天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

文字の大きさ
1 / 42

1

しおりを挟む

 人里離れた山の中、神に捧げるため飾り立てられた厳かな木台の上で、その幼子は力なく横たわっていた。
 鮮血が絶えず木目を滑り、地面へ染み込む。
 骨と皮で出来ているような細い手足は、麻縄でキツく束ねられていた。そのため動くことも叶わなかったのだろう。無抵抗のまま獣にでも襲われたか、ところどころ肉が千切られた身体は酷い有様だった。
 しかしまだ息がある。
 ひゅうひゅう、とどこかから風が漏れ出ているようなおかしな音を立てながらも、その胸は懸命に上下し、生きようと足掻いていた。
 とは言えど、どう見ても死にかけの身体。このまま放っておけばものの数分で息絶えることは明白だ。
 そんな満身創痍の中で、

「かみさ、ま……、ぁ、りが、…と」

 目の前に立つ僕へ向かって、その幼子は、消え入りそうな声で感謝を告げたのだった。

 *

 右、左、右。
 振られる顔の動きから一拍遅れて、後ろで簡易に束ねられた夕焼け色の髪が揺れる。
 建物の陰に潜み、入念に人影がないのを確認したその男は、和服の裾を軽く翻す程度の駆け足で進みだした。
 その背に、やけに大きく重そうな白い布袋を抱えて。


 舗装された石造りの通路。両側にはそれぞれ形の異なる木造建築が引き詰められ並んでいるが、高さがないからか窮屈さは感じない。
 普段なら好感が持てるそれは、今のような忍んでいる時とは相性が悪いようだ。
 落ち着かず鼓動と足を早めていると、その警戒に満ちた鼓膜が前方からの足音を敏感に察知した。
 直後、男は反射にも思える俊敏な動作で家屋と家屋の隙間に滑り込む。
 壁と気持ちを同化させ、じっと待機すること数分。人物が通り過ぎたのを確認した男は、詰めていた息をふう、と吐き出した。
 自宅までもう少し。気を緩めず行こう。
 気持ち新たに、再び建物の影から辺りを伺おうとしていると、

晴君せいくん!!」
「!!」

 通路中を駆け抜けたハリのある大声、いや、怒鳴り声に、全身が激しくビクつく。
 それは男──晴君にとって酷く聞き馴染みのある声。そして、叶うなら今だけは出会いたくなかった、そう思わずにはいられない男の声であった。
 ブワリ。全身から一気に噴き出してきたのは冷や汗だ。
 晴君は通路に突き出していた間抜けな頭を、ぎぎぎ、と声の方向へ動かした。
 足音が聞こえるかどうかすらも怪しい遠くから、体格の良い男がズンズンと地面を揺らして近づいてきている。
 待って。その位置から頭だけ出した僕を的確に見つけたのか?目、良すぎだろ。
 現実逃避にも近いことを考えているうちに、遂にその男が目の前へと立ち塞がった。
 筋肉質な分厚い身体と、高い位置からこちらを見下ろす鋭い眼には凄まじい圧迫感がある。生真面目な気質を体現するよう釣り上がった黒い太眉が、その精悍な顔つきを一気に怒りの表情へと傾けていた。
 晴君は引き攣った顔をぎこちない笑顔で心ばかり隠しつつ告げる。

「う、雨君うくん。何か用…?」
「何か用か、だと…?よくもまあそんな口がきけたものだな。来季の天候予定、提出期限は今日だった筈だが?」
「えっ……。あ、あー…!ごめん、す、すぐ作るから」
「そう言って実際すぐ完成した試しがないだろう貴様は。……どうせ今回も下界ばかり見て呆けていたんだろう」

 雨君、と呼ばれるその男は、苛立ちの中にどこか疲れを滲ませた様子でため息を吐いた。呆れの感情も含まれていそうなそれに肩身の狭い思いをしながら、しかし唱える異論もない晴君ができるのは、ただその場で居心地悪く縮こまることだけである。

「俺は別にそれをやめろとは言わん。だが趣味を楽しむのであれば、やるべき事をしっかりやり終えてから楽しめと至極当たり前のことを言っているだけだ。貴様の遅れのせいで他に皺寄せがくるからな。主に俺とか俺とか俺とかになあ!!」
「ごめんごめんほんとごめんいつもありがとうね!!」

 大きな声と怖い顔で詰められ、悲鳴のような謝罪をする晴君。雨君はその情けない姿を眼下に、更にはぁっ、とため息を吐くと、今度は諭すように告げた。

「貴様はこの世界を運営する天人の1人で、かつ天候区の長──晴れを管理する立場なんだぞ。よりその自覚を持ち……おいこら何を逃げようとしている!」
「バレた…っ」
「貴様…!そのいい加減な性根はどうやったら、」

 その時、くしゅんっ、と小さな音がして、同時に晴君が背負っていた白い布袋が揺れた。
 喋っている最中ではありながらも、無視できない音量はあったそれに、雨君は「ん?」と怪訝に口を噤む。
 詰問が止んだにもかかわらず、晴君の体からはだばっ、と先刻以上の冷や汗が噴き出した。

「あ、あーー!!あの!本当にあの、早く出すから!天候の予定!えっと…、ふ,2日後!2日後でいい!?」
「いいわけがないだろ!締切は今日だぞ!今日出せ!…ではなくて、おい、その荷物は何だ」
「ニモツ?」
「荷物の存在の有無から誤魔化せるわけないだろ!くしゃみの音がしたぞ、貴様一体何を運んでいる!」

 不信感を露わにした顔で、雨君がその布袋に手を伸ばそうとする。
 まずい…!
 晴君は慌てて一歩後退ると、できる限り大きく息を吸った。そして、

「えーーー!?あのいつも多忙な雨の君が、その門外不出の敏腕っぷりを伝授してくれる特別講習が開講されるだってえーーー!?先着3名!?これは急がないとだあーーー!!」
「は?」

 つい先刻まで人影がなかった通路だが、晴君と雨君の口論の影響か、野次馬らしき天人がちらほら集まってきていた。そして彼らは晴君の大声を聞いた直後、一気に目の色を変えて迫り来る。

「今の話は本当でしょうか!?私参加します!」
「私も是非!」
「僕も!」
「ずるいぞ!!雨君、私が!!」
「!?待て!俺はやるなどと一言も、…あ!?おい!逃げるな晴君!!」
「ごめん!書類は後でちゃんと出すからーー!」
「っ、覚えてろよ駄君があぁあ!!」

 背中に浴びせられる恨み言に怯えつつ、しかしもう後に引けない状況の晴君は、その場からの迅速な逃亡をはかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

オークとなった俺はスローライフを送りたい

モト
BL
転生したらオークでした。豚の顔とかマジないわ~とか思ったけど、力も強くてイージーモードじゃん。イージーイージー!ははは。俺、これからスローライフを満喫するよ! そう思っていたら、住んでいる山が火事になりました。人間の子供を助けたら、一緒に暮らすことになりました。 子供、俺のこと、好きすぎるのやめろ。 前半ファンタジーっぽいですが、攻めの思考がヤバめです。オークが受けでも別に大丈夫という方のみお読みください。 不憫オークですが、前向きすぎるので不憫さは全くありません。 ムーンライトノベルズでも投稿しております。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

当て馬的ライバル役がメインヒーローに喰われる話

屑籠
BL
 サルヴァラ王国の公爵家に生まれたギルバート・ロードウィーグ。  彼は、物語のそう、悪役というか、小悪党のような性格をしている。  そんな彼と、彼を溺愛する、物語のヒーローみたいにキラキラ輝いている平民、アルベルト・グラーツのお話。  さらっと読めるようなそんな感じの短編です。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...