自分を変えたい元社会人のボクシングライフ

陰猫(改)

文字の大きさ
24 / 46
第3章【勝負の世界】

第24話【支えてくれる人達へ】

しおりを挟む
 俺は鈴木さんを見て、言葉が出なかった。

「・・・多田野さん」

 鈴木さんも言葉が出ないようで俺の事を呼ぶだけで、それ以上はなにも言わない。
 そんな鈴木さんに対して、母さんが頭を下げる。

「鈴木さん。息子がいつも、お世話になっています」
「あ。お母様ですか。いえいえ、こちらこそ、多田野さんにーーいえ、息子さんにはお世話になっています」

 鈴木さんは母さんに応じるように丁寧に応えると改めて、俺に視線を移す。
 そんな鈴木さんに気付いて、俺は目を背ける。

 顔を背けた時、一瞬だけ鈴木さんの顔を見てしまったが、怒りとかではなく、悲しそうな顔をしていた。
 あの顔は坂田さんが引退すると告げた時の顔によく似ている。

 鈴木さんに今の俺を見て欲しくはなかった。

 そんな俺と鈴木さんを見て、母さんが鈴木さんに尋ねる。

「あの、鈴木さん。息子が何か粗相をしたのなら謝りますので、どうか、許してやって下さい」
「・・・いえ。息子さんが特に何かした訳ではありませんよ。
 ただ、自分もロードワークをしていただけですから」

 鈴木さんはそれだけ言うと母さんに「それでは失礼します」と一礼して踵を返してジムへと歩き出す。
 そんな鈴木さんに俺は何か言おうとしたが、言葉が出ない。

 そんな俺に母さんが呟く。

「正樹。また今度、頑張れば良いのよ?
 大丈夫。母さん、頑張るから・・・」
「母さん」
「大丈夫。負けなければ、いつかはまた頑張れるわよ。母さんは信じているから」

 母さんの優しい言葉に俺は俯くしか出来ないでいた。
 そんな俺に母さんは「ただ」と付け加えた。

「正樹は後悔しないね?やり直す事は出来ても縁を戻す事は並大抵の事じゃないよ?」
「ーーっ!」

 母さんのその言葉に俺は迷う。
 いま、鈴木さんを追わなければ、この縁はもうないだろう。

 このまま、終わるのか?
 こんな中途半端なところで?

 嫌だ!そんなの嫌だ!

 そう思った瞬間、俺の中で再び熱い思いと鈴木さんや坂田さんについて行こうと誓ったあの日の事がよみがえる。

 そうだ。俺が本当に追うべきは三国泰ではない。鈴木宗成という俺が憧れたボクサーだ。

 俺は改めて、母さんに振り返った。

「ごめん。母さん、今日も帰りが遅くなると思う」
「・・・行くんだね?」
「うん。ここで帰ったら、俺は前みたいに戻ると思うーーいや、もっと、悪い方に引っ張られる。そんな気がする」

 俺のその言葉に母さんは優しく微笑むと俺の背中を軽く叩く。

「なら、行っておいで」
「うん。ありがとう、母さん。そして、こんなに迷惑掛けて、ごめん」

 俺はそれだけ言うと母さんと別れ、鈴木さんを追う。

「鈴木さん!」

 俺が叫ぶと鈴木さんが振り返る。
 その表情には驚きがった。

「多田野さん。帰ったんじゃーー」
「俺はロードワークをするって言って出て行ったんですよ?
 帰る訳ないじゃないですか?」

 そんな俺の言葉に鈴木さんはどこか安心したように表情を戻す。
 そして、じっと俺の瞳を覗き込む。

「・・・迷いは振り切れたようですね?」

 それだけ言うと鈴木さんは俺に背中を向けた。

「その思いを忘れてしまう前に戻ってスパーリングをしましょう。自分もお手伝いします」
「ーーっ!ありがとうございます、鈴木さん!」

 俺が礼を言うと鈴木さんは駆け出す。
 その際に「母は強し、か・・・」と呟く。

 そして、俺は折れかかった思いを取り戻し、再び、練習に励むのだった。
 会長さんには「君は情緒が不安定過ぎる」と注意を受けてしまう。
 本当に自分でもそう思う。

 怒りと悔しさで自分を見失っていたのだろう。

 だが、俺は本当に人に恵まれている。
 鈴木さんに坂田さん、会長さんに佐藤さん。そして、母さん。
 そんな人達に支えられながら、俺は自身と向かい合うように特訓を繰り返す。

 会長さんもそんな俺に溜め息を吐きながら、こうも呟く。

「君の道は様々な人の思いから連なっている。君だけではない。
 宗成君や糀君もだ。ボクサーとしても人としても再び思いを胸に前へ進みなさい。
 それが支えてくれる人達に応える事になるのだから」
「はい!わかりました!」

 俺は会長さんにその言葉を胸に刻み込み、ひたすら教えて貰えた事を実行する。

 そして、迎えた試合の日。

 俺は改めて、自分の道が遠回りだったけど、誇れるモノであったと自覚するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...