悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 翌日、ヴォルフはザックに教えてもらった墓地を訪れていた。
 街から離れた場所にあるこの墓地は、周りを木々に取り囲まれており、とても静かだ。

 ヴォルフはぐるりと墓地に視線を巡らせる。ザックの言っていた一番大きな木を見つけて、そちらに向かって歩き出す。
 墓地はそれほど大きくなく、目的の場所にはすぐにたどり着いた。


「……スフェア=ホードン……」


 ポツリとヴォルフは墓石に刻まれた名前を呟く。
 間違いなくヴォルフの母親の墓だった。

 ヴォルフはその場でしゃがむと、持ってきていた花束をその墓の前に置いて、そっと墓石を指先で撫でる。
 母親の墓を前にしても、ヴォルフの心は落ち着いていた。


「……」


 無言で立ち上がると、ヴォルフはじっと墓を見つめる。
 それから、ポツリと呟く。


「……最近、あんたの事を考えるようになった」


 プリローダで父親のアングイスに会ってから、ヴォルフは母親の事を考える時間が増えた。
 父親に捨てられ、故郷を捨てた母親はどんな思いだったのか。もしかしたら、そのせいで母親はあんな人になってしまったのだろうか。

 母親はヴォルフを産み、そして捨てる事なく側に置いた。手を上げるし、世話もろくにしてもらえなかったが、それでも母親は自分を殺したり捨てたりはしなかったのだ。
 そこに少しでも愛情があったのかもしれない。


「ふっ……、そんなわけないか」


 自分で出した答えを否定して、ヴォルフはすっと顔を上げた。


「あら?珍しい」


 ふと、聞き覚えのない声が聞こえ、ヴォルフはそちらに視線を向けた。
 こちらに向かって歩いてきていたふくよかな女性がヴォルフの前で足を止める。そして、ジロジロと観察するような目を向けてきた。


「何か?」

「あら、ごめんなさい。スフェアの墓に人がいることなんて、今まで無かったから」

「……母、をご存知なのですか…?」


 ヴォルフの言葉にふくよかな女性は驚いた表情を浮かべた。


「まぁ!あなた、スフェアの息子なの!」

「はい……一応……」

「そう…。あぁ、一方的にごめんなさいね。私は昔、スフェアと一緒に働いていた友人よ。プリローダからこうしてたまに会いに来るの」


 今度はヴォルフが驚く番だった。今まで母親の知り合いに会った事など無かった。
 エミリーは持ってきた花束を墓に置いて、静かに話し出す。


「……スフェアはね、お仕えする伯爵との間に子供が出来て、国から追い出されたの。相手が貴族だったから、仕方なかった。私はスフェアの居場所を聞いていたから、会いに行ったのよ。……貴方が生まれた時に」

「生まれた、とき…」

「ええ。スフェアはとっても幸せそうに赤ん坊を見てた。それから3年くらい経った頃、また会いに行ったの。そしたら、彼女は怯えていたわ」

「怯えていた?」


 ヴォルフの問いにエミリーはこくりと頷く。そして、少し間を空けてから続きを話し始めた。


「子供が、自分を捨てた伯爵に似てきて、どうしようもなく悲しく、苦しくなってしまう。それと同時に寂しさと憎たらしさが生まれて、子供に手を上げてしまいそうになる、と怯えてた……」

「…………」

「その後、スフェアは子供と一緒に行方知れずになってしまって…。数年前に偶然、このお墓を見つけるまで、亡くなっていた事も知らなかったの」


 悲しそうな声でエミリーはそう言って、口を閉ざした。ヴォルフはそんなエミリーから視線を墓に移す。

 母親の事は何も知らなかった。いや、知ろうともしなかった。
 母親は母親で悲しい人生だったのだ。好きな人に捨てられた寂しさや憎しみから、歪んでしまった悲しい人……。
 きっと心の弱い人だったのだろう。


「スフェアはいい母親だったかしら?」

「……いいえ。思い出したくもないくらい、酷い母親でした」


 エミリーの問いに、ヴォルフは正直に答えた。母親との思い出は暴力を振るう姿ばかりだ。いい母親だったと思った事など一度もない。
 ヴォルフの言葉から何か悟ったのか、エミリーが震える声で呟く。


「ごめんなさい……。私があのとき、もっとスフェアに寄り添っていれば…」

「……もう過ぎた事です。母もいません。……そして、私がここを訪れるのは、これで最後です。貴方とも会うことはないでしょう」


 ここに来たのは母親と向き合って、そして決別するため。たとえ母親にも同情する点があったとしても、ヴォルフの辛い過去である事にはかわりない。
 思いがけず母親の友人から話を聞く事になったが、それでもやはり何度も来ようとは思えなかった。

 だが、とヴォルフは母親の墓に視線を移す。


「……産んでくれた事に関しては、感謝してる」


 レフィーナに出会い、彼女を愛する事が出来たから……。

 静かに呟いたヴォルフの言葉は、吹き抜けた風に掻き消され、エミリーの耳に届く事は無かった。
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