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〇40 昨日、失恋し続ける
しおりを挟む「好きです! つきあってくださぁい」
つきあってくださぁい。
くださぁい。
さぁい。
ぁい。
い……。
……って、言いたかったのになぁ。
俺の告白は誰にも届かない。
告白したい人どころか、関係のない人にさえ。
かびくさい古井戸の中で、頭上の雲が機嫌悪くうなりはじめたのを見てため息をつく。
これで7回だ。
告白失敗。
同じ人に告白しようとして、七回も失敗する人間が存在するだろうか。
同じ日に告白しようとして、その日の内に七回も告白が失敗する男が存在するだろうか。
いや、いない。
俺は、とうとう怒りの涙をこぼし始めた。重たげな雲を見つけて叫び声を上げる。
ここは人気のない場所。今日中にこの井戸から脱出するのは不可能だろう。
「どうしてこうなったっっ!!」
俺は同じ日を七度繰り返している。
いや、今日でもう八度目だ。
いわるゆループというものに、どっぷりはまり込んでしまったらしい。
その度に同じような朝を迎え、遅刻しそうになって、教師に日ごろの生活態度云々……と学校生活を送り、下校する。
都合七度も……いや、二度だって知り合いとほぼ同じ行動・会話をした人間はいないだろう。
え?
だいたい俺の生活態度が悪いせい?
あー、聞こえない聞こえない。
さて、問題となってくるのは何故ループにとりこまれているのか、だ。
俺はどうやら自分の恋が叶うまで、このループから抜け出せそうにないようだ。
何度も繰り返した昨日の中で、幾度となく運命の神様に、俺の恋路を盛大に邪魔されている。
学校帰りから彼女の家に告白しに行こうとしても、嵐みたいな天候に急に変わったり、犬が追いかけてきたり、井戸に落ちたり、指名手配犯と間違えられたり大変な目にあったり。
何だろうか、神様は何か俺に恨みでもあるんだろうか。
ともあれ、だ。
俺は諦めるつもりはない。
必ず、彼女に告白して、この恋を成就させるのだ。
けれど……。
「どうわっ!」
彼女の家に向かっている最中、どこかの家で飼われているらしい犬が俺に向かって、狂ったように吠えながら走ってくる。
その数、三匹。
プチペットブームを起こしていた俺の町は、有名なアニマル映画の撮影に使用されていた事もあって、そこに出演した犬を飼う家が数年前からかなり増えていたのだ。
打開策をもとめて、「グルルッ」とか「バウッ」とか「ギャウッ」とか言ってる背後の犬畜生をふりかえって、観察するが……。
切れたリードが申し訳程度に存在を主張しているのが、何の役にも立たない情報だった。
「どわっ! いだだだだだ!!」
お犬様のスピードに生身の人間で勝てるはずなく、あえなく撃沈。
命の危機に瀕したので。
噛み傷をつけながら、進路変更せざるをえなかった。
さあ、ここでちょっとしたシンキングタイム。
目の前には左右に分かれた分岐路があります。
普通なら、右か左のどちらか二択で選ぶだろう。
だが、それは間違いだ。
右に行けば指名手配犯に間違われて警察署に強制連行、左に行けば地元の人間でも迷うような入り組んだ路地になってて挙句の果てに古い井戸にポチャン。
な っ て た ま る か。
俺は気合を入れて、まっすぐ突進。
分岐路の壁となっているコンクリート壁によじのぼり、その先にあるどこぞのお宅の民家の屋根にお邪魔する。
ふはは、運命の袋小路攻略したり!
「きゃーっ! 誰かたすけて!」
「何ぃっ!?」
突如近くから悲鳴が上がって、俺は屋根から転げ落ちそうになる。
あわてて体勢を立て直しながら周囲へ視線を向けるが、それらしき悲鳴の主は見つからない。
まさか、と思いつつ俺は自らがお邪魔している屋根の上で、おそるおそる耳をすました。
おおう、家の中からどったんばったん修羅場の気配。
「誰かっ、誰か強盗です!」
「えー……」
袋小路抜けたと思ったら、二段重ねで行き止まりの壁があったみたいな絶望感。
どうする。
どうしちゃう?
まあ、見捨てるのも寝覚め悪いし。
数々の災難を経験した事によって度胸もついてきたし何とかなるんじゃね?
「仕方ないな」
俺はやれやれと肩をすくめながら、屋根から身を乗り出して下の階にあるベランダに着地。
窓越しに室内の様子がばっちり見えた。
あ、カーテンしめてなかったんすね。
ついでにもみ合ってる男女と視線が合った。
女性は知らない人だった。
男性は何だか見覚えがある。
首をかしげていると、男性の方が拳銃を持ってこちらに標準をつけて……。
あれ、この流れって。
一瞬後、何か衝撃を受けたなと思った途端意識がブラックアウトした。
「ぐわぁぁぁっ、何でやねん!」
あの強盗犯、躊躇いなく引き金引きやがった。
凶悪だったよ。
しかも、指名手配犯だったよ。
俺とちょっと似てたよ。
思わぬところで思わぬ人間と遭遇した俺は、虚をつかれて反撃くらいましたとさ。
一応生きてたけど、犯人には逃げられるし、救急車にかつぎこまれて病院送りになるしで散々だったよちくしょー。
告白?
できるわけねーじゃん。
やろうとしたけど、点滴引きずりながら部屋の外に出ようとしたら「誰かっ誰かきてー! 患者が錯乱してます!」って大事になっちゃったし。
ちょっとこの現実、一日だけ難易度違い過ぎない!?
ステージクリアまでにどんだけ経験値詰めればいいんだよ。
何だよ、俺と彼女が結ばれたら、未来で世界を滅ぼす魔王とか生まれるのかよ?
これをきっかけにモテ期が再来して、ヒロイン百人くらい増えて、俺をとりあう大ハーレムのいさかいが大戦争に勃発する流れ?
あるわけないじゃぁんっ!
俺はただ彼女に告白したいだけなのに。
「芳樹、朝よ。起きなさい。学校に遅刻するわよ。……って、何アンタ窓の外見ながらメソメソ泣いてんの。小さな子供じゃあるまいし」
ほっといてよ母さん。
何回目だかそろそろ数えるのが億劫になってくるが、その日も学校に登校した。
微妙に律儀なのは、すっぽかして欠席したのが親にバレると大変だし、クラスで変な噂になりそうだし、教師に不良認定されるのは嫌だし、という小市民的感覚のせいだろう。
で、クラスに辿り着いたら愛しのマドンナに声をかけられた。
あれだな、表現古いな。
じゃなくて。
「芳樹君、どこに行こうとしてるのか知らないけど、もう諦めた方が良いよ」
こんなタイミングで彼女に話しかけられる事なんて今までになかったから、緊張してしまった。
結果。
「な、何の事でしゅ?」
噛んだ。
うおぉぉぉ!
穴があったら入りてぇ!
彼女は、ゴミ箱に容赦なく突っ込まれつつも、中身がすでに満杯だったために半分ほど本体が見えてしまっている汚らしい雑巾を見るような眼を、こちらに向けている。
「芳樹君、馬鹿なの。もう言葉を選ぶの面倒になってきたわ」
「ふぁいっ!?」
あれ、何でいきなり朝っぱっから罵倒されてるんだ!?
まだ今日はクラスメイトと何もしゃべってないはずなのに!!
「素直に昨日失恋した事にして、明日に進みなさいよ。何で何度も馬鹿らしい告白の為に何度もループしてるのよ」
え ぇ ぇ ぇ ぇ !!
「も、もしかして諸々の事情をご存知で?」
「知ってるわ。何もかも。芳樹君が今日という日を何度もループしてる事を、そして芳樹君が私の家に告りに来たがってる事も」
マジで?
まさかの筒抜け。
それってどうなの。
告白する前に事情が筒抜ける事ほど恥ずかしい事ってそうそうないだろ。
身長は俺より低いはずなのに、彼女は上から目線になりつつ、かつ心底ウザそうな目線をこちらに向けて来た。
「身の程を知りなさい。あと、迷惑だから今日は大人しく家にいて」
「あっはい」
何度も告白に失敗する男に幻滅したのか、それとも元から嫌いだったのか。
どっちか分からないけど。
これほどひどい失恋方法がこの世に存在するだろうか。
そんなわけで自宅待機状態な俺だったけど、やっぱり落ち着かない。
ここのところ毎日授業後に告りに行ってたから、動いてないと逆に変な感じがしするのだ。
俺は自分でも気が付かない内に、家の外に出ていた。
何でだろうな。
もうふられてるのに。
「仕方ねぇ、もっぺんふられに行ってしっかり玉砕しにいくか」
あれだよ。
きちんと納得してねぇと、またループしちゃうかもだし。
予防策予防策。
俺はこれまでの経験を駆使しながら、最短ルートを選択しつつ障害を回避。
どうしても、避けられないトラブルは穏便に逃走一択だ。
急激な天候悪化で、土砂降りの雨が降って着たり、雷が鳴り響くが足はとめない。
「はぁ、はぁ、やっと着いた」
覚悟完了した俺の潜在能力はなかなか馬鹿にできなかったらしい。
無我夢中で走っていたら、いつの間にか目的地にたどりついていた。
あとはピンポンするだけだ。
「ごめんくださーい」
彼女はどんな顔して出てくるんだろうな。
ぼろ雑巾を通り越して、生ごみを見る様な目を向けてきたら、正直凹みそう。
でも、ま。
うだうだ考えるよりはマシだろ。
「遅いなぁ」
しかし、何秒経ってもなかなか出てこない住人に眉を顰める。
遠くにお出かけ中って事なないはずだ。
彼女は俺が、告白のために近所を走り回っていた事を知ってるんだから。
それとも散歩でもしてるんだろうか。買い物とか?
考え込んでいると、背後に人の気配がした。
何だやっぱり外に出てたのか、と思って振り返ると。
「…………、…………あ?」
そこに立っていた男の顔を見て、無駄に何秒か停止してしまった。
指 名 手 配 犯 っ !
ここに来てお目見えの厄災級の妨害フラグに、頭が真っ白になる。
お前何度俺の邪魔すれば気が住むんだよ。
こっちはお前に間違われて刑務所に放り込まれたり、お前に害されたりして病院にかつぎこまれたりしたんだぞ。
指名手配犯の男は銃を手にしてこちらに向けてくる。
お前ここまで来れたの初なんだぞ、新記録なんだぞ、それ分かってんの?
ここでフイにされてたまるか。
俺は渾身の力を発揮して男に飛びかかった。
その一瞬後で、銃声が響く。
結果。
目を覚ましたのは病院のベッドの上でした。
「生きてたのね」
「あ、マドンナ」
「実際にそんな死語口にしてる人、初めて見たわ」
「いやぁ、それほどでも」
「誉めてないわよ。さては芳樹君、馬鹿ね」
呆れた様子の彼女は俺のお見舞いにきてくれたようだった。
近くのテーブルには、可愛らしい袋で包装されたお花やら果物やらが置いてある。
ちょっと場所は違うけど、俺はこれ幸いとばかりに伝えたい事を告白。
「好きです」
「嫌い」
ですよねー。
でも、これですっきりした。
これなら永遠にフラれ続ける昨日をこれ以上つみかさねずにすみそうだ。
安心してると、彼女がこちらを尋ねて来た。
顔はそっぽ向いたまま。
「どうしてよ。私に告白するために、毎回ひどい目にあうのに。ひどい振り方だってしたのに」
「好きだからだな」
「性格だって悪いのに」
「そこも含めて」
「芳樹君が毎回ひどい目に遭ってても何も話しかけなかったのに」
「それはちょっとひどいけど。まあ何とか」
そこまで会話をすると、彼女はやっとこっちを向いてくれたみたいだ。
「筋金入りの馬鹿なのね」
「よく言われます」
そして、一度も握った事のない右手をこちらに差し出してくる。
「恋人としては嫌だけど、友達としてなら妥協してあげても良いわ」
残念ながら俺の恋は実らなかったみたいだけど。
まあ、そんな関係でも良いかと妥協してしまえるのは、惚れた弱みだからなのかもしれないな。
格好悪い昨日を積み重ね続けた分だけ、お互いに妥協できる場所をさぐりあってた。
恋が叶うわけでも、強い絆が芽生えるわけでも、感動的なクライマックスが用意されているわけでもない。
今回の話はきっとそんなありふれた要素をちょっと難しく描写してみただけの話なんだろうな。
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