幽霊当主にご用心!

椿

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「すみません、お待たせしました!」
「随分時間かかったな。もう夜だぞ」

 準備のために一旦花ヶ崎の屋敷へと戻っていた俺は、必要な荷物を持って再び共有地へと足を踏み入れていた。
 あらかじめ灯された松明が揺れるその場所で、虎徹さんは目を閉じたままこちらに手を差し出し、「遅い!」と不満を口にする。
 先ほどまでの重装備はすでに外したようで、身軽な和装姿に戻っていた。
 狐神を御蔭さんから追い出すより、瑠璃宮様と対峙することの方が危険だってことか……?
 そんな考えを頭によぎらせつつ彼の手を取ると、ぱっちり目を開けた虎徹さんは、空いた手で俺の眼前にびしっと指を突き付けた。

「最初に言っておく。オレはオレ自身とオレの使用人の命が大事だ。……まあ、あとは、一応お前も。だから、『もうこれ以上は無理』とオレが判断したその時は、花ヶ崎さんの身体だろうが何だろうが関係なく狐神を封印するからな。……それは恨まないでくれよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」

 俺は虎徹さんに向かって深々と頭を下げる。ここまで率直に言い切ってくれる彼を、むしろ優しいと思った。
 そもそも、虎徹さんがここまで俺に協力してくれる義理はない。彼を脅迫していた張本人である御蔭さんもいないし、今や彼を縛るものは何もなく、本来ならこんな危険を冒す必要もないはずなのだ。
 その少しの躊躇いが顔に出ていたのかもしれない。虎徹さんは少し黙ると、独り言のようにぽつりと語り出した。

「……オレ、当主になる前は『神童』なんて持ち上げられて、それなりにチヤホヤされてたんだよ。でも、この屋敷に来たその日に花ヶ崎さんと会って、正直、色々打ちのめされた。精神と胃が、ってのもそうだけど、変に高くなってた鼻とか、自尊心とかな。それだけあの人の能力は飛び抜けてた。浄化も、呪術も、実戦への対応力も全部」

 過去をなぞるように伏せていた視線が、次の瞬間、ふっと持ち上がる。

「だから、まあ、居なくなったら惜しい人だとは思うよ。……性格は最悪だけどな!」

 照れ隠しのように吐き捨てると、虎徹さんは「行くぞ!」と俺の腕を強く引いた。
 御蔭さんの死を惜しむ、その同じ想いで手を貸してくれる人がいることがたまらなく嬉しくて、心強くて、胸の奥が熱くなる。
 今更改まって感謝を伝えるのも「うるせーな!」と一蹴されてしまいそうだったので、俺は大きく一歩踏み出した足を彼への返事とした。

 *

 虎徹さんの探知能力を頼りに辿り着いた鳳条家の敷地内では、既に御蔭さん──狐神が使用人たちによって包囲されているところだった。
 内庭の四隅に松明と共に配置された彼らは、その場所に結界を張り、狐神を閉じ込めているらしい。
 もう何もかもお膳立てが済んでいる……!

「結界内に入るのはオレとお前、あとはオレの使用人達だ。一応腕っぷし強い奴らばっかり連れてきたけど、元々戦闘要員じゃねぇからあんま期待すんなよ」

 俺への態度がきつい例の使用人と、あとは見知らぬ二人の男性を紹介されて、俺は深く頭を下げた。
 この五人でなんとか狐神を取り押さえ、鞘を押し当てて、狐神を御蔭さんの身体から引き剝がそうというわけだ。
 結界内に視線を向ける。
 御蔭さんは人工の池のほとりでひとり佇んでいた。
 外界の風に揺れる衣の裾、柔らかに靡く髪。確かな質量を伴い、地に足をつけたその姿は、どう見ても生きた人間そのものだ。
 ただ、不意に振り返って見えた瞳は、野生動物のように無感情で、ガラス玉めいた透明さを宿している。
 それだけでわかる。あれは御蔭さんじゃない。
 だって御蔭さんは、俺を見たら、きっともっと意地悪く笑うんだ。
 うわっ今から何をされるんだろう……、そう思わず身構えてしまうようなその笑みは、以前は恐ろしくて仕方がなかったのに、見なければ見ないで、どこか物足りなくなっている自分がいる。
 おかしな話だ。
 俺は一度、深く息を吸って覚悟を決めると、結界に入ろうとする虎徹さんに声をかけた。

「あの、鞘は俺が持っていてもいいですか?多分、狐神は真っ先に俺を狙ってくると思うので」
「は?何でそんな──、」

 彼が怪訝な顔をしながら結界内に足を踏み入れた瞬間、今まで佇んでいるだけだった狐神が、すさまじい速さでこちらへと向かってくる。

「うわっ本当に来た!?何で!?」

 俺は虎徹さんが持っている鞘を半ば奪うように受け取ると、そのまま横向きに構えて狐神の身体を受け止めた。
 ガッッ!!
 衝撃に吹き飛ばされそうになるが、背後にいた使用人が俺の背中を支え、さらに別の二人が狐神の腕をそれぞれ拘束して力を抑えてくれたことで、なんとか踏ん張ることが出来ていた。
 狐神の肩から胸元にかけて斜めに押し当てられた鞘が、妖の力に反応しているのか、バチバチバチッ、と青白い火花を散らして闇を照らす。

「虎徹さん!術を!」
「おう……!」

 ちゃっかり俺の腕を掴んでいた虎徹さんは、即座に鞘に片手を添えると、早口で呪を唱え始めた。
 しかし、狐神は「ヴヴヴーーッ!」と獣じみた唸り声を上げるばかりで、一向に御蔭さんの身体から出ていく気配がない。

「何で…!鞘だけだからですか!?」
「いや……これは単純に狐神の抵抗力が強ぇのと、あとは身体に馴染みすぎてる!花ヶ崎さんが精神的にも狐神を受け入れちまってる証拠だ!やっぱ戻る気ねぇのかよあの人……っ」

 御蔭さん……!
 青白い火花に照らされ、抵抗するように暴れるその身体を見つめながら、俺は思い出していた。
 彼が消える直前に見せた、まるで、思い残したことの存在に今になって気づいてしまったかのような、
 どこか呆けた、幼い表情を。
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