悪役令嬢の役割は終えました

月椿

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1巻

1-3

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「ドロシー様……」
「私は気にしていない、罰を望んでいないと、お父様やレオン殿下に何度も申し上げたのですが……聞いてもらえず……」
「いいえ、ドロシー様。謝るのは私の方です、ひどいことを沢山言ってごめんなさい」

 今度はレフィーナがドロシーに向かって頭を下げた。
 契約のためとはいえ、彼女を傷つけるようなことを何度も言ったのだ。ずっと謝りたかったレフィーナは、この機会をくれたドロシーに感謝した。

「レフィーナ様……。私、気にしていません。たしかに傷ついて泣いたことも沢山ありましたけど、それと同じだけレフィーナ様も傷ついている気がしたのです」
「え?」
「いつも、私にきついことをおっしゃった後、辛そうな顔をしていらしたから」

 困ったようにふわりと笑みを浮かべたドロシーをレフィーナはじっと見つめる。
 レオンやヴォルフには気づかれていないのだから、本当にちょっとした変化だったはずだ。それなのに、ドロシーは気づいていたようだった。

「レフィーナ様がどうして私にあのようなことをされたのかは分かりません。ですが、今謝っていただいたし、私にはレフィーナ様が根から悪い人だとは思えません。……レフィーナ様、私が絶対に公爵家にお戻しします。婚約も本当ならばレフィーナ様が……」

 決意を秘めた瞳で見つめられて慌てたのはレフィーナだ。
 自分が公爵家に戻れば婚約が復活してしまうかもしれない。もししなかったとしても、公爵家に取り入っておきたい貴族たちが根回しして、なんとしてでも復活させようとするはずだ。
 そうなれば、ドロシーとレオンは引き離されてしまう。
 そして何より、貴族の身分から解放されて好きなものを食べれる生活が! とレフィーナは青ざめた。

「ドロシー様! 私、公爵家に戻りたくありません! レオン殿下にも興味ありません!」
「えっ?」
「あ……」

 焦って思わず本音が出てしまったレフィーナは自分の口を手でおおう。これまで散々さんざんレオンとの仲を邪魔されていたドロシーは困惑した表情を浮かべていた。
 言ってしまった以上、なかったことにはできない。レフィーナは瞬時に言い訳を考える。

「実は……私、レオン殿下と結婚したくなかったし、貴族として色んなものに縛られたくもなかったんです……」
「そ、そうなのですか?」
「はい。だから誰かをいじめて……公爵令嬢としての品性と評判を落とすことにしたんです。公爵家から追い出されれば、レオン殿下と結婚せずに済みますし……」

 本当の目的は違うのだが、今言ったことも嘘ではない。
 純粋なドロシーはすぐにそれを信じたようだった。

「そういう理由なので、公爵家には戻りたくないのです。……標的に選んでしまってごめんなさい」
「分かりました、公爵家に戻りたくないレフィーナ様を無理に戻そうとは思いません。……標的に選ばれたことは……あの、選んでくださったおかげで……レオン殿下と心を通わせることができたので……どちらかというと……ありがとうございます……?」

 顔を赤くしてドロシーはうつむく。

「ふふっ、ドロシー様はどのようにしてレオン殿下と仲を深めたのですか?」

 そう仕向けた本人としてはぜひとも聞いておきたい、と思いながらレフィーナは微笑みを浮かべる。
 するとドロシーはちらりと気まずそうにレフィーナを見た。

「あぁ、自分でわざとやったことなので、レオン殿下に悪く言われていても気にしません。だから話してくださいませんか? ぜひ聞きたいのです」
「……はい。あの、最初の出会いはご存知の通り、その……レフィーナ様からかばってくださったときです」
「ふふっ、そうでしたね」
「それから、レフィーナ様と会うたびにかばってくださり……いつの間にか、いえ、初めてかばってくださったときから、私はレオン殿下を恋慕れんぼしておりました」

 運命的な出会いを演出した甲斐かいがあると、レフィーナは思わずニマニマしてしまう。
 しかし、ドロシーは顔を真っ赤にしてうつむいているため、その笑みには気づかない。

「社交界でも少しずつ話すようになって、あるとき、その……相談をされまして……」
「相談?」
「は、はい。その……レフィーナ様のことです」

 ドロシーの言葉に当時のレオンを思い出す。ドロシーをののしるレフィーナをレオンはよくたしなめていた。
 公爵令嬢として相応ふさわしくないことはやめるように。
 これ以上続けると、婚約者の私でもかばいきれない。
 そう何度も言われていたし、毒花どくばななんて呼ばれるようになってもしばらくはレフィーナをかばってくれていた。
 レフィーナは心苦しくなりながらも目的のために、レオンの忠告は無視していた。そのせいでかなり心をすり減らしていたレオンは、思わずドロシーに弱音を吐いてしまったのだろう。
 ドロシーとの仲を取り持つため、そして婚約破棄に至らせるためとはいえ、ひどいことをした。だからこそ、レフィーナは何を言われても仕方ないと思っているのだ。

「レオン殿下は精神的に疲れていらっしゃって……もうかばうのも嫌になってしまった、と」
「…………」
「それで力になりたくて、少しでも楽になっていただきたくて……社交界で会うたびにお話を聞いていました。そうしたら、徐々に……その、レオン殿下も好意を向けてくださって……」

 レオンはあるときから一切、レフィーナをかばわなくなった。そのときには完全にドロシーに心を寄せていたのだろう。
 そうなれば婚約者のレフィーナは、好きな女性を傷つける敵だ。おそらく、すぐにレフィーナの悪行を国王に話して婚約を破棄した、というところだろう。

「すでに私の悪評が広まっていたおかげもあって婚約破棄にまで至り、レオン殿下とドロシー様が婚約することになった、と」
「……はい……」
「……レオン殿下やドロシー様を傷つけてしまってごめんなさい。でも、私はお二人が婚約してよかったと思っています」

 話を聞いた後でも態度を変えずにっこりと笑ってみせたレフィーナに、ドロシーもほっとしたような笑みを浮かべた。

「私には話しにくいことを話させてごめんなさい」
「い、いえ! あの……今のレフィーナ様はメラファさんに聞いた通りとっても……いい人です。話しやすいし、お可愛らしいし……」
「え?」
「実はメラファさんからレフィーナ様とお話ししたらどうかと言われたんです。皆、レフィーナ様を誤解している、と」

 メラファの気遣いを知り、レフィーナは思わず涙目になった。ドロシーはふわりと優しく笑みを浮かべて立ち上がる。

「レフィーナ様、私にできることがあったら、なんでもおっしゃってください。侯爵令嬢としてできることはなんでもします」
「で、でも、私はドロシー様にひどいことを……」
「もう終わったことですもの。それに謝ったら仲直り、ですよ」

 そう言って恥ずかしそうにドロシーは手を差し出した。
 レフィーナはその手とドロシーの顔を交互に見てから立ち上がり、その手をしっかりと握り締める。

「あ、レオン殿下には秘密にしていただけますか? 私と通じているのを知ったら、ドロシー様を心配すると思いますし」
「でも、誤解が……」
「私に婚約破棄するように仕向けられたと知れば、レオン殿下は立ち直れなくなると思いますよ」

 レフィーナの言葉にドロシーは迷いながらもうなずいた。
 元婚約者の行動にかなり心をすり減らしていたようだから、今は黙っておいた方がいいだろう。それに、純真だったレオンがゆがんだのは自分のせいだし、とレフィーナは少し遠い目をする。

「分かりましたわ。レオン殿下にはレフィーナ様とお話ししたこと、黙っておきます。アンもこのことは内密にお願いします」
「はい。かしこまりました、お嬢様」

 扉の前に控えていた侍女はしっかりとうなずく。
 ドロシーはもう一度レフィーナに視線を移してから、にっこりと笑みを浮かべた。

「お時間を取らせてしまってごめんなさい。私はこれで失礼します」
「はい、ありがとうございました。ドロシー様」

 ドロシーは侍女を連れて部屋を出ていく。
 レフィーナはそれを見送った後、メラファのところへ戻ったのだった。


          ◇


「メラファさん、ごめんなさい」

 井戸に戻ってくるとレフィーナはメラファに声をかけた。

「ううん……お話しできた?」

 メラファは笑みを浮かべて問いかける。

「ええ。メラファさんが機会をくれたのよね、ありがとう」
「いいの、それくらいしか私……できないから」
「充分よ。あなたがいてくれて、よかったわ」

 ふわりとレフィーナが笑えばメラファは嬉しそうに目尻を下げた。
 レフィーナは軽くほおを叩いて気合いを入れると、まだまだある洗濯物に取りかかる。

「レフィーナさん」
「どうしたの?」
「あのね、実はさっきヴォルフ様がいらっしゃったの」
「そうなの?」
「うん、レフィーナさんの怪我を心配してたみたい」

 レフィーナは昨日のヴォルフの様子を思い浮かべる。レフィーナの性格が前と違いすぎて困惑しているようだった。
 そしておそらく、どちらのレフィーナが本当なのか見極めようとしていた。

「ヴォルフ様はあんなにレフィーナさんのことをののしっていたのに、怪我をさせたことは後悔しているみたい。でも、もっと海よりも深くいてもらわないと!」
「……仕方ないわ。騎士という職業柄、王族に迷惑をかけそうな人物は見張っておかないといけないんだし」
「それはそうかもしれないけれど……」
「まぁ、過去の私は自分でも性格悪いと思うし、嫌われて当然よ」

 そうレフィーナは言うと、侍女長に見つかって怒られる前に話を終わらせ、洗濯に集中したのだった。


          ◇


 ドロシーとの対話から三日後、レフィーナはメラファと共に週一回おこなわれる侍女たちの集会に参加していた。これから一週間の業務について侍女長が割り振りをしたり、注意点を発表したりするのだ。
 そんな集会の最中に、ここに来るはずのない人物が現れて、侍女たちに緊張が走る。

「王妃殿下……⁉」

 現れたのは王妃であるレナシリア・オーヴェ・ベルトナとその専属侍女、そして騎士団長のザックだった。
 歳を感じさせぬ美しい顔立ちによく似合うドレスを身にまとったレナシリアは、持っていたおうぎでパシリと片手を叩く。
 頭を下げている侍女たちに楽にするよう言ってから、侍女長にすっと視線を向けた。

「侍女長、わたくしがここに来た意味が分かりますか」
「い、いえ……なんでございましょうか……」
「あなた……先日、レフィーナを叱ったそうね」
「そ、それは……」

 氷の王妃、などと裏でささやかれるレナシリアは、それに相応ふさわしく冷たい眼差しで侍女長を見つめる。
 侍女長はちらりとレフィーナに視線を移してから、はっきりと言い切った。

「レフィーナが騒ぎを起こしましたので」
「それはもちろん……事実確認をした上で、ですね?」
「あの高飛車たかびしゃでわがままな令嬢だったレフィーナですよ? 彼女がやったに決まっています」
「……メラファから聞いた事実と違いますが、どういうことです」

 レナシリアの言葉にレフィーナが隣に立つ友人を見れば、メラファはにこりと笑みを浮かべた。
 そんなメラファを侍女長は物凄い形相ぎょうそうにらみつける。

「メラファはレフィーナから嘘をつくように命令されているのですよ。まったく……さすがは毒花どくばなと呼ばれるだけありますね」
「……侍女長。たしかにわたくしはレフィーナが社交界で目に余る言動をしたので、罰として城で働くように命じました」
「ええ、ええ。その通り、淑女しゅくじょには程遠い人間です」
「しかし、それだけで騒ぎを起こした犯人と決めつけるのは違います。他の者にも聞きましたが、レフィーナは城で働き始めてから人が変わったように、真面目に働いているとか」

 最初は迷惑そうにしていた侍女たちもこの三日間で皆、レフィーナを好きになっていた。すれ違う使用人や騎士たちにも挨拶あいさつをしてくれる、と城の中ではうわさになっている。レフィーナのいいうわさ率先そっせんして流していたのは、もちろんメラファだ。
 レフィーナはで過ごしていただけなので、そんな変化にあまり気づいていなかったが、それらはちゃんとレナシリアの耳にも入っていた。

「そして何より……侍女長、あなたは城で禁止されている体罰……むちちをおこなっているそうですね」

 レナシリアの言葉で侍女長の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「そ、そんなこと……」
「侍女たちもあなたを恐れて報告ができなかったようだけど……レフィーナがむちちをされたとメラファが報告してくれました」
「していません! メラファはだまされてそのように嘘をついているのです! その証拠にレフィーナの体を調べてくださいな! どこにもあとなんてないですから!」

 侍女長はレフィーナの傷が跡形もなく治ったことを知っている。だからこそ、勝ちほこった顔でそう言ったのだ。
 しかし、レナシリアは相変わらず冷たい瞳で侍女長を見つめている。

「その必要はありません。ひどく傷ついた肌を見て、わたくしに直接報告した者がいますから」
「ちょ、直接報告……⁉」

 通常、使用人たちはレナシリアの専属侍女を通してしか報告ができないようになっている。レナシリアに直接謁見えっけんして報告をするなど、よほどの人物しかいない。
 侍女長は焦ったようにキョロキョロと視線をさ迷わせている。

「だ、誰がそんなでたらめなことを……」
「ヴォルフ・ホードンです」

 王妃の口から出た名前にレフィーナは目を見開く。たしかに井戸で傷を見られたが、まさかそれをレナシリアに報告しているとは思っていなかった。
 レフィーナとは犬猿けんえんの仲だと有名なヴォルフの名前が出て侍女たちもざわめく。

「ヴォルフは嘘をつきません。それにレフィーナを嫌っている彼にはかばう理由がないのです。だからこそ、真実だとわたくしは思っています」
「そ、それは……」
「侍女長、わたくしは初めからあなたの言い訳など聞く気はありません。今日このときをもってあなたを解雇かいこいたします」
「王妃殿下! そんな、私っ」

 すがりつこうとした侍女長をザックが片腕で押さえ込む。レナシリアは持っていたおうぎで口元を隠すと、初めてにっこりと笑みを浮かべた。
 一見すると優しそうな笑みだが、まとう空気は氷のように冷たい。

「安心なさって、侍女長。再就職先は決めてあります」
「さ、再就職先……?」
「ええ。国境付近のお屋敷ですよ」
「ま、まさか……嫌です……王妃殿下……!」
「ふふっ、あなたの再就職先はダンデルシア家のお屋敷です。あなたには相応ふさわしいでしょう?」

 ダンデルシア家。この国ではある意味有名だ。なぜならそこの女主人は使用人に厳しく、それこそ城では禁止されているむちちも容赦ようしゃなくする。そこで働く者たちはダンデルシア家を使用人の墓場、と表現するほど嫌っていた。

「王妃レナシリアの名のもとに三年間、ダンデルシア家で侍女を務めることを命じます」

 冷たい声で発せられた命令に、侍女長はフラフラとザックから離れた。
 侍女たちはざわざわとささやき合いながら見ているものの、誰一人侍女長をかばう者はいない。

「全部……」

 侍女長はギロリとレフィーナをにらみつけた。その眼光のするどさに、レフィーナの近くにいた侍女たちはざっと後退あとずさりする。
 その直後、レフィーナに向かって侍女長が襲いかかった。

「お前のせいよ……‼」
「レフィーナさん! 危ない!」

 メラファが悲鳴のような声を上げた。
 恰幅かっぷくのいい侍女長がレフィーナの細い首へと手を伸ばす。
 それを静かに見ていたレフィーナは、その手をあっさりかわすと、スカートをひるがえしながら侍女長の足を素早く払った。
 侍女長は勢いよく床に倒れ込み、顔面を強く打ちつける。

「うぶっ……‼」
「ぶあっはっは、お見事!」

 侍女長のくぐもった声とザックの豪快な声が響く。
 体罰が禁止されているとは知らずに大人しく受け入れたむちち。その恨みを晴らし、レフィーナはスッキリとした表情で侍女服の乱れを整えた。
 どんな技でも一度見れば再現できるレフィーナは、騎士たちの訓練を見た経験だったり、雪乃のときの知識だったりのおかげで、自分の身を守ることくらいはできる。
 剣を持って戦え、と言われても筋力の関係で無理だが。

「まったく……おろかしいことです」
「おい、侍女長を連れていけ」

 ザックは倒れ込んだままの侍女長を片手で起こすと、近くに控えていた騎士に引き渡した。

「さて、次の侍女長を誰にするかですが……。あなたたちで話し合い、何人か候補を出しなさい。それをもとわたくしが最終的な決定を下します」

 今までは年功序列で選ばれていたので侍女たちはいささか戸惑ったようだが、レナシリアの命令に異を唱える者はいない。
 レナシリアはそんな侍女たちを見回してから、レフィーナと視線を合わせた。

「レフィーナ、話があります。ついてきなさい」
「はい」

 レフィーナは部屋を出ていくレナシリアに大人しくついていく。
 やがて城の薔薇園ばらえんにたどり着き、すでに用意されていたテーブルまで来ると、レナシリアは侍女が引いた椅子に腰を下ろした。
 レナシリアにうながされてレフィーナも向かいの席に座れば、王妃の専属侍女が二人の前に紅茶の入ったティーカップを置く。

「さて、レフィーナ」
「はい、なんでしょうか」
「目的通りレオンとの結婚を回避かいひし、貴族の身分から解放されてみてどうかしら?」

 その言葉にレフィーナはティーカップを手に持ったままピシリと固まってしまった。
 そんなレフィーナを見たレナシリアはくすくすと笑い声を立てる。

「あなた、レオンと結婚したくないから、わざと社交界で暴言ぼうげんを吐いていたのでしょう? 貴族でいるのも嫌だったみたいね。その証拠に侍女になってからは、まったく暴言ぼうげんを吐いていない」
「そ、それは……」
「あぁ、安心なさって。別に責める気はないですから」

 レフィーナがレオンに婚約を破棄させるように仕向けたことが、よりにもよってレオンの母であるレナシリアにばれている。
 そのことにレフィーナは一瞬動揺したものの、すぐに観念して口を開いた。

「……申し訳ありません……レナシリア殿下……」
「王太子をあざむいていたことなら別にかまいませんよ。だまされるようなおろか者がいけないのですから」
「へ?」

 自分の息子のことをばっさり切り捨てたレナシリアは、まさに氷の王妃らしく冷たい笑みを浮かべる。

「だいたい、王になる者がいつまでも純粋でいるのが問題なのです。腹に一物いちもつ抱えてるくらいでないと、隣国にやり込められてしまいますからね。その点、レフィーナのおかげでレオンも少しはましになるでしょう」
「は、はぁ」
「あなたの思惑がすべて分かるわけではないですが、間違いなくレオンとの婚約破棄と公爵家からの追放は望んでいたのでしょう?」

 確信を持ってたずねるレナシリアに、レフィーナは言い訳することなくうなずいた。
 どう頑張っても、この氷の王妃をごまかせる気がしない。

「まぁ、レオンにはご丁寧にもドロシーをあてがってくれましたし、公爵家についてはあなた自身が責任を取りましたし、別に国をおとしいれるようなはかりごとではないのでとがめる気はありません。気持ちは分かりますからね」
「え?」
「ふふっ、わたくしも陛下と結婚したくなくてわざと冷たい態度を取っていました。……陛下はまったく気にしなかったので、上手くいきませんでしたけど」

 レフィーナは穏やかな国王を思い出す。たしかに彼はどちらかというと、鈍感どんかんな方かもしれない。
 まったく怒っていない様子のレナシリアに、レフィーナはとりあえず胸をで下ろした。

「レオンもヴォルフもころっとだまされていたから、面白かったですよ。……ヴォルフに関しては、お母様のことがあるから仕方ないのでしょうけど」
「お母様?」
「おや、知らなかったのですか」

 少し意外そうにレナシリアは片眉をつり上げた。

「ザックからヴォルフとあなたがいい仲だと聞いたので、てっきり知っているものだと……」
「ごほっ‼」

 レナシリアがほおに手を添えて言った言葉に、紅茶を飲んでいたレフィーナは思い切りき込んだ。
 ザックに視線を向ければ、にかっと笑みを向けられる。
 あの井戸のときか、とレフィーナはすぐ思い当たった。

「夜に体を寄せ合って語らっていた、とザックが……」
「違います! あれは尋問じんもんされていただけです!」
「そう……残念ですね」

 まったく残念そうには見えないレナシリアが、ティーカップを持ち上げ口に運ぶ。
 その美しい所作に見とれつつも、レフィーナは深いため息をつく。

「話がれましたけど、ヴォルフ様のお母様って……」

 そこで王妃に代わってザックが口を開く。

「……ヴォルフの母親はな、かなりの男好きで未婚既婚みこんきこん関係なく手を出していたらしい。そして、男と上手くいかないと決まって暴言ぼうげんと共に幼いヴォルフに手を上げていた。だが、ヴォルフが成長するにつれて、今度は男として見るようになったらしい」

 思ったよりかなり重い話だった、とレフィーナはそっとザックから目をらした。

「そのお母様は、今はどうしているのですか?」
「……誘惑した男の妻と口論になり、刺し殺されました。ヴォルフが十五歳のときです」

 レナシリアが明かしたのは、さらに重い事実だった。

「その事件に駆けつけた俺がヴォルフを保護したんだ。それがきっかけでヴォルフは騎士になってな。それから色んな人間に出会い、剣を極め、沢山の出来事を経験して……今じゃ副騎士団長なんだから立派になったもんだ」
「城に来た当時は声も出せなくなっていたヴォルフが、トラウマを克服して心身共に強くなったのは喜ばしいことですね。それに、剣の才能も素晴らしい」

 ヴォルフは一番身近な女性である母親のみにくさを見てきたのだ。体だけじゃなく心までも傷ついて。
 ドロシーに対して暴言ぼうげんを吐いていたレフィーナの姿は、その母親の姿とダブって見えたに違いない。トラウマを克服したとはいえ、そんなものを近くで見せられたヴォルフがレフィーナを必要以上に嫌っても仕方ないだろう。


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