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 騒ぎで大半の人は帰ってしまったけれど、お父さまの取り計らいで伯爵家と関係の深い貴族は残ってくれた。まさか、気を取り直して室内で演奏会をすることになるとは思わなかったけど。

 私は人が少なくなったことで気兼ねなく歌うことができてすっきりしたけど、侍女のいなくなったクリスティーヌはへこたれることなく、美しい歌声を披露する。なんて、面の皮が厚いのかしら。

「ああ、聖女さまのお声はいつ聞いても素敵ですね。心が癒されます」

 しかも、歌声だけで人々を虜にする。歌で対抗するのはまだまだ厳しいわね。聖女という肩書さえあれば違ったのかしら……? 

「お姉さまの方は聖女の座を奪うつもりなのかしらね。妹のクリスティーヌさまから?」

 伯爵家と親しい貴族たちにも私の悪評を口にする人はまだいるみたい。そうよね、親しいからこそ噂は広まるのよね。歌って踊るときぐらい、くだらない噂の一つも忘れることができないのかしらね。

 そうよ。聖女になってやるわよ。聖女が二人でも問題はない。国を守るのが役目なのだから。むしろ、クリスティーヌを早く排除しないと。

「アミシアちょっといいか……」

 お父さま、さっきまで威厳たっぷりに侍女たちを首にしたのに子犬のように小さくなっている。

「どうなさいました?」

「お前を見ているとな。いや、正確にはお前の魔法を見て思ったことだが」

 伏し目がちなお父さまが顔を上げてクリスティーヌと私を見比べる。今まさに歌がクライマックスを迎えて拍手が湧いているところだ。

 お父さまの言いたいことはなんとなく分かる。お母さまの面影を探しているのね。残念なことに私にはなくてクリスティーヌにはお母さまと似ている容姿がある。いくら魔法がお母さまと似ていても容姿の方を取るに決まっているわ。

「父さんにはお前の魔法は刺激が強すぎる。できれば、今度からは父さんのいないときにしてくれないか」

「ええ、危ないですもの。二度とやりません」

「火事のことはお前のせいだとはこれっぽっちも思っていないよ。ただ、思い出したくない過去を見るようでな」

「え? お母さまのこと?」

「物分かりがいいな。だが話してやれん。お前を傷つけてしまうからな。もちろんクリスティーヌにもな。だから、来るべきときまで待っていて欲しい」

 お父さまが私の髪をなでてくれた。こんなの――いつぶりだろう? お父さまの目が潤んでいた。お母さまはどんな最期だったの? お父さまも辛いのね……。
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