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舞踏会でレオンとドロシーの婚約と結婚式の詳細が告げられてから数日。城の中では誰もが慌ただしく業務に追われていた。
とはいえ、騎士達がその準備に加わる訳ではないので、騎士達の様子はいつもと変わらない。ヴォルフとザックは当日の騎士達の警備の配置場所や見回りの割り振り等があるが、それでも他の者達よりはやることが少ないほうだろう。ということで、ヴォルフは通常通り新人騎士達の指導を行っていた。
「そこ、剣を振るのが遅い!今の隙で切り捨てられるぞ!」
「は、はいっ!」
「お前は守りが雑だ!しっかりと敵の動きを見て防御しろっ!」
「はいっ…!」
二人一組で打ち合いをする騎士達の間を歩きながら檄を飛ばしていれば、ふと視界の端に亜麻色の髪が入ってきて、思わずヴォルフはそちらに視線を投げた。書類を持ったレフィーナがザックに話しかけている。新しい侍女長のカミラからの言いつけで来たのだろう。
レフィーナとはあれ以来話をしていないが、ヴォルフには気にかかる事があった。最近、憂いを帯びた表情のレフィーナを見かける事が多くなったのだ。今まで一度だってそんな表情を見かけたことがないので、ヴォルフはその事が気になっていた。
ふと騎士達の話し声が聞こえてきて、ヴォルフはそちらに意識を移す。
「毒花なんて言われてたけど、侍女になってからは心を入れ替えたんだよなぁ。今の雰囲気、柔らかくていいよな」
「あぁ…。今朝、にっこり笑って挨拶してくれた。いいよな」
「時々見かける憂いを帯びた表情が、こう…騎士として守りたくなるというか…」
聞こえてきた内容に思わずヴォルフは眉を寄せた。レフィーナの評判が良くなることは良いことだと思うが、何故か騎士達が言うと胸の辺りがムカムカしてくる。それに、レフィーナが見せる表情に気付いている奴が、自分以外にもいるのが嫌だと思った。
その気持をぶつけるかのように、訓練をさぼって鼻の下を伸ばしている騎士達の頭を持っていた木剣で殴る。多少は手加減したがそれでも十分痛いので、鼻の下を伸ばしていた騎士達は揃って地面をのたうち回った。
「お前ら、訓練中にいい度胸だな」
金色の瞳を細め、低い声でそう言いながらふっと笑えば、騎士達は震え上がってさっと立ち上がる。それから真面目な顔で打ち込みを再開し始めた。
騎士達の視線がレフィーナから離れたことに、少しだけ胸がすっとする。
ヴォルフも騎士達に意識を集中させようとした所でザックの豪快な笑い声が聞こえて、再びそちらに視線を移した。
そうすれば、ちょうどザックから離れたレフィーナがこちらを見たのでばちりと目が合い、レフィーナがふわりと笑みを浮かべる。向けられた緋色の瞳に、笑顔に、ヴォルフが感じていた不愉快な気持ちが消えて、代わりに心臓がとくりと跳ねた。そんな自分にヴォルフは内心戸惑う。これではまるで、レフィーナに好意を持ち始めているようだ。そんなはずはない、とそんな考えを否定して、去っていくレフィーナの後ろ姿を見送った。
「ヴォルフ副騎士団長、ずるい!」
「くそ…これだから顔の整っている男は…!」
「ひゅー!モテモテですね!」
「もうくっついたらどうですか!告白しましょう!」
「はぁ!?レフィーナさんは皆の目の保養だろ!」
レフィーナがヴォルフに向かって可愛らしく笑いかける場面を、バッチリみていた騎士達が好き勝手に騒ぎ出す。
「実際の所、ヴォルフ副騎士団長はどう思ってるんすか!」
ぐいぐいと詰め寄ってくる騎士達に、ヴォルフはため息をつく。そして、ゆっくり口を開いた。
「…覚悟はいいか」
「え…」
レフィーナとの間には何もないし、こうして詰め寄られるのは好きではない。しかも相手は新人の騎士達だ。ここでまともに相手をしてしまえば、この先も同じようなことになるかもしれない。
そんな風に考えてヴォルフは、木剣を構える。そこからはあっという間で、囃し立てていた騎士達はヴォルフに容赦なくぼこぼこにされたのだった。
♢
翌日、ヴォルフは王都の街中にいた。今日は見回りの騎士達がさぼっていたり、騎士として相応しくない行動をしたりしていないか抜き打ちでチェックする仕事だ。
騎士達の様子を見ながら歩いていれば、不意に声を掛けられて足を止める。
「あ、あっちで女性が…!」
ヴォルフと同じくらいの歳の男性が走って近づいてくると、息を荒げながらそう言葉を発した。
「ゆっくり息を吸え。そして分かりやすく説明してくれ」
「はー…。あ、あっちで女性が怪しいやつらに追いかけられていたのだ!早く助けないと…!」
「分かった。悪いが案内してくれ」
「分かったのだ!」
すぐに走り出した男の後ろに続いてヴォルフも走り出す。
「名前を聞いておいていいか」
「あ、アレルなのだ!」
のちのちのために名前だけは聞いておく。そこからはお互いに無言で走る。大通りから裏路地に入っていくアレルについて行きながら、ヴォルフは辺りを警戒する。今の所人影はない。
迷うこと無くするすると裏路地を走るアレルに、本当に女性がいるのか疑い始めた頃、不意に路地に女性の声が響いたのだった。
とはいえ、騎士達がその準備に加わる訳ではないので、騎士達の様子はいつもと変わらない。ヴォルフとザックは当日の騎士達の警備の配置場所や見回りの割り振り等があるが、それでも他の者達よりはやることが少ないほうだろう。ということで、ヴォルフは通常通り新人騎士達の指導を行っていた。
「そこ、剣を振るのが遅い!今の隙で切り捨てられるぞ!」
「は、はいっ!」
「お前は守りが雑だ!しっかりと敵の動きを見て防御しろっ!」
「はいっ…!」
二人一組で打ち合いをする騎士達の間を歩きながら檄を飛ばしていれば、ふと視界の端に亜麻色の髪が入ってきて、思わずヴォルフはそちらに視線を投げた。書類を持ったレフィーナがザックに話しかけている。新しい侍女長のカミラからの言いつけで来たのだろう。
レフィーナとはあれ以来話をしていないが、ヴォルフには気にかかる事があった。最近、憂いを帯びた表情のレフィーナを見かける事が多くなったのだ。今まで一度だってそんな表情を見かけたことがないので、ヴォルフはその事が気になっていた。
ふと騎士達の話し声が聞こえてきて、ヴォルフはそちらに意識を移す。
「毒花なんて言われてたけど、侍女になってからは心を入れ替えたんだよなぁ。今の雰囲気、柔らかくていいよな」
「あぁ…。今朝、にっこり笑って挨拶してくれた。いいよな」
「時々見かける憂いを帯びた表情が、こう…騎士として守りたくなるというか…」
聞こえてきた内容に思わずヴォルフは眉を寄せた。レフィーナの評判が良くなることは良いことだと思うが、何故か騎士達が言うと胸の辺りがムカムカしてくる。それに、レフィーナが見せる表情に気付いている奴が、自分以外にもいるのが嫌だと思った。
その気持をぶつけるかのように、訓練をさぼって鼻の下を伸ばしている騎士達の頭を持っていた木剣で殴る。多少は手加減したがそれでも十分痛いので、鼻の下を伸ばしていた騎士達は揃って地面をのたうち回った。
「お前ら、訓練中にいい度胸だな」
金色の瞳を細め、低い声でそう言いながらふっと笑えば、騎士達は震え上がってさっと立ち上がる。それから真面目な顔で打ち込みを再開し始めた。
騎士達の視線がレフィーナから離れたことに、少しだけ胸がすっとする。
ヴォルフも騎士達に意識を集中させようとした所でザックの豪快な笑い声が聞こえて、再びそちらに視線を移した。
そうすれば、ちょうどザックから離れたレフィーナがこちらを見たのでばちりと目が合い、レフィーナがふわりと笑みを浮かべる。向けられた緋色の瞳に、笑顔に、ヴォルフが感じていた不愉快な気持ちが消えて、代わりに心臓がとくりと跳ねた。そんな自分にヴォルフは内心戸惑う。これではまるで、レフィーナに好意を持ち始めているようだ。そんなはずはない、とそんな考えを否定して、去っていくレフィーナの後ろ姿を見送った。
「ヴォルフ副騎士団長、ずるい!」
「くそ…これだから顔の整っている男は…!」
「ひゅー!モテモテですね!」
「もうくっついたらどうですか!告白しましょう!」
「はぁ!?レフィーナさんは皆の目の保養だろ!」
レフィーナがヴォルフに向かって可愛らしく笑いかける場面を、バッチリみていた騎士達が好き勝手に騒ぎ出す。
「実際の所、ヴォルフ副騎士団長はどう思ってるんすか!」
ぐいぐいと詰め寄ってくる騎士達に、ヴォルフはため息をつく。そして、ゆっくり口を開いた。
「…覚悟はいいか」
「え…」
レフィーナとの間には何もないし、こうして詰め寄られるのは好きではない。しかも相手は新人の騎士達だ。ここでまともに相手をしてしまえば、この先も同じようなことになるかもしれない。
そんな風に考えてヴォルフは、木剣を構える。そこからはあっという間で、囃し立てていた騎士達はヴォルフに容赦なくぼこぼこにされたのだった。
♢
翌日、ヴォルフは王都の街中にいた。今日は見回りの騎士達がさぼっていたり、騎士として相応しくない行動をしたりしていないか抜き打ちでチェックする仕事だ。
騎士達の様子を見ながら歩いていれば、不意に声を掛けられて足を止める。
「あ、あっちで女性が…!」
ヴォルフと同じくらいの歳の男性が走って近づいてくると、息を荒げながらそう言葉を発した。
「ゆっくり息を吸え。そして分かりやすく説明してくれ」
「はー…。あ、あっちで女性が怪しいやつらに追いかけられていたのだ!早く助けないと…!」
「分かった。悪いが案内してくれ」
「分かったのだ!」
すぐに走り出した男の後ろに続いてヴォルフも走り出す。
「名前を聞いておいていいか」
「あ、アレルなのだ!」
のちのちのために名前だけは聞いておく。そこからはお互いに無言で走る。大通りから裏路地に入っていくアレルについて行きながら、ヴォルフは辺りを警戒する。今の所人影はない。
迷うこと無くするすると裏路地を走るアレルに、本当に女性がいるのか疑い始めた頃、不意に路地に女性の声が響いたのだった。
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