14 / 25
13 アリルの内心
しおりを挟むアリエルを屋敷まで送り届けた後、シャナは人目のつかないところまで馬車で移動する。
到着したのは王都の外れの裏路地だった。
シャナはそこで魔法を使い、自分の領地まで転移する予定だった。
そうして人目を忍ぶのは、その魔法が目立つからである。
シャナは一般的にはあまり見られない珍しい魔法を使う事が多い。
独自に作り出した魔法を人の目のあるところで使うと騒ぎになるため、こうして移動していたのだ。
シャナはマーカスに話しかける。
「俺の婚約者を頼んだぞ」
「承知しております」
「アリエルも大概だが、妹君の方が相当お転婆なようだからな」
シャナはアリルの姿を脳裏に思い描いた。
過去、アリエルの両親に挨拶をするためティアホープ家に赴いた際、アリルと話したことがあった。
人当たりが良い笑みを浮かべ、明るく振る舞うアリルを見たシャナは、彼女の虜にはならなかった。
なぜなら、アリルは魅了の魔法を使っていると気づいたからだ。
人の心を操って自分の見方を増やすのは最低な事だと思っているため、シャナはアリルの事を嫌悪していた。
それだけであれば、人として距離を置くだけにとどまったが、アリルを調査したところ色々ときな臭い話が浮上してきた。
男性達を篭絡し、魅了の魔法にかけ、良いように操っているという話で、相手が問題なのだ。
その対象が一般人だけにとどまらず、国の要人にまで及んでいたのだから、シャナが脅威に思わないわけがなかった。
シャナは変わり者、変人貴族として貴族社会では有名である。
あまり知り合いなどはおらず、社会とも必要最低限しか関わっていない。
しかし、人並み以下とは言え、国への愛着もあり、領地を持っている立場としての義務で領民の安全は守らなければならないと考えていた。
だから、シャナはこれからもアリルの動向を警戒していくつもりだった。
もしかすると、すでに手遅れかもしれないが……と考えたところでシャナは思考を止める。
きな臭い話は多いが決定的な証拠がつかめていないため、憶測だけで行動するのは危険だと判断したからだ。
シャナが転移した後、王都にいるマーカスや他の者達はその場から移動する。
マーカス達には、アリエルが卒業するまで送り迎えをするという仕事があった。
そのため、ホテルを数室借りて、そこで寝泊まりしていたのだ。
シャナは変人であるが、悪人ではない。
目の前で人が困っていれば手を差し出すような人間だった。
しかし、人より少し思考がずれていたり、気が効かない事が多いため、誤解を受ける事が多い。
マーカスは自分がいない間、シャナに何かあったらと思い、心配だった。
彼がそういった感情を抱くのは、シャナの幼少期を思えば、仕方のない事だった。
シャナは昔、特異体質だった。
身の回りにある空気には魔力が溶け込んでいるのだが、それらに触れると肌がかぶれてしまうのだ。
現在は女神の呪いを受けていたと判明しているが、当時は未知の特異体質と考えられ、対処法や治療法がまるで分からなかった。
そのため幼い頃のシャナは、他の子供達のように満足に走り回る事が出来なかったのだ。
シャナの両親は、そんな我が子の特異体質を治療するために、最善を尽くした。
様々な魔法使いや、魔道具職人などに声をかけ、自分達でも治療の方法を調査していたのだ。
その努力は実り、シャナの特異体質は女神の呪いだと明らかになり、治療法を見つけ出す事ができた。
シャナを困らせていた呪いは跡形もなく治ったのだが、シャナの両親は無理がたたって亡くなってしまった。
先に母親が亡くなり、後を応用に父が亡くなっている。
シャナはその当時、両親と共に野原でかけっこをするという、ひそかな夢を持っていたが、その夢は当然叶わなかった。
以来シャナは、自分と同じように呪いで悩んでいる者達をなくすために、あまり屋敷から出ずに、研究を続けている。
その結果、交友関係が狭くなり、人付き合いの機械がへり、変人と呼ばれるようになってしまったのだ。
マーカスは先代が生きていた頃から、ホムラン家に仕えていたため、シャナの幼少期について、よく知っている。
できれば幸せになってほしいと考えているが、それは難しそうだとも思っていた。
交友関係の少なさや、社会経験の短さが、どうしてもシャナの生き先に壁を作ってしまう。
アリエルが嫁いで来れば、その点をうまく補ってほしいと思っているが、シャナの不器用なアプローチでは彼女の心を射止めるには及ばなかった。
この分だとマーカスは、夫婦というよりは友人や知人という関係で落ち着きそうだなと考えている。
それで、シャナの足りないところが補われたり、少なくなるのならばよいのだが、その点についはマーカスにとっては未知数だ。
マーカスは、シャナが幸せになるには、まだ道のりが長いだろうなと考えていた。
同時刻。
別の場所にて。
馬車で家に帰ったアリルは、使用人達から出された紅茶を飲んでいた。
ともに出されたのは林檎をつかったクッキーやケーキだ。
フォークにさして口に入れれば、それらは甘く、口どけもよい。
アリルのために作られた贅沢な甘味を前にして、食べている少女は満面の笑みになる。
アリルは近くで、空のティーカップにお茶をそそいでいた女性の使用人へ声をかける。
「とても美味しいわ。すごく気に入ったから、今から作ってくれた料理長にそう伝えてくれる?」
使用人は「分かりました」と言って、部屋を出ていった。
その人物は、アリルの言葉を疑いもせずに行動する。
使用人がいなくなった部屋の中で、アリルはにやりと笑った。
その笑顔は、人を蔑むような笑顔だった。
「ちょっと優しくしたくらいで簡単に騙されるんだから、人間ってちょろいわね」
ちょうど良い温度の紅茶を口に含んだ後、アリルは姉の顔を思い浮かべる。
「今頃何をしているのかしら」
最近は、あまり顔を合せなかったため、アリルは姉の様子が分からなかった。
だが、とりたてて目立っているわけでも、何かに成功しているわけでもないのは確かだった。
これからもアリエルはそうでなければならないと、アリルは考えている。
アリルと比べられて惨めな生活をしなければならないのだ、と。
「早く変わり者の家に嫁いで、不幸になってくれれば良いのに」
他の人間は気づいていなが、アリエルは優秀な人間であった。
しかし、なぜかアリエルは目立とうとせず、何かしらの功績も立てない。
アリルは、そんなアリエルの事が気に食わなかった。
元々気に食わなかったが、目立とうとしないアリエルを見るとさらに腹が立ったのだ。
「家族なんて虫唾が走る存在だわ。両親は役に立つからそれほどでもないけど、姉なんてほんと要らない存在ね」
アリルの心にはずっと家族という存在に対する拒否感があった。
その理由は分からなかった。
家族を嫌う事に罪悪感を抱かなかったため、アリルはアリエルを不幸にする行動に躊躇いがない。
アリルは、用意されたフォークで乱暴にクッキーをつきさす。
クッキーは、フォークに強く突き刺された衝撃で、こなごなに砕けたのだった。
数時間後の夜。
ティアホープ家の建物の裏手。
夜の闇が更けていく中、とある動物が眠っていた。
深い闇の中にとけるような黒色の毛並みの猫が起き上がり、親猫を探して鳴いて歩く。
その子猫は、昔の事を思い出して、寂し気なか細い声を出していた。
子猫には親猫がいたが、半年前にアリルに殺されていた。
アリエルに懐き、アリルに懐かなかった事が理由だ。
ある日、アリルが餌をのせた右手を、親猫に差し出したのだが、その手に返されたのは敵意だ。
餌付けを拒否した親猫が、ひっかいたのだ。
それを見たアリルが、親猫を踏みつけたり、蹴りつけたのだ。
親猫はすぐに血まみれになった。
近くでその場を見ていた子猫は震えて動くことができなかった。
そのままであれば、子猫も後を追っていただろう。
そうならなかったのは、アリエルがかばって逃がしたからだ。
子猫はそれ以来、ティアホープの屋敷には近づかずにいた。
幸い、近くに子供を亡くしたばかりの猫がいたため、子猫はその猫に育ててもらう事で、命を繋ぐ事ができた。
しばらくは、屋敷から離れて心の傷を癒していたが、久しぶりにアリエルには会いたくなったのだ。
子猫はアリエルの部屋の下で、にゃあと鳴く。
アリエルは、いつもならその声に気が付くのだが、今日は疲れていたためすでに眠っていた。
アリエルに会えなかった子猫は、意気消沈した様子でとぼとぼと屋敷から離れていった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話
yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。
知らない生物、知らない植物、知らない言語。
何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。
臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。
いや、変わらなければならない。
ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。
彼女は後にこう呼ばれることになる。
「ドラゴンの魔女」と。
※この物語はフィクションです。
実在の人物・団体とは一切関係ありません。
【完結】吉祥天姫~地味な無能と馬鹿にしてますが実は完全無敵のラッキーガールです。悪意は全部跳ね返し最強のイケメンに溺愛されてます~
enth
ファンタジー
地味で無能に見えるけど、実はスーパーラッキーです☆
悪意はそのまま跳ね返し、世界一のスパダリに溺愛されてます!
天帝と四天王家が治める、
魑魅魍魎(ちみもうりょう)や悪鬼がはびこる世界。
天満院 愛蓮(アイレン)は、分厚い眼鏡をかけた地味な女の子だ。
アイレンは一流華族の娘であるにも関わらず、
なんの”能力”も持ってはいなかった。
しかし性格は極めて穏やかで誰にでも優しく、無欲でほがらか。
それだけでなく教養にあふれ、品のある徳の高い娘だった。
そんな彼女を心から愛する賢く美しい少年は、
ある日”修業のために”と去って行ってしまった。
その日から彼女の運命は波乱に満ちたものに変わっていく。
弟を連れて旅に出ていた両親が行方不明になってしまったのだ。
その隙を突いて、従妹一家は家の乗っ取りを企ててくる。
天真爛漫を装い、妬みからアイリンの全てを奪おうとする従妹。
それまで婚約を強引に進めてきた幼馴染は、
この窮地に対し、手の平返しに婚約破棄を突き付けてくる……
何もかも失い、能力も無いアイリンの危機……
と思いきや。
まったく問題なし!
なぜなら彼女の隠された”能力”は、”開運招福”と”意図反射”だったから。
ほっといても幸運が舞い込むだけでなく
向けられた悪意はそのまんま相手に跳ね返っていくものだった。
嫌がらせしてくる奴は自業自得な目に、
親切にしてくれる人は幸運に恵まれる。
しかも彼女は、素晴らしい人物に愛され、
とんでもないモノに守られていたのだ。
開運招福、
皆様の不幸が、スカッと反転されますように!
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています
さら
恋愛
――契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています。
侯爵家から追放され、居場所をなくした令嬢エリナに突きつけられたのは「契約結婚」という逃げ場だった。
お相手は国境を守る無骨な英雄、公爵レオンハルト。
形式だけの結婚のはずが、彼は不器用なほど誠実で、どこまでもエリナを大切にしてくれる。
やがて二人は戦場へ赴き、国を揺るがす陰謀と政争に巻き込まれていく。
剣と血の中で、そして言葉の刃が飛び交う王宮で――
互いに背を預け合い、守り、支え、愛を育んでいく二人。
「俺はお前を愛している」
「私もです、閣下。死が二人を分かつその時まで」
契約から始まった関係は、やがて国を救う真実の愛へ。
――公爵に甘やかされすぎて、幸せすぎる新婚生活の物語。
【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!
加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。
カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。
落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。
そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。
器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。
失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。
過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。
これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。
彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。
毎日15:10に1話ずつ更新です。
この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
王女と2人の誘拐犯~囚われのセリーナ~
Masa&G
ファンタジー
王女セリーナが連れ去られた。犯人は、貧しい村出身の二人の男。だが、彼らの瞳にあったのは憎しみではなく――痛みだった。
閉ざされた小屋で、セリーナは知る。彼らが抱える“事情”と、王国が見落としてきた現実に。
恐怖、怒り、そして理解。交わるはずのなかった三人の心が、やがて静かに溶け合っていく。
「助けてあげて」。母の残した言葉を胸に、セリーナは自らの“選択”を迫られる。
――これは、王女として生きる前に、人としての答えを、彼女は見つけにいく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる