2 / 7
第1章【侍と天使】
第2話『条約改正で侍も大変』
しおりを挟む
「おーほっほっほ!聞きましてよ、光癒ちゃん!
あなたも侍を雇ったんですってね!?」
中華の満腹亭でかに玉チャーシュー丼を食しながら風馬は隣でまかないの半ライスとミニラーメンを食べる光癒に顔を向ける。
「誰?光癒ちゃんの知り合い?」
「もぐもぐ・・・ふあぇっ?」
「あ~っと光癒ちゃん、ほっぺにご飯くっついてるよ」
風馬はそう言って光癒の頬についたご飯を取るとそれをパクリと食べる。
それを見て、お嬢様っぽい女子高生が顔を赤らめた。
「ちょっと、そこのあなた!軽々しく光癒ちゃんとイチャイチャしないで!──と言うか、何を食べてますの!」
「何って・・・中華の満腹亭の侍限定メニューだが?」
「風馬さんが食べているのは中華の満腹亭に侍が入りしましたキャンペーンメニューの侍限定かに玉チャーシュー丼です。
ふんわりかに玉に細切れにしたチャーシューとネギをトッピングして温かい特盛サイズのご飯に乗せた一品です。
お財布に優しく、お侍さんである羽織と刀の所持と身元保証がわかるものがあれば、ワンコイン中です。いまならお得なクーポン券も発行していますよ」
「あらま。それは耳寄りな情報ですわね?──って、違いますわ!」
一瞬、風馬と光癒のペースに呑まれそうになり、お嬢様っぽい女子高生は「ぜえぜえ」と肩で荒い息を吐く。
そんな女子高生に亭主である天月三平が声を掛ける。
「誰かと思えば、沙織里ちゃんじゃねえか?・・・久々に甘口麻婆豆腐でも食ってくかい?
いまなら光癒の友達って事で安くしておくよ。ついでにご飯とスープ付きでどうだい?」
「・・・いただきますわ」
結局、流されて沙織里と呼ばれた女子高生は風馬達の向かいの席に座る。
「風馬さんと言われたかしら?──あなたが光癒ちゃんのお侍さんで間違いありませんのね?」
「まあね。光癒ちゃんがこんな状態だから、お互いに自己紹介といこうか。俺は風馬景信。光癒ちゃんの侍だ」
「私は千天善沙織里ですわ。こるでも上流階級──を目指している一般ピーポーですわ。おーほっほっほ!」
「・・・つまり、どこぞのお嬢様とかでなく、お嬢様っぽいだけの女子高生と?」
かに玉チャーシュー丼を平らげ、風馬は「ごちそうさま」と手を合わせると光癒を観察する。そんな光癒を見る風馬を見て、沙織里も光癒を見る。
「・・・本当に光癒ちゃんを見ていると癒されますわ。あなたもそうではなくて?」
「ああ。そうだね──そう言えば、あなたも侍を雇ったのかって聞いてなかったっけ?」
「──はっ!そうでしたわ!」
「はいよ!中華の満腹亭特製甘口麻婆豆腐定食、お待ち!」
「あ、おじさま。相変わらず、ありがとうございますわ~」
そう言って沙織里は真剣な表情で風馬を見据える。
「風馬さん」
「なに?」
「これからお食事にしますので少々、お待ちを」
そう言われて風馬は机にゴンと頭を打ち付ける。
そんな風馬を無視して沙織里は熱々の麻婆豆腐を口に含む。
「ん~・・・やはり、この味は堪りませんわ。程好い甘さと辛さの融合・・・おじさま、また腕を上げられましたわね?」
「がっはっはっは!おだててもなんも出ねえよ!」
「この麻婆豆腐を更にご飯に乗せて一緒に食べるとまた格段ですわ~。これだから中華の満腹亭のご飯は止められなくてよ~」
そんな事を言いながら沙織里が甘口麻婆豆腐定食を堪能している間に風馬はようやく、食べ終えた光癒に質問する。
「光癒ちゃん。この子、誰?」
「ごちそうさまでした──ふぁっ!沙織里ちゃん!いつの間に!」
「一応、面識はあるのね?知り合い?」
「私のお友達です。沙織里ちゃんは凄いんですよ。
私と同い年で色んな事を知っているんです。あとは将来、私の事をお嫁さんにしてくれるって言ってました」
「・・・は?」
風馬は一瞬、とんでもない爆弾発言を聞いた気がした。
いや、昨今を考えれば、そういう関係も駄目と言う訳ではない。
(まあ、当人同士が良いのなら良いのか・・・)
風馬は自身を納得させると旨そうに甘口麻婆豆腐定食を食う沙織里を見やる。
沙織里は本当にここの麻婆豆腐が好きなのだろうと言う事がよく解る食いっぷりであった。
そして、完食して一呼吸置くとキッと風馬を睨む。
「食べながら聞いてましたが、わたくしと光癒ちゃんはそう言う関係ですわ!
殿方など餓えた獣ですもの!光癒ちゃんはわたくしが守りますわよ~!」
「ああ。はいはい」
「ちょっと!その態度はなんですの!」
「侍は主君と恋愛とかしちゃいけないし、手を出しちゃいけないんだよ。つまり、俺は沙織里ちゃんの恋敵になるとか、そう言う関係にはならないの」
「──えっ?そうですの?」
沙織里は拍子抜けしたような顔をすると風馬は「そうそう」と返す。しかし、何故かそれが沙織里をより興奮させた。
「そう言うのがあるのにあんな公の場で光癒ちゃんとチ、チューをしたんですの!?」
「ん?ああ。あれは俺も驚いたけれど、あれが光癒ちゃんなりの答えみたいだし」
「それで片付けてしまいますの!?」
「まあ、侍なんて使われてなんぼだし、そんな驚く事なのか?」
怒りを通り越して呆れる沙織里に風馬があっけらかんと答え、沙織里は脱力する。
「はあ。もう良いですわ。わたくしと光癒ちゃんの恋路の邪魔をする障害だと思ってましたが、実際は違うのですね」
「ところで沙織里ちゃん。今日はどうしたの?」
「おっと、そうでしたわ。光癒ちゃんと冬休みの宿題をと思ってましたの。きっと陰陽師の勉強とか、よく解ってないでしょうから」
「相変わらず、沙織里ちゃんは優しいね?」
「当然ですわ。わたくしと光癒ちゃんは運命の糸で結ばれてますもの」
「えへへ」
本当に意図が解っているのか、風馬は光癒が心配になったが、沙織里も強引な手は使わないだろうと思い、風馬は窓に映る青い空を眺める。
───
──
─
「──何故、あなたもついて来るのですか、風馬さん?」
「俺の事は気にせんでくれ。あくまでも怪異があった時に即座に動けるように気を張っているだけだから」
「・・・ふむ。では、今回はお二人の為になる事を教えて差し上げるとしましょう」
「は~い!」
無邪気な小学生のように元気よく返事をする光癒を尻目に風馬は部屋の片隅で目を閉じ、刀を手に瞑想する。
「ちょっと風馬さん。あなたにも関係ない話ですよ。きちんと聞いて下さいませ」
「・・・風馬さん、お腹いっぱいで眠いの?」
「いや、聞いているし、眠っている訳じゃないよ。主君の片隅に座して控えるのも侍の務めなだけだから」
そう風馬が返答すると沙織里が「そこからですか」と何か考え込む。
「どうやら、風馬さんは侍の主君の護衛定義が改正されたのをご存知ではないようですね?」
「・・・え?いまって違うの?」
「ええ。やはり、ご存知ないのですね。昨今の侍は主君の盗撮などの所謂、バカッタレーによるネットタトゥーの被害が多く存在するので令和4年──つまり、去年から主君護衛定義が話題になりましたのよ。
例えばですが、いまの状況のように異性の主君に必要以上について廻るのも主君に対して信頼関係の問題視──或いは普通にストーカー罪になりますわよ」
「そうなのか・・・それは知らなかったな」
「まだ新しい改正案ですから浸透に時間が掛かっているのでしょう。光癒ちゃんが主君でなかったら即座に切腹解雇モノだたかも知れないですわよ」
切腹解雇。それは侍にとって最も避けたい解雇の仕方である。
無論、江戸初期のように本当に腹を切るのではなく、切腹解雇と言う一覧に記載される。
これをされた侍は侍としての仕事を後々も出来ず、再就職などで侍をする事が不可能になる。なので今の風馬の状況も宜しくない事になる。
「流石にそう言う事なら出ていくよ」
「お待ちを風馬さん。侍の有無を決めるのは主君が決める事ですわ。勝手に離席するのも良くありませんのよ」
「そうなのか。難しいなあ」
「ええ。主君の選択幅が増えましたが、侍には些か不利な定義ですわ。ですので新たに侍の主君護衛定義第3条が代わりに改正されてます。侍は主君が判断上、護衛を必要としない判断を下した場合、非常事態に陥った際は自己責任となる。この場合、主君を守れなかったとしても侍は切腹解雇にはなりませんわ」
「へえ。勉強になるなあ」
「──と言う訳で光癒ちゃんはどうしますの?」
「ふぇっ?」
急に話題を振られて光癒は悩むようにこめかみを人差し指で押さえながら考え込む。
「それって大変な時に風馬さんがいないって事?」
「簡単に言ってしまうとそうなりますわ」
「それはダメ!」
光癒ちゃんは単純で本当にわかりやすい。本当に沙織里ちゃんと同じ高校生なのか?──とは言え、改正の話もあるし、もう少し踏み込んでおくか。
「いいの?──光癒ちゃんが沙織里ちゃんと内緒話の時も俺がいて?」
「え?う~ん。そしたら、風馬さんも一緒に聞いちゃえば良いだけじゃないの?」
「いや、女子の内緒話に男が入ると困る時とかあるでしょう?」
「そうなの、沙織里ちゃん?」
「それを判断するのも侍の主の務めですわよ、光癒ちゃん。わたくしとしては光癒ちゃんがどんな判断をしようと文句は言いませんわ」
沙織里は「ファイトよ、光癒ちゃん」と言って、うんうん唸る光癒を見守る。
しばらく、考え込んでから風馬に小首を傾げる。
「風馬さんはどうしたいとかあるの?」
「侍は主の剣だ。つまり、俺は主君である光癒ちゃんの剣になる。光癒ちゃんの命令ならそれに従うだけさ」
「・・・めいれい?」
「まあ、光癒ちゃん次第って事さ」
「む~っ」
風馬が光癒にそう言うと光癒は納得いかないようにむくれる。
「それって、なんかズルいですよ!
それにまるで風馬さんは考えなくて良いみたいな言い方は良くありません!」
「いや、そうは言ってもなあ」
「決めました!風馬さんは私がダメとか言わない時は自分で考えて判断して下さい!
それが私からの命令です!これなら文句ないですよね!」
光癒の導き出した答えにさしもの風馬も困り果ててしまうが、しばらく考えた後に浮かせた腰を戻して正座する。
「あら?出て行きませんの?」
「俺も学ぶ事がありそうだしな。光癒ちゃんがダメって言うまでは一緒に勉強させて貰うさ」
「殊勝な心掛けね。うちの侍にも学んで欲しいくらいだわ」
「そう言えば、沙織里ちゃんも侍がいるみたいな言い方だったな?」
「あら?わたくしとした事が言ってませんでしたっけ?」
そう言うと沙織里はパンパンと手を叩く。すると赤い羽織りを着た少女が入り、風馬を見据える。
「わたくしのお侍の赤松フジキちゃんよ。フジキちゃん、わたくしのフィアンセとお侍さんにご挨拶を」
「うっす。赤松フジキっす。お嬢がお世話になってます」
そう言うとフジキは一礼して間合いを測る。
そんなフジキを見据えて風馬は正座をやめ、片足を浮かせる。
──次の瞬間、見えざるやり取りがあった。
剣を極めた者同士の間合いの探り合いである。
しばし、見詰めあった後、先に目を伏せたのは風馬の方であった。
「あら。フジキちゃんの方が強かったらしか?」
「まあ、五撃差くらいと言ったところだ」
風馬がそう言うと沙織里をクスクスと微笑み、何も解らぬのは光癒だけであった。
「えっと、はじめまして、フジキちゃん。私が陰陽師見習いの天月光癒です。それからこっちが私のお侍さんの風馬さんです」
「・・・宜しくっす」
「フジキちゃん。とりあえず、今回は顔合わせ程度で許して上げて頂戴。今後、協力し合う間柄になるでしょうから」
「・・・了解っす」
そう言ってフジキは部屋を出ると同時に膝をつく。
(即死になる斬撃の可能性だけで五撃以上の差か・・・流石は役場で侍経験があるだけあるっす。此方は動画予習している身なのにも関わらず、ギリギリ一太刀入れれるかが限界だったのに・・・)
フジキは冷や汗を掻きながら自信をへし折られた挙げ句、風馬に敵視もされなかった事に独り笑う。
いつか、あの男と死合う事も面白いと思いながらフジキはその場を離れる。
───
──
─
「フジキって言ってたな、いまの侍・・・フジキとはどう言う関係なんだ?」
「どうもなにも将来、わたくしの侍になりたいとおっしゃっていたので侍にして上げただけですわ~」
「薄々、気付いていたけれど、沙織里ちゃんってレ──」
「それ以上はシャラップですわ!
それに光癒ちゃんは何も知らないからこそが良いんじゃなくて!」
色々とツッコミたいのをグッと堪え、風馬は再び座り直す。
「・・・確かに光癒ちゃんは何も知らない方が良いのは確かだな。天使からギャル化したら光癒ちゃんじゃないし」
「流石は光癒ちゃんのお侍さんですわ。なんのかんの風馬さん──いえ、風馬様もきちんと解って下さるのね?」
「あと、沙織里ちゃんについて解った事がある。沙織里ちゃんって、まんてんば──」
「それもシャラップですわ!あの方はわたくしなど足元にも及ばぬ存在!軽々しく名前を言ってはいけない方なのですわ!」
「そこまで尊敬しているのか・・・」
「ええ!真似して胃カメラをやった時は流石にキツかったですわ~!」
(ああ。これはもう尊敬って言うか、崇拝している人間の目だわな・・・ツッコミ入れても良いけれど、主君の友人を貶めるのは侍の流儀に反するか)
風馬は沙織里が名前を言ってはいけないと言ういま人気急上昇中の電脳Yチューバーの事を思い浮かべながら、そのYチューバーによく似た髪を靡かせながら目を輝かせ、思い馳せる沙織里を観察する。
一般の女子高生が金銭面でコツコツ貯めて真似る努力はしたのだろう。
性癖が歪んだきっかけは定かではないが、同性愛にもある種の美を感じているのかも知れないと風馬は沙織里の思考や有言実行な姿勢を見ていて思うのであった。
そんな風に風馬が沙織里を観察していると光癒が風馬の袖を引っ張る。
「風馬さんは沙織里ちゃんの名前を言ってはいけないあの人が誰なのか解るの?」
「ん~・・・解るには解るんだが、光癒ちゃんには刺激が強すぎると思うから教えられないなあ」
(初手で胃カメラを配信で載せたあの伝説回とかは流石に光癒ちゃんでもドン引くだろうし、沙織里ちゃんの名誉の為にも黙っておくか・・・)
風馬は「折角、教えて貰えると思ったのに」と残念がる光癒の頭を撫で、「そのうち、解るさ」と言って、その場を濁す。
そんな風馬と光癒を見て、沙織里は面白くはなかったが、風馬に助け船を出されたのも事実である為、不満げな顔をしつつ黙っている。
「沙織里ちゃん。お勉強の続きしよう?」
「光癒ちゃんは本当に良い子ですわ~!流石はわたくしの運命の人になる天使のような光癒ちゃんだからこそ、獣から光癒ちゃんを守らなくてはと言うわたくしの使命感が滾って来ますわよ!」
そう言うと沙織里は何故か風馬を見据える。
「──と言う訳で風馬様!光癒ちゃんに天使を見た者同士、これからも共に光癒ちゃんを守って参りましょう!」
「未だに色々とツッコミたいところはあるけれども、主君である光癒ちゃんとその友人を守るのも俺の務めだ。謹んで承った」
こうして、光癒を守り隊が結成され、沙織里がリーダーになり、風馬が副リーダーに任命される事となる。
そんな意気投合した二人を見ていた光癒は相変わらず、よく解ってないらしく、「お勉強は?」と二人に質問するのであった。
あなたも侍を雇ったんですってね!?」
中華の満腹亭でかに玉チャーシュー丼を食しながら風馬は隣でまかないの半ライスとミニラーメンを食べる光癒に顔を向ける。
「誰?光癒ちゃんの知り合い?」
「もぐもぐ・・・ふあぇっ?」
「あ~っと光癒ちゃん、ほっぺにご飯くっついてるよ」
風馬はそう言って光癒の頬についたご飯を取るとそれをパクリと食べる。
それを見て、お嬢様っぽい女子高生が顔を赤らめた。
「ちょっと、そこのあなた!軽々しく光癒ちゃんとイチャイチャしないで!──と言うか、何を食べてますの!」
「何って・・・中華の満腹亭の侍限定メニューだが?」
「風馬さんが食べているのは中華の満腹亭に侍が入りしましたキャンペーンメニューの侍限定かに玉チャーシュー丼です。
ふんわりかに玉に細切れにしたチャーシューとネギをトッピングして温かい特盛サイズのご飯に乗せた一品です。
お財布に優しく、お侍さんである羽織と刀の所持と身元保証がわかるものがあれば、ワンコイン中です。いまならお得なクーポン券も発行していますよ」
「あらま。それは耳寄りな情報ですわね?──って、違いますわ!」
一瞬、風馬と光癒のペースに呑まれそうになり、お嬢様っぽい女子高生は「ぜえぜえ」と肩で荒い息を吐く。
そんな女子高生に亭主である天月三平が声を掛ける。
「誰かと思えば、沙織里ちゃんじゃねえか?・・・久々に甘口麻婆豆腐でも食ってくかい?
いまなら光癒の友達って事で安くしておくよ。ついでにご飯とスープ付きでどうだい?」
「・・・いただきますわ」
結局、流されて沙織里と呼ばれた女子高生は風馬達の向かいの席に座る。
「風馬さんと言われたかしら?──あなたが光癒ちゃんのお侍さんで間違いありませんのね?」
「まあね。光癒ちゃんがこんな状態だから、お互いに自己紹介といこうか。俺は風馬景信。光癒ちゃんの侍だ」
「私は千天善沙織里ですわ。こるでも上流階級──を目指している一般ピーポーですわ。おーほっほっほ!」
「・・・つまり、どこぞのお嬢様とかでなく、お嬢様っぽいだけの女子高生と?」
かに玉チャーシュー丼を平らげ、風馬は「ごちそうさま」と手を合わせると光癒を観察する。そんな光癒を見る風馬を見て、沙織里も光癒を見る。
「・・・本当に光癒ちゃんを見ていると癒されますわ。あなたもそうではなくて?」
「ああ。そうだね──そう言えば、あなたも侍を雇ったのかって聞いてなかったっけ?」
「──はっ!そうでしたわ!」
「はいよ!中華の満腹亭特製甘口麻婆豆腐定食、お待ち!」
「あ、おじさま。相変わらず、ありがとうございますわ~」
そう言って沙織里は真剣な表情で風馬を見据える。
「風馬さん」
「なに?」
「これからお食事にしますので少々、お待ちを」
そう言われて風馬は机にゴンと頭を打ち付ける。
そんな風馬を無視して沙織里は熱々の麻婆豆腐を口に含む。
「ん~・・・やはり、この味は堪りませんわ。程好い甘さと辛さの融合・・・おじさま、また腕を上げられましたわね?」
「がっはっはっは!おだててもなんも出ねえよ!」
「この麻婆豆腐を更にご飯に乗せて一緒に食べるとまた格段ですわ~。これだから中華の満腹亭のご飯は止められなくてよ~」
そんな事を言いながら沙織里が甘口麻婆豆腐定食を堪能している間に風馬はようやく、食べ終えた光癒に質問する。
「光癒ちゃん。この子、誰?」
「ごちそうさまでした──ふぁっ!沙織里ちゃん!いつの間に!」
「一応、面識はあるのね?知り合い?」
「私のお友達です。沙織里ちゃんは凄いんですよ。
私と同い年で色んな事を知っているんです。あとは将来、私の事をお嫁さんにしてくれるって言ってました」
「・・・は?」
風馬は一瞬、とんでもない爆弾発言を聞いた気がした。
いや、昨今を考えれば、そういう関係も駄目と言う訳ではない。
(まあ、当人同士が良いのなら良いのか・・・)
風馬は自身を納得させると旨そうに甘口麻婆豆腐定食を食う沙織里を見やる。
沙織里は本当にここの麻婆豆腐が好きなのだろうと言う事がよく解る食いっぷりであった。
そして、完食して一呼吸置くとキッと風馬を睨む。
「食べながら聞いてましたが、わたくしと光癒ちゃんはそう言う関係ですわ!
殿方など餓えた獣ですもの!光癒ちゃんはわたくしが守りますわよ~!」
「ああ。はいはい」
「ちょっと!その態度はなんですの!」
「侍は主君と恋愛とかしちゃいけないし、手を出しちゃいけないんだよ。つまり、俺は沙織里ちゃんの恋敵になるとか、そう言う関係にはならないの」
「──えっ?そうですの?」
沙織里は拍子抜けしたような顔をすると風馬は「そうそう」と返す。しかし、何故かそれが沙織里をより興奮させた。
「そう言うのがあるのにあんな公の場で光癒ちゃんとチ、チューをしたんですの!?」
「ん?ああ。あれは俺も驚いたけれど、あれが光癒ちゃんなりの答えみたいだし」
「それで片付けてしまいますの!?」
「まあ、侍なんて使われてなんぼだし、そんな驚く事なのか?」
怒りを通り越して呆れる沙織里に風馬があっけらかんと答え、沙織里は脱力する。
「はあ。もう良いですわ。わたくしと光癒ちゃんの恋路の邪魔をする障害だと思ってましたが、実際は違うのですね」
「ところで沙織里ちゃん。今日はどうしたの?」
「おっと、そうでしたわ。光癒ちゃんと冬休みの宿題をと思ってましたの。きっと陰陽師の勉強とか、よく解ってないでしょうから」
「相変わらず、沙織里ちゃんは優しいね?」
「当然ですわ。わたくしと光癒ちゃんは運命の糸で結ばれてますもの」
「えへへ」
本当に意図が解っているのか、風馬は光癒が心配になったが、沙織里も強引な手は使わないだろうと思い、風馬は窓に映る青い空を眺める。
───
──
─
「──何故、あなたもついて来るのですか、風馬さん?」
「俺の事は気にせんでくれ。あくまでも怪異があった時に即座に動けるように気を張っているだけだから」
「・・・ふむ。では、今回はお二人の為になる事を教えて差し上げるとしましょう」
「は~い!」
無邪気な小学生のように元気よく返事をする光癒を尻目に風馬は部屋の片隅で目を閉じ、刀を手に瞑想する。
「ちょっと風馬さん。あなたにも関係ない話ですよ。きちんと聞いて下さいませ」
「・・・風馬さん、お腹いっぱいで眠いの?」
「いや、聞いているし、眠っている訳じゃないよ。主君の片隅に座して控えるのも侍の務めなだけだから」
そう風馬が返答すると沙織里が「そこからですか」と何か考え込む。
「どうやら、風馬さんは侍の主君の護衛定義が改正されたのをご存知ではないようですね?」
「・・・え?いまって違うの?」
「ええ。やはり、ご存知ないのですね。昨今の侍は主君の盗撮などの所謂、バカッタレーによるネットタトゥーの被害が多く存在するので令和4年──つまり、去年から主君護衛定義が話題になりましたのよ。
例えばですが、いまの状況のように異性の主君に必要以上について廻るのも主君に対して信頼関係の問題視──或いは普通にストーカー罪になりますわよ」
「そうなのか・・・それは知らなかったな」
「まだ新しい改正案ですから浸透に時間が掛かっているのでしょう。光癒ちゃんが主君でなかったら即座に切腹解雇モノだたかも知れないですわよ」
切腹解雇。それは侍にとって最も避けたい解雇の仕方である。
無論、江戸初期のように本当に腹を切るのではなく、切腹解雇と言う一覧に記載される。
これをされた侍は侍としての仕事を後々も出来ず、再就職などで侍をする事が不可能になる。なので今の風馬の状況も宜しくない事になる。
「流石にそう言う事なら出ていくよ」
「お待ちを風馬さん。侍の有無を決めるのは主君が決める事ですわ。勝手に離席するのも良くありませんのよ」
「そうなのか。難しいなあ」
「ええ。主君の選択幅が増えましたが、侍には些か不利な定義ですわ。ですので新たに侍の主君護衛定義第3条が代わりに改正されてます。侍は主君が判断上、護衛を必要としない判断を下した場合、非常事態に陥った際は自己責任となる。この場合、主君を守れなかったとしても侍は切腹解雇にはなりませんわ」
「へえ。勉強になるなあ」
「──と言う訳で光癒ちゃんはどうしますの?」
「ふぇっ?」
急に話題を振られて光癒は悩むようにこめかみを人差し指で押さえながら考え込む。
「それって大変な時に風馬さんがいないって事?」
「簡単に言ってしまうとそうなりますわ」
「それはダメ!」
光癒ちゃんは単純で本当にわかりやすい。本当に沙織里ちゃんと同じ高校生なのか?──とは言え、改正の話もあるし、もう少し踏み込んでおくか。
「いいの?──光癒ちゃんが沙織里ちゃんと内緒話の時も俺がいて?」
「え?う~ん。そしたら、風馬さんも一緒に聞いちゃえば良いだけじゃないの?」
「いや、女子の内緒話に男が入ると困る時とかあるでしょう?」
「そうなの、沙織里ちゃん?」
「それを判断するのも侍の主の務めですわよ、光癒ちゃん。わたくしとしては光癒ちゃんがどんな判断をしようと文句は言いませんわ」
沙織里は「ファイトよ、光癒ちゃん」と言って、うんうん唸る光癒を見守る。
しばらく、考え込んでから風馬に小首を傾げる。
「風馬さんはどうしたいとかあるの?」
「侍は主の剣だ。つまり、俺は主君である光癒ちゃんの剣になる。光癒ちゃんの命令ならそれに従うだけさ」
「・・・めいれい?」
「まあ、光癒ちゃん次第って事さ」
「む~っ」
風馬が光癒にそう言うと光癒は納得いかないようにむくれる。
「それって、なんかズルいですよ!
それにまるで風馬さんは考えなくて良いみたいな言い方は良くありません!」
「いや、そうは言ってもなあ」
「決めました!風馬さんは私がダメとか言わない時は自分で考えて判断して下さい!
それが私からの命令です!これなら文句ないですよね!」
光癒の導き出した答えにさしもの風馬も困り果ててしまうが、しばらく考えた後に浮かせた腰を戻して正座する。
「あら?出て行きませんの?」
「俺も学ぶ事がありそうだしな。光癒ちゃんがダメって言うまでは一緒に勉強させて貰うさ」
「殊勝な心掛けね。うちの侍にも学んで欲しいくらいだわ」
「そう言えば、沙織里ちゃんも侍がいるみたいな言い方だったな?」
「あら?わたくしとした事が言ってませんでしたっけ?」
そう言うと沙織里はパンパンと手を叩く。すると赤い羽織りを着た少女が入り、風馬を見据える。
「わたくしのお侍の赤松フジキちゃんよ。フジキちゃん、わたくしのフィアンセとお侍さんにご挨拶を」
「うっす。赤松フジキっす。お嬢がお世話になってます」
そう言うとフジキは一礼して間合いを測る。
そんなフジキを見据えて風馬は正座をやめ、片足を浮かせる。
──次の瞬間、見えざるやり取りがあった。
剣を極めた者同士の間合いの探り合いである。
しばし、見詰めあった後、先に目を伏せたのは風馬の方であった。
「あら。フジキちゃんの方が強かったらしか?」
「まあ、五撃差くらいと言ったところだ」
風馬がそう言うと沙織里をクスクスと微笑み、何も解らぬのは光癒だけであった。
「えっと、はじめまして、フジキちゃん。私が陰陽師見習いの天月光癒です。それからこっちが私のお侍さんの風馬さんです」
「・・・宜しくっす」
「フジキちゃん。とりあえず、今回は顔合わせ程度で許して上げて頂戴。今後、協力し合う間柄になるでしょうから」
「・・・了解っす」
そう言ってフジキは部屋を出ると同時に膝をつく。
(即死になる斬撃の可能性だけで五撃以上の差か・・・流石は役場で侍経験があるだけあるっす。此方は動画予習している身なのにも関わらず、ギリギリ一太刀入れれるかが限界だったのに・・・)
フジキは冷や汗を掻きながら自信をへし折られた挙げ句、風馬に敵視もされなかった事に独り笑う。
いつか、あの男と死合う事も面白いと思いながらフジキはその場を離れる。
───
──
─
「フジキって言ってたな、いまの侍・・・フジキとはどう言う関係なんだ?」
「どうもなにも将来、わたくしの侍になりたいとおっしゃっていたので侍にして上げただけですわ~」
「薄々、気付いていたけれど、沙織里ちゃんってレ──」
「それ以上はシャラップですわ!
それに光癒ちゃんは何も知らないからこそが良いんじゃなくて!」
色々とツッコミたいのをグッと堪え、風馬は再び座り直す。
「・・・確かに光癒ちゃんは何も知らない方が良いのは確かだな。天使からギャル化したら光癒ちゃんじゃないし」
「流石は光癒ちゃんのお侍さんですわ。なんのかんの風馬さん──いえ、風馬様もきちんと解って下さるのね?」
「あと、沙織里ちゃんについて解った事がある。沙織里ちゃんって、まんてんば──」
「それもシャラップですわ!あの方はわたくしなど足元にも及ばぬ存在!軽々しく名前を言ってはいけない方なのですわ!」
「そこまで尊敬しているのか・・・」
「ええ!真似して胃カメラをやった時は流石にキツかったですわ~!」
(ああ。これはもう尊敬って言うか、崇拝している人間の目だわな・・・ツッコミ入れても良いけれど、主君の友人を貶めるのは侍の流儀に反するか)
風馬は沙織里が名前を言ってはいけないと言ういま人気急上昇中の電脳Yチューバーの事を思い浮かべながら、そのYチューバーによく似た髪を靡かせながら目を輝かせ、思い馳せる沙織里を観察する。
一般の女子高生が金銭面でコツコツ貯めて真似る努力はしたのだろう。
性癖が歪んだきっかけは定かではないが、同性愛にもある種の美を感じているのかも知れないと風馬は沙織里の思考や有言実行な姿勢を見ていて思うのであった。
そんな風に風馬が沙織里を観察していると光癒が風馬の袖を引っ張る。
「風馬さんは沙織里ちゃんの名前を言ってはいけないあの人が誰なのか解るの?」
「ん~・・・解るには解るんだが、光癒ちゃんには刺激が強すぎると思うから教えられないなあ」
(初手で胃カメラを配信で載せたあの伝説回とかは流石に光癒ちゃんでもドン引くだろうし、沙織里ちゃんの名誉の為にも黙っておくか・・・)
風馬は「折角、教えて貰えると思ったのに」と残念がる光癒の頭を撫で、「そのうち、解るさ」と言って、その場を濁す。
そんな風馬と光癒を見て、沙織里は面白くはなかったが、風馬に助け船を出されたのも事実である為、不満げな顔をしつつ黙っている。
「沙織里ちゃん。お勉強の続きしよう?」
「光癒ちゃんは本当に良い子ですわ~!流石はわたくしの運命の人になる天使のような光癒ちゃんだからこそ、獣から光癒ちゃんを守らなくてはと言うわたくしの使命感が滾って来ますわよ!」
そう言うと沙織里は何故か風馬を見据える。
「──と言う訳で風馬様!光癒ちゃんに天使を見た者同士、これからも共に光癒ちゃんを守って参りましょう!」
「未だに色々とツッコミたいところはあるけれども、主君である光癒ちゃんとその友人を守るのも俺の務めだ。謹んで承った」
こうして、光癒を守り隊が結成され、沙織里がリーダーになり、風馬が副リーダーに任命される事となる。
そんな意気投合した二人を見ていた光癒は相変わらず、よく解ってないらしく、「お勉強は?」と二人に質問するのであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる