H.E.A.V.E.N.~素早さを極振りしたら、エラい事になった~

陰猫(改)

文字の大きさ
11 / 16

第11話【極振りの末に】

しおりを挟む
 その次の日、俺は本来の目的である哲の救出の為にH.E.A.V.E.N.での外見を聞こうとする。

 ーーが、そんな日に限って哲は営業で回っている為に不在だった。
 大分、H.E.A.V.E.N.での戦いにも慣れたし、もうそろそろ哲を救出しに行こうとしたのにタイミングが悪い。

 仕方なく、その日は家に帰り、彩菜ちゃんのアバターことカエデちゃんとH.E.A.V.E.N.の中でトレーニングを行う。

「先輩はスピード重視なんですね?」

 一緒にスクワットしている最中、カエデちゃんが唐突に尋ねて来る。

「スピード重視と言うか、スピードに極振りしているって感じかな。
 力とか精神は初期状態のままさ」
「つまり、先輩の力自体は弱いままなんですね……成る程」

 カエデちゃんはスクワットをやめて、何やら考え込んでから頷くとスズキさんを見る。

「えっと、スパーリングとかはプレイヤー同士でも出来るんですか?」
『残念ながら、そう言う類いは戦闘行為になります。
 スパーリングをお望みなら、私がしましょう』
「では、スズキさんーーでしたね?
 申し訳ありませんが、先輩のスパーリングをお願いします」
『構わないが、今更、私が彼に教えられる事はないと思うのだが……』
「ちょっと気になる事があるので。
 もしかすると先輩はもっと上に行けるんじゃないかと」

 カエデちゃんがそう言うとスズキさんはわざとらしく、肩を竦めてからミットを手に構える。
 俺はいつも通り、ステップを踏んでスズキさんのミットにジャブを叩き込み、素早くバックステップで元の位置に戻る。

「先輩」
「なんだい、カエデちゃん?」
「どうして、手数で攻めないんですか?」
「え?」

 その問いに俺もスズキさんも思わず、カエデちゃんの方を向く。

「先輩の素早さなら、もっと手数を増やせられるんじゃないですか?
 どうして、それをしないんですか?」
「それは考えた事なかったな」
「例えば、相手にカウンターを狙うとしても先輩の素早さなら、ジャブを十発以上叩き込んでから離れられるんじゃないですか?」

 成る程な。ちょっと試して見るか……。

「スズキさん」
『構いませんよ。どうぞ』

 俺は素早さを最大まで引き出す。
 今までは現実に合わせて、速度を落としていた。
 だが、此処は仮想の世界だ。
 現実に出来ない事が可能な世界なのである。

 俺が素早さを最大まで生かすと時が止まった。

 以前、何かの漫画で読んだが、光速を超えて時を止めるなんて能力とか言うのがあったな。
 俺はそんな事を考えながら大きく息を吸うとスズキさんのミットに限界まで拳を叩き込み続け、息を吐き出すと共にスズキさんから離れる。

 次の瞬間、時が動き出し、スズキさんのミットが手から弾かれた。

『お、おおっ!?』
「え?あ?」

 ミットが弾かれて驚くスズキさんと何が起きたか分からずに困惑するカエデちゃん。
 そんな二人をよそに俺は自身の胸を押さえて膝をつく。

「先輩!?」
「……だい……じょうぶ」

 俺はなんとか、カエデちゃんにそう告げるとスズキさんに顔を向けた。
 スズキは俺の様子を黙って観察する。

『……素早さを最大まで極振りして、それを最大まで引き出す事で時を超えましたか』
「……はい……その様です」
『此処まで素早さに極振りした例はないので、此方も少々戸惑っていますが……かなり、身体に負荷が掛かる様ですね?』
「……ええ。かなり来ます。特に心臓の辺りが」

 俺が胸を押さえながら呟くとスズキさんは「ふむ」と分析する。

『急激な加速でH.E.A.V.E.N.の機能が処理落ちしているのか、それともクレハさんのVRキットが対応出来なかったからか……いずれにしても極振りした素早さを最大まで引き出すとプレイヤーの身体に過度な負荷が掛かって危険だと言う事が解りました』
「そんな事は良いから、先輩を助けないと!」

 分析するスズキさんにカエデちゃんがそう言うと俺の視界に強制ログアウトのカウントダウンが始まる。
 それはカエデちゃんーーいや、彩菜ちゃんにも見えているのか、見えない何かをつついている。

『メンテナンスの為に強制ログアウトを行います。
 次までにはH.E.A.V.E.N.での極振りの対策をして身体に負荷が起きぬ様にして置きます』
「その言い方だと、この世界のNPCって、やっぱり、運営さんなんですか?」
『まあ、それについてはご想像にお任せします、クレハさん』

 スズキさんがそう言って笑うとH.E.A.V.E.N.へのアクセスが強制的に遮断され、周囲がブラックアウトする。

 俺はH.E.A.V.E.N.に対応しているVRキットを外すと大きく深呼吸してベッドに腰を下ろす。
 程なくして、彩菜ちゃんから安否の心配をされるメッセージが届いたのは言うまでもない。

 それにしても、時を超えた攻撃か……本当に漫画みたいな体験だったな。
 俺はそんな事を思いながら、彩菜ちゃんとの話に花を咲かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...