H.E.A.V.E.N.~素早さを極振りしたら、エラい事になった~

陰猫(改)

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第12話【身勝手な友】

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 メンテナンスは思いの外、長く続き、再開されるのが一週間後を予定されるまでになった。
 通常のネットなどのメンテナンスでは此処まで長期的なメンテナンスをするのは珍しい。

 しかし、これは好機(チャンス)だ。
 H.E.A.V.E.N.がメンテナンス中の今なら哲と話す事も可能だろう。
 そして、俺は哲とようやく話をする機会に恵まれた。

「哲。ちょっと良いか?」

 帰宅直前、俺は哲に声を掛ける。
 哲は此方を振り返って平静を装っていた。

「ちょっと話があるんだ。H.E.A.V.E.N.関連でな」
「え?」
「1ヶ月以上待たせたけど、お前を助けられそうな目処が立ったんだ。
 だから、お前のH.E.A.V.E.N.での容姿を教えてくれ」

 俺がそう尋ねると哲は周囲を見渡してかろ俺に耳打ちする。

「あのね。私、性転換の願望があってネカマって言うのやっているの」
「そうなんだ。なんとなく、そうじゃないかと思ったよ」

 俺は小声で頷くと恥ずかしがる哲を見る。
 実際、哲は現実の世界でも美女と間違われる程の男だ。
 そんなコンプレックスからH.E.A.V.E.N.で願いを叶えたかったのだろう。

「幻滅しちゃった?」
「しないよ。身なりが変わっても、俺達は同僚って言うか、友達だろ?」
「……糀」

 俺がそう告げると哲は真っ赤な顔をして俯く。
 周囲の女性社員達が「え!?なに!?あの二人、そう言う関係なの!?」と勘ぐっているが、俺にそんな趣味はない。
 ただ、友達を助けたいだけだ。

「それでお前って、どんな姿をしているんだ?」
「……その、赤いロングヘアーで下着姿」

 性転換はまだしも、露出癖まであるのか?
 流石に俺もどう反応したら良いか悩むぞ?

 ーーん?ちょっと待てよ?

 赤いロングヘアーの下着姿の女性……どこかで会った気がするな。
 確か、ログインして間もない頃にーー

「あっ!」

 そこで俺は思わず、声を上げる。
 当然だ。まさか、彼女が哲だったとは予想外だったからな。

「お前がガイルって奴の奴隷になってた女性だったのか……」
「そうだよ?意外でしょ?」

 そう告げると哲は遠い目をする。

「あの子もーー悠(ゆう)君も元は良い子だったの」
「悠君?」
「私の甥っ子だよ」
「はあっ!?」

 俺はまたも大きな声を上げてしまった。
 そんな俺に課長が咳払いをして注意する。
 俺はそんな課長に頭を下げてから、哲を改めて見詰め、小声で囁く。

「ーーって、事は何か?
 お前は甥っ子に奴隷扱いされているのか?」
「H.E.A.V.E.N.ではそこから先の行為もしているわ。私は正真正銘、あの子の所有物なの」
「甥っ子なら嫌ならやめたら良いじゃないか?」
「言えないよ。私達、H.E.A.V.E.N.で相思相愛になったんだから」
「でも、お前、あの時、乱暴されているって……」
「彼、寝取られてから奪い返すのが趣味なの」

 それを聞いて、俺は怒りを通り越して憤りを感じる。
 つまり、俺がしようとしている事も悠ってガキの趣味に付き合わされているって事か?
 そのせいで何人もの人間が死の体験をしているのにか?

 正直、こんな馬鹿げた行為を繰り返す哲自身も殴ってしまいたい衝動に突き動かされそうになる。
 だが、俺はなんとか耐えた。

 ーーと、そこへたまたま俺を迎えに来た彩菜ちゃんが哲をビンタした。

 どうやら、今の話を聞いていたのだろう。

 唐突なやり取りに職場内がざわつく。
 彩菜ちゃんは頬を叩かれた哲を真っ直ぐ見詰めた。

「貴方、恥ずかしくないんですか?
 一体、先輩が貴方を助ける為にどれだけ無茶をしたと思っているんですか?」
「……彩菜ちゃん」

 俺はそんな彩菜ちゃんを制するとへたりこんで叩かれた箇所を擦る哲を見下ろす。

「約束は守る。俺はお前を助ける。
 そしたら、俺はH.E.A.V.E.N.を辞める……それで良いな?」

 俺は哲の返答も聞かず、彩菜ちゃんと共に哲に背を向けて歩き出す。

 会社を出ると膨れっ面をする彩菜ちゃんが俺を睨む。
 まあ、言いたい事はなんとなく、察している。

「先輩。なんで、あんな人の為に危険を冒す必要があるんですか!?
 もう、あんな人、放って置いたら良いじゃないですか!!」
「それが約束だからだよ」
「あんなの約束じゃありませんよ!」
「そうだとしても、一度した約束は守らないと。それがけじめって物さ」

 俺はそう言うと未だに納得出来ない顔をする彩菜ちゃんと共にボクシングジムで汗を流す。
 恐らく、メンテナンスが終われば、俺は悠ことガイルと対峙する事になるだろう。
 そして、どの様な形であれ、その戦いに終止符を打つ。

 ーーただ、それだけだ。
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