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田中ライコフ

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乗り気しない相手

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 その夜、待ち合わせ場所にいた男は叶真よりも十以上年の離れた、スーツ姿の冴えない男だった。
 仕事帰りなのか皺の入ったスーツは随分とくたびれ、仕事の出来るサラリーマンには到底見えない。年齢や風貌は大体聞いていたが、それでも少し失敗したかな、と叶真は来て早々に後悔する。
「……君が、トーマ君?」
 男の方も叶真の姿を見ていぶかしんだ。肉食系で元タチのネコと伝えてあったが、想像以上だったのだろう。叶真は男よりも身長が高く体格もよかった。
「君、ほんとにネコ……だよねぇ? 僕は後ろを貸す気はないんだけれど」
 咄嗟に鞄で尻を隠した男に叶真はイラッとする。たとえタチとして機能しても冴えない男を無理やり犯すような気はまったくない。
「……ネコは俺でいーよ。掲示板でも書いたけど、俺は元タチなの」
「元、ね。もったいないねぇ。君みたいな若くてかっこいいタチならモテただろうに」
 実際相手に不自由していなかった叶真はそれを特に否定しない。
 見た目も話し方も好みでなく、叶真は帰りたい気持ちで一杯だったが男は意外に乗り気だった。叶真が本当はタチではと心配していたが、それ以外はお気に召したようだ。マゾ気質があると言っていた男は、既に叶真に攻められる妄想をしているのか、興奮しているように見える。そしてそれが更に叶真の気持ちを萎えさせた。
 やっぱり止めると言って帰ろうかと考えたが、ごねられて人目につくのも嫌だった。手早く済ませて二度と会わない。それが一番いいだろう。
 そうとなれば早速場所を変えようと提案するが、男は歯切れの悪い言葉を並べ移動しようとしない。
 ヤる気がないのならそれも好都合だと叶真は男に別れを告げようとする。だが去ろうとする叶真に気が付いた男はそれを引きとめ、耳元で意外な言葉を囁いた。
「……は? 外でヤりたい?」
 言われた言葉が頭に入らず、叶真は男の言葉を復唱する。そして言葉の意味を理解するとそれは嫌だと拒否をした。
 以前の叶真ならば外でのセックスも解放的で好きだった。他の男がなだれ込み、乱交することになってもある程度は楽しめる。だがそれは以前のことだ。キョウスケに襲われてから何が起こるかわからない外でのセックスは極力避けたいと思うようになった。二度と犯されるようなことは御免だ。
 だが叶真が酷い目にあったことなど知らない男はそれでもしつこく食い下がる。誰に見られるか分からないセックスは男にとって最高の興奮材料らしい。
「じゃあフェラだけでいいから! 外でしてくれないかな」
「フェラって……あんた仕事帰りでシャワーもまだじゃねぇの。そんなもん銜えろって?」
「下は綺麗に洗ってきてるから! だからさ、頼むよ。外でしてくれたら後は君の言うことをなんでも聞くから!」
 必死で頼むあまり縋りつかれる体勢になっており、それが周りの目を引いた。ただでさえ大人の男同士が身を寄せ合うのは不思議に思われるというのに、叶真と冴えない男では更におかしく見られる。
「あー、もうっ。しつこい野郎だな。分かったよ! 分かったから離れろ!」
 叶真が承諾したのを確認すると、男は叶真の腕をとり、いい場所があるんだと足早に歩いていく。
 男が叶真を連れて行ったのは待ち合わせ場所から近い、駅ビルの中にある男子便所だった。この場所がハッテン場として使われていることを叶真は知っていたが実際に使うのは初めてだ。
 幸い中には誰もおらず叶真は安心する。男は少々不満そうだったが、誰か来るかもしれないという期待があるのだろう。スラックスの前が膨らんでいるのは気のせいではない。
 入り口から一番遠い壁際に立った男は待ち焦がれた目で叶真を見た。
「……せめて個室に入ったりとかしないわけ?」
「個室に入っちゃったら誰か来ても見てもらえないじゃないか」
 男のような趣味のない叶真にとって理解できない主張だったが、仕方なく男に従うことにする。外で口淫すればなんでも言うことを聞くと言ったのを叶真は覚えていた。男をイかせた後は、やはりこの話はなかったことにしてもらおうと考えている。とてもこの男とベッドを共にしたいとは思えなかった。そのためにも男に従うのが賢明だ。
 叶真は男の側まで行くと膝を折り、スラックスに手をかける。用を足す便所で膝をつくという行為は嫌で堪らなかったがそうしないと口淫ができない。
 スラックスの前を開け、下着をずらすと半分勃起した状態のものがまろびでる。サイズは至って平均的だがキョウスケの劣情を見た後では随分小さく感じられた。
 洗ってきたと言っていたがそこからは独特な雄の匂いがし、叶真は顔を歪める。それでも勇気を出し、口の中に入れようとしたその時、なにもしていないというのに男の性器がぴくりと反応した。口淫される期待からそうなったのかと思ったが、男の視線を見ればそうでないことは一目瞭然だ。
 便所の入り口付近に誰かがいる。男の視線がそう言っていた。見られていることに興奮しているのだ。
 叶真にとっては最悪な状況だ。用を足しに来た一般人ならばこんな現場を見たことに同情するが、ゲイならば交ざりにくる可能性がある。今晩の叶真にもうそんな気はない。
 一体どんな人物が来ているのか。叶真は男の視線を辿った。
「……っ」
 便所の入り口にはやたらと存在感のある男が腕を組んで叶真達を見ている。男はその人物を誰かは知らないだろうが叶真はよく知っていた。間違えるはずがない。キョウスケがそこにいた。
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