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一晩経って1

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翌朝、慶は昼を過ぎてから大学へと向かった。
 一晩寝て体力は回復したものの、身体の軋みは和らいだ気はしない。それでも無理をして大学へ足を向けたのは、もちろん兵藤のことが気になったからだ。
 兵藤はきちんと起きて、ラブホから出られただろうか。部屋を出るときに自分の財布から札を置いてはいったが、兵藤はそこがどこかも分からないだろう。目が覚めたら知らない部屋にいた、というのはさぞ驚く経験に違いない。
 兵藤が今日、講義があるのかは知らなかったが、もしあるとするなら、兵藤がサボることはきっとないだろう。たとえ二日酔いだったとしても、それはしっかり管理できなかった自分の責任だとして、やってくるに違いなかった。兵藤という堅物はきっとそんな男だ。
「まあでも、学部が違うし。すれ違うかもわかんねぇけど」
 そのときはそのときで、適当な法学部の生徒を捕まえて兵藤が来ているか聞けばいい。安否の確認さえできればそれでよかった。
 慶が重い足取りで歩いていると、次第に大学の正門が見えてくる。いつも通り警備員が人の出入りに目を走らせているが、門の側に立っているのは警備員だけではなかった。
「……兵藤?」
 慶は目を凝らしてもう一度その人物を見る。……間違いない。それは兵藤清正、探していた人物だ。
 兵藤は警備員の横で腰の後ろで手を組み、仁王立ちで誰かを探すよう鋭い目線を走らせている。その姿は警備員よりもよほど警備員らしい。横に立ついつも厳格な警備員が、ちょっと戸惑いを隠せていないくらいに、威圧感では負けていない。キャンパスメイトもそそくさと兵藤から距離を取ろうとするくらい、関わりたくないと思える光景がそこにはあった。
 姿勢が良すぎることが兵藤の威圧感の最大の原因であったが、今日はそれを引き立たせている原因がもう一つ。
 慶を含め、カジュアルな服装のキャンパスメイトたちの中で、兵藤だけがスーツを着ていたのだ。
 大学生ならばまだ服に着られる状態が普通のスーツを完全に着こなしており、それはまさしく男の鎧……兵藤で例えるならば甲冑が似合うだろうか。経験豊富な社会人と言われても疑わないくらい、それは板についている。
 問題はなぜ兵藤がスーツ姿なのか。大学生なのだ。就職活動で着る機会は確かにある。だが今日の兵藤に至っては、どうも就職活動とは思えない。出会って一晩しか経っていないが、兵藤清正という男が常人と違うということはすでに理解している。鬼気迫る表情で人を探す兵藤は、就職活動からほど遠いところにいる気がした。
 慶は兵藤を探していたし、どこまで昨日の出来事を覚えているのか確認したいと思っている。だが正直に言えば、この状況で兵藤とあまり関わりたくない。多分、関わりたいと思う人間はいないだろう。非常に面倒臭いことになるのは目に見えている。
 今日は兵藤の安否が確認できただけでいい。慶は兵藤に見つかる前にその場から立ち去ろうとした。だがそれは叶わなかった。
「佐倉!」
 兵藤の張りのある声が、慶の名を呼ぶ。
 慶は驚き小さく飛び上がった。慶の周囲にいた生徒たちは自分とは関係ないと言わんばかりに足早に去っていく。……慶に少し同情したような眼差しを送りながら。
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