4 / 61
第四話 王太子は疑念を抱く
◇◇◇
貴族学園で初めて婚約者と顔を合わせた日のことを、リュシアンはよく覚えている。
マリア・リヴィエール。
公爵家の嫡女に相応しい、華やかな容姿を持つ少女。整えられた金髪、よく笑う唇。社交界で称賛される理由も、理解はできた。
――だが、それだけだ。
彼女の言葉の端々には、常に棘があった。身分の低い者に向けられる、露骨な嘲り。自分の血筋や美貌を、無意識のうちに誇示する癖。
「あなたには分からないでしょう?」 「平民には身の程というものがありますのよ」
そんな言葉を、悪びれもせず口にするのを目の当たりにするたび、胸の奥に冷たいものが積もっていった。
王太子として、感情で人を判断してはならない。そう自分に言い聞かせても、辟易とする気持ちは抑えきれなかった。
特に、公爵家の養女、アリサ・リヴィエールに対する態度は、目に余るものがあった。
人前での叱責。必要以上に厳しい言葉。ときには、王太子であるリュシアンの目の前でさえ、露骨な敵意を隠そうとしない。
(なぜ、そこまで彼女を虐げるのか。それに、リヴィエール家はなぜわざわざ嫡子と同年代の養女を迎えたんだ?)
疑問は、自然と湧いた。公爵家には嫡出の娘がいる。それにも関わらず、わざわざ孤児院から子どもを引き取り、養女として育てる理由があるのか。慈善にしては、扱いがあまりにも歪だ。
そして――その答えの一端に触れたのが、あの日だった。噴水の前で初めて、はっきりと見たアリサの顔。伏せられていた髪が光を受け、微妙に色を変えた瞬間、リュシアンは息を呑んだ。
黒に見えて、黒ではない。深い、深い青。
光の角度によって、わずかに青を帯びるその色は――
(……水の精霊に愛されし者の証)
大いなる水の祝福を受けたと伝えられている初代リヴィエール公爵も、光によって深い青に見える珍しい色を持っていたと記録に残っている。たまたま引き取った孤児の少女が、リヴィエール公爵と同じ色を持っていた?偶然だと片付けるには、無理があった。
「……調べる必要があるな」
リュシアンは、誰もいない執務室で小さく呟いた。これまで感じていた違和感が、一本の線として繋がり始めている。
嫡子と養女。光と影のような、リヴィエール家の二人の令嬢。
机の上に置かれた書類の隅で、白い猫が静かに尻尾を揺らす。金色の瞳が、リュシアンを見上げていた。
「リヴィエール公爵家には、隠された何かがある」
リュシアンは静かに立ち上がった。
貴族学園で初めて婚約者と顔を合わせた日のことを、リュシアンはよく覚えている。
マリア・リヴィエール。
公爵家の嫡女に相応しい、華やかな容姿を持つ少女。整えられた金髪、よく笑う唇。社交界で称賛される理由も、理解はできた。
――だが、それだけだ。
彼女の言葉の端々には、常に棘があった。身分の低い者に向けられる、露骨な嘲り。自分の血筋や美貌を、無意識のうちに誇示する癖。
「あなたには分からないでしょう?」 「平民には身の程というものがありますのよ」
そんな言葉を、悪びれもせず口にするのを目の当たりにするたび、胸の奥に冷たいものが積もっていった。
王太子として、感情で人を判断してはならない。そう自分に言い聞かせても、辟易とする気持ちは抑えきれなかった。
特に、公爵家の養女、アリサ・リヴィエールに対する態度は、目に余るものがあった。
人前での叱責。必要以上に厳しい言葉。ときには、王太子であるリュシアンの目の前でさえ、露骨な敵意を隠そうとしない。
(なぜ、そこまで彼女を虐げるのか。それに、リヴィエール家はなぜわざわざ嫡子と同年代の養女を迎えたんだ?)
疑問は、自然と湧いた。公爵家には嫡出の娘がいる。それにも関わらず、わざわざ孤児院から子どもを引き取り、養女として育てる理由があるのか。慈善にしては、扱いがあまりにも歪だ。
そして――その答えの一端に触れたのが、あの日だった。噴水の前で初めて、はっきりと見たアリサの顔。伏せられていた髪が光を受け、微妙に色を変えた瞬間、リュシアンは息を呑んだ。
黒に見えて、黒ではない。深い、深い青。
光の角度によって、わずかに青を帯びるその色は――
(……水の精霊に愛されし者の証)
大いなる水の祝福を受けたと伝えられている初代リヴィエール公爵も、光によって深い青に見える珍しい色を持っていたと記録に残っている。たまたま引き取った孤児の少女が、リヴィエール公爵と同じ色を持っていた?偶然だと片付けるには、無理があった。
「……調べる必要があるな」
リュシアンは、誰もいない執務室で小さく呟いた。これまで感じていた違和感が、一本の線として繋がり始めている。
嫡子と養女。光と影のような、リヴィエール家の二人の令嬢。
机の上に置かれた書類の隅で、白い猫が静かに尻尾を揺らす。金色の瞳が、リュシアンを見上げていた。
「リヴィエール公爵家には、隠された何かがある」
リュシアンは静かに立ち上がった。
あなたにおすすめの小説
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く
禅
恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。
だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。
しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。
こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは……
※完結まで毎日投稿します
※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。