自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第2章【勝負への葛藤】

第16話【惜しまれるべく人】

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 鈴木さんが頑張っている間、俺も自分なりに頑張ってみる。
 俺は佐藤さんのアドバイスと坂田さんの動画での説明を繰り返しみながら、自分のアマチュアデビューへ向けて、着々と練習に努めていた。
 今の課題は如何に基本動作をマスターするかだ。
 俺はひたすら、基礎的なボクシングを学んでは実践するを繰り返す。

 そんな中、鈴木さんは坂田さん相手にどう自分と向き合うかを模索しているようだった。
 最近はスパーリングをせず、ずっとイメージトレーニングをしている事の方が多い。

「鈴木さん、克服出来ますよね?」

 俺がそれとなく、坂田さんに尋ねると坂田さんは「さあ?」と首を捻る。

「一度、傷つけられた精神の克服って云うのは並大抵の事では治らない」
「漫画とかみたいにスパルタで治したりはしないので?」

 坂田さんは「君は漫画の読みすぎだね?」と苦笑して次のように説明してくれる。

「まあ、スパルタと云う手もなくはないけれど、強要はメンタルをより悪化する可能性もある。そこは宗成君次第さ」
「では、どうするんですか?」
「まずは自覚する事だね。次にどうやったら自分の弱点を克服するか模索する。
 それから、周りのアドバイスや自分で弱点の克服方法を考えて実践してみる。まあ、こんなところかな?」

 坂田さんの説明を聞き、俺は納得する。
 成る程、ただがむしゃらに慣れさせるって方法以外にも色々あるのか・・・。

 俺が感心していると鈴木さんがシャドーボクシングを開始する。
 恐らく、足捌きから治すつもりなのだろう。

 つまり、鈴木さんなりに克服方法を模索しているのだ。

「そう言えば、少し気になる事があるのですが・・・」
「ん?なんだい?」
「坂田さんはいつまで、このジムにいるんですか?
 出来れば、俺にもアドバイスを貰いたいのですが・・・」
「ん?ああ。そう言えば、言ってなかったね?」

 俺の問いに坂田さんは思い出したように頭を掻くと意外な言葉を発する。

「実は俺、もう辞めているんだよ」
「えっ!?でも、毎日のように来ているじゃないですか!?」
「まだ完全に流行り病が終息した訳じゃないからね。そのせいで会社が休業中なんだよ。
 それに会社がいざ、始まっても、すぐに戻れるって訳じゃないからね。まあ、今はOBって形で来ているのさ」

 知らなかった。坂田さんは既に辞めていたとは・・・。

「あっと、宗成君にはまだ内緒にしててくれ。彼はまだ試練時だからね?」
「あ、はい。わかりました」

 俺は坂田さんの言葉に頷くと鈴木さんをチラリと見る。
 鈴木さんは自身の弱点の克服に集中して此方の会話が届いてないらしいで、少しホッとする。

 そうだよな。ここで坂田さんが既に辞めていたなんて知ったら、鈴木さんはきっと、それどころじゃなくなる。
 弱点の克服に憧れた人の消失・・・そんなの俺も耐えられそうにない。

 ある意味、坂田さんなりの優しさなのだろう。

 俺も鈴木さんに悟られないように心掛けなくてはいけないな。

 そんな中、ついに鈴木さんの第2戦目の試合相手が決まる。

 相手は坂嶋竜也。なかなか、強そうな名前の相手である。
 試合の録画したものを見たが、持久戦特化の左利きの選手らしい。
 ただ、その右のジャブがやたら強く、殆どの試合が右のパンチで勝っている。
 左ストレートのKOもなくはないが、右のパンチよりも少ない。

 それを見て、坂田さんは「ふむ」と考え込む。

「これはまた新たな試練かも知れないね?」
「え?どういう事ですか?」
「確証はないが、この坂崎って選手は右利きのサウスポースタイルの選手かも知れない。
 左利きの選手に慣れないボクサーにはなかなか、骨の折れる相手になるだろう」

 坂田さんはそう告げると鑑賞を終えてから鈴木さんと再びスパーリングを開始する。
 そのスタイルはサウスポースタイルーーつまり、左利きのボクサーのスタイルだ。

 両利きならではの坂田さんの対応だろう。

 練習相手と言い、弱点の克服のアドバイスと言い、坂田さんは面倒見がよく、本当にこのジムにはなくてはならない存在であった筈なのだろう。
 故にやはり、まだ在籍して欲しくはある。
 何より、俺は坂田さん本人から何も教えて貰っていない。

 佐藤さんのアドバイスも必要なのは頭では理解しているが、本当のプロのアドバイスも聞いてみたい。

 そんな欲求を感じながら、俺は打撃力を少しでも増やそうと佐藤さんの支えるサンドバックを叩く。
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