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11 赤い犬と事件の解決
しおりを挟む校舎を出たところで、これからどうしようか考えていると、目の前に小さな犬がやってきた。
「わん」
小さな声で控えめに鳴いたその犬は、燃えるような炎を連想させる、真っ赤な体毛の犬だ。
この学園は最近、警備が厳しくなった。
数日前に、腕利きの魔法使いの力によって学園を覆うように結界が張らたため、野良犬など入り込むはずがなかったのだ。
アリエルが警戒していると、赤い野良犬が人語を喋った。
「婚約者殿。面倒な事になっているようだな」
その声はシャナのものだ。
「シャナ様?」
婚約者が犬になったのか、犬が別の場地にいる婚約者の言葉を喋っているのか分からないが、今考えるべき事でないと切り捨てる。
「今、アリルが不審者達に攫われようとしているのですが、何か見ましたか?」
「それなら、足取りはもう掴めている。こちらだ」
婚約者の声を出す赤犬は、アリエルを先導するように走り出す。
その背中を見失わないようにしながら、アリエルはその犬を追いかけた。
その途中、道端で白い花を見かけたため、特殊な手袋で採取してから、移動していく。
校舎の裏側を走る赤い犬とアリエルは、その間、学園の校長とすれ違った。
校長は70代ほどの年齢の、白髪の多い、男性だ。
どこにでもいるような凡庸とした顔付で、特に見た目に特徴はない。
そんな校長は、アリエル達を見ても、何も声をかけなかった。
なぜなら、校長には自分の意志がほぼ存在しなかったからだ。
この国のどこかの名家の傀儡と化している校長は、過去……薬を盛られた影響で生死をさまよった事がある。
それ以来、意志を喪失し、国の操り人形になっているのだ。
表向きにはそんな事実は出回っていないが、学園の闇について調べたものなら知っている秘密だった。
アリエルは、にこやかな笑顔で歩いていく校長を一瞥しただけで、その横を通り過ぎていく。
常識を考えれば授業時間中に生徒が教室以外をほっつき歩いているのは、非常識な光景であるはずだが、校長は何も言わなかった。
おそらく、誰かに危害を加えられり、悪戯をされたりしても、人形のように笑顔をはりつけたままなのだろうとアリエルは考える。
言い表しようのない気持ちの悪さを抱えながら、走り続けていたアリエルは、アリルの姿を発見した。
アリル達はちょうど裏門から外に出ていこうとしている所だった。
裏門には2名の警備員がいたが、不審者達に気絶させられてしまった後だった。
アリエルは慎重に彼等に近づく。
赤い犬が、アリエルに声をかけた。
「婚約者殿、私の魔法で私達の姿を見えなくしよう。しかし、大きな音や声を立てると溶けてしまうため、注意してほしい」
「そんな事もできるんですか?」
世の中には、人や物体を透明化する魔法や、対象に認識されなくなる魔法が存在する。
そのどちらも高度であり、使い手が限られる。
そのため、アリエルは驚くしかない。
「なあに、これくらい造作もない事よ」
アリエルの驚く言葉を聞いた赤犬は、心なしか得意げになった。
赤犬がアリエルの足に前足を触れさせると、魔力が体を覆う感覚がある。
その結果、アリエルは周囲から認識されなくなったのだった。
アリエルは状況を観察する。
緊急を要する状況でない限り、問題を解決するには、できるだけ情報を得る事が重要だと考えているからだ。
アリエルの目の前では、アリルが怯え、犯人たちが凄んでいる。
「あの方をたぶらかした罪は重いぞ。ここで消えてもらう」
「国家転覆を計った罪はあの世で償ってもらおうか」
「お前がしでかした事でどれだけの人間が危険にさらされると思っているんだ」
彼らの言葉を聞いたアリエルは頭痛を覚えて、頭を抱えた。
目の前の状況は、想像以上にやっかいだと判断したからだ。
白昼堂々学園に乗り込んできたのだから、よほどの向こう見ずか、緊急事態が起きてると睨んでいた。それはその通りで、実際後者だった。
国が関わっているとなると、アリエルが彼らの前に姿を見せる事などありえなかった。
ただでさえ、面倒が多いのだから、これ以上変な事に関わりたくなかったのだ。
音を立てないようにしないと、と考えたアリエルは気を引き締める。
アリエルは耳を傾けて情報収集し続けるが、それ以上話は聞けないようだった。
犯人の一人がアリルを始末しようとする。
「そろそろ始末しよう」
「教室の中はトラップだらけだったからな」
「校舎の中もだ。貴族の学び舎だけはある。だがここでなら」
アリエルには分からなかった事だが、学園には生徒を守るための仕掛けがあった。
不審者が外までアリルを連れ出したのは、それを警戒しての事だった。
アリエルは、もうこれ以上は引き延ばせないと考え、アリルを助けようとする。
すると、赤い犬が援護するように口にくわえていたものを、落とした。
それは死んだネズミだった。
ネズミや野生動物は病気を持っている事がある。
先ほど婚約者の声で喋ったからか、そんなものを口にくわえて大丈夫なのだろうかと、アリエルは少し心配になった。
いつ捕ってきたのだろうと思うアリエルの目の前で、赤い犬が死体になったネズミを放り投げた。
すると犯人たちが、投げ込まれたネズミに気をとられた。
「なっ、なんだ!?」
「ネズミ!?」
「おい、こいつ死んでるぞ!!」
死体は当然、自分で動くはずがない。
飛びついてきたのではなく、誰かが投げ込んだのだ。
犯人たちがそこまで思考を進める前に、アリエルが動く。
混乱している彼らを、アリエルが背後から攻撃する。
適当なところで拾った、手ごろな石ころで彼等の頭に衝撃を与えた。
「ぐあっ!」
「うっ!」
不意をつかれる形になった犯人二人が気絶するが、一人だけその攻撃を回避した。
その人物が振り返ろうとした時、赤い犬がその人物の正面からとびかかる。
犬にとびかかられて狼狽している隙に、アリエルが先ほどと同じように頭を殴って気絶させたのだった。
状況が落ち着いたのを見計らって、アリルが呆然とした様子でつぶやく。
「一体何があったの?」
透明化はとけていないため、アリルには不審者が勝手に倒れたように見えたのだ。
そんなアリルを詰問すべく、アリエルが声をかけようとするが、赤い犬に止められる。
もふもふとした前足がアリエルの足を叩いた。
アリエルは、もやもやが残った気持ちになるが、何も言わずにその場を去る事にしたのだった。
その横をすれちがうようにして、イケメン三人衆と教師が通り過ぎる。
だが、彼らはアリエルがいる事に気が付かなかった・
現場から離れた後、アリエルは赤犬と別れた。
学園から出る方法はあるらしく、アリエルに心配は無用と言う。
アリエルは最後に「ありがとうございました」とお礼を言った。
赤い犬は「また何かあったら、力になろう」と言って、去っていった。
一人で行動せずにすんだため、前回の騒動よりは、少しだけ気楽だったなと彼女は考えた。
一方、イケメン三人衆に心配されていたアリルは、笑顔を浮かべながら考え込んでいた。
倒れた者達を見て、ほんのわずかに目元を細める。
アリルが小さく呟くが、その言葉は誰にも聞き取れない声量だった。
「そろそろここから逃げないとね」
だから、その内容を指摘するものはいない。
「何か言ったか?」
ダイアが尋ねると、アリルは首を降る。
「何でもないわ。ちょっと疲れちゃったなって言っただけ」
ダイア達はその後もアリルを労わり続けた。
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