アリエルとアリル

透けてるブランディシュカ

文字の大きさ
19 / 25

18 襲撃者

しおりを挟む
 クララが解雇されてから数週間が経過した。

 アリエルはシャナの妻として扱われ、本邸にそこそこなじんでいた。

 邸宅に研究者達が多いのは不思議に思ったが、込み入ったことは追及しない事にしていた。

 しかし、ただ世話になるだけは心苦しいと思ったため、アリエルは彼らの手伝いをする事に決めた。

 基本的にはお茶を入れたり、資料を整理したり、小道具を用意・運搬するだけだったが、研究者達には有難く思われた。

 いずれ、夫人としてホムラン邸の帳簿の管理なども任される事になるが、それまではこれらの手伝いを続けるつもりだった。

 そんなふれあいの中、カイラスと再会したのは思わぬ出来事だった。

 カイラスは父親のサイーズと共に、何らかの研究に夢中になっているようだった。

 指名手配されている彼が邸宅で働いている事に思うところはあったが、アリエルは彼についても何も聞かなかった。



 夜が深まる頃。

 リムスターの隣にある国、コスモクラウンの中心部。

 とある屋敷の中でアリルは、彼女のために用意された広い部屋のベッドに腰掛けていた。

 アリルを家に招き入れた人物の名前はハワード。

 国で上から数えた方が早い富豪の息子だった。

 ハワードの父親は、商人として有能であり、多方面に顔が利く。

 そのため彼の息子は、アリルに便利な人物として目をつけられたのだった。

 アリルが望まぬ結婚を強いられていると手紙で知った彼は、息子がアリルに心奪われている事を考え、アリルを助けることに決めた。

 そうして、アリルを自分の家でかくまっているのが現状である。

 そんなハワードのおかげでアリルは、不自由のない贅沢な生活をしていた。

 部屋の中は、豪華な家具だらけで、服もキラキラとした宝飾品がふんだんにあしらわれている。

 家具の上には、流行りの小物や芸術品が置いてあった。

 そんな部屋の中で過ごしていた、アリルは窓を開けた

 窓枠に、鳩が止まっていたからだ。

 その鳩の足には手紙がある。

 手紙を開いて読んだアリル眉間に皺を寄せて、それを握りつぶした。

「まさか失敗するなんて」

 険しい表情になるが、部屋の外から使用人に話しかけられて、表情を変える。

 にこやかな笑顔になったアリルは、手紙を細かく破った後、返事をしながら、扉に向かって歩いた。

 対応に出た使用人が困った顔になって、「お客様がいらしているのですが」と言う。

「男性の方が、アリル様に会わせろと」

 その男性は、アリルとともに国境を越えた人物だった。

 しかしアリルにとってもう用済みであったため、捨てられたのだ。

 アリルは不安そうな顔を作った。

「私、そんな人なんて知らないわ。怖いわね、早く追い払って」
「わかりました」

 使用人が出て行ったあと、アリルは真顔になる。

 彼女の頭の中には、自分が利用した男の姿などどこにもなかった。

 アリエルの事でいっぱいになっていたからだ。




 国の中央の王宮内。

 ダイアは執務室で頭を抱えていた。

 それは、アリルに篭絡された第一王子が暴走して金遣いが荒くなっているからだ。

 学園を卒業した後、アリルは結婚相手の元に嫁いだ。

 しかし、アリルは大人しくしていなかったらしく、ちょくちょくその家を抜け出しては色々な男性と会っていたのだ。

 その対象の一人が第一王子だった。

 兄の素行はもともと悪かったが、アリルと出会ってからそれは悪化する一方で。

 国の財政を圧迫し続けている。

 ダイアは今まで仮の姿を用いてアリルの事を調査してきた。

 それは、アリルが女神の転生体だという事実を知っているためだ。

 昔不思議な石に触れたとき、古の時代の出来事が頭の中に流れ込んできた。

 そして、その時代に生きていた女神達がどんな風に転生を繰り返してきたのかも、記憶に刻まれたのだ。

 それを知ったダイアは、女神の一人が悪さをしないように、今日まで秘密裏に動いてきた。

 しかし、女神を倒すために、命の石版を壊す事が必要だと判明した者の、探索が難航。

 行き詰っていたのだ。

 ため息を吐くダイアは、学園の友人の顔を思い出す。

 たまにアプローチしたものの、まったく手ごたえがなく、友達止まりだった女性の顔だ。

 心を射止める、特別な男性にはなれなかったが、友人として彼女を助ける力になりたいと思っていた。






 一方、ホムランの本邸宅にて。

 アリエルは本邸宅の私室で眠っていた。

 時刻は日付を超える頃。

 シャナは執務室で執務をこなしながら船を漕ぎ始め、チータは使用人用の部屋で眠っている頃だった。

 マーカスは、屋敷の内部を歩いて見回っている。

 マーカスは使用人の中でもそこそこの立場にあるが、屋敷内部の事を把握するため、定期的にこうして見回りをしていたのだ。

 そんなマーカスは異変を察知する。

 開けた覚えのない窓が開いていたからだ。

 わずかに数センチだけ開いていた窓を見て、マーカスは周囲を注意深く観察する。

 すると、床に土で汚れた足跡が付いている事に気づいた。

 マーカスははっとした様子で、自分が持っている……警報音を鳴らす魔道具を使用した。



 同じ屋敷の中、アリエルが眠っている部屋に音もなく忍び込む人間がいた。

 足音を殺すその人物は、全身を黒い布で覆っているため、顔が見えない。

 怪しい人物はベッドに近づき、自身が持っていたナイフを振りかぶる。

 しかしその寸前、どこかでけたたましい音が鳴り響いた。

 ナイフを振り下ろそうとした不審者の動きが一瞬止まる。

 その数秒で起床したアリエルは、襲われそうになっている状況に気づいた。

 それからのアリエルの動きは寝起きとは思わないほどキビキビしたものだ。

 それは、実家で散々深夜の時間帯にアリルや使用人に悪戯されていた影響だった。

 アリエルは、自らを襲う襲撃者のナイフを避ける。

 襲撃者のナイフがベッドを引き裂くが、アリエルは飛び起きて、その場から離れたのだ。

 アリエルは、部屋の壁に飾ってある装飾品を手に取り、投げつける。

 その後で、怯んだ襲撃者に近寄り、腹を殴って気絶させたのだった。

 物音を聞いた使用人達が駆けつけて、襲撃者の姿を見て驚く。

 アリエルは遅れてやってきたシャナやマーカス、チータに、状況を説明したのだった。



 襲撃者を尋問した結果、その人物の口からアリルの名前が出た。

 詳細を知ったのは次の日だった。

 シャナが翌朝、アリエルの部屋にやってきて、詳細を報告した。

「君の妹は、家族の命を狙うほど、性格が終わっているらしいな」
「正直ここまでやるとは思いませんでした、迷惑をかけてしまってすみません」
「君が謝る事じゃない、悪いのはアリルだろう?」

 尋問の結果、アリルからアリエルの殺害を依頼されたと襲撃者は言ったらしい。

 襲撃犯は、アリルの事を「あの方、女神」と発言している。

 アリエルは、襲撃者がアリルの事をかなり信望している事に若干恐怖する。

 人を操る事にかけて、アリルの上に立つものなどいないのではないかと彼女は思った。

「これからも似たような事が起こるかもしれない。どうする?」

 アリルは目標を一度決めたら撤回しない人間だ。

 その事実をアリエルは身を持って学んでいた。

 だから、次もあると考えて、対策を練らなければならない。

「とりあえず護衛を、腕の立つものを雇う必要がありますね。ちょっとした情報屋からの情報で、この辺りの腕の立つ人間を知ってるので、お声がけしようかと思っています」

 それは二か月の馬車旅で、レオンと再会した時に得た情報だ。

 シャナは興味深そうに耳を傾ける。

「ほう、それは?」

 アリルが口にした人物名と組織名にシャナが驚く。

「深き闇のゼイード。シャナ様はご存じでしょうか?」
「それは……裏社会の人間ではないか?」

 アリートの名前はシャナも知っているものだった。



 うすぐらい路地の中。

 血だまりの上に立つ二十代ほどの男性はくしゃみをした。

 彼の名前はゼイード・カート。

 灰と黒が混ざったまだらな髪の色が特徴で、瞳は左右で色が違い、右は黒、左が灰色だ。

 元々は名家の人間だったが、血を好む性格を恐れ、当主が彼を捨てる決断を下したのだった。

 五歳にして孤児になった彼は、裏社会の人間に拾われ、生を繋いだ。

 ゼイ―ドには、特に目標や夢があるわけではないが、育ててくれた者達のために恩義は返していくべきだという考えがある。

 そのため、裏社会に身を置き続けていた。

「へっくしょい。うう、さむっ、今夜は冷えるな」

 腕をさする彼は、つい数分前に暗殺をしたばかりだ。

 彼の手にかかった被害者の男が、地面に倒れている。

 驚愕の顔のまま息絶えた被害者は、自らの死から逃れようともがく暇もなく、黄泉の国へと旅立った。

 死はもたらされたが、これまでやってきたことを考えれば、苦しまなかったことは、彼にとっての幸運だった。

 地面に倒れた男は複数の女性を持て遊び、搾取し、罪を隠蔽してきた。

 天狗になり、さらに罪を犯そうとする男は、誰がどう見ても改心する余地などなかったからだ。

 今日ここで命を落とさなければ、自らがもてあそんだ女たちに、凄惨な復讐をされただろう事は明白だった。

 しかし瞬間的菜な死は、罪人や悪人に対する思いやりなどではない。

「悪人に慈悲をっていうよりは、予想外の状況をなくすためにって感じだけどな」

 ただ仕事を完全に、確実にこなすために気を使った結果だった。

 死体になった男をもう一度確認した後、暗殺者は背を向ける。

 その人物は、夜の暗闇で見通せない薄暗い裏路地を音もなく歩いていくのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku
ファンタジー
ベランダから落ちて死んだ私は知らない森にいた。 知らない生物、知らない植物、知らない言語。 何もかもを失った私が唯一見つけた希望の光、それはドラゴンだった。 臆病で自信もないどこにでもいるような平凡な私は、そのドラゴンとの出会いで次第に変わっていく。 いや、変わらなければならない。 ほんの少しの勇気を持った女性と青いドラゴンが冒険する異世界ファンタジー。 彼女は後にこう呼ばれることになる。 「ドラゴンの魔女」と。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物・団体とは一切関係ありません。

【完結】吉祥天姫~地味な無能と馬鹿にしてますが実は完全無敵のラッキーガールです。悪意は全部跳ね返し最強のイケメンに溺愛されてます~

enth
ファンタジー
地味で無能に見えるけど、実はスーパーラッキーです☆ 悪意はそのまま跳ね返し、世界一のスパダリに溺愛されてます! 天帝と四天王家が治める、 魑魅魍魎(ちみもうりょう)や悪鬼がはびこる世界。 天満院 愛蓮(アイレン)は、分厚い眼鏡をかけた地味な女の子だ。 アイレンは一流華族の娘であるにも関わらず、 なんの”能力”も持ってはいなかった。 しかし性格は極めて穏やかで誰にでも優しく、無欲でほがらか。 それだけでなく教養にあふれ、品のある徳の高い娘だった。 そんな彼女を心から愛する賢く美しい少年は、 ある日”修業のために”と去って行ってしまった。 その日から彼女の運命は波乱に満ちたものに変わっていく。 弟を連れて旅に出ていた両親が行方不明になってしまったのだ。 その隙を突いて、従妹一家は家の乗っ取りを企ててくる。 天真爛漫を装い、妬みからアイリンの全てを奪おうとする従妹。 それまで婚約を強引に進めてきた幼馴染は、 この窮地に対し、手の平返しに婚約破棄を突き付けてくる…… 何もかも失い、能力も無いアイリンの危機…… と思いきや。 まったく問題なし! なぜなら彼女の隠された”能力”は、”開運招福”と”意図反射”だったから。 ほっといても幸運が舞い込むだけでなく 向けられた悪意はそのまんま相手に跳ね返っていくものだった。 嫌がらせしてくる奴は自業自得な目に、 親切にしてくれる人は幸運に恵まれる。 しかも彼女は、素晴らしい人物に愛され、 とんでもないモノに守られていたのだ。 開運招福、 皆様の不幸が、スカッと反転されますように!

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています 

さら
恋愛
――契約結婚のはずが、無骨な公爵様に甘やかされすぎています。 侯爵家から追放され、居場所をなくした令嬢エリナに突きつけられたのは「契約結婚」という逃げ場だった。 お相手は国境を守る無骨な英雄、公爵レオンハルト。 形式だけの結婚のはずが、彼は不器用なほど誠実で、どこまでもエリナを大切にしてくれる。 やがて二人は戦場へ赴き、国を揺るがす陰謀と政争に巻き込まれていく。 剣と血の中で、そして言葉の刃が飛び交う王宮で―― 互いに背を預け合い、守り、支え、愛を育んでいく二人。 「俺はお前を愛している」 「私もです、閣下。死が二人を分かつその時まで」 契約から始まった関係は、やがて国を救う真実の愛へ。 ――公爵に甘やかされすぎて、幸せすぎる新婚生活の物語。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

精霊姫の追放

あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。 「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

処理中です...