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「私の花火が失敗したように見せかけたいのね。なんて図々しい子なの」

 侍女をたくさん連れてきているわね。密偵に送ったフルールが私に目で合図を送ってくる。言いたいことは分かった。クリスティーヌが侍女たちにさりげなく放火させたんでしょ? 大丈夫よ。私なら平気。それに、フルールが逆らえない状況なら、私が火を消せば済む話じゃない。

 逃げ惑う人々。お父さまは来賓を屋内へと逃がしている。そのわきでバケツに水を汲んだ使用人たちが駆けずり回っている。

「コラリー、こっちにも水を持ってきて」

 ここで慌てて消火魔法を使うほど馬鹿じゃないわ。きっと私はまだ水の魔法は使えないだろうから。違う魔法を発動させたらそれこそクリスティーヌの思うつぼ。できないなら素直にできないまま、水で消火してやろうじゃない。

「ただいまそちらへ!」

 しかし、侍女コラリーが足を踏み出したとたん、水が降ってきた。

「嘘でしょ?」

 火災を仕組んだ張本人のクリスティーヌが水魔法で鎮火させた。

 嘘。あなた水魔法は使えないはずよね? 魔法に見えるように侍女たちが筒で水鉄砲のように背後から水でもまいてるの? 信じられない統率力。火をつけるためのマッチを持った侍女と水を持った侍女がいる。

 逃げ惑う貴族たちの混乱でほとんど誰もマッチポンプに気づかない。互いに折り重なって、手に持っているものを見えないように陣形を組んでいる。私をはめるために編み出した計画。私の扱える魔法が炎だと気づいた時点で練られていたと考えるべき――やるわね。でも、あなたのだって所詮は三流のエセ魔法じゃない? なすりつけられるほど、馬鹿じゃないわ。

 戸惑っているふりをして、クリスティーヌの侍女にわざとぶつかって倒れる。

「痛い」

 私は助け起こそうとしない侍女を睨みつける。その手からぽろりとマッチと水の入った筒を取りこぼした。

「あら、火の不始末が悪かったんじゃなくて?」

「こ、これはっ」

「コラリー、この人を捕まえて」

「はい、アミシアさま。ですが、これは!」

 クリスティーヌの侍女の腰回りからも油の入った瓶が見つかった。

「お父さま、これを見て下さい!」

「何だアミシア――一体どういうことだ……」

 私一人では全員を捕まえるのは無理がある。すると、気を利かせたフルールがほかの貴族を案内するふりをしながら、クリスティーヌの侍女たちに体当たりをかませた。

「こちらにお逃げ下さっあ!」

「きゃーーー!」

 何人か巻き込んで激しく転倒したけれど、貴婦人を巻き込むなんて勇気があるわ。貴婦人は転倒を免れたけど、下手をしたら本当に首よフルール。でも、その無茶をしてくれたおかげでクリスティーヌの侍女たちが各々手にしていた小道具が飛び出てきた。

「お前たち、これは一体なんだ?」

 お父さまが事態を把握した。クリスティーヌが主犯だとは思っていないようだけど、放火だと確信して侍女たちを指差した。

「この件に加担していないと女神イシュリアに誓える者以外、ここに残りなさい。処分を検討しないとな」

「待ってお父さま」

 フルールだけはなんとか無実を証明しないと。このころにはクリスティーヌは顔面蒼白で、いつ自分もお父さまに謹慎を命じられるか内心気が気でない様子。ほんといい気味ね。

「みんな動かないで。それぞれが落としたマッチ類の前から。あら、あなたは何も加担していないのかしら?」

 フルールは真剣な眼差しで私を見返してくる。だから、私に任せなさいという意味でウインクしてあげる。すると少し緊張がほぐれた面持ちをする。

「あの子の性分は知っています。以前、私のドレスを汚しましたから。粗相があったのは間違いないけれど、今回の件に関わっているとは思えません」

「どういうことだアミシア」

「あの子はミスは犯しますが、放火などの犯罪行為を犯すなどという愚かな判断はしません。それに、あの子のマッチの箱を調べて下さい。ほかのマッチは全て使用された跡があるのに、あの子のマッチの箱の側面にはすられた跡もなければ、マッチの本数も減っていない。見たところ、みな新品のマッチを使っているようですし、本数を数えれば誰が何本使用したかも分かるはず」

「おお、アミシア、聡明だな。よし、その娘以外は全員今日を持って退職してもらう!」

 お父さま、いざってときの采配が素晴らしい。顔もいつになく凛々しくて目元が私と似ているって今はじめて気づいた。

 見て、クリスティーヌの侍女の半数近くが今日をもって首よ。明日から新しい侍女を雇うにしても、クリスティーヌの駒になってくれる侍女はもうほとんどいないも同然ね。

 フルール、それにお父さま、ありがとう。


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