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しおりを挟む「今のうちに補給しとく?それとも朝の方がいいかな?」
「!」
苦悶に頭を抱えていたところへの、不意打ちのような問いかけに、千晴は勢いよく顔を上げる。
正面で返事を待つ晴君の姿が視界に入り、落ち着いていた心拍がまた一気に跳ね上がった。
そして同時に思い出す。
以前、晴君から与えられた『ご褒美』として、千晴が彼に言いかけていたことを。
高鳴る鼓動に背中を押されるように、覚悟を決めた千晴が口を開いた。
「今から、……その、俺が、……俺の方から、口、していいですか。しっ、試験の後、俺のしたいこと聞きましたよね!?」
「う、うん。勿論いいよ」
動揺しすぎて、最後、勢いで押す危ない人みたいになってしまった……。
かっこ悪いそれに落ち込んでいる千晴をよそに、晴君は「そんなことでいいの?」とでも言いたげに少し目を丸くしながら、千晴がやりやすいように机と横並びになるよう身体の向きを変えてくれた。
千晴もそんな晴君へと近寄り、膝立ちのまま正面から距離を詰める。
恐る恐る晴君の両肩に手を添えると、座っている彼と目が合った。
こちらを見上げてくる今までにないその角度に、千晴は自分の背が晴君よりも高くなったような錯覚に陥り、それがまた更に心臓を暴れさせる。
無様な動揺を少しでも悟られたくなく、必死に心を落ち着けようと動きを止める千晴だったが、晴君はそれを、千晴が何か困っている故の行動と勘違いしたらしい。
彼は唐突に千晴の手を取り、ぐっと強く引いた。
「こっちの方がやりやすいんじゃない?」
「──え、」
不意を突かれた身体が前へ引き寄せられる。
ダンッ!
体勢を崩した千晴は、咄嗟に畳へ手をつくことで、先に倒れた晴君を圧し潰してしまうことを免れた。
しかし、それに安堵したのもつかの間。
千晴に組み敷かれた姿勢で横たわる晴君が、下からふっ、と笑って——、
「どうぞ?」
「──、」
ドッッッ…!!
心臓が自分の意思と関係なく暴れ、全身が崩れ落ちそうになった。
畳の上に広がる長い緋色の髪。拒絶という概念を知らないような無防備な体勢。横たわって少し緩んだ首元の隙間からのぞく、血の温度を感じさせるすべらかな肌。覆いかぶさる千晴だけを真っ直ぐ映す、その澄み切った晴天の瞳。
そして、誰にも縛られるはずのないその空を、自身が今腕の中に囲って閉じ込めてしまっているような背徳感と、それに反して湧き上がる、彼を手に入れてしまったかのような熱い高揚。
全ての刺激が一度に押し寄せ、千晴の視界がきゅうっと狭まる。
今、この人を覆う服を剥ぎ取って、その剥き出しになった肌色に口をつけたら、いったいどんな反応をするんだろう。
結わえた髪を解いて、衝動のまま強く抱き寄せて、隙間がないくらい重なり合ったら、いったいどんな気持ちになるんだろう。
──身体の隅々の状態に至るまで、互いが最も詳しかった
脳裏に過った陛下の言葉にかぶさるように、「千晴?」と真下から晴君の声が聞こえた。
その呼びかけに、息を詰めたまま固まっていた千晴がハッ、と我を取り戻す。
清らかな青が、不思議そうにこちらを仰いでいた。
その瞳に、千晴は先程のおかしな思考を振り払うように小さく首を振る。
やる事はいつもと変わらない。ただ口をつけるだけ。それだけだ。
熱を帯びた身体も浅くなる呼吸もすぐには落ち着いてくれなかったが、時間をかけすぎるのも逆に不自然だと思えて、千晴は半ば勢いで身を寄せた。
肌の気配が触れ合う距離で視線が絡む。
「……こっち見てないで、目、瞑ってください」
「はーい」
千晴の緊張など露知らず、どこか非日常を楽しむように返事を弾ませる晴君。
彼の長いまつ毛が、ふっと白い頬へ影を落とした。
それを合図に千晴は距離を詰め、──ふに、と唇同士が触れる。
柔らかさも、温度も、微かな吐息の震えも全部感じているはずなのに、千晴はその心の余裕のなさから、何一つうまく認識できていなかった。
好きな人を押し倒し、上から覆いかぶさった状態で自分から初めて口づけをするという今の状況が、多感な青少年にとって刺激が強くないわけがなかったのである。
バックンバックンと耳から飛び出そうになるほどの鼓動がうるさかった。
全身に不必要に力が入り、容易に動かせない身体が当然のように硬直する。
もう今唇が何かに触れているのかいないのかさえ曖昧になり、千晴の思考は生産性なくぐるぐると迷走していた。
そんな時、「ふっ」と笑ったような鼻息が頬にかかり、びくりと肩を震わせた千晴は慌てて顔を離す。
すると、千晴の眼下で晴君が声を抑えたように笑っていた。
……可愛い。
思わず真顔で凝視してしまっていた千晴だが、距離をとったことで段々冷静になった思考が、一つのおかしな点に気づく。
あれ……、神力、貰えてない……?
戸惑いの目を向けると、晴君が更に楽しそうに笑みを深めた。
そこでようやく、千晴は自身へと神力が渡されていないことが、晴君による意図的なものであったことを理解する。
「ふ…っ、ごめんごめん、一生懸命な千晴が可愛くて……あいたっ!ごめ、んっ、……ん」
イラッとした衝動で唇を噛むと、謝罪の言葉を述べようとする口をそのまま塞いだ。
晴君がまだ喋っている途中だったのもあって、事故のように互いの舌先が触れ合う。
湿った粘膜同士がくっつく初めての感触に、ぞくりと痺れるような快感が千晴の身体を一瞬にして駆け抜けた。
それに背中を押され、千晴はまるでそうするのが自然であるかのように、引っ込んでいく晴君の舌を追いかけて口内へと割り入る。
最初は、少し驚かせて千晴を弄んだことを反省させようと思っていただけだった。
しかし、温かくて柔らかい粘膜の感触があまりにも気持ちよくて、気づけば千晴はそれを貪ることに夢中になってしまっていた。
己の欲望に従い、当然のように動く晴君の舌に自分のものを押し付けて、拙く擦り合わせる。時間が経つごとに沁み出す互いの唾液は絡まり、粘膜の滑りを増してその接触をより気持ちの良いものにさせていた。
くちゅ、ちゅ…っ、と今までになかった卑猥な水音が静かな部屋に満ちていき、湿った呼吸が二人の間にうだるような熱を籠らせる。
怒りや恥ずかしさといった感情はもうどこにもない。より深い繋がりを求めるようにぐ、と口を押し付けた千晴は、晴君の口内全てを舌でなぞることに躍起になった。
気づけば千晴は、無意識に晴君の両手首を床へと押しつけていた。
逃げられるかもしれない、離れたくない、という胸の深層にある恐れの発露だったのかもしれない。
晴君は最初から一切抵抗などしていないというのに、必要以上の力で彼を押さえつけるのをどうしても止められなかった。
体中が、欲望に引きずられるように熱く火照っていき、じわりと汗を滲ませる。
神力が流れ込んでくる温かい快感と、舌を深く絡ませた交合による淫らな刺激。今千晴を満たしている感覚が、そのどちらによってもたらされているのか、千晴には考えることもできなかった。
「っ……は……」
ひと息ついても収まらない。
まだ欲しい。もっと欲しい。身体の内側からの叫びに従って、千晴は唾液に濡れた唇を何度も角度を変えて押しつけ、その欲望をぶつけるように晴君の口内を貪った。
いったいどのくらいの間そうしていたのだろうか。
舌を動かすのにも疲れた頃、ようやく千晴は唇を離した。
二人の間で細く糸を引く唾液をぼんやり眺め、惚けた様子で息を乱す千晴に、やや声の掠れた晴君が心配そうに問いかける。
「千晴、大丈夫?」
「……はい」
かろうじて返事をした千晴は、残った力を全て振り絞って晴君の上から退くと、彼の隣へ、へな…とうつ伏せに倒れ込んだ。
いつも神力をもらった後の、ふわふわとぬるま湯に浸かっているような心地よさだけではない、ドキドキと胸を熱く焦がす脈打ちが鼓膜を内側から震わせていた。
……自分は、とんでもないことをしでかしたのではないだろうか。
晴君の舌を舐めるだなんて、そんな理性も品性もない獣みたいな真似、今までしようと考えたこともなかった。
それなのに身体はどうしようもなく切望してしまっていて、千晴ではその欲求を抑えることができなかった。
身体は熱を持ち続けていて、腰の奥がじんじんと疼くような不思議な感覚と、心地の良い高揚感があった。
しかし、時間が経つにつれて少しずつ冷静になっていく思考が、これ、引かれたんじゃないか?気持ち悪いとか、思われてたり……。などという多大な不安をも引き連れてくる。
おそるおそる晴君の方に目線をやると、彼は既にこちらへと身体を向けるように寝転んでいた。
合わさった視線にびくっ!と肩を揺らした千晴に対して、晴君はふわりと頬を緩ませ、
「あは、舐められちゃった」
ぎゅん!!と千晴の胸の奥で、何かが弾ける衝撃があった。
千晴の不安を晴らすような、無邪気さの混じる笑み。しかし、先程千晴を受け入れた証拠である明らかに赤く色づき湿った唇が、その表情になんともいえない艶を纏わせていて、そのような不均衡が千晴のまだ知らぬ劣情をじりじりと煽ってきていた。
崩したくなる。
どうしたら、どこまでしたら、この人は余裕をなくして乱れるのだろうか。
見たくて、知りたくてたまらなくなる。
つい先ほど長年の疑問がいくつも解消されたばかりなのに、一つ満たされればまた新たな渇望が顔を出し、際限のない欲求が止まらなかった。
晴君が千晴にしてくれるように、千晴も晴君に優しく触れて、髪をそっと撫でて、温かさを分けて、世界で一番大切に扱いたい。嫌われたくない。
それなのに、心の中に同時に存在する、彼を荒々しく暴きたくなるような、自分しか知らない場所に閉じ込めたくなるような、そんな狂暴な衝動に自分でも戸惑ってしまう。
晴君という存在が、どうしても離しがたかった。
彼がいないと寒くて、心の芯の部分が冷たくきしむ気がする。
だから、ずっと千晴の方を向いていてくれていたらいいのに。その視線も、手も、唇も、身体も、晴君の温かい場所が全部、千晴にだけ明け渡されていたらいいのにと思わずにはいられなかった。
輝かしい過去を懐かしんでいた陛下も、同じ気分だったのだろうか、とふと思う。
誰よりも晴君に詳しく、そのことをどこか誇りに思っているようだった陛下は、きっと大なり小なり、『知らない』という綻びや取りこぼしを不安に思う筈だ。
千晴よりも断然多くのものを持ち、知っている、完璧な彼も、晴君だけがずっと足りなかったのかもしれない。
ようやく少しは気持ちと身体の熱が落ち着いてきた千晴は、晴君と向かい合わせになるよう、ごろんと横向きに転がった。
「先生は、光帝陛下のことが好きですか?」
「出た、千晴の『好きですか』。そうだね。尊敬してるし、好きだよ」
「俺より、」
「千晴が一番好きだよ」
「……それって、俺が人間だからですよね」
以前と違い、簡単には納得しなかった千晴に、晴君は少し驚いた顔をする。
そしてその直後、「え、うーん……」と悩まれて、千晴は自分が穿った質問をしたくせに、晴君に向けて「悩むなよ」と心の中で理不尽なことを思った。
「確かにそれもあるけど」
あるのか。
ぐ、と眉間の皺を深くした千晴に、晴君は続ける。
「千晴が、『ありがとう』って言ってくれたからかな」
「?」
「初めて会った時だよ。血塗れの君は生贄で、……僕に、やりたかったことを思い出させてくれた。天界に来てからもずっと、君は一生懸命元気に生きて、笑ってくれて、僕を幸せにしてくれる」
目を細めながら告げた晴君は、そっと千晴へ手を伸ばした。
あたたかな掌が頬に触れ、繊細に包み込むように優しくなでる。
その慈しむような触れ方で、とろけるほど甘い視線で、柔らかな声色で、伝わる。
自分はこの人にとって大切な存在なのだと。
晴君の全てで、彼にとって千晴が特別な人間なのだと、知らしめられる。
「大好きだよ。君のためなら、何だって惜しくない」
まっすぐこちらだけを見つめ、穏やかに微笑む晴君。
その手から、とくん、とくん、と伝わる、体温に溶けるような鼓動の音が心地よかった。
千晴は、頬に触れる晴君の手に上から自分のそれを重ねて、離れないよう固定する。
深い愛情に抱きしめられているかのような温もりが頬から全身に広がり、自然と呼吸が緩むのを感じていた。
自覚していなかった疲れと倦怠が、安心とともに静かにほどけていく。
幸福に満ちたまどろみに誘われ、千晴はゆっくりとまぶたを下ろした。
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更新楽しみにしてくださってありがとうございます!圧倒的救済…!そのお言葉が私の力の源ーー!!😭💪💪
そしてそして、全作品の文章やら何やらも褒めていただいてありがとうございます…!!見に余る光栄です!!😭😭✨✨
『作品の世界に没頭できます』←あの、これ、こんなこと言っていただけて本当にありがたくて…!😭✨
『いつも読みながらその光景が眼前にあるかのように感じます』←こちらもーー!!😍😍
もう全部なんですけど!特にこの二つは作品を作る上で私が目指してたところでもあって…!
こう、まず世界観を正確に理解してもらえて、更に「じゃああそこはどうなってるんだろう」とか「こんな人達もいるのかな?」とか、読者様自身の中で作品をさらに深めていただけるところまでいけたら一番最高だなと思ってて、あの、それ!!!(どれ)😭😭🫶🫶
読者様の好みにもよるところかなとは思うんですが、それが合致していただけたのがすごくすごく嬉しいです🥰
天禁の更新は、おそらく次は来年の春とか夏とかだと思うので、どうか気長にお待ちいただけると幸いです…!!😭
最高なご感想ありがとうございました!🥰🥰
晴君のあたたかくて人間味のある性格と、それでいて人外な感じが特に好きです。
こんなに親しみやすいのに、人間の気持ちはわからないし、人間との隔たりがある天界から見守る側の存在なんだ…と思うとかえって反差があってすきです。
どのキャラも個性があるので、それぞれの視点が気になります。毎話全員の視点で読みたいくらいです。
関係性が少しずつ変化していくところも、全然予想ができなくて読んでいてワクワクします。
ここが好きって上手く言葉にできなくて申し訳ないですが、世界観に心が掴まれました。
今後も更新を楽しみにしています。
ご感想ありがとうございますーー!!😍😍アルファポリスでご感想をいただくことが殆どないので、驚きと共に嬉しさで小躍りしました…!💃
お読みいただいてありがとうございます!キャラや世界観が好きと言っていただいて本当に光栄です🥰
「毎話全員の視点で読みたい」って、新たな考え方過ぎるしそれ最大の誉め言葉じゃないですかーー!!あとあとっ、「全然予想ができなくて」というのも物凄く嬉しかったです…!!楽しんでいただけていて良かった!!私の心をクリティカルに射抜く嬉しいお言葉ばっかり…はぁ、はぁ(興奮)
えん様のおかげでモチベがぐんぐん成長してます…ほら、あんなに大きい…✨✨
改めてありがとうございました!またお暇な時にふらっと寄っていただけると嬉しいです!😍😍
天禁が更新されるたびに嬉しすぎて小躍りしてます…回を追うごとに面白くなる!
世界観も独特で新鮮ですし、設定も細かいところまで作り込まれてて新しい情報が出るたびに補完されてく感じがたまりません
そして雷君推しとしてはずっと見たかった雷君と晴君の絡みが見れて最高にハッピーです!!!何気にクソデカ矢印向けてるとこたまらないです
椿さんの作品のキャラはこういう、脇まで美味しい子が多すぎて目移りしてしまいます ありがとうございます!!!続きも期待してます!!!
おかざきさん、ご感想ありがとうございます…!
もう…嬉しいお言葉ばっかり…!!光栄です!!モチベ依存してしまいそう…!!😍😍
天禁、今のところラブも薄くてあんまり読まれるタイプの話ではないかなって思ってたので、そう言っていただけて本当に救われますし、最高に嬉しいです🥰
色んなキャラを覚えてもらえて、それを好きって行ってもらえる幸せ…!😭🙏🙏✨✨雷君には今後も何かしら活躍して欲しいです⚡️
続きを書く活力をいただきました!やるぞやるぞー!