってきた。
しかしやっとやってきた教師は「あっ」と声を出して、持ち物を確認し始める
事件の事で打ち合わせや話し合いがあったためか、必要な道具をいくつか忘れていた。
教科書を持たなかった教師は、取りに行く手間を惜しんだ。
そのまま、記憶力を頼りにある程度授業を進め、黒板にまとめの内容を書き記した。
しかし、ストレスが溜まっていたため、苛々とした態度を隠し切れない。
そんな教師は、あることを思いつく。
誰か生徒を指名して、無茶な質問を投げかけて、出来ない様子を嘲笑しよう……と。
そんな授業の中、ノートをまとめるアリエルは、さりげなく教室を見回していた。
他の生徒が消しゴムを投げてきたため、犯人に投げ返すためだ。
教師がいる状況で嫌がらせをされるのは珍しいため、相手の顔を覚えておこうと思ったのだ。
すると、近くに座っている生徒達がひそひそ声で話をしていたため、アリエルが耳をすますと、その内容に呆れたのだった。
「アリルさん、ご両親が迎えに来られた事で安心したみたいね」
「今日はゆっくり休んでほしいわ。私の操っている鳩が、先ほど馬車に乗ったところを見たわよ」
「ええ、大変だったものね」
その生徒の一人は、動物を操る魔法を使うため、授業を受けながらでも他の場所の情報を収集できたのだった。
先ほど推測した通りアリルは、事件を受けて精神的ショックで、家に帰っていた。
今頃アリルは、家の中で両親から慰められているのだろうと、アリエルは想像する。
生みの親である父親と母親は、アリエルが七歳になるくらいまでは、姉妹を平等に育てていた。
しかしそれ以降はアリルばかりを贔屓し、アリエルを見なくなっていった。
放置は当たり前、食事の卓には呼ばない。
学校の授業参観もこない。
誕生日も祝わない。
そんな事を繰り返すうちに、アリエルから両親に対する情は冷めていったのだ。
そんな事を考えていたからか、アリエルは上の空だった。
アリエルが授業を聞いていない事に気付いた、教師から指名されてしまう。
「アリエルさん。質問に答えていただきますよ」
アリエルは、ニヤニヤしている教師の顔を見て嫌がらせだろうと判断した。
学園の教師達のほとんどは、大人だからなのか、生徒達のようにアリエルに嫌がらせをせず、公平に接している。
だが、この教師はストレスが溜まると、生徒達を虐めるロクデナシの人間だった。
アリエルは八つ当たりして良い対象として見ているらしく、たまに嫌がらせをしてくる。
「さあ、アリエルさん。今黒板に書いた問題の答え、分かるかしら?」
指名されたアリエルは、席をに立ち上がって黒板を見つめる。
教室の黒板には、この国の歴史について書かれていた。
今更ながらにアリエルは、歴史の授業をしているのだと気づいた。
黒板には歴史の偉人の偉業についてかかれていた。
数百年前にはまだ存在していた生物……赤竜を討伐した、魔法使いの一人についてだ。
黒板に書かれているその人物についてはマイナーな存在であったため、あまり情報がない。
しかし、アリエルはその偉人については詳しかった。
「レドブラッド・キングスターですね。孤児出身で、貧民街で育ったという。そのため、名前は自分でつけたとか。彼は、影の英雄と呼ばれていて、回復魔法を使える者が少ない討伐隊でも、よく働きました」
アリエルがすらすら答え始めた事で、教師はうろたえた。
「薬草を用いた応急処置の知識が豊富だったため、彼と行動を共にした者達は何度も助けられた事でしょう」
アリエルは答え終わると、教師は忌々し気な表情で「よくできましたね」と言い、次の生徒に標的を映していった。
代わりに標的にされた生徒がいびられるが、アリエルの知った事ではなかった。
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