幽霊当主にご用心!

椿

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 探知、討伐、浄化。
 一番最初にその能力を極めた術師は、それが絶えないよう、自身の血に、生体情報にその術式を刻み、後世でも安寧が保たれるようにした。
 そしてその目論見通り、血は脈々と受け継がれ、今もなおこの世を守り続けている。
 もっとも、血を引く者全てが同じ技量で能力を扱えるわけではない。
 それはあくまで前提条件にすぎず、発現させ、鍛え、磨き上げなければ意味をなさない。
 そしてその責は、代々直系の子孫が担うことが習わしであり、義務だった。

 僕──花ヶ崎御蔭は、そんな『浄化』を司る直系一族の嫡男として生を受けた。
 各家ごとに教育方針や能力の開花方法は異なる。無用な諍いや権力闘争を避けるため、多くは秘匿されているが、花ヶ崎家だけは、昔から決まった一つの方法が一派全体に周知の事実として共有されていた。
 それは、聞く人が聞けば、思わず顔を歪めたくなるような醜悪な伝統。
 そもそも花ヶ崎家の浄化能力は、穢れを一度体内に取り込み、それを内側で濾過して消し去るというもの。
 多くの不浄を取り込み、迅速な浄化をすることが最も理想とされる能力の形であり、それを強制的に習得・強化させるため、花ヶ崎家直系の長子は離乳を終えたその瞬間から人の出入りのない離れに隔離され、妖の穢れに絶えず晒され続けることが習わしだった。
 勿論、穢れを吸収することは身体にとって良いものじゃない。寧ろ毒だ。
 浄化できないまま体内に留まれば、それは簡単に全てを蝕んでいく。
 加えて、術師にとって穢れは感覚的にも忌避されるものであり、常に穢れの中にいる僕は、外から見ると糞尿にまみれ続けているような、病原菌の巣窟に存在しているような、目も当てられない、ひどくおぞましいものだっただろう。
 それが、僕の世界の全てだった。

 六畳半の日の差さない、朽ちかけた部屋。
 与えられた持ち物は、丈の合わない薄い浴衣が一枚だけで、周囲には妖の残骸が絶えることなく積み上げられていた。
 そして時折人が出入りしては、決まって罵声と暴力を浴びせていく。
 到底人間に向けられる扱いではない、家畜か、あるいはそれ以下の何かに対する調教に近いものがあった。
 浄化能力の向上も、恐怖による支配も、脳の発達が未熟な幼少期から徹底するのが肝要らしい。
 十二歳頃までそれを続ければ、逆らう者などまず現れない。
 そこから呪術に関する最低限の知識を叩き込み、鞭に怯える傀儡当主もどき奴隷の出来上がり。
 花ヶ崎の世継ぎとしての責務は、優しく、正しく育てられた弟妹たちに委ねられ、御神木のある敷地へと送り出される当主は、家から付けられた使用人に手綱を握られたまま一生を終える浄化装置。
 それが、他家から忌避されながらも、幾年と続いてきた花ヶ崎のやり方。

 しかし僕はそのどこかで、花ヶ崎家当主として用意された華々しいレールから外れてしまった。

 分岐点として、一つ目。
 穢れを身体に溜め込んだ弊害か、僕には時折五感が鈍くなる症状があった。
 とりわけ顕著だったのは皮膚感覚で、常に穢れに晒されていた幼少期などは特に、外部からの痛みや熱をほとんど感じず、暴力に関してもそこまで恐怖を感じていなかった。
 だから、僕が幼いころの暴力で学んだのは、歴代当主が味わってきたであろう恐れではなく、穢らわしいからとか、見窄らしいからとか、目が合ったからとか、理由さえあればそういうことをしていいのだという、きわめて純粋な行為の理屈。
 そんな状態で十二歳を迎え、能力の開花と研磨を終えた僕の周囲はがらりと様変わりした。
 離れを出て通されたのは、整え尽くされた当主のための部屋。
 何枚も重ねられる、清潔で肌触りのいい衣。身体は磨かれ、爪先に至るまで手入れをされ、関わる全ての人間が僕に頭を垂れ、へりくだった。
 それは形式ばった見かけだけのものだったが、まだそのことが理解できなかった僕には、自身の目に見えるその姿勢こそが全てだった。
 花ヶ崎御蔭はこれを境に人間になった。
 そして同時に、『自分の番』なのだと思った。
 誰かが頭を下げるのは隷属の証で、それは暴力の理由になることを知っていた。
 単純な話だ。今まで虐げられる側だった自分は、虐げる側に変わったのだと、明確に理解した。

 離れを出て、真っ先に執り行われた式典の最中。
 眩しいくらいに真っ白な着物を纏った僕の隣には、やや年上の、まだ少年と呼べる年頃の男子が座っていた。
 白い被り物で視界が悪い中、じっとそちらに視線を向ける僕に気づいた彼は、見たことがないほどのひどく穏やかな顔で笑った。
 ──その顔に、箸を突き刺す。
 目の前の盆に置いてあった一膳の箸だ。
 細く、鋭利な木の棒は、何の抵抗もなく男の片目を貫き、反対側の口から掠れた悲鳴を吐き出させた。
 周囲の大人たちのどよめきを背中に浴びながら、僕は倒れ込んだその男に馬乗りになる。引き抜いた箸を、今度は上から勢いよく振り下ろした。
 痛みに悶え、暴れる身体を押さえつけ、何度も何度も肉を突き刺す。
 その少年のことはよく覚えていた。
 教育係という肩書で、離れに来ては熱心に僕へ鞭を振るっていた男だ。
 その目が僕を映したことが、無性に不快だった。
 だから箸を突き立ててもいい。
 穿つたびにぎゃあ!と上がる叫び声が耳障りだった。
 だからそれが聞こえなくなるまで箸を突き立ててもいい。
 あれほど生き生きと鞭を振るっていた人間が、今は地べたで小さく蹲り、怯え、震えている。その姿に、初めて知る愉悦が込み上げた。
 だから力いっぱい、夢中になって箸を突き立ててもよかった。
 腕を振り上げるたびに、噴き上がった血が跳ね、白い衣を鮮やかに汚す。
 肉を貫く手応えは、異様なほど鮮明だった。
 少年は助けを求めるように僕の裾を掴んで、引っぱって、色々な体液に濡れた汚い顔で、呻くように許しを乞うていた。
 それを見て、僕は笑いが止まらなかった。

 それは花ヶ崎の家系における明らかな異常事態。
 傀儡でなければならなかった当主。
 傀儡になるよう育てられたはずの当主。
 その成れの果てが、隣に座った人間を笑いながら箸でめった刺しにする異常者だなど、誰が想像できただろう。
 とはいえ、能力が覚醒した嫡男、という地位だけは立派だった僕はやりたい放題だった。
 傍若無人に振る舞い、粗相をした使用人には、かつて自分が受けたことを一つずつなぞるような折檻を与えた。
 暗い部屋に閉じ込めて、腹が減れば生きた鼠を、喉が渇けば汚水を口に含ませて、命乞いをする彼らに笑顔を返して、静かになるまで痛めつけるのは日常だった。
 その数か月で、花ヶ崎本家に仕える使用人の数がごっそり減ったとか。
 確かに、離れにいた頃の僕に関わった人間たちは、軒並み顔も見なくなった。
 覚えている相手には全て仕返しを済ませていたから、他の連中が出ていこうとどうでもよかったが。

 一度だけ、父と呼べる人間にも会ったことがある。
 いったい僕を通して何を見たのか、誰と重ねたのかはわからない。
 ただその人は、年端もいかない実の子供を露骨な嫌悪と蔑みの眼差しで見降ろし、そして、その奥で確かに怯えていた。

 僕は歴代当主の中でも異例の早さで、御神木を囲む敷地へ移されることになった。
 ともかく一刻も早く本家から追い出したかったのだと思う。
 そこにはまだ、僕の叔父と呼べる人が当主として腰を据えていたが、実態は人の形をしただけの抜け殻だった。
 父と大して年は変わらないはずなのに、しわくちゃで今にも折れそうに細い肉体と、白髪に覆われた姿は、どう見ても老人のそれだった。
 話しかけたところで意味のある言葉は返ってこない。叩いても蹴っても反応はなく、感情らしきものも見えなかった。
 どうやら傀儡当主の劣化は、想像以上に早いらしい。
 縁側でぼうっと座っていた叔父が、使用人にやや乱暴に引き摺られていくところを目にしたのを最後に、彼の姿を見ることはなくなった。
 もう使えなくなったから処分されたのだろうか。
 その直後、正式な当主として祭り上げられた時、漠然と自分の終わりも見えた感じがした。

 他家でも代替わりが進み、瑠璃宮桜介と鳳条虎徹が今代の当主として名を連ねた。
 仲良く協力!などという空気はどこにもなく、淡々と夜な夜な討伐を続けること十余年。
 そんな折、歴代の中でも比較的力の強い妖の討伐があった。
 厳戒態勢の中行われたそれは、相応の被害を出しながらも、無事妖が斬り伏せられたことで収束を迎え、そしてその浄化の最中に僕は意識を失った。

 目を覚ますと、幽体離脱していた。
 すぐ傍には自身の肉体があり、布団の上で幾つもの管に繋がれながらもまだ生きているらしく、胸が健気に上下している。
 そして、意識のある僕のこの身体は、どうやら誰の目にも映っていないようだった。
 今回の妖との相性がよほど悪かったのだろう。幼少期にもやたら浄化しづらい妖は存在した。
 通常なら五感が多少侵される程度で済むが、今回はその許容量を超えたのだ。
 ただ、既に討伐の日から一週間ほどが経過しており、体内での浄化も済んでいるようだったが、何故か肉の身体と意識は離れたまま戻っていない。
 僕の肉体が安置されていたのは久々に戻った花ヶ崎の本家だったが、事情を知る親族たちはどこか浮足立ったような様子で、僕の身体の使い道をああでもないこうでもないと議論していた。
 なんとも気が早い。
 本来であれば、跡継ぎも定まらないまま当主の座を空けるのは合理的ではないが、それ以上に僕という存在そのものが恐ろしく、どうにか始末したかったのだろう。
 もう期限切れか、と冷静に悟った。
 驚くほど未練もなくて、じゃあ死ぬまで暇だな、なんてそんなことを考えた程度だった。
 実家で自分の肉体の行く末を延々と聞く気にもなれず、他家も集うあの敷地の方が、まだ暇を潰せるだろうと思って。
 だから僕は霊体のまま自分の屋敷へ向かったのだ。

 無人かと思われた屋敷は、分家の人間が後釜として雑に補充され、自転車操業でどうにか回している様子だった。
 頑張れ頑張れ、と気持ちのこもらない、そして届きもしない応援を送りながら、僕は屋敷をうろうろ彷徨って。
 ──ふと、奥まった内庭で足が止まる。
 そこは、前当主である叔父を最後に見た縁側。
 何を思っているのかわからない顔で、ただ一人、ポツンと静かに腰かけていた場所。そして、僕が自分の最終地点を悟った場所だ。
 無意識にここへ向かってきていたのだろうか。
 自分の感情すらわからないままに呆然とそこを眺めていたその時、ふと背後から声がかかった。

「ちょっと、勝手に入ってきちゃだめですよ!迷ったんですか?」

 それは、初めて見る使用人だった。
 花ヶ崎の家にいた、どこか虚ろで陰気な彼らとは違う。
 誰にも見えないはずの僕を、悪意なくまっすぐ見据えるその目に、ほんの少し、興味を惹かれた。
 ちょっかいを出して遊ぶと反応が面白くて、御神木まで燃やしたのには笑いが止まらなかった。
 桜介にこき下ろされて、もう死ぬのは決定しているのに、それでもまだ何か足掻こうとしている姿が、暇つぶしにはちょうどいいかと思って。気まぐれに協力した。
 はじまりは、ただそれだけの、取るに足らない些細な理由だったはずだ。
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