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透けてるブランディシュカ

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〇21 乙女ゲームのモブに転生したけど、文通相手のお嬢様が悪役令嬢の仲間にならないように頑張ります。

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 俺は乙女ゲームの世界に転生したらしい。
 クリスハード・ラナトクスという人物で、前世記憶を思い出したのは十歳をちょっと過ぎてから。

 ただ、この人物はゲームには出てこなかったので、俺が転生したのはモブなのだろう。

 へたに攻略対象とか、その関係者に生まれ変わらなくてよかった。
 モブなら、自由でいいし。
 自分の行動で人の運命が変わってしまうとか心配しなくてもいいし。

 そんな俺は使用人としてとあるお屋敷で働いている。

 仕事は忙しいけど、楽しみがあるから苦ではない。

 俺にはちょっとしたことで知り合った文通相手の貴族令嬢がいるのだ。

 その中身は。

「わたしとぶんつうともだちになってください」
「いいですよ」

 こんな感じ。
 ほほえましい文通をさせていただいている。

 だから、日々の仕事をこなしながら、そのお嬢様と文通していたのだが。

 ちょっと、困ったことになった。





 夜、使用人のお仕事を終えた俺は机に向かって手紙を書いていた。

 相手は、例のお嬢様だ。

 お嬢様は最近、とある人物の取り巻きになったらしい。

 それで、そのとある人物のことについて色々な話をしてくれる。

 何々があったとか、どれどれが好きだとか。栗スイーツが好きだとかうんぬん。

 そんな内容の文通をしているうちに、俺は気が付いてしまった。

「あっ、俺の文通相手、悪役令嬢のとりまきになってる」

 という事に。

 文通相手の友達とやらは、乙女ゲームに登場する悪役マローナ・キャンディルの特徴と一致するものばかりだった。

 ハッピーエンドではマローナは破滅する運命にある。

 その時にもし、この文通相手が取り巻きのままだったら?

 一緒に破滅してしまうかもしれない。

 俺はどうにか、彼女を説得しなければならなくなった。

 モブとして、自由な生活を送れると思ってたんだけど、友達が登場人物に関わってしまったのならしょうがない。






 俺が彼女と文通する事になったのは、数年前の出来事がきっかけだ。

 今働いているお屋敷に、その少女が遊びに来たのだ。

 この屋敷の主人と、少女の両親が知り合いだったかららしい。

 家族にくっついてくる形で遊びに来た少女は、暇な時間に屋敷を探検していた。

 あちこちうろうろしていた少女は、ひどく退屈をもてあましていたらしい。

 使用人にも積極的に話しかけて、色々なお喋りをしていた。

「このおやしきのなかをあんないしなさい!」
「承知いたしましたお姫様」
「ふふん、なかなかれでぃーのあつかいを、こころえているようね」

 彼女は、お金持ちの家で育ったがゆえに、少し我儘な所はあるが、素直でいい子だった。

 だから、仲良くなった後、こっそり提案されたのだ。

 もっと、庶民の生活の事を教えてほしいと。

「しょみんはまずしいから、うまごやのなかでねるんでしょ? よくおうまさんにけられないわね」
「いいえ、違います。どこからそんな知識を仕入れてきたのですか?」
「しょみんきらい! っていってるともだちから」
「なるほど」

 今の年齢の俺だったら、断っていただろう。

 けれど、当時子供だった俺は、面白そうだと思い了承したのだ。

「わかりました、文通で色々なお話をしましょう。お嬢様が知りたがっている事を、できるだけ教えて差し上げますよ」
「ありがとう。もつべきものはともだちだって、ともだちがいってたとおりだわ」
「そこはまともな知識なんですね」

 ふつうなら、身分の低い者とやりとりを重ねるなんてあまり褒められた事ではなかった。
 この世界では、身分による差別が多いのだから。

 でもだからこそ、誰にも知られてはならない秘密のやり取り、というのが子供心をくすぐったのだろう。

 それからは、鳩を使って手紙のやりとりをするようになった。





「お嬢様、そのマローナという人は貴方の事を友達・友達だと言って、色々親切に言ってくるかもしれませんけど、中身は悪人なので付き合わないでください」
「ひどいわ。クリスったらどうしてそんなひどい事いうの?」

 それで、ある日悪役令嬢のとりまきを辞めるように言ったら怒られた。

 オブラートに包まなさ過ぎたようだ。

 さすがに直接的すぎたか。

 だから俺はとりあえず謝って、冷静になるように手紙に書いた。

 仲たがいで文通やめる!

 なんてことになったら、軌道修正が難しくなる。

 この世界では、表立って使用人である俺が、貴族のお嬢様と会って話をするわけにはいかないのだから。

「すみません言い過ぎました。好きな友達を貶されたらだれだって怒りますよね。お嬢様は本当に心の優しい方ですね」
「まあ、分かればいいのよ。分かれば」

 だから遠回しに述べていって、自分が関わっている友達が悪い子だと気づいてもらうしかない。

「お嬢様が友達になりたくない人間はどんな人ですか?」
「どういった人が悪い人間だと思いますか?」
「虐められている人をみたら助けてあげたいですよね。そんな人は立派だと思います。お嬢様はどんな人になりたいですか?」

 怪しまれたときはもっと「俺はお嬢様の事が知りたいんです」、で誤魔化しておいた。





 度重なる文通の結果、お嬢様は自分が関わっている友達はひょっとしたら悪い人達なのでは、と思い始めたようだ。

 そしたら次の作戦だ。

「実は俺、権力を振り回す連中に、嫌がらせをされたことがあるんです」

 それは自分の肉を切る作戦だ。

 恰好悪いところを知られる事になるが、背に腹はかえられない。

 こんな世界で、しかも使用人なんて立場をしているものだから、お金持ちと接する機会は多い。

 その際に嫌味を言われたり、嫌がらせをされることがあった。

 貴族やお金持ちが偉いという価値観が蔓延しているこの世界では、庶民で貧しい人間には何をしても良いと思っている人が多いのだろう。

「その人達ひどいわ。クリスは悪い人じゃないのに」
「ありがとうございます。彼らに比べると本当にお嬢様はとても良い人なのだと思います。自分の立場を利用して誰かに嫌味を言ったりしないですし、意地悪したりしないですものね」
「まあね! 人として当然のことだもの!」

 だいたいの人は、知らない人が虐げられていてもピンと来ないかもしれないが、親しい人が被害をうけていると大ごとに思えるらしい。

 その心理を利用させてもらった。

 よし、ここまできたらあともう一押しだ。

 なんとしてでも、彼女に悪役令嬢のとりまきを辞めさせなければ。






 決意を新たにした俺は、とあるパーティーの手伝い要員として、原作が始まる特別な場所へとしのびこんだ。

 そこは王様が主催したパーティー会場で、ヒロインと攻略対象が出会う重要な場所だった。

 原作は、こんなロマンチックなシチュエーションからストーリーが始まっていく。

 だから、その場面に居合わせてなんとか登場人物と知り合おうと言う魂胆だった。

 いきなり異性であるヒロインと知り合うのはハードルが高いので、狙いは攻略対象だ。

 彼らはできた人間なので、庶民である俺が近づいていても差別してきたりはしないだろう。

 大丈夫なはずだ。

 他に転生者がいて余計な行動をとったりしていた、なんてミラクルが起こらない限りは。

 動物好きな攻略対象の一人に近づいて、鳩の話でどうにか盛り上がるしかない。

 そのために、帽子の中に相棒を入れてきた。
 準備はばっちりだ。

 そう思っていたのだが。

「わ! 可愛い鳩さんですね!」

 別方面でのミラクル!

 なぜか登場人物がいるはずの場所でヒロインと遭遇してしまった。

 しかもなぜか、攻略対象もわらわら。

「ふむ、毛並みの良い鳩だな」
「パーティー会場に鳩つれてくるとか、変わった奴がいるな。しかも帽子の中って、ぷっ」
「気をつけろ。庶民が変わった事をすると、性格の悪い貴族に目をつけられるぞ」

 あれ?
 こんなシーン原作になかったんだが。

 ヒロインは一人ずつ出会っていくはずだったんだけど。

 まあ、いいか。
 彼等と知り合いになれるなら、それに越したことはない。

 それからしばらく、謎の鳩トークタイムで盛り上がった。

 攻略対象とヒロインの本日の想いでが「運命の人に出会った」から、「鳩を連れた変な庶民に出会った」にならなければいいが。

 それは彼らの運命力に期待しよう。
 モブの俺が出来る事はない。

 ともかく、これで出来る事はすべてやった。

 後は、あのお嬢様が悪役令嬢マローナのとりまきを辞めてくれればいいのだが。






 私が通っている学園に庶民が通っているらしい。

 みんなその噂でもちきりだ。

 だから友達のマローナが「気に食わない庶民がいるの」と言った。

 彼女は庶民が嫌いだから、そうなるのは自然の事だった。

 彼女は言う。「だから身の程を思い知らせてやりましょう」と。

 だけど、私は素直に賛同できなかった。

 だって、それは良くない事だもの。

 そうこうしている間にマローナは、庶民に因縁をつけはじめた。

 嫌がらせもやりはじめたようだ。

 こんな事に加担してはいけない。

 私はそう思ったけど、友達をなくす事を考えたら強くは言えなかった。

 私は友達が少なかったから、たとえそれが一人でもなくしたくはなかったのだ。

 でも、文通相手であるクリスの言葉が頭の中で蘇る。

 きっとこんな事を知ったら、彼は軽蔑するだろう。

 私は二人の友達の板挟みになった。

 だって、クリスもクリスでいけないのだ。

 長く文通している私というものがありながら、パーティー会場でであった女の子の事を長々と説明してくるのだから。

 だからこそ、マローナが虐めているその子が同一人物だと分かった時、止める事ができなかったのだ。

 でも。

「やめてください! それは母の形見である大切な手紙なんです」
「庶民の分際で、私の目の前をうろちょろするからよ」

 私の心が抱いているのは、ただの醜い嫉妬心であることを知っている。

 目の前で虐げられている少女が私だったら?
 とりあげられた手紙が、大切なクリスからのものだったら?

 黙っていられるだろうか。

 体ががたがたと震えて、こみあげる臆病の心に屈しそうになるけれど、それらを力づくでねじふせた。

 そして私は、目の前で抗う庶民の女の子をかばうように、今まで友達だった女の子の前に立ったのだ。

 なけなしの勇気をふりしぼって。

 きっとクリスだったらこうするはずだとそう思いながら。

「マローナ。庶民虐めはもうおやめなさい!!」


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