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しおりを挟む「案外簡単に済んで良かったですね」
「お前は感想を言う前にそのみっともない格好をどうにかしろ」
「誰の作戦でこんなことになってると思ってんだ!ちょ、目逸らすな!俺が不審者みたいじゃないですか!」
「寄るな不審者」
ひどい言われようだ。俺結構頑張ったのに。そっぽを向いたまま視線すら合わせてくれない。
……まあ、服を脱がされ、貞操帯のみという完全にアウトな見た目をしているのは認める。
文句を飲み込みつつ、俺が床に投げられていた自分の服を拾って着直していると、今回の被害者である織笛がこちらへと駆け寄ってきていた。
「応援を頼んでいたんですね。助かりました先輩。ぼく……、怖かった…っ」
「止まれ」
俺に抱き着いて来ようとしていた織笛を止めたのは茨さんだ。
まさか止められるなんて思っていなかったのか、乱れた制服で涙ぐむ織笛は、驚いたように目を瞬いて、
「お互いを慰め合うための抱擁も規定違反ですか?二度はないと言われましたが、こんな時くらい……」
「お前の事も調べはついている」
「え?」
「律」
茨さんが呼びかけると、倉庫の奥側から物音が鳴り出す。
間を置かずドッ!と何かを突き飛ばすような衝撃音がして、それと同時、俺たちの目の前に転がってきたのは、縄で手足を縛られ口も塞がれた状態の見知らぬ男子生徒だ。
その更に奥からは、白い防護服にマスク姿という異様な格好の小柄な生徒が現れた。
彼は片手に高価そうなカメラを掲げて告げる。
「隠し撮りをしようと潜んでいた生徒は確保済みです」
「よくやった。律」
「はい、委員長!」
茨さんから賞賛を受けた防護服の生徒、律ことプリッツは、目元だけしか見えないその姿でも明らかに喜色が滲む表情と声で返事をして続けた。
「体育館倉庫も下見の段階ではものすごく汚かったのですが、こんな不衛生なところに委員長を招くわけにはいかないと思い、この律、事前に全て拭き上げてアルコール消毒も行っております!」
「お前か!通りでなんかアルコールの匂いすると思ったよ。てかその格好何?」
「副委員長には話しかけてないので黙っててください捏ねてハンバーグにしますよ」
「その殺人予告もしかして流行ってる?」
俺に一瞥すらよこさなかったプリッツは、その視線を今まで置いてけぼりを食らっていた転入生へと向ける。
頭まで覆うクシャクシャナイロン地の防護服で、顔のまわりだけやたらきっちり絞っている決まらない格好とは裏腹に、彼はキリリッ、と至極真剣な様子で口を開いた。
「織笛 恋、あなたが入学前から漫画研究会に禁書の作成を依頼し、我が校の生徒に違反行為を教唆していた証拠は既に上がっています。今回の呼び出しも全てあなたの計画通り。不満が溜まっていそうな生徒に自身が襲われるよう刺激を与え、その現場を映像に残すことで、あなたを守れなかったBL粛正委員会と共に問題にするつもりだったんでしょう。汚い手を使って…卑劣なやつめ!やっぱりこの世は醜い人間だらけだ。うう…っ、マスク越しでも呼吸したくない!パパに言ってフルフェイスの防護服買ってもらおう……!」
突然の糾弾に、織笛は戸惑いの色を隠せない様子だ。眉を下げ、困った風に目線だけを上げたその庇護欲を誘うような仕草で控えめに告げる。
「あの、何を言っているのか……。カメラマン、さん?も知らない方ですし、そもそも、僕がそんなことをする理由がありません」
「しらばっくれるな!あなたがうちのライバル校、聖オルフェウス学院の理事長の息子だという調べはついているんです。我が校の評判が落ちればそちらに利益があるのは明白。小学生でもわかる理論ですよ」
「本当に僕、何もやってなくて……、そうだ、きっと誰かに嵌められたんです!信じてください林堂先輩!」
「だから誠一にベタベタするなと言っているだろう!」
俺に縋り付こうとする織笛と、それを止める茨さん。その小さな揉み合いの中で、俺はふと織笛の手元に視線がとまった。
よく考えもしないまま彼の手を取ると、自分の味方をしてもらえると思ったのかパッ、と明るい顔をした織笛と、反対にこちらを咎めるような茨さんの視線が一斉に突き刺さる。
「林堂先輩!」
「誠一お前…!」
「これ、──盗聴器?」
織笛の内袖に張り付いていたのは、親指ほどのサイズの黒くて精巧な粒型デバイス。これが本当に盗聴器かまでは判断できない。しかし、少なくとも隠すことを前提として作られたことがわかる、やましさ全開の機器であることは明らかだった。
織笛は一瞬表情を固まらせたものの、すぐに笑みを深くして軽い口調で返す。
「何でしょう。多分ゴマ粒だと思います。今日のお昼にそれっぽいもの食べたので。ずっと袖にくっついてただなんて、僕ってばうっかりさん!てへっ♡」
「いい加減見苦しいぞ転入生。諦めて処分を受け入れろ」
「……」
可愛く舌を出して白を切った織笛だったが、茨さんからの冷静な指摘を受けると流石に黙り込んだ。
しかしその数秒後、急に顔を上げた彼は、俺たちの背後を指さして大声で叫ぶ。
「あ、UFO!」
「「えっ?」」
「バカーーッッ!嘘に決まってるでしょう先輩方!?そんな古典的な罠に嵌まらないでください!」
突然指をさされたらついついその先を見たくなってしまうもの。
茨さんと二人してまんまと振り返ってしまっていると、その顔を戻した時にはもう織笛の姿は跡形もなかった。
騙されずいち早く動き出していたらしいプリッツが、倉庫を出て逃げ出した彼を追っていたが、防護服で走りづらいのか、やけに足元をもたつかせて全くスピードが出せていない。
そして、慌ててその後を追う不甲斐ない俺達先輩二人が追いつけてしまったと同時、彼は「あっ」と情けない声を出して何もないところで盛大に転んだ。
「何自滅してんだプリッツーー!そんなの着てるからだよ!」
「僕が悪いんじゃない…!この世界があまりにも汚く醜いからーー!」
プリッツの嘆きを背中に受けながら、俺たちは迷わず織笛の追跡を優先した。
進行方向から考えて、織笛が向かっているのは校門。しかしそこは、守衛の目を搔い潜らなければ突破できない場所。つまり、行き止まりだ。
──追い詰めた。
俺たちがそう確信した矢先、目に飛び込んできたのは、校門の高い柵を素早く上る織笛の姿だった。
そうだった…!すっかり忘れてたけど、こいつ初めて見た時もサルみたいに軽々柵を越えてたんだった…!
危なげなく頂上に立った彼は、すぐに反対側に降りることはせず、下方にいる俺たちを悠然と見下ろす。
「あーあ。上手くいくと思ったのに、変人ばっかりだったから調子狂わされちゃったよ」
織笛は、いつもの丁寧でたおやかな雰囲気とは違う、どこか妖しい笑みを浮かべて言った。
「今回は引き上げるけど、オレ、諦めてないから。オレが君たちの学校を潰すまで、つまらない不祥事なんて起こさないようしっかり秩序を守ってね。BL粛清委員会サン♡」
ひらっと笑顔で手を振った彼は、そのまま軽やかに柵から飛び降りる。そして、事前に迎えを読んでいたのだろう、タイミングよく颯爽と現れた車に乗り込むと、すぐに姿が見えなくなった。
こうなればもう俺たちの手に負えないのは明らかだ。
柵を掴んだ茨さんが、その先を見つめながら「逃げられたか…」と悔しそうに呟く。
その横で、俺は同じく神妙な顔をしながら、まったく別の理由で心を沈ませていた。
織笛を中心とし、長きにわたって見れるはずだった純愛BL、突然の終了…!!
出会いから少しずつ丁寧に育まれる恋心、胸キュンイベント、当て馬の登場で燃え上がる気持ち、すれ違い、成長しながら変わっていく関係性……。まだちょっとしか、漫画でいうとまだ2話ぐらいまでしか見れてないのにーー!!
嘘だろ…こんな早くに供給が途絶えるだなんて一体誰が予想できた。こんなことならもっと織笛を俺から突き放して、生徒会メンバーそれぞれと濃密な時間を過ごしてもらえばよかった…!いや、そもそも織笛の狙いにはBL粛清委員会の不祥事の捏造もあっただろうから、俺の近くにいたのも作戦の内だったんだろうけど……それにしても…っ!!
現実を受け入れきれず、喪失感と後悔の狭間でもがいていると、不意に、隣から静かな声が届いた。
「前も、お前は地雷だかなんだかを理由にして俺を助けたんだったな。……いや別に助けられてはなかったか。自分でどうにかしたんだった。お前はただ無意味に乱入してきただけで、違反者達に反撃されそうになって情けなく涙目だった。今回もそんな感じだった」
「何で急に俺こき下ろされてるんですか」
何だ?こんな時に思い出話か?よくわからないそのタイミングを不思議に思い、横目で茨さんを窺うと、彼も同じようにこちらを見ていた。
目が合う。
意外なことに、茨さんの表情はいつになく穏やかだった。
「なんだかんだ言っても、お前にはBL粛清委員の素質がある。生徒が安心できる環境を整えることこそが、この委員会の、俺達の使命だからな」
違反者を取り逃がしたというのに、どこか機嫌が良さそうなのが不思議だった。
光に透けた髪が眩しく反射し、チカチカと俺の目を焼く。そしてそれ以上にまっすぐで、こちらへの信頼が透けるような澄んだ瞳に、確かに胸の奥が熱を帯びる心地がした。
初めて会った時のことを、茨さんは一貫して「誠一に助けられた」という。勿論、その後に皮肉やこき下ろしもちゃんとついてくるのだが、多分、本当に茨さんの中で強く残っているのは、その「助けられた」の部分なんだと思う。
実際のところ、俺はそんな立派なことをした覚えはないし、茨さんが思うような正義感の強い人間でもない。
昔から俺は他人の恋路を物語のように消費して楽しんで、その実、関わる人をちゃんとした一個人として見れていないことを自覚している。レ〇プを許せないのだって、自分勝手な好みが世間一般の倫理観にたまたま合致していたというだけのこと。
でも、茨さんがそんな俺をよく思ってくれているのなら。俺にはない清廉さで、簡単に心を預けるような目を向けてくれるのなら。
俺は、その信頼が続く限りこの人のそばにいたいと思ったし、そこで俺に向けられる温かい眼差しを見続けていたいと思った。
茨さんにとって、価値がある人間になれたらいいと思った。
「そんなことより、俺のオアシスが消えてしまったことについてなんですけど……」
「……」
あ、眉間の皺が戻った。
一瞬無言になった茨さんは、次いで呆れたようにため息を吐いた。しかし、それがちょっと、いつもより棘がないように聞こえたのは、俺の都合のいい勘違いだろうか。
「男同士の純愛なら、ここでも摂取できるだろう。何かして欲しいことがあるなら言ってみろ。今回まあそれなりに働いていたしな。……褒美をやってもいい」
「褒美?」
茨さんの発言に、俺は下がっていた視線と気持ちをわずかに浮上させる。
そんなシステム初めてだ。え、どうしよう。BL粛清委員会の活動費でBL漫画とか買ってもらえるかな?学校の経費でいけるかな?何冊まで許されるかな?
瞬く間に物欲が思考を占領しだした時、茨さんはそんな俺の片手を掴み、ゆっくりと背後の柵へ押さえつけてきた。
あれ、デジャブだ。
「さあ言え。俺と距離を詰めたいか?手に触れたいか?……キスがしたいか?」
「いえ、それは結構なんで」
迫ってきていた茨さんの顔をもう片方の手で押しのけると、彼は、信じられない…!とでも言わんばかりの目で俺を凝視してきた。
そんなにか?
「お前…っ、全人類が欲情する俺という存在からのありがたい機会を…!?」
自己肯定感天元突破してるんだよな。これを無敵の人っていうんだろうな。生きるの楽しそう。
目の前で狼狽える茨さんを前に、馬鹿にしたようなことを考えながら、俺は彼を見上げて言う。
「俺、相思相愛の純愛が好きなんですよ」
「あ?」
「『俺だけ茨さんのこと好きで、茨さんは俺のこと好きじゃない』らしいですもんね?」
「……っ!」
突き合わせた顔をじっと見つめていると、それは徐々に血色を増していき、ぐっと何かを堪えるように眉間に皺を寄せた茨さんの喉の奥からは、低い唸りが漏れた。
「……ぅ、ぐ……っ」
「ぶふっ!」
思わず吹き出してしまった。
怒って殴られないうちに、と茨さんの腕の中から颯爽と脱出を図った俺は、校舎への道を進む。
「いやー素直じゃない人は大変ですねえ」
いつの間にか、オアシスが消えて沈んでいた気持ちは跡形もなく吹き飛んでいた。
それよりも、振り返った先でむっつりと口を引き結んだまま黙ってついてくる茨さんを見るのが面白くて、俺はまた笑ってしまった。
「あ、そういえば貞操帯の鍵ください。そろそろトイレ限界なので。……あの、え?ちょっと、返事してくださいよ。……もしかして怒ってるんですか?謝ります!謝りますから本当すみませんっっ!……あのぉ、俺結構ガチで我慢してて。嘘じゃなくて。……聞いてます?ってか鍵持ってます?持ってますよね?持ってんだろおいコラ無視すんな!!」
「委員長ー!副委員長ー!織笛はどうなりまし…っ、ふぎゃっ!」
「大丈夫か律ー。転んだのか律ー。絆創膏ならあるぞ律ー。」
「絆創膏じゃなくて鍵を出せって言ってんだよ馬鹿委員長!」
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