自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

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第3章【勝負の世界】

第23話【怒りと恥と挫折】

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 一週間後に向け、俺は練習に励む。

 その数日、鈴木さんがスパーリングの相手になってくれた。
 会長さん曰く、上を目指すのなら、プロとの練習も参考にしろとの事であった。

 こんな気持ちで鈴木さんと練習するとは思わなかった。
 こういう時、どんな顔をすれば良いのか解らない。
 鈴木さんは何も言わず、俺と向かい合わせにコーナーに佇んでいる。

 そして、ゴングが鳴ると同時に俺は前に出た。
 そんな俺に向かってパンチを繰り出す。

 鋭い上に此方の死角を突くプロならではのジャブを三発も貰い、俺は怯んでしまう。
 そんなガードの下がった俺に次の瞬間、鈴木さんが放ったアッパーをもろに喰らい、俺は景色が暗転して倒れる。
 ヘッドギアをつけているのに強烈な一撃だった。

 それでも俺はなんとか立ち上がり、ファイティングポーズをとる。
 そんな俺をねじ伏せるように鈴木さんは容赦なく俺の繰り出した右ストレートに合わせてカウンターを決める。

 再び、倒れそうになった時、俺は三国の事を思い出して意識を手放す事なく、踏み止まった。
 そんな俺を見て、鈴木さんが複雑そうな顔をする。

 ・・・なんで、そんな顔をするんですか、鈴木さん?

 俺は言葉ではなく、思いを乗せて拳を振るう。
 しかし、そのどれもが当たらない。

 完全に読まれている。
 次第に消耗して拳を出すのがしんどくなって行く。

 けれども、俺は手を止めない。

 不意に鈴木さんが手を止め、俺から目を離す。
 俺はチャンスと言わんばかりに鈴木さんの左のテンプルに右フックを叩き込む。

 鈴木さんはそれに驚いた様子で此方を見る。

 次の瞬間、鈴木さんは構えを解いた。

「ゴング鳴りましたよ、多田野さん」
「・・・えっ?」

 俺は周囲を見渡すと腕を組んで此方を睨む会長さんと目が合う。

 ・・・やってしまったらしい。

 そんな俺に鈴木さんが声を掛けてくる。

「多田野さん」
「すみません、鈴木さん。ゴング鳴ったのに気付けなくて・・・」
「いえ。それよりも多田野さんに忠告があります」
「忠告?」

 俺が鈴木さんのその言葉にそう尋ねると鈴木さんは口を開く。

「三国泰の事を忘れて下さい。今の多田野さんは言いづらいですが、なりふり構わず拳を振るう何の形もない殴り合いになっていますよ?」

 俺はその鈴木さんの言葉に素直に頷けなかった。
 普段の俺なら鈴木さんの忠告を自然と受け入れられるだろう。

 しかし、三国の事となると俺も意地になってしまうらしい。

「多田野さんのボクシングはこんな子供の喧嘩みたいなボクシングではないでしょう?
 侮辱された事自体を忘れろなんて言いません。
 ただ、ボクシングで相手をする人間を三国泰だと思って鬱憤を晴らすような真似はやめて下さい」

 いつもの鈴木さんの言葉よりも厳しいものだったが、それでも俺は素直に頷けなかった。

「・・・ロードワークして来ます」

 鈴木さんから逃げるようにそう言うとグローブとヘッドギアを外して外へと出る。
 その間、鈴木さんは何も言わず、黙ったまま、俺を見詰めていた。

 こんな時だからこそ、鈴木さんに引き止めて貰いたかった。

 最近、鈴木さんと気持ちが擦れてばかりいる気がする。
 それもこれも全部、三国が悪い。
 そう思うと腹立たしさがよみがえる。

 鈴木さんは三国を忘れろと言っていたが無理な話である。
 しばらく、ロードワークを続け、俺は鈴木さんに助けて貰ったコンビニ前を通って立ち止まる。

 ここで鈴木さんに助けて貰わなかったら、今の俺はなかっただろう。
 そう。以前のように誰かのせいにしてーー

「ん?ーーあ」

 そこで俺はある事に気付く。
 いや、背けていた事実とも云うべきだろうか・・・。

 そうだ。今の俺は以前と同じだ。
 誰かのせいにして現実から逃げているあの頃となんら変わらない。

 そう思うと自分が情けなく感じた。

 ボクシングで自分を変えるつもりが、昔みたく誰かのせいにしてボクシングで八つ当たりしている。
 そう感じてしまったら、ドンドン落ちていってしまう。

 こんな時、どうすべきなんだろうか?

 俺はロードワーク途中であるにも関わらず、家に帰る。
 正直、こんな気持ちでボクシングを続けるのが嫌になってしまった。
 そんな時、声を掛けてくれるのはいつだってーー


「正樹?」
「え?」

 振り返るとパートから帰る時間だったのか、買い物袋をカゴに乗せたママチャリを押す母さんに遭遇する。

「どうしたんだい?今日もジムに行っているんじゃなかったのかい?」
「・・・あ・・・いや、その・・・」

 母さんにそう尋ねられ、何と返すべきか、言葉が出ない。
 そんな俺に母さんは何か言おうとして優しく笑う。

「まあ、なんでも良いよ。さあ、家に帰りましょう」
「・・・うん」

 俺はその言葉に頷いて母さんと一緒に家に帰ろうとする。

「多田野さん!」

 そんな俺に向かって誰かが叫ぶ。
 いや、顔を見なくても解る。

 いま、一番、顔を合わせられない人物なのだから。


「・・・鈴木さん」
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