天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

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 ピシャリ。
 辿り着いた自宅の玄関扉を閉め、ひとまずの安全圏にふう、とひと心地つく。
 すぐ後に、晴君は背負っていた袋を床へ下ろすと、その布の結び目をはらりと開いた。
 中に入っていたのは、不思議そうな丸い目でこちらを見上げる、7歳程の少年。
 それは、世界を管理する天人が住まう場所──人間界とは空間を隔てた天界へ、晴君の手によって連れてこられた、人間の子供だった。

「乱暴に扱ってしまってごめんね。よく喋らずいてくれたね、ありがとう」
「……」

 目線を合わせて優しく声をかけるが、動揺しているのか、少年は晴君を見つめたまま何も答えない。
 無理もない。今は治療済みだが、先程までほとんど死にかけていたのだ。その証拠に、少年が纏っていた衣服は未だ赤黒い血に汚れ、またところどころ破れて衣服の形を保っていない。髪や身体にも、至るところに乾いた血の欠片や土汚れがへばりついていた。
 話をする前に、まずは彼を落ち着ける状況にしてあげなければ。
 思考と同時、晴君はふっ、と軽く息を吐き、少年の周りに暖かな風を舞わせた。それは微かに少年の髪を浮かせ、そして柔く肌を撫でながら、瞬く間に汚れを取り払っていく。
 綺麗になっていく身体に、少年は驚いたようにきょろきょろと視線を動かしていた。その姿を微笑ましく眺めていた晴君だったが、数秒後、自身の重大な失態に気が付いてしまう。

「湯浴み!!」
「……!?」
「あぁそうだ忘れてた…!人間は湯浴みが好きだもんね!?そっちの方がより安らげたかもしれないのに…!」

 こういうところ、気がきかない…!僕のアホ…。
 ま、まあ、でも湯浴みは後にしよう。後でも、出来るし…。落ち込むのも後だ後!
 無理やり気を取り直した晴君は、次は服だな、と衣装棚を漁る。しかし、元々あまり自身の身なりに頓着がない晴君。仕舞われてある衣服の数は少なく、当然ながら全て大人用だ。流石にこれをそのまま少年に着せては、丈が余って移動する際に布を引きずってしまう。
 ……千切るか?
 フンッ!と手頃な位置で手に力を込めるが、ビリ…、と覗いた布の裂け始め部分があまりにも可哀想なことになっているのを見て、これはまずいとすぐ手を離した。

「何か刃物あったかな……あ、包丁!これで、着物を机の上に置いて……、…うまく切れないな……って、げっ!机に傷入ってる!えーーこれ貰い物なのに!」
「……」

 ──数刻後──

「…う、うーん……。まあ、丈は、…うん!」

 結局、引き千切ったものと同じくらいビリビリのボロボロになってしまったが、少年がさっきまで着ていた服と比べると明らかに清潔だし、穴だって開いてない。丈の長さも問題なさそうだ。
 仮の衣装なのだ。とりあえずは着られれば何でもいいだろう。いずれ子供用の服も用意するし!?今だけだし!!
 心の中で全力の言い訳をして、晴君は飛び出た糸を気にする少年から必死に目を背けた。

「あとはご飯だよね!お腹減ってる?何食べたい?何でもあるよ!調理器具もほらっ、揃ってるし!……はっ」

 発言の途中、先程布をギコギコ切った包丁が右手に収まったままであることに気付いて、そっと背中へ隠す。
 せ、正式な用途じゃないかもだけど、別に、布を切っても、包丁が汚くなるわけじゃないし…。
 相変わらず少年からの返事はない。
 しかし、食べ物はないよりあった方が良いに決まっている。張り切って決意を固めた晴君は、包丁を握る手に力を込めた。
 といっても晴君は、今までまともに料理というものをしてきていない。天人は人間と違い、水さえ飲めば身体を維持できてしまうため、食事による栄養補給は不要なのだ。
 であるにも関わらずこの家に調理器具が揃っているのは、ただ彼が人間を好いていて、その生活を真似てみたかった、というそれだけの理由である。
 料理をしたことはなくても、やり方は長年この目で見てきた。今日が栄えある料理初挑戦かつ成功体験を積む日だ!
 まずは材料集め。天界に食材らしい食材はないので、申し訳ないが地上の捧げ物からちょっとずつ良さげなものを拝借するとしよう。
 晴君が前方の机に向けて手を翳すと、瞬く間に地上の食材が現れた。
 少なすぎるか?いまいち一人分の量がどのくらいか分からない。
 取り寄せたものを検分すると、そのまま食べれそうな果物がいくつかと川魚が一匹、そして米があった。
 え!そう米!いつも人間が食べてるやつだ!人間が大好きなやつ!少年もきっと好きな筈!
 わっ!とやる気が漲った晴君は、目を丸くする少年に「果物、食べてて…☆」と得意げに言い置いてから、意気揚々と調理場へ立った。
 えーと、魚は確か火で焼けば良いんだよな。簡単簡単!
 薪を敷き詰めてあったかまどに指先一つで火を灯すと、瞬間、ぼむっ!と尋常じゃない量の煙に襲われる。浮かれきった笑顔が、一瞬にして苦悶のそれに変わった。

「げほっげほっ!全然使ってなかったから…!げほ…っ!」

 慌てて窓を開け、もくもくと生成され続ける煙を外へと逃す。同時に中へと入ってきた清涼な空気の流れにホッとした。
 咳き込みすぎて潤んだ目を拭いながら振り返ると、少年はこちらを見ながら所在なさげに立ちつくしている様子。ドタバタしているこちらとは雲泥の差だ。
 恰好をつけた手前、倍増するみっともなさに顔を赤くしながら、「座ってていいよ」と促す。一瞬ビクリと肩を揺らした少年は、少し戸惑ったようにして、しかしそろりとした動作で机の側に腰を下ろした。
 よかった。もしかして言葉が通じないんじゃないかと思っていたけど、ちゃんと意思疎通は出来そうだ。
「果物も食べてて」と言うと、素直に目の前のぶどうに手を伸ばし、一つ一つ口に含んでいる。
 言った通りに動いてくれるのが何だか可愛い。というか、人間が僕の家の中にいる。果物食べてる。かわい…っ。
 幸福度の高い光景にでへっ、と頬を緩ませること数秒。自身がやろうとしていたことを思い出し、晴君は慌てて調理場へと舞い戻った。
 魚は口から縦に串を刺し、網の上に乗せて準備完了。あとは焼けるのを待つだけだ。なんてお手軽。
 さて問題は次だ。
 米。
 正直詳しい調理法を知らない。でも確か何か、深い鍋に入れて茹でていたような…。
 うろ覚えの記憶を頼りに火にかけることしばらく。米の様子が純粋に気になったのと、沸騰するさまが面白いのとでじっと鍋の中を見ていた晴君だったが、何だか米の表面がふやけてきた感じがあったので、頃合いかと思い、ざるを用いて熱湯の中から米だけを取り出した。
 中々にそれっぽいものが姿を表す。
 おお…?これは、初めてにしてはいい出来なのでは!?
 少し味見、と指先で摘んで口に含んでみた。
 飲み込んでも水以外吸収されない天人の身体だが、体内のものを取り出すのは容易だ。それに味覚だってしっかりある。折角の自作料理、自身でも成果を味わってみたい。そんな思いでの実食だったのだが。
 まず初めに感じたのは、水分多めのベチャリとした食感。しかし噛み締めると、ガリ、と芯に固い生米が潜んでいた。味は特に感じない。強いて言えば水っぽく粉っぽい粘土だ。勿論粘土など口にしたことはないが。
 うん。どうしよう。ものすごく不味い。
 米の死を悟った瞬間、ふと焦げ臭い匂いが鼻について火元のかまどに目をやる。
 丁度魚が激しい炎に包まれているところだった。
 米に意識を向けすぎた。

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