笑って下さい、シンデレラ

椿

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肌を突き刺すような寒さの中、羽毛布団の隙間から手を伸ばして爆音と共に震えるスマホを引き寄せる。画面に表示されているのはアラームの停止ボタンと今日の日付だ。

12月12日。僕が新君の恋人でいられる最後の日である。


自宅の玄関を出ると、そんなに間を置かず新君も姿を現す。時間を示し合わせたわけでもないのに、運命の赤い糸は絶好調らしい。…それも今日で最後かと思うと、寂しさを助長させる要素にしかなり得ないけど。

「…昨日の、宙太の話だけど、」
「新君」

挨拶の後、浮かない顔をする新君から真っ先に鼠入君の名前が出て来たので、失礼だとは思いながらも僕は咄嗟にそれを遮った。

新君の目を見て懇願するように告げる。

「これは僕のわがままだけど、
──今日一日は僕の事だけを考えて欲しいんだ」

……あれ?「嫉妬しちゃうから鼠入君の名前は出さないで欲しい」っていうのを新君の負担にならないようマイルドに伝えようと思ってただけなんだけど、もしかしてちょっと言い方間違えた? なんか今すごい傲慢なこと言わなかった僕?
発言直後少し不安になりはしたが、新君が驚きつつも「……わかっ、た」と了承してくれたので良しとする。
心の狭い人間でごめんね新君…。

その日は新君の分の弁当を作ったりはしていなかったんだけどまたも新君は僕をお昼に誘ってくれて、例の階段で一緒に食事を摂ることが出来た。多分最後のボーナスタイムみたいな感じなんだと思う。
僕が鼠入君の話題を制限してしまったからか新君の口数は少なかったけど、何だかいつにも増して態度や行動が優しかった。例えば今日見た夢の話だったり、秀真に言ったら「反応に困るから話すな」と最初から切り捨てられてしまうようなくだらない僕の話を静かに聞いて頷いてくれるところなんか、慈愛が溢れすぎてて聖母か何かに見えたよ!!
告白する前からは想像すらしていなかった穏やかな二人の空間が嬉しくて、お腹が満たされて心なしか柔らかい表情の新君に視線を向けて貰えることはもっと嬉しくて、ついつい僕が話しすぎてしまった。
体感時間数分で、気付いた時には終了してしまっていた二人きりでの昼休み。この時間が永遠に続けばいいのに、なんて、今日以上に思える日が来るのか本気でわからないや。


特別な日だというのに、待ち遠しくも憎い放課後はいつもと変わらない調子でひょっこり訪れる。新君は今日も教室まで来てくれて、ありがたいことに一緒に帰ってもらうことも出来ていた。最後の思い出に放課後どこか出かけたり…なんて思わないわけでもなかったが、新君の負担になりたくなかったのと、僕自身もう充分新君の時間を貰っていた気でいたからこれ以上を求めるつもりは無かった。
だからこのまま家に帰れば、正真正銘そこで新君との関係は終わる。最後って言ってもこんなもんだ。映画やドラマの終盤で見るような大きなどんでん返しが起こるわけでもなく、降った雪がやがて全て溶けるみたいに、当たり前に、穏やかに、僕は元の生活に戻るのだろう。寂しいし、自分の想いが報われなくて悔しい気持ちもあるけどそれが現実で、むしろ僕に合っているとすら思う。
うん。最高の思い出になった!!




──さて、校門を抜けてから今までの帰路の途中、僕は一体いつ振られるんだろうかと緊張感で常時ビクビクだったわけだが、
…一向に新君からそれらしい言葉が出て来る様子が無く、流石に緊張疲れを起こしてしまいそうだ。

…も、もうすぐで家に着いちゃうんだけど、家の前で「じゃ、今日で終わり」って感じで解散するのかな?か、軽い。いや、重苦しい感じを求めてるわけでもないんだけど!
こう、一応12日っていう期限がある種の記念日的な……、ん…?──…12日?

そこで僕は、毎月恒例の母からの要望(という名の使いパシリ指令)を思い出す。
実は僕の母は新君の母親の元で週に2回程手芸を習っているのだが、12日はその月会費を支払う日だ。お金が絡むことなのだから当人同士でやり取りするのが普通だと思うが、どういうわけかある時を境にそれは息子である僕と新君の義務のようになってしまっていた。
つまり毎月12日の夕方、僕は自分の母の習い事の月会費を、その先生役の新君の母親…ではなく、息子である新君へと渡す。そんなひと手間もふた手間もかかる変な関係が随分前から出来上がってしまっていたのである。
普段話していないのだから当然そこでも会話などはなく、「母がお世話になってますと伝えてください」「はい」終了。こんなのが約数年続いているのはもう狂気だろう。でも僕は新君が大大大好きだったから、毎回ウキウキで新君家まで出向いてたんだけどね。

そんな訳で脱線した話を戻すと…、

もしかして新君、この後僕が新君の家に母親の月会費を渡しに行くからって別れを切り出すのを遠慮してるんじゃない!?別れた直後にまた会うことになったら僕が気まずい思いをするからって配慮してくれてるんじゃない!?というわけである。
なんて出来た人間なんだ新君っっ!!僕ってやつはここ数日新君と親密(?)に話せていたからって、あれだけいつも期待していた12日の薄いやり取りが霞みに霞んで挙句の果てに忘れかけてたくらいなのに!!


新君にそんな気遣いをさせてしまうなんて情けない…!ここは僕が率先して切り出すべきだ!

「新君!!」
「!?」

もうあと数歩で新君の家に差し掛かるというところで、僕は決意を固めて新君の名を呼ぶ。
新君は隣で急に大声を出されて驚いたのか、一瞬ビクリと大きく肩を揺らしてから丸い目のままこちらを凝視した。
びっくりさせてごめんね!

「今日まで付き合ってくれてありがとう!
毎日新君と話せて、恋人としてデートもできて、僕、今までの人生1楽しかったし、嬉しかった!」
「…は?」
「沢山迷惑かけてごめん!不機嫌にさせちゃってごめん!それでも僕を今日まで見限らないでくれて本当にありがとう!」

短くて、でも一生忘れられないくらい濃かった数日間を思い返しながら、僕は新君に精一杯の感謝を伝える。
本来あり得なかった新君との恋人関係、それが叶ったのは、そして12日まで続けられたのは全て新君の許容があったからだ。好きな人の好みに近付きたい、ただそれだけの一途な目的のために、新君が僕の一方的な想いを受け入れてくれて許してくれたからこの今がある。

でもこれからは、その新君の優しさと努力はちゃんと新君の想い人に向けてあげて欲しい。
相手が僕じゃないのは悔しいけどさ、僕は新君に報われて欲しいんだよ。
大好きな人には、世界中の誰よりも幸せになって欲しいんだよ。

あの日、下駄箱で泣く新君を見て、その涙を晴らすことが出来るならどんなことだってしたいと、どんなことだって出来ると思ったあの日から、その気持ちは1ミリだって変わっていないのだ。


「じゃあね、新君」


悲壮感を感じさせないように、僕はちょっとだけ強がった笑みを向ける。
ちっぽけなプライドだと言ってくれるな。だってもしここで僕が心のまま泣き喚いたらどうなると思う?近所に僕の奇行が知れ渡って一家村八分になりかねんぞ??
堰を切りそうな心の汗、もとい涙を留めておくのに全力を注ぐ僕。正直早く自室のベッドに飛び込んで心のまま泣き叫びたかったのだが、新君を見送るまでそれは出来ないと一丁前に見栄を張って耐えていた。

……しかし、なかなか家の中に入ってくれないな新君。というか固まってる…?

『突然意味不明なことを言われて理解が追いつかず呆然とする人間』を体現したような反応をする新君に首をかしげていると、彼はしばらく後に大切な事を確認するみたいにゆっくり呟いた。


「お前もしかして、…今、俺のことフった?」

「え?う、うん?いやフったっていうか…、12日で終わり、だよね?」


両者の間にテンテンテン、と沈黙が走る。


「は!?フるなよ!!」
「!?」

ビクゥ!!
先程とは逆に、今度は僕が新君からの大声に驚かされてしまった。

や、やば…、もしかしてプライド傷つけた?

新君の中でもう既に、何かしら僕をフる流れのようなものを決めていたのかもしれない。そして僕がその計画を知らずにフライングしちゃったからブチンと来ちゃった感じ??
様々な想像を頭の中に巡らせて焦りながら新君に視線を向けると、なんと彼の瞳には薄っすら水の膜が張っていた。

ギシリ、思わず自分の身体が強張る音がする。

え、な、泣い、て……?

「真白が!!言ったんだろ…っ、経験豊富な男がいいって!!だから俺は…、っ!
12日に終わらせるのも、だってその日はお前に会うからっ、集中しねえとだからで…、」

……えっと、…えっと?

新君が色々と言ってくれているが、僕は情報が処理できずにポカンとアホ面を晒すばかりである。

経験豊富な?言ったっけ?いつ?あと12日に集中って何??
というかもしかしなくても今名前呼ばれたな??『真白』だって!!覚えられてた!!やった嬉しい!!喜んでる場合じゃないけど!!

外見は呆けたアホ面、脳内は盛大に脱線して大事故。そんな反応の薄いポンコツな僕を、新君は潤んだ目でギッと睨みつけて続ける。

「告白してきたのはそっちだろ!?俺の事が好きなんじゃないのかよ!!」
「すっ、好きですけれどもっ!」
「っ……!!」

反射的に返した言葉に、咄嗟に息を詰めた新君の頬がカッと上気した。その急激な変化に「あわや窒息か!?」と本気で心配して慌て出した僕を、新君は鬱陶しがるような、または苛立ったような表情で眺めて、その後「じゃあ何で…、」と一気に力なく肩を落とす。

しかし数秒も経たない内に、しょぼくれていた新君は突如何かに気づいたようにハッとして、

「まさかあの優男先輩に乗り換えるつもりじゃないよな!?」
「優男…あ、戸田先輩!?何故!?」

勿論、違う違う!!と即座に首を振って否定するが、どうやら僕は一瞬で新君の眼中から排除されてしまったようで、一向にその思い込みを正してくれる様子がない。

聞いて!?



「~~っ、こっちはな!!小学生の頃からお前の事が好きなんだよ!!
高校で初めて会ったような、ちょっと頭が良くて優しくて年上なだけの先輩とは年季がちげーの!!

真白に探してもらった靴は今も大切に仕舞ってあるし、好きな食べ物とか、趣味とか、何を大事にしてるかとか、好きな教科も、気に入ってる場所も、全部全部ずっと見てたから知ってる!!
……知ってて…確かに何も出来てないけど…!」


──あれ??これ僕まだ夢の途中??


「ちゃんと真白に笑ってもらえるように頑張るから!
だから…、っ、だから別れるとか言うな!!

あと手繋ごうとするの避けんなーー!!」


気持ちが高まったせいか、途中からポロポロと涙を流し出した新君は、そのまま感情を剥き出しにして叫ぶ。まるで子供の癇癪のようなそれを酷く愛おしいと思うのは、惚れた弱みなのだろうか?


どうしよう。

手先は冷たいのに、代わりにそこの熱が全て集まったかのような顔面が燃えるように熱かった。僕は、胸からせり上がってくる何かが邪魔をして上手く呼吸が出来ず、ひとまずハクリと白い息だけを吐き出す。


こんな、僕に、僕だけに都合が良い事があって良いのか?


絶賛混乱状態で、頭だって真っ白だ。
だから多分、かける言葉も、やるべきことも他にいくらだって最適なものがあったんだろうと思う。

でもそんなことを考える前に、僕は真っ先に新君の涙を止めるために駆け寄っていた。



だって、僕が本当に見たいのは君の泣き顔じゃなくて──、


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