悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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「…とはいえ、お前の気持ちも分かる。理不尽な暴力を受けたうえに、恩人をけなされたら…そりゃぁ、自分の手でボコボコにしてやりたいよな」


 ケルンの言葉に、ヴォルフは驚いたように金色の瞳を見開いた。まるで現場をみていたかのように、言われた事ややられた事を言い当てている。


「何で知っているのかって顔だなぁ。別に見てた訳じゃねぇよ。……馬鹿が自分で話してるのを偶然聞いただけだ」


 馬鹿、とはあの頬に傷のある騎士の事だろう。そして、おそらくケルンはその事実確認をヴォルフにしに来たのだ。そして、ヴォルフの様子から事実だと確信した様だった。
 そうなれば、あとはケルンが全て片付けてしまうだろう。


「そんな落ち込むなって。言っただろう?お前の気持ちも分かるって」


 どういう事だろうか、とヴォルフは首を傾げた。ヴォルフの気持ちが分かるから何だと言うのだろう。ケルンが頬に傷のある騎士を罰するのは決まったようなものなのに。


「…お前に暴力を振るった騎士はな、貴族の次男坊でな…、ちょっと取り締まるのが厄介なんだ。今までも度々、問題を起こしていたんだが…全部、揉み消されてあやふやになっている」

「………」

「あの騎士を罰するには証拠が足りない。下手に追い出そうものなら、貴族が絡んで厄介な事になる。だから、俺も言い逃れが出来ないようにする為に時間がかかる。……つまり、な。あの騎士はすぐには罰せられない。だから、お前が報復を望むなら、それまでの間にやれ、ということだ」


 ケルンの話す罰とは騎士団からの追放だろう。ヴォルフの体が熱くなるような気持ちは、どうやらまだ無理に消さなくて良さそうだ。


「まぁ、おおよそ…一年以内には貴族も黙らせるようにする準備が整うだろう。お前はそれまでに強くなって…やり返すんだな」


 そう言って椅子から立ち上がると、ケルンはヴォルフの頭に手を置いた。そして、くしゃっと一度撫でてから去っていった。

 あの頬に傷のある騎士がいなくなるまでに強くなろう、とヴォルフは気持ちを新たにして、ケルンが置いていってくれた食事に手をつけた。
 ………先ずは丈夫な体を作る事からだ。



           ◊



 それからヴォルフの毎日は忙しいものになった。イザークの元で色々な事を学び、ザックと共に鍛練に励む。
 そんな日々は続き、いつの間にかヴォルフが城に来てから10ヶ月が過ぎようとしていた。


「……うむ、もう口を閉じていいぞ」


 今日もいつものようにイザークに読み書きを教えてもらい、ついでに健康診断をしてもらっていた。ヴォルフはイザークの言葉に静かに開けていた口を閉じる。


「見違えるほど体は立派になったのぉ…」


 イザークが目を細めて感心したように呟く。
 城に来た当時は痩せ干そっていたヴォルフは、細身ながらも筋肉がついてしっかりした体つきになっていた。
 だが、いまだに声だけは出ない。


「まぁ、体も丈夫になったし、何かの切っ掛けで案外すんなり声も出るようになるじゃろ」


 イザークの言葉にヴォルフは頷くことで返事をする。
 そんなヴォルフにイザークはにっこりと微笑むと、椅子からゆったりとした動作で立ち上がった。


「わしはこれから騎士達の健康診断に行くからの」


 色々と詰まっていそうな鞄を持ち上げたイザークに、ヴォルフは手を差し出した。
 イザークが不思議そうに片眉をくいっと上げたので、ヴォルフは鞄を指差す。


「なんじゃ、持っていってくれるんか?」


 こくりと頷く。今日はザックが仕事の日なので、一人で鍛練しようと思っていた。だから時間の融通はきくし、世話になっているので少しでも手伝える事は手伝いたい。
 そんなヴォルフの気持ちを汲んでくれたらしいイザークが、鞄をヴォルフに渡す。
 そして、二人で騎士の訓練所に向かえば、何やら騒がしかった。


「なんじゃ?喧嘩かの?」

「……っ!」


 一人の騎士が喚き散らしている。その騎士に見覚えのあったヴォルフは、ぐっと掌を握り締めた。
 …ヴォルフに暴力を振るい、ザックを貶した…あの頬に傷のある騎士だ。

 ケルンの姿も近くにあることから、恐らくついに騎士団から追い出され、罰を与えられるのだろう。…鍛え始めたといってもまだまだヴォルフは弱い。だから、まだ頬に傷のある騎士を懲らしめる事はできていなかった。間に合わなかった、とヴォルフは悔しさで下唇を噛み締める。

 そんなヴォルフと隣にいたイザークにケルンが気づけば、頬に傷のある騎士も同じようにこちらに視線を寄越した。


「あの、ガキのせいか!!」

「あっ!お前!」

「くそっ!」


 押さえ付けていた騎士二人を振り払って、頬に傷のある騎士がヴォルフに向かって走ってくる。


「よくも告げ口しやがって…!!」


 走って向かってくる様子を見ていたヴォルフは、すっと短く息を吐いて…、向かってきた頬に傷のある騎士に鋭い蹴りを放ったのだった。
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