悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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「馬鹿な…一度落ちた身分が戻るなどあり得ない!」


 アングイスは青ざめた顔のまま、絞り出すように声を出した。レオンはそんなアングイスに静かな口調で言葉を返す。


「…普通はそうですね。レフィーナは確かに令嬢として相応しくない行動をし、ドロシーにも暴言を吐いていました。…しかし、一度も手は出していない」

「…だからといって…」

「レフィーナを公爵家に戻すのは簡単な話ではありません。…国王や王妃は勿論、元婚約者であった私や被害者であったドロシー。そしてドロシーの父であるルイス侯爵。レフィーナを公爵家から追放したアイフェルリア公爵。レフィーナに関わっていたそれらの人々の、同意のサインがなければ、ね」


 レオンの言葉を聞きながらヴォルフはレフィーナに視線を移す。レフィーナは今起こっている事に驚いているようだ。それもそうだろう。一度落ちた身分が戻るなど聞いたことがない。

 レオンがアングイスから視線を外して立ち上がり、レフィーナの方に向き直った。
 

「レフィーナ。……君は、君が望めばいつでも公爵家に戻る事が出来る。仮に貴族に戻らないとしてもアイフェルリア公爵家の娘として、名を名乗ることは許されるだろう」

「…レ、オン殿下…、でも、私は…レオン殿下にも、ドロシー様にも…酷いことを、したのに…」


 緋色の瞳を揺らしながらレフィーナがそう言えば、レオンは優しい笑みを浮かべた。それからレオンはテーブルに置かれた書類を手に持つと、レフィーナへと差し出す。


「そうだね。…だから、それを含めて私達は君を許したんだよ。…レフィーナ=アイフェルリア」

「名、前…」


 侍女になってからは名乗る事も呼ばれる事も許されなかった姓が、レオンの口から紡がれた。
 レフィーナはそれを聞いてぐっと唇を噛み締めている。その表情は涙をこらえているものだった。また公爵家との繋がりが出来て嬉しいのだろう。
 これでレフィーナは両親にいつでも会えるようになったのだから。

 レフィーナはレオンから書類を受け取り、大切そうに胸に抱いた。


「…ありがとうございます」


 レフィーナの礼にレオンが頷く。そして、レオンはくるりとアングイスの方へ向き直った。


「これでレフィーナはただの侍女ではなくなりましたよ、ボースハイト伯爵」

「そ、そうですな…。公爵家、公爵家ですか!よかったな、ヴォルフ!公爵家のご令嬢ならば、お前に相応しいではないか!」


 動揺していたアングイスがぱっと笑みを浮かべて、そんな事を言いだした。あれだけレフィーナを侮辱していた事も忘れてしまったようだ。
 そんなアングイスにレオンがため息をついて、口を開く。


「やれやれ…呆れたね。ヴォルフ、もう好きにしなよ。…よく我慢したね」


 その言葉を聞いた瞬間に、ヴォルフはまとわり付いていた令嬢達の腕を振り払った。レフィーナに身分が戻った事にショックを受けていたのか、令嬢達は軽い衝撃にも耐えられず、地面に尻餅をついた。
 ヴォルフは呆然と見上げてくる令嬢達に冷めた視線を向けてから、アングイスへ鋭い視線を投げる。レオンから許しは出たが、流石に暴力を加える訳にはいかない。
 だが、この男を黙らせるくらいは出来る。


「…先程から私が貴方の息子だとおっしゃっていますが、証拠でもあるのですか」

「は?そんなの、当たり前だろう。こんなに姿が似ているのだから、親子に決まっているだろう!」


 確かにヴォルフ自身もアングイスと容姿が似通っているとは思う。しかし、容姿が似ているからと言って、親子だという証拠にはならない。
 そんな物は否定してしまえばそれまでだ。


「他人のそら似では?別に髪色も瞳も珍しい色ではありませんし」

「…なら、母親の名前を言おう。スフェアだろう?お前の母親は私の屋敷でメイドをしていたんだ。子供が出来たから追い出したが」


 母親の名前はアングイスの言う通り、スフェアだ。母親が元々プリローダの出身という事を考えても、この男が父親だという可能性は高いだろう。認める気はないが。

 ヴォルフはいつも違う男を連れていた母親を思い出す。そして、口端を歪めて笑った。


「あいにくですが、母は男好きでしてね。貴方以外にも関係を持っていたでしょうね。それだけでは私が貴方の息子だという事にはなりませんよ」

「なっ…!いいのか…?私の息子にならなければ、そこの公爵令嬢とは一緒になれないんだぞ!貴族は貴族としか、結婚出来ないのだからな!」


 アングイスが勝ち誇ったような表情を浮かべた。確かに貴族は貴族としか結婚できない。だが、もう自分の中で答えは決まっているのだ。
 今更そんな事を言われても動揺などしない。
 ヴォルフはアングイスから目を逸らさず、静かに話す。


「……それがなにか?」

「なんだと…?結婚、したくないのか?そこの令嬢と!」

「えぇ、勿論したいですよ」

「だったら、お前に残された道は私の息子として、貴族になることだろう!」

「いいえ。そんなものにならずとも…俺はレフィーナの両親が許してくれるまで…何回でも説得して頭を下げるだけです。レフィーナと結婚できるまで、俺は諦めませんから」


 レフィーナと結婚するのに、この男の息子という肩書など必要ない。もしレフィーナの両親に反対されたとしても、ここで断った事をヴォルフが後悔する事などないだろう。
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