悪役令嬢の役割は終えました

月椿

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1巻

1-2

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「あ、この後は私と一緒にお城の中を回るの。仕事でよく使う洗い場とかを教えるね」
「分かりました。よろしくお願いします」
「敬語じゃない方が嬉しいかな……。レフィーナさんがよければ……」
「……うん。じゃあ、二人のときはそうするわね。侍女長の前だと怒られそうだし」

 プリプリと怒る侍女長が容易に想像できて、レフィーナは少し笑う。

「笑い事じゃないよー。侍女長に怒られるときはむちちつきだもの……。特にレフィーナさんは目をつけられてるから気をつけてね」
「……それは痛そうね……。気をつけることにするわ」
「うん。じゃあ行こう」

 レフィーナはうなずいて、部屋を出ていくメラファについていく。
 公爵令嬢であったときも足を運んでいたので分かるところもあるが、使用人と令嬢では使う道が違うため、途中からはまったく知らない廊下を歩いていた。
 洗濯場やよく使う井戸などをメラファが丁寧に教えてくれて、その都度レフィーナは頭に叩き込んだ。

「どうかな? よく使うところはこんな感じなんだけど」
「ええ。大丈夫、覚えたわ」
「本当に⁉ ……凄いね……私なんて一週間はかかったのに」
「ふふっ、特技なの」

 覚えようとしたものはすぐに記憶できるし、動作などは一度見れば完璧に再現できる。
 これは雪乃のときにはなく、レフィーナとして生まれ変わってから手に入れたものだ。
 おかげで厄介なマナーやダンスも一回でマスターできたので助かっている。

「あっ……王太子殿下……」

 広い廊下に出たところでメラファが戸惑い気味につぶやいた。
 レフィーナがメラファの背中越しに見れば、廊下の奥から王太子でありレフィーナの婚約者であったレオン・ロート・ベルトナが一人の女性と連れ立って歩いてくる。
 その女性こそが神の愛娘まなむすめである侯爵令嬢のドロシー・ルイスだ。
 仲睦なかむつまじい二人にレフィーナは微笑ましくなるのだが、周りはそうではないらしい。
 婚約破棄された気の強い令嬢と彼女を捨てた王太子、そして彼女から何かにつけて難癖なんくせをつけられていた令嬢……その三者の鉢合はちあわせに何か起こるのではないかと、その場にいる全員がそわそわとしていた。

「ど、ど、どうしよう……!」
「別にどうもしなくても大丈夫よ」
「え?」

 おたおたと慌てるメラファの横に並ぶと、レフィーナはすっと両手を重ね合わせて、なんのためらいもなく頭を下げた。
 王太子であるレオンを前にしてこそこそと隠れるのは不敬だし、侍女になったからにはやるべきことをやるしかないのだ。
 レオンは頭を下げたレフィーナに気づくと整った眉を跳ね上げ、目の前で足を止めた。

「……レフィーナ」
「はい」
無様ぶざまだね」

 冷たい声で一言告げたレオンは隣にいたドロシーをぐいっと抱き寄せる。それはレフィーナではなくドロシーを選んだということを知らしめるための行動だった。レフィーナとの婚約を破棄したことにより二人はなんの障害もなく婚約を交わせたはずだ。
 顔を上げることを許されていないレフィーナには、二人の寄り添う姿を見ることはできない。
 周りの人間はレフィーナをあざけるような表情で見ていたが、レフィーナ本人はというと、美形同士のイチャイチャを間近で見たい……仲を取り持ったのは自分だし見せてくれてもいいのでは、などと呑気のんきに考えていた。

「私はドロシーと婚約することになったよ。君も精々せいぜい、その腐った性根を叩き直してもらうことだね」
「レオン殿下! そのように言っては駄目です! ……レフィーナ様、ごめんなさい……私……」
「いいえ、ドロシー様が謝る必要はございません。すべては私自身のせいなのですから。……ドロシー様、レオン殿下、ご迷惑をおかけしました。そして、ご婚約おめでとうございます」
「レフィーナ様……」
「……行こう、ドロシー」

 レフィーナを案じるような様子のドロシーは、彼女のことを気にしつつもレオンと共に歩いていった。
 ようやく顔を上げたレフィーナをメラファが気遣わしげに見てきたが、ノーダメージのレフィーナは安心させるように、にこりと笑みを浮かべる。

「あの、嫌じゃないの……? 王太子殿下とドロシー様がその……仲よくなさっていても……」
「ん? 全然? それより今からお昼よね!」
「え、あぁ……そう、だね。食堂に案内するね」

 ケロッとした態度のレフィーナに戸惑いながらも、メラファは食堂へと向かう。レフィーナも昼食を楽しみにしながらメラファの後に続く。
 食堂に案内されて中に入ると、お昼時のせいか混雑していた。
 レフィーナはメラファと一緒にカウンターへ向かう。

「食堂のメニューは選べなくて、皆一緒のものが出されるの。ここに来たらこうしてトレイに乗ったのをくれるから、それを受け取って空いてる席で食べるの」

 メラファに続いて、カウンターから女性が出してくれたトレイを受け取り、レフィーナは緋色ひいろの瞳をキラキラと輝かせた。

「わぁ……! ね、念願の……」

 それはレフィーナがずっと食べたいと願っていたもので、メラファに連れられて空いている席に座るまでずっと、トレイの上の食事に熱い視線をそそいでいた。

「念願の……和食……!」

 そうつぶやいて、目の前の食事にごくりとつばを呑み込む。
 ホカホカと湯気を立てる炊きたての白米に、豆腐とわかめのお味噌汁。
 焼き魚までついたそれはレフィーナが雪乃だったときによく食べていた和食だった。
 実はレフィーナが転生したこの世界には和食やら中華やらが存在している。それを知ったレフィーナがアレルにわけをたずねたところ、『神の趣味なのだ』と言われて神をたたえたものだ。
 ちなみに味噌や醤油しょうゆなどの調味料は隣国で作られているらしく、ちょっと行ってみたいとも思っている。
 レフィーナの国では貴族たちはパンや洋風の肉料理が中心で、和食や中華などは下流階級の食べものとされていた。
 だから、どれだけ焦がれても貴族であったときは和食を食べることができなかったのだ。
 それが今や目の前にある。

「はむっ……、美味おいしい、懐かしい、神様ありがとう……!」

 十六年ぶりに白米を食べたレフィーナはその味を噛み締めた。雪乃の世界のそれとまったく変わらない味に思わずほおゆるむ。

美味おいしそうに食べるね」
「だって美味おいしいもの。はぁ、ほんと令嬢やめてよかった……」
「そこまで……⁉」


 貴族の方がいいものを食べているのに、と隣に座るメラファは目を見開いた。
 しかし、本当に幸せそうに食べるレフィーナに、美味おいしいならいいかと自分も食べ始める。

「ふっくら艶々つやつやのお米にだしのきいたお味噌汁……完璧な和食……」

 うっとりとしながら、しっかりと味わって食べていたレフィーナは、後ろから聞こえてきた会話にはっと意識を戻した。

「ヴォルフ、今日、例のお嬢様が来たんだろ?」
「ああ」
「どうだった? うわさ毒花どくばな様は!」

 食事に夢中で気づかなかったが、どうやら後ろに座っているのはヴォルフと数人の騎士たちだったようだ。
 しかも話題が自分のことだと分かると、隣に座っていたメラファもそのことに気づいたようだった。

「別に」
「なんだよ! そっけないなー、同期の仲だろ! 教えろよー」
「そんなの知ってどうするんだ。あんな女、ろくでもないぞ」

 相変わらず嫌われているようだ、と冷静に聞きながらレフィーナは焼き魚をほぐし、口に入れるとその美味おいしさにもだえた。
 レフィーナ的には食事九割、会話一割くらいの興味比率だったが、メラファはどうやら真逆のようだ。ぎゅっと眉間みけんしわを寄せて、後ろの会話に聞き入っている。

「令嬢から侍女に身を落とした可哀想な女性をなぐさめてやるのが、騎士ってもんだろー」
なぐさめがいるような女じゃないだろ。しかも、自業自得じごうじとくだ」
「冷たい男だなぁ」
「嫌いな奴がどうなろうと関係ないからな」

 なぐさめがいるどころか、下流階級の食事に喜んでいます、とレフィーナは心の中でつぶやいておく。

「あんな性格の悪い女なんて……」

 バンッ‼
 会話を聞いていたメラファが突然、テーブルを強く叩いて立ち上がった。
 ビックリしたレフィーナは口に運ぼうとしていたお米をぽろりと落とす。
 後ろに座っていたヴォルフたちはもちろん、食堂の中がシーンと静まり返り、全員がメラファを見ていた。

「よく知りもしないで……勝手なことばかり言わないでください……!」

 メラファは怒りで眉尻をつり上げながら、後ろに座る騎士たちの方を向く。
 どうやらレフィーナの悪口に耐えきれなくなったようだ。
 そこでようやくレフィーナがいるのを知った騎士たちはさっと青ざめる。
 そんな騎士たちの中でヴォルフだけは、無表情でメラファを見返していた。

「レフィーナさんは……そんな人じゃない」
「……何が違うっていうんだ? ドロシー嬢に暴言ぼうげんを吐いていたのは事実だろ」
「でもっ、私の知るレフィーナさんは違います!」
「メラファさん。怒ってくれてありがとう。でもヴォルフ様の言う通りです。事実は事実……」
「何事ですかっ‼」

 メラファをなだめようとしていたら、顔を真っ赤にした侍女長がこちらに近づいてきた。
 侍女長はメラファとヴォルフを見てから、レフィーナをギロリとにらみつける。

「レフィーナ! どうせあなたが原因でしょう!」

 それを聞いたメラファが慌てて口を挟む。

「ち、違います! これは私が勝手に……」
「まぁ! メラファに責任を押し付けるなんて! メラファもこんな人をかばうんじゃありません! それとも、本当にあなたが騒ぎを起こしたというのですか……!」

 侍女長の威圧感にびくりとメラファの肩が跳ね上がる。
 ヴォルフが何か言おうと口を開いた瞬間に、レフィーナは立ち上がった。

「いいえ。メラファさんのせいではありません。私が騒ぎを起こしました」
「レ、レフィーナさん……⁉」

 メラファが目を見開いて否定しようとするのを押し留めるかのように、すっと侍女長の前に出て頭を下げる。
 自分のために怒ってくれたメラファをむちちにされたくはない。そんな思いからレフィーナは行動に出たのだ。

「……レフィーナ、来なさい!」
「はい」

 レフィーナは怒りの表情を浮かべる侍女長の言葉にうなずいて、食堂から一緒に去っていった。
 その場に残されたメラファはヴォルフと騎士たちをキッとにらみつける。

「……今のを見ても、まだ性格が悪いだなんて言えますか……⁉」

 怒りで震えながらもしぼり出すような声でヴォルフに問いかける。
 ヴォルフはレフィーナと侍女長が出ていった扉に視線を向けてから、再びメラファに移す。

「猫をかぶっているんだろ。これだけ大勢の前でお前をかばえば、自分の印象がよくなるとでも考えたんだろうな」
「……令嬢が……、令嬢だった人が……」
「なんだ」
むちちされると分かっていて、自分の印象をよくするためにあんな嘘をつくと思いますか……!」

 むちち、の言葉に初めてヴォルフは動揺を見せた。メラファは涙目になりながら、そんな彼を正面からにらみつける。
 ヴォルフ以外の騎士たちはすっかり小さくなっていた。

「……それは……」
毒花どくばなとまで言われた人ならあの場で私をかばうんじゃなくて、私がやったと言うんじゃないですか……?」
「…………」

 令嬢ならば自分の体に傷がつくのを何よりいとうだろうし、社交界で毒花どくばなと呼ばれたあのレフィーナなら間違いなくメラファをかばったりはしない。
 そう考えると、ヴォルフの胸の中にモヤモヤとしたものが広がった。

「……すまなかった。悪く言って。たとえ思っていても、こんなところで話すことではなかった」
「……謝るならレフィーナさんにです。……私も声を荒らげてすみませんでした。これで失礼します」

 ぺこりと頭を下げたメラファはガチャガチャとトレイを片付けて、その場から足早に立ち去る。
 残されたヴォルフはそれを見送ると、腕を組んで考え込んだのだった。


          ◇


 夜中にレフィーナはベッドからむくりと体を起こした。
 侍女長に叱られ、罰として片腕にむちちをされて帰ってきたら、メラファに泣きながら謝られた。そこからメラファをなぐさめ続け、夜になって先ほどようやくメラファが寝入ったところだ。
 すっとそでまくれば、白い肌に赤くみみずれになったむちあとが痛々しくついている。

「……っ」

 傷がズキズキと痛んで眠れない。
 冷やした方がいいかとレフィーナは考え、寝間着から簡単な服に着替える。そしてメラファを起こさないよう、静かに部屋を後にした。
 幸いにも部屋から井戸までは近い。井戸に到着するとレフィーナは冷たい水をみ上げ、持ってきた布をひたしてから腕に当てた。

「……気持ちいい」

 石で作られた井戸のふちに浅く腰かけ、腕を冷やしながらぼんやりと空を見上げていれば、足音が近づいてくるのに気づいてそちらに顔を向けた。

「……お前か」

 近づいてきたのはヴォルフだったようだ。
 本日三回目の遭遇に、よく会うなとレフィーナは思いながら、冷やしていた腕をさっと後ろに隠す。

「こんな時間に何をしている」
「眠れなかったので散歩してます」
「……腕、見せてみろ」

 いつもならすぐに嫌そうな顔をしてどこかへ行くのに、ヴォルフはレフィーナが隠した腕に視線を移してそう言った。

「あら、嫌ですわ。女性の肌を見たいだなんて……」
「そんなことより、早く見せろ」
「……はぁ。見ても面白くないですよ」

 ヴォルフの嫌いな悪役令嬢の演技でごまかそうとしたが、あっさりとかわされ、レフィーナは仕方なく腕を出す。
 白い肌に痛々しくついたむちあとを見て、ヴォルフは整った顔に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「侍女長にやられたんだな」
「……私の根性をきたえ直したいらしいので、気合いが入っていたんでしょうね」
「少し染みるぞ」

 ポケットから取り出した薬をヴォルフは優しく腕にっていく。
 レフィーナはあれだけ自分を嫌っていたはずのヴォルフの行動に戸惑う。

「……昼はすまなかった」
「えっ?」
「あんなところで言うべきことじゃなかったし、元々は俺のせいだったのに、お前が罰を受けることになってしまった」

 ヴォルフの言葉にレフィーナは納得した。これはあのときのおびなのだと。

「……気にしないでください。むちちされるなんて知らなかったのでしょう? それに、過去の自分のおこないが招いたことです。責任は私にありますから」

 嫌いな相手に律儀りちぎなことだ。レフィーナがくすりと笑えば、薬をるためにかがんでいたヴォルフが顔を上げ、ばっちりと目が合った。
 金色の瞳をすっと細めたヴォルフは立ち上がり、レフィーナを囲うようにして井戸に両手をついた。
 のぞき込むように顔を近づけられて、レフィーナは思わず息を呑む。

「ど、どうしたのですか」
「……どうして、令嬢のときと態度が違う。まるで別人だ」
「まだ替え玉かと疑っているんですか?」
「それはない。確認もした」

 レフィーナは目をらしながら、なぜ急にこんなことをするのだろうか、と考える。
 近すぎる距離から逃げたいのだが、両手で囲われていて逃げられない。

「レオン殿下やドロシー嬢と会っても、動揺の一つも見せなかったらしいな。二人の仲に嫉妬しっとしてたわりには、随分とあっさりしていておかしいとは思わないか?」

 金色の瞳が探るような色を秘めて、レフィーナをじっと見つめた。
 それを緋色ひいろの瞳で見つめ返しながら、レフィーナは頭を回転させる。
 もう役割を終えたのだし、目的がばれても問題ないのだが、まかり間違ってドロシーがレオンと一緒になりたくてレフィーナに依頼した、なんてことにされたらすべて水の泡だ。
 よし、ごまかそう。そうレフィーナが答えを出したところで、不意に誰かの足音が響いた。

「ヴォルフ! って、お邪魔だったか?」

 低い声で豪快に笑いながら頭をくのは、熊のような体躯たいくの男だ。それを見たヴォルフが、ため息をつきながらレフィーナを囲っていた腕を退かした。
 思わぬ闖入者ちんにゅうしゃに、レフィーナはパチパチと目をまたたかせる。

「まったく……犬猿けんえんの仲とか言いながら、実はいい仲なんじゃないのか?」
「違う。騎士団長、交代の時間だろ」
「あ……ザック様でしたか……」

 男の正体は、騎士団長のザック・ボレルだった。ザックはレフィーナににかっと笑いかけると、迷惑そうなヴォルフの肩にがしりと腕を回して引きずるように歩き出す。

「こんな夜中に女性に迫ったら駄目だぞ、ヴォルフ! あっはははー!」
「迫ってない、質問してただけだ!」
「照れるな照れるな!」
「くっ、話を聞け……!」

 熊のようなザックにはさすがに敵わないのか、ヴォルフはどんどんレフィーナから引き離されていく。
 話なんて最初から聞く気がないザックに舌打ちをしたヴォルフは、レフィーナに向かって先ほどった薬を投げた。

「使え!」

 綺麗に弧を描いて手に収まったそれを見ているうちに、二人の姿は見えなくなってしまう。
 レフィーナは話があやふやになって助かったな、と考えながら部屋へと戻るのだった。


          ◇


 朝方、腕にひやりとしたものが触れた感覚に、亜麻色あまいろのまつ毛に縁取ふちどられたまぶたをそっと持ち上げた。

「あ、ごめんね……起こしちゃった?」

 その声の方に視線を向ければ、メラファが申し訳なさそうにこちらを見ている。
 レフィーナは体を起こし、冷たさを感じた腕……昨日むちちされた方の腕を見た。

「え?」
「どうかしたの?」

 昨日まではたしかに痛々しくれていた腕は、まるで何事もなかったかのように綺麗になっている。
 思わず腕を持ち上げて近くでじっと見るが、かすり傷すらついていない。

「怪我の具合が気になったんだけど、まだ痛む……?」
「痛いどころか、跡形もない……」
「え? ほんと?」

 メラファにも見せると、目を見開いて驚いていた。
 心当たりといえば、ヴォルフからもらった薬をったことぐらいだ。しかし、薬でこうもすぐ治るものなのか……とレフィーナは考える。

「あの薬、凄すぎない……?」
「薬?」
「ええ、ヴォルフ様からもらったものよ」
「……そう。よかったね。騎士だからよく効く薬を持ってたのかも」

 たしかに訓練でも怪我をしがちな騎士なら、それなりにいい薬を持っていてもおかしくはないだろう。そうレフィーナは納得すると、ベッドから下りた。
 メラファはもうすでに侍女服に着替えている。

「今日は私たちは一日中、洗濯だから……井戸に集合ね。朝食はそこに置いてあるから食べてね」

 メラファの指差す方にサンドイッチが置いてあり、レフィーナはうなずいた。
 そして、部屋を出ていこうとしているメラファに慌てて声をかける。

「もしかして私、寝坊した……⁉」
「え? ううん、全然。今日は私が早起きしすぎちゃっただけ。だから、食事もゆっくりで大丈夫だよ」
「そっか……よかった」

 にっこりと笑って去っていくメラファの言葉に、レフィーナは胸をで下ろした。そもそも寝坊したのならば、あの侍女長が嬉々ききとして飛んできそうだ。
 メラファが用意してくれたサンドイッチをもぐもぐと食べながらそんな想像をしたら、恰幅かっぷくのいい侍女長が扉に挟まったところまで想像してしまい、レフィーナは思わず噴き出す。

「ごちそうさまでした」

 朝食を食べ終え、身支度を整えると、レフィーナは井戸に向かってメラファと合流した。
 井戸の前には山積みにされた洗濯物が置いてある。

「じゃあ、始めようか!」
「ええ!」

 メラファの一声でレフィーナは洗濯に取りかかった。
 洗濯機のない世界なので、全部手洗いだ。洗って綺麗な洗濯物が溜まったら、交代で木々の間に張られたひもにかけていく。
 侍女長が監視するかのように時折ときおり訪れたが、手際よく洗濯するレフィーナに言うことがないのか、すぐに去っていった。

「ふふっ、レフィーナさんの手際がいいから侍女長も文句つけられないね」
「仕事では文句言わせないわよ」

 洗濯物を干しながら、レフィーナは得意げな表情を浮かべる。
 メラファと笑い合っていれば、干したシーツの陰から人が出てきて、レフィーナはびくりと肩を震わせた。

「あ、あなたは……」
「こんにちは、レフィーナ様。侍女長からは許可を得ていますので、少しお話ししませんか?」

 レフィーナの前に現れたのはドロシーだった。
 ドロシーはメラファに申し訳なさそうに断りを入れた後、レフィーナを連れて来客用の部屋に向かった。先に席についたドロシーにすすめられ、レフィーナは向かいの椅子に座る。
 部屋にはドロシーとレフィーナ、そして扉の前に控えるドロシーの侍女の三人しかいない。

「レフィーナ様。私、どうしてもちゃんと謝りたくて。ごめんなさい、私のせいで公爵家から追い出され、侍女をすることになってしまって……」

 心から申し訳なさそうに眉をぎゅっと寄せながら、ドロシーはレフィーナに向かって頭を下げた。


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