幽霊当主にご用心!

椿

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 ふと、目が覚める心地がした。
 自分の身体に取り込まれた筈の僕は、だだっ広い純白の空間に横たわっていた。
 身体の感覚は霊体だったあの時と同じく鈍いまま。痛みも重さも曖昧で、ただ輪郭だけがそこにある。
 おそらくここは僕の精神世界のようなものだろう。
 支配権は特にない。自分の身体であるにもかかわらず、狐神の意識に力負けして追いやられた僕の精神は、ここで消えるのをただ待っていた。
 いらないんだけどな。その妙な猶予。
 ひとまず再度寝転がり、くつろぎの体勢をとる。
 結局ここでも暇になってしまった。何もやる事がないと、勝手に活発になるのは思考だけだ。
 最後の優吾くん、必死な顔してこっちに手伸ばしてきてたの笑えたな。霊体なんだから掴めるはずないのに。
 くく、と小さく笑って、僕はそのまま仰向けになる。
 優吾くんはあまり僕の周りには居なかった人間で、だから彼の言動はどれも予想がつかず、妙に新鮮だった。
 少し前、彼に問われたことがある。
 ──御蔭さんに愛情を持って接すれば、御蔭さんも同じように返してくれるってことですか?
 わからなかった。
 そもそも愛情というものがどんな形をしているのかすら知らないのに、回答できるはずもない。
 ただ、僕が身体に取り込まれる最後の瞬間。まるで、僕がいなくなったら寂しいとでも言いたげな顔をする優吾くんを見た時、それがもしかしたら愛情なのかもしれないと、初めて受け取るその感情に、少しだけ動揺した。
 攻撃でも、突き放すためでもない、ただ引き寄せて、安全な場所に留めるために伸ばされたその手に、もう少しで──、

「……触れそうだった」

 真上に伸ばされた手が、空気を掴んだ。
 その直後、

『──御蔭さん!』
「!」

 突如空間に響いたのは、今まさに思い浮かべていた優吾くんの声だった。
 一体どこから?
 とりあえず起き上がり、あたりを見回してみるが、当然その姿は見えない。
 不思議に思っていると、再度その声は部屋を満たした。

『今、貴方の身体から狐神を追い出そうとしてます!でも俺達だけの力じゃ難しくて!御蔭さんの協力が必要なんです!』

 それは、身体の外からの呼びかけだった。
 その内容に思わず呆然とする
 ──僕を、生かそうとしてる?
 僕が狐神の依代になれば、それは明確な組織への貢献。御三家の中で花ヶ崎家の発言力が飛躍的に増すのは必至だろう。
 花ヶ崎家にとって、意識のない僕の身体の使い道としてはこれ以上なく有用で、この判断が覆る可能性はほぼ確実にない。
 狐神が身体に入った時点で、残る道は封印だけだと思っていた。
 だってそうだろう。僕が依代になることを防いだところで、誰にも何も利がない。僕自身ですらそうだ。
 別にどうしても狐神の器になりたいというわけでもないが、だからといって身体を取り戻したところで、僕という人間が花ヶ崎家にとっていち早く排除したい存在であることは変わらない。
 また本家から送り込まれた使用人に殺されかけ、妖の穢れを浄化して役目を果たす。
 その繰り返しだ。
 封印されるのとどちらが楽なのかはわからなかったが、流れのままに身を任せようと思うくらいには、自分の人生に価値を感じていなかった。
 だって、最後に待つ結末はもう見えている。
 ……なのに、なんで?
 優吾くんの声を聞くのも、あの時が最後だと思っていたのに。

『御蔭さん!聞こえてますか!?』

 わんっ!と響いた声に身体が微かに揺れ、同時に若干の熱を持つ。
 精神体だというのに変な話だ。
 しかし、じわじわと胸に湧き上がってくるこの感情だけは、誤魔化しようのない本物だった。

『誰かのこれまでの行動が、貴方に生きることをどうでもいいと思わせたなら……そんなの、全部忘れていいから!御蔭さんに生きて欲しいって思う俺の気持ちに、同じ気持ちを返してください!』

 そうだ、優吾くんはこの世界でたった一人、僕が生きることを望んでいて、

『まだ稲荷寿司、食べてくれてないじゃないですか!』

 そして、終わりしか想像できなかった、あの寂しい縁側で、
 ──美味しいですよ。お一つどうぞ
 僕に、その隙間をそっと温かく埋めるような、未来を示してくれた人だったね。

 何を考えるまでもなく。気づけば自然と、手は前へ伸びていた。

 *

 無計画に呼びかけてみても、御蔭さんが意識を取り戻すようなことはなかった。
 狐神の力は徐々に強まっていて、今の人員では抑えきれなくなるのも時間の問題だ。
 拮抗する力に、鞘を握る手が細かく震える。それでもなお、ぐぐ、と胴体だけで押し返されていっている現状に、自然と顔が歪んだ。

「ぐあっ!」
「!」

 ついに、狐神の片腕を押さえていた使用人が振り払われ、遠くへと吹き飛ばされる。
 俺の背を支えてくれていた別の使用人が、代わるようにその腕を拘束しようと飛びついた。
 しかし、勢いづいたそれをどうすることもできず、同じように弾き飛ばされてしまう。
 それを見て、ずっと呪を唱え続けていた虎徹さんが叫んだ。

「……っ、もう限界だ!封印するぞ!いいな!?」

 本当にもう駄目なのか?御蔭さんは依代になるしかないのか?
 俺じゃ、どうすることもできないのか……?
 こんなにも近く、手が届く位置に居るのに、霊体の時と同じく、何一つしてあげられない自分の無力さが悔しかった。

「御蔭さん……っ」

 葛藤に瞳を揺らしたその時、ふいに狐神の空いた手がこちらへと伸ばされる。
 通常の感覚なら、間違いなく攻撃だと判断するその接近。
 当然虎徹さんもそう思ったのだろう。彼は、それまでとは明らかに異なる音の、封印のための呪を唱え始めた。
 しかし、俺は何故だかその手を恐ろしいとは思えなかった。
 ……どうせ何もしなくても、このままだと御蔭さんは封印されてしまう。だったら、たとえ危険が伴うのだとしても、気になったことは全部試すべきだ。
 俺は咄嗟に掴んでいた鞘から手を離すと、伸ばされた狐神の手を取る。
 ──瞬間。
 ズアッ!と御蔭さんの背中から押し出されるように、霊体の狐神が飛び出した。
 驚く間もなく、力を失った御蔭さんの身体がガクンッと崩れ、そのまま倒れ込んでくる。
 慌てて抱き留めるが、元々不安定だった体勢では自分よりも大きな身体を完全には支えることができず、俺たちはそのまま地面に転倒した。

「い…、っ~~!」

 ぶつけた身体の痛みに思わず声が漏れる。
 しかしそれ以上に、回した腕の中に収まる重みと人の熱が、取り戻した存在の確かさをじわじわと実感させてきていた。

「……ゅ、ご、くん…」
「!」

 俺を下敷きにするように倒れこんでいた御蔭さんは、肩口にあったその顔をこちらへ向け、かすかに笑う。

「はは……さわれた」
「……はい……っ。俺も、触れました……御蔭さん!」

 衝動のまま、力なく凭れる身体をぎゅうっと抱きしめて、互いの心音を重ね合わせる。
 よかった。本当によかった……!
 歓喜の余韻に気持ちよく浸っていると、すぐにそれを引き戻すような鋭い声がかかった。

「オイ!……オイッ!狐神出たぞ!?どうすんだよ!浅葱っ、お前後のことは任せろって言ってただろ!?」

 指摘してくれたのは虎徹さんだ。
 目を瞑った彼は、腰を低くしながらうろうろ腕を彷徨わせると、俺の身体に触れてから詰め寄る。
 俺は彼の手を借りながら御蔭さんと共に上体を起こすと、持ってきた荷物の中からずるり、といなすけを取り出した。
 覚えているだろうか。いなすけとは、母からの仕送りに入っていた、幼少期の俺が大事にしていた白狐のぬいぐるみである。
 俺は子狐サイズほどのそれを頭上に掲げると、離れた場所に居る狐神に向かって呼びかけた。

「新しい身体ですよーー!」

 俺の肩に顔を預けていた御蔭さんが、ふ、と力なく笑みを漏らすのが振動で分かった。
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